ミア:沸点地表系女子ミアちゃんと、ライのよくわかんない交渉
広場から聞こえてくる、間違いなくついこないだ聞いたクッソむかつくキンキン声が耳に届く。その姿を視界に収めると、沸点の低さが自慢のマイハートは、サラサラ血液で出来た間欠泉のように速攻大爆発。
「またお前かあぁァーーーーッ!!」
「ッ!? な、なんですの!? あ、あなたは……!」
こいつ、やっぱり南門にいた、金髪がどうなってんだこれって思うぐらいツイストパイみたいなやべー形状で固まっているタカビー貴族っぽいやつ!
あたしが警戒心露わに睨むと、向こうは腕を組んで畳みかけてきた。
「見てください皆さん! あれが偽勇者です! この国を救ってきたあの美青年とは全く違う、気品のカケラもない粗暴そうな見た目!」
「ぬゎんですってぇーっ!?」
気品のカケラもないってどういうことよ!
そりゃ村から出てきた当時は貴族とはろくすっぽ縁なんてなかったけど、今は結構いい服着てるはずよ!
つーか美青年とか言ってるけどリヒャルトだって同じ村出身だし、あんたよりはよっぽど付き合い長いっつーの!
それにしても会っていきなりずいぶんな喧嘩腰じゃない。
やり合いたいってんだったらいくらでも相手してあげるわよ!
「ふん! 勇者らしき優雅さを胎内に置き忘れてきたその顔を見れば、女勇者が偽物であることなど誰から見ても分かることですわ!」
「胎内? あたしの母親のこと言ってるわけ?」
「貴き血が流れていないと、悪い生み方だったのでしょうねぇ」
「……へえ。碌な護衛もなしに言うじゃない」
あたしの母親のことを、下賎な血と言ったわね。
わかった、殺そう。
と思って剣を出そうとすると、後ろからあたしの肩が叩かれる。
振り向く前に「言質取った、冷静に」と一言告げて背中が視界を覆う。
ライだ。
今、何て……?
「初めまして、お嬢様。自分はバリエ伯爵からの者でございます」
ちょっとちょっと、突然ライと髪の毛ツイストパイが挨拶してるんだけど! なんなのライ、女ひっかけにきたわけ!? あんな化粧と香水で何もかも誤魔化しているようなのを選ぶなんて、女の趣味悪すぎるわよ!
「———へっ? と、突然ですわね。……オレール殿の関係者でいらっしゃいますか」
「はい、ドミニクと申します」
「こほん、失礼。わたくしはシモンヌ・パラディールですわ」
……え……なんか、名前……あれ?
後ろを見る。リンデちゃんはもちろんレオン君もユーリアちゃんも、完全に展開について行けてない様子だ。
不自然すぎるライの首ら辺りを眉根を寄せて見る。見えないうなじに、前見たときより髪長めね、なんて思ってると「ふむ……」と何かに納得するような呟きが聞こえてきた。
……ライは、何も考えずにこんなことをするはずがない。こういう時こそ、姉としてどっしり構えて弟に任せてみようかしら。
大丈夫、あたしは冷静よ。
「突然割り込んでくるなんて、バリエ伯爵の使者の質も落ちましたわね」
「大変失礼をいたしました、ご容赦下さいませ。現在バリエ伯爵家では、こちら『勇者ミア』様を擁しておりますので」
「その女を勇者と? 魔族の猿山のボスゴリラみたいなその女が?」
よし殺そ。
大剣を取り出すと、タカビー女は「ヒィッ!」なんて声をあげて怯えた。今の声は傑作だわ、最高。
その姿を見てあたしが何やったか気付いたライが、慌ててこっちを振り返り小声で囁きかけてくる。
「抑えて抑えて」
「……なんなの、あいつの肩持つわけ?」
「もちろんそんなつもりはない。……でも、徹底的となるかは分からないけど潰すつもりでいく」
ライからまさかの過激な言葉が出てきて驚く。あんた潰すとか言う性格だっけ。リンデちゃん効果かなこれ。
もしかしてあたしとか?
ははっ、ないない。
「で、いつまで待てばいいわけ?」
「すぐに決まる。というか、ほぼ勝ちが確定している」
……一体ライは今の会話の中でどれぐらいの情報を得ているのかしら。それとも、元々こういう事態を予測していた?
あたしが黙ったタイミングで、両肩を優しく押されてライはすぐにあっちへ向いた。……もう少し抑えていようかしら。
口に鉄板を溶接するようなイメージで口を閉じ、大剣をアイテムボックスにしまう。
「……っふぅ〜……。あなた、よくその猛獣を手なずけていますね……」
「丁寧に対応すれば、決して誰彼構わず襲いかかる方ではありませんから」
「あなたはまだ話せそうな方ですわね。……見た目も悪くなさそうですし」
なんかぼそっと、さっきまで以上にイラっとする発言を聞いたんですけど。
この青年、今は世界で誰よりもあたしと近い血が流れているんですけど。
ですけどー。
つかライ狙いとか、あんたの洗濯板じゃ逆立ちしても勝てねーから諦めな。
「で、バリエのサーカス調教師殿は、そんな猛獣擁してまで一体何をなさっているのでしょう?」
ツイストパイが一言喋る度に『殺した方がよくない?』という囁きが頭の中に響き渡る。ほんとマジなんなんこいつ。
あたしの頭の中で天使と悪魔が囁く。
悪魔曰く『自分の発言後悔するぐらい拷問してから殺してぇよなぁ!?』
天使曰く『痛みを覚えることなく一瞬で天界へお連れする慈悲の心を』
どっちにしようかしら、殺すか、それとも殺すか。
んー、やっぱ殺す方にしようかしら。
「なんとなく予測は付きますけれど」
…………今、こいつ何かぼそっと言ったわね。ライは……。……あ、今。なんていうか『フッ』みたいな、本当に小さく、ハミングの要領であたしにしか分からない程度に鼻で笑った。
この女、なにか失言したのね?
……分かった、信じようじゃない。
あたしが拷問するより残酷な最期を見せてくれそうだから、そういう意味でもライを信じるわ。
「勇者様には、現在バリエ家の息女の行方が分からないため、助けを求めているところなのです」
「ふふ……バリエ伯爵のご息女といえば、アンリエットさんのことね」
「はい」
アンリエットのことを話題に出すと、露骨にニヤニヤし出したんですけど。ちょっとライ、これ大丈夫なんでしょうね!?
「アンリエット様の捜索を数日前より勇者ミア様はしてらっしゃいます。しかし、一度お見かけしたと聞きましたが、まだ帰らず…………」
「まあまあ! それは困ってしまいましたわねえ!」
アンリエットがいなくなったことを随分と楽しそうに喋ってくれるじゃないツイストパイ!
と思っていたら、急に馬鹿笑いを止めてライに顔を近づけてきた。
「……しかし、もしもわたくしがお願いして、真なる勇者様がアンリエットを探し出して来られるとしたら」
「それは、もちろん本当にお嬢様が戻って来られるのでしたら、わたくしとしても何よりも優先したいところなのですが……」
「ふふ、ふふふ! いいでしょう。ただし条件があります」
なんだか嫌な予感しかしないんだけど!
「わたくしの方が先に見つけて来たのなら、そちらの女は偽の勇者とバリエ伯爵が認めること。そしてあなた……。あなたは私の元で働きなさい」
「シモンヌ様の元で、ですか? しかしそれは……」
「ふふ、待遇は良くして差し上げますわよぉ? 返事はすぐでなくてもかまいません。……必ず後悔はさせませんわ」
シモネタ……じゃなくて、そんな感じの名前のツイストパイの手が、ライの頬に触れる。後ろからミシリと拳を握る音が聞こえてきて、負の魔力がガンガン高まる気配がしてるんだけど、あたしは何も聞かなかった。小さくユーリアちゃんの「ひぇ……」って声が聞こえ……いーや、あたしはなーんにもきこえなかった。
ツイストパイ、あんた鈍感でよかったわね。
絶対振り向かねー。
「で、どうかしら。あなたの首一つでアンリエットが戻ってくるのでしたら」
「それはもちろん、お嬢様と旦那様のためとあらば、自分の首などいくらでも差し出しましょう。それでお嬢様が戻っていただけるのでしたら」
「交渉成立ですわね! 見つけた場合は、できれば皆に本物の勇者がどちらかを証明したいですわ」
「そうですね。ではこの広場、明日以降に正午お会いするということでいかがでしょうか」
「ふふふ、いいですわ! ただし明後日は来なくていいですわよ、勇者様は明日探し出して連れてきますから!」
すっかり上機嫌となり勝ち誇った笑みで腕を組むと、今度はあたしの方を向いてきた。
「聞きましたわね、のろまの偽物と違って本物の勇者様は必ずすぐにアンリエット様を捜し出してみせます。あなたは精々、悪あがきをすることですわね!」
「…………」
「ふふ、本物に自分がばれるとなると声も出ませんか。それでは今日限りの伯爵を騙した優雅な最後の晩餐を楽しんでくださいませ!」
高笑いをしながら広場を去っていく女。
完全に勝ち誇った笑みで広場を去っていった。
その堂々とした姿をみると、ふつふつと怒りが……。
よし殺そ。
あたしがやっぱり大剣を出そうとすると、ライがこちらを振り向いた。
ライは……口角が上がっていた。
「ユーリア、エネミーサーチ。シモンヌの動向を追ってくれ」
「———あっ! はい!」
そして兄と妹の力を合わせた、魔力増強探索魔法が発動する。
「……あれ? シモンヌさんは……」
……ユーリアちゃん、あなたって子は……あれだけボロクソに魔人族を言われて、名前も覚えた上で未だに敬称もつけるのね……。ライだって呼び捨てにしてるというのに。
なんだか、人としての自分の器の小ささを見せつけられた気分がするわ。
すっかりあたしの殺意ハートは冷静に戻っていた。
「どこかに向かうのかと思ったら、門の外に行きました。そして……あっ、えっ……ああっ…………!」
な、なになに、なんなの!?
「森の中からリヒャルトさんが現れて、シモンヌさんを連れて戻りました! 森の魔力に阻まれて追跡不可!」
なんですって……!
と叫ぼうとした瞬間、隣から「やっぱりそういうことか」と、ちょっと疲れ気味な声がした。
ライだ。なんだか疲れたというか呆れたって感じの顔をしている。
「やっぱり、ってどういうことよ」
「男勇者ことリヒャルトは、ずっと森の方で暮らしていたということ。しかも美少女を囲って過ごしている。シモンヌも、もちろんアンリエットも。いい趣味してるよまったく」
そ、そっか! だからシモネタパイはあそこまで自信満々に『絶対に連れて来ることができる」と確信しているのだ。だって一緒にいるんだから。後は一緒に過ごしているリヒャルトと朝起きて正午にここに来れば任務完了だ……!
……って、あれ?
「待ってこれあたし負け確定してない?」
「してるよ」
ライがあっさりそんなことを言う。
「……いやいやいや。ライあんた何考えてんの? 何も考えてないってことはないと思うけど」
「もちろん、こういう結果になるために相手を誘導したよ」
「誘導してんだろうなってのは分かってるわよ。問題は、偽名を使ってまで、どうしてあたしを負けさせる方向に誘導したのかって聞いてんのよっ!」
回答次第では、ライには罰ゲームでもやってもらうわよ。
具体的には……そうね、広場のド真ん中で注目集めながらリンデちゃんといちゃついてもらおうかしら。
あっこの罰ゲームお互いに喜びそうだわ、却下。
「もしもうまくいけば、今回降りかかっている六つ……もしくは七つ以上の問題を一気に解決することが出来る」
七つ以上……!? そんなに問題あった!? ライは一体何を認識してるの!?
アンリエットが戻ってきて、魔人族の悪評がなくなればいいぐらいだけど。
「とにかく姉貴は、僕を信じて明日まで待ってほしい」
ハッキリそう告げて、ライはあたしの目を見る。
その目は、自分の勝利を疑っていない目だ。
「……ライを信じてないなんてこと、あるわけないでしょ。絶対にあたしの為になることしかしないわよ」
「そっか、よかった」
「その代わり失敗したら許さないからね」
「ああ、任せてくれ」
正直あたしは、交渉事とか考え事とか頭使うこと、てんで駄目だ。
頭が良ければ信用できるかっていったら、それも難しいことなのよね。
発言力があって、思考力もある人は、教育を受けた貴族だけ。
そしてその貴族ってやつが、特に信用できない。
なら信用できるのって?
そりゃもちろん、ライムントだ。
そしてレオン君に、ユーリアちゃんだ。
リンデちゃん……は、えーっと、まあ悪い子じゃないわよ。
じゃ、あたしがどうこう言う立場にはないわね。
「後はあたしたち、どうすればいい?」
「僕とリンデさんがぶらつくから、三人は探すフリってことで町中をぶらついていてくれ。バリエ家には今日僕は戻らないから、そのことも伝えてもらえると助かる」
「オッケー、三人分の料理は遠慮なくあたしが消費してあげるから、気兼ねなく二人で食べてきなさい」
あたしの返答にライがくすりと笑うと、その場で解散となった。
さて……明日はどうなるかしらね。