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勇者はいろいろ大変みたいです

 カフェ店内の奥。そこは扉を挟んでの離れた個室となっており、大きめの机には椅子が八ほど並んである。窓からは街路樹を挟んで、レノヴァの街を歩く人が見えるいい部屋だ。

 姉貴はユーリアとレオンに挟まれる形で、僕とリンデさんの正面に座った。


 ケーキセットが配られて、すっかりはしゃいでいるリンデさん。その種類さんを制覇したいと注文しに行く姿を笑顔で見つつ、僕はみんなに西門で起こったことの事情を話し始めた。


「姉貴に別行動をとってもらったおかげかはわからないけど、ユーリアと西門の前で張っていたところ、確かにキマイラと遭遇できたよ」

「……ホントに出会えたのね。こっちでも出たって騒動聞いたけど」

「ユーリアには事前にエネミーサーチを張ってもらっていたんだ、北は迷いの森同様にあまり探れなかったけど、それでも察知が早かったから倒すことができた」

「できたって、キマイラはライが倒したの?」


 まさか、とんでもない。


「ユーリアの魔法が炸裂すると、一撃で倒れたよ。きっと攻撃魔法も強いとは思っていたけど、あそこまでとはね」

「さすがレオン君の妹、やるぅ〜っ! やっぱユーリアちゃん、もーちょっと評価されていいわよね」

「あ、あの、えっと、ありがとうございます……」


 姉貴に褒められながら頭を撫でられて、すっかり照れて嬉しそうに下を向いてもじもじしながら、さながらサイフォンのごとく顔へ血液を上げるユーリア。


「いいポジション用意しろってマーレの頭叩こうかしら」


 一転、まさにサイフォンコーヒーのように液体が一気に下に降りた。


「あわわ、むり、むりです、マグダレーナ様に滅亡ほろぼされてしまいます」

「……そんなに強いの? その魔法の先生」

「私が十人いたとしても、一秒あれば確実に負けます……」


 そういえば、魔術師としての師匠がいるって言ってたから、そりゃあその人を超えなくちゃ席に割り込むわけにいかないよな。レオンも頷いてるし、リンデさん神妙な顔で頷いてる。

 どんだけ怖いんだマグダレーナ様。会いたい気持ちと会いたくない気持ちが半々だぞ。


 がくがくと首を横に振るユーリアが見てていたたまれないので助け船を出そう。


「はいはい姉貴、マーレさんを気楽にばしばし叩くんじゃない。リリー相手だってそんなに四六時中どついてなかったでしょ」

「はーい」


 結構すんなり了承した。以前に比べると、姉貴も丸くなったよなーって思う。

 だとすると、今回の問題もうまく収めることができるだろうか。


「それじゃ、具体的に何があったかを話そう」


 僕の発言に、別行動をしていた三人が真剣な顔になった。




 まずは、馬車の前で出会ったことを伝える。

 彼の名前を出すと、もちろん最初に反応したのは姉貴だ。


「リヒャルトって……優男? えっ!? あ、あいつ!? ちょっと待ってよ偽物勇者って優男なの!?」

「間違いなくね。向こうも僕の名前を呼んで会話したから」


 久々に優男の名前を出すと、やはり姉貴は驚いた。


「優男、そのリヒャルト殿というのは?」


 姉貴から、男の名前が出てきて気になりだすレオン。その質問に対して姉貴は「うー」とか「あー」とか良いながら視線を泳がせていたけど、やがて観念したように話し始めた。


「数年前に村から出ていた幼なじみ、というやつよ」

「幼なじみ……ですか」

「そ。あたしとライ、リリーとエルマと、トーマスとザックスと、そしてリヒャルトね」


 レオンは、その名前の挙がった人達を思い出しているのだろう。少し複雑そうな顔をして姉貴を見た。


「どういう、方なんですか?」

「一言で言うと美男子なんだけど、二言目を付け加えるなら……」


 姉貴が、苦い顔をして言いづらそうに少し溜めて言った。


「あたしが原因で、村を出て行った男ね」


 ……その一言に、恐らく一番驚いているのは僕だろう。


 勇者の力が手に入ってから、少し周囲に当たり散らしているようにすら感じられた姉貴。あの頃の姉貴では考えられない発言だ。


「レオン君には悪いけど、きっとあたしの初恋は彼だったわ」

「……」

「だけどね、あたしはあたし自身で、彼を切り捨てた」


 自分の手のひらを宙空に伸ばして、何かを掴むように握る。


「この力をね、見せつけたわ。あの頃はね、ちょっと調子に乗ってたというか余裕がなかったというか。きっとあたしは、そういうところがダメだったのよね、ライ」


 姉貴に話を振られた僕は……一旦頷いたけど、すぐに否定した。


「姉貴が行動を誤ったのはもちろんだけど……プライドが高いのは、男の都合だよ。このパーティもハッキリ言って僕とレオンがサポート側でさ、この五人だと攻撃はほぼ女性チームに任せてしまっている」


 通常のパーティでは有り得ない構成だ。前衛女二人、後衛魔法使い女一人、男二人はサポート。王国じゃあきっと笑われる構成だろう。


「でも、レオンを見ると思うんだよ……そもそも男だからという理由で意地を張って前衛にいるっていうのが何の意味もないことはもちろん、こうやって誰よりも姉貴の役に立っている姿を見ると、むしろ『申し訳ないと思うこと自体が失礼』なんじゃないかってね」


 姉貴は僕とレオンを見て……それから少し上を見て、口からの息を前髪に掛けるように「ふー」と溜息をついた。


「……ほんと、うちのパーティの男達は出来た面々で嬉しいわね……そうよ、あたしが強いんだから男とか女とか関係なく全部あたしに任せて欲しいのよ。本心を言うとここ五年そういうことは多かったわ」


 そして始まった姉貴の過去の話は、ある程度予想のつくものだった。


 まだ年齢も若く、決して背が高いとは言い切れない姉貴。いきなり勇者パーティだと言われても納得のいかない人は多かった。

 だからみんな、パーティを組んだ男は姉貴に対して『俺が前に出る』という感じだったという。


「でもねぇ〜……結局それで、当たり前だけどオーガや、あの時はリザードマンとかいたかしらね。そういうのに相手に怪我したりするわけよ。あと何といっても実績つけたくてついてくる貴族の男とか。それであたし何て言われると思う?」


 姉貴が両肩を竦めて、恐らく誰かの真似なんだろうという口調で言った。


「『御令息が怪我するなんて、勇者様は護るのは苦手なんですネェ〜』ってお前なあアアアあたしが一人でやっとったらもっと速く終わって余裕なんじゃオラアアァ!!!」


 急に姉貴が叫んで、隣のリンデさんはもちろん、レオンもユーリアも椅子の上で跳び上がった。


「姉貴抑えて抑えて……」

「ぐおお思い出すだけでイライラしてきた……まあそんなわけで、他の貴族に箔つけるために結構たらい回しにされたのよ」


 な、なるほど……そりゃ大変そうだ。

 よく爆発しなかったな姉貴……。


 姉貴は先ほど怒鳴ったのを自分で打ち消すように首を振ると、またいつものようにレオンの腰を持って自分の膝の上に乗せた。


「だから、ビルギットさんやカールさんみたいにあたしが守らなくても余裕の戦士と組むって最早それだけで新鮮だし、何よりレオン君よね」

「僕ですか?」

「そーよ」


 姉貴は顔を傾けて、レオンの頭に頬を乗せて気持ちよさそうにしていた。


「間違いなくレオン君は、『いるおかげであたしが活躍できる』というタイプのパーティメンバーなのよ。あたしにとっては革命よね」

「そんなにレオンの強化魔法は特別なのか」

「特別。ただでさえ世界一強い人間なのに、この上勇者の強化魔法と勇者の攻撃魔法があるとね、基本的に仲間とか誰もいらないのよ。誰かを護るぐらいなら、どんなに自分の体を雑に扱っても怪我しないあたし一人が、結果的に気分が楽なの」


 さり気なく言っているけど、とんでもない独白だと思う。


 一人でいることは、とても孤独なことだ。慣れたからと言って決して大丈夫でいられるというわけではない……はず。

 それでも姉貴は『誰かと組むより楽』と言い切った。

 それだけ姉貴は護るための仕事をしてきたということであり、同時に護るための仕事を嫌がっていたということだろう。


 そして……この『護る』という単語の中に、屈強なAランクやSランクの男戦士達が入るわけだ。

 恐らく回数を重ねる度に、姉貴はそういったことを公言して協力を断るようになっていったはずだろう。

 それに、男達にとっても女一人に弱いから不要と言われ、実際に結果を出されるのだから近づきたいとは思わないはずだ。

 姉貴の『腕折り事件』のことも重なって、積極的に共闘したいと思う男はまずいないだろう。


「リンデちゃんもユーリアちゃんも、頼りになるんだけどね。でもどちらかというと別働隊というか、ライと一緒にいてもらった方が活躍してるなって思うの」

「じゃあレオンは」

「間違いなくあたし個人のプラスになっている、今はもうレオン君が一緒じゃない方が嫌なぐらい。あたしにとってそれは初めてのことだったのよ」


 そうか……何でも出来るが故の孤独という要素に、レオンの魔法は一番綺麗に嵌ったのか。

 これで姉貴のいいところを見つけられるぐらい姉貴をよく見てくれているんだから、本当にレオンは姉貴のための王子様だなあ。




「……そういえば」

「なに?」

「姉貴って、男からは避けられそうだったけど……女からはどうだったんだ?」


 ぴしり。


 姉貴が、凍った。


「……あ……姉貴……?」

「ラ〜イ〜……あんたほ〜んと、弟のくせに全くかわいくないぐらい勘がいいわねぇ〜……」


 まずい。何か虎の尾を踏んだ。


「ええ、ええ! そりゃもーおっかけられましたよ! とんでもなく綺麗なお嬢様方にね! 『ああっ凛々しきミア様! わたくしの理想の王子様!』ってあたしゃ男じゃねーんだよボケェェェーーーッ!!」


 姉貴はレオンを横の椅子に置くと、お腹にしがみついて「うわ〜んレオンく〜ん!」と泣きついた。戸惑いつつも姉貴の頭を撫で始めたレオンと、ちょうどリンデさんにケーキセットを追加で持って部屋に入ってきた店員の目が合った。


「あの……どういう状況で……?」

「そうですね……勇者って大変だなあという感じの話です、かね?」

「はあ……」


 ほんと、勇者って大変だ。

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