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なるほど確かに働き者でした

 やや日が傾きかけている中央広場、そこには僕の方を向いて指差しているレオンがいた。

 そうか、探知魔法を使えばレオンとユーリアはお互いにお互いの場所が当然分かるってわけだ。


「———ライさんっ!」

「わぷっ……!?」


 レオンが僕の場所を確認した、と思った瞬間にリンデさんが飛んできて、公国の往来で思いっきりリンデさんに抱きしめられてしまう!

 う、上背が! よくある女の子が男の胸に飛び込んで抱擁というパターンを許さない、リンデさんからの僕の頭を両腕で抱きすくめる抱擁が……!


「はいはいリンデちゃーん、そんなことをしなくてもライはとっくにリンデちゃんにメロメロだからみんな見てるところでやめようねー。一応おねーちゃんとしては見てて面白いんだけどねー」


 姉貴の暢気な声に、「ひゃうぅっ!?」と飛び退き、頬に両手をあててあうあう言いながらしゃがみこむリンデさん。

 うん、なんだかいつまで経っても直らない、色っぽくて初々しくて、そんなリンデさんの反応が見られて嬉しいし、さっきまで緊張していたから、なんだか安心する。

 それに……その、柔らかいし良い匂いだし、どう考えてもいい思い、してるし……っていけないいけない、頭を切り換えないと!


「えっと、その、報告にやってきました!」

「す、すみません、それであのその、ユーリアちゃんとはどんなかんじだったでございますかっ!」

「ええ、かなりいい成果が得られました! っと姉貴、ちょっと難しいことになってしまったかもしれない」

「……どういうことよ」


 姉貴に、ユーリアと一緒に西門を見張って体験したことを説明しよう。

 しかしこの話、姉貴の過去まで振り返る必要があるため少し長くなるかもしれない。なので、どこか腰を落ち着けて話ができる場所がいいと姉貴に相談した。


「それなら良い場所があるわ、西区の休憩所カフェに行きましょ」


 姉貴のお勧め、レノヴァ公国のカフェに連れていってもらえることとなった。


 -


 昼と晩の間、コーヒーを片手に休憩するには一番いい頃合い。姉貴が選んだのは、小さな店構えのカフェだ。姉貴は店長と会話し、僕達を店内に招き入れた。


「奥の部屋のいいとこ、ちょっと席座るのが値ぇ張るんだけどこういう時には良い場所なのよね。開いててよかったわ。一応魔人族のことも話通したから大丈夫なはずよ」

「それは助かる、ゆっくり落ち着けられそうだ」


 店内に入ると、コーヒーのいい香りが店内に広がっている。そしてカウンターの向こうには見慣れないもの。


「……まさかあれ、コーヒーの豆?」

「そーよ、あれ全部別の種類なの。っていってもあたしもそんなに味の差とか詳しくはないんだけどね」

「なるほど……これは専門店だ」


 王国にもコーヒーが飲める店はあるけど、公国のカフェは規模が全く違った。壁一面に並ぶやや大型の円柱、それらが全て違う種類のコーヒーだというのだからすごい。

 そして手前に並ぶのは、ガラスの球体が縦に二つ並んだ不思議なもの。


「もしかして、以前何かで読んだ吸い上げタイプ……?」

「……ライってほんと、いろいろ知ってるわねー。ええ、それであってるわよ。サイフォンタイプのコーヒーメーカーなの」


 僕が興味津々にその器具を見ていると、こういうのに興味津々なみんながぞろぞろ集まってきた。


「ライさんのおうちの、あのコップの上に乗せて、お湯を入れたら出てくるあのコーヒーですか?」

「そうです。多分あのお湯がコーヒーになるはずですよ」

「ええーっ、うそだあ。下側のお湯が透明なままなのに、上側にコーヒーの粉がありますよ。さすがに私も、あの粉にお湯をかけないとコーヒーにならないことぐらいは分かりますって」


 リンデさんがそう呟くと、姉貴がニヤニヤと笑っていた。今の発言を受けてか、カフェの店員も口角を上げている。それはまるで、悪戯を準備した人のような楽しそうな表情だった。

 僕自身は、リンデさん側の楽しみな気分が半分で、姉貴側のリンデさんが驚く顔を見たい気分が半分ってところ。


 お湯の入った硝子容器の下側、魔力具から小さな火が上がる。もちろんそれでは下側の透明な水が少しずつ沸騰されるだけで、見ていても何一つ変化が起こる気配はない。

 しかし、リンデさんがその様子を見つめながら首を傾げた瞬間、それは起こった。

 ぼこ、ぼこと泡が出たと同時に、細い銅線を伝って泡が上に流れていく。そして……コーヒーの粉が少し上に動いた。


「……えっ、今、えっ……え、えええ〜〜〜っ!?」


 リンデさんが驚かなかったら、僕が声を上げていたかもしれないというぐらい、それは面白い光景だった。

 下側にあった透明のお湯が、上側のコーヒーの粉を押し上げている。店員が木べらでそれらを混ぜると、そこには綺麗に泡の出た、家と同じように水分を吸ったコーヒーの粉と泡があった。

 その調子で容器下側の水が全て上に行くと、器具から出た魔力の火が消された。上側でたっぷりと色のついたコーヒーが、木べらで再び軽く混ぜられる。


 リンデさんの顔が容器上側を真横から見るように近づいて、「ほえぇ〜……」となんとも気の抜けた感嘆の声を出す。

 そのまま凝視していると、下側に少し残ったお湯が、黄色く染まった。


「……あ、あれあれ!? だってさっきは、な、なんでっ!?」


 上側のコーヒーは重さを思い出したように下に落ち、やがて下側には最初の透明な色など忘れたかのように、光を通さない黒い液体で満たされていく。上側には家で使った抽出道具と同じように、泡を被った中挽きコーヒーの小さな雪山が見えた。

 上側の器具を取り外すと、下にあるのはまさにコーヒーの入ったポット。

 その容器からカップにコーヒーを注ぐと、トレイにパンとバターを乗せた店員がコーヒーをトレイを乗せた。二人は「サンディブレンド」「五番ですね」と一言交わして、店員はパンのセットを運ぶ。


 リンデさん、本日一番の大慌て。


「ら、ライさんっ! お湯さんがっ! コーヒーさんのご都合を伺いながら上側に行ったり下側に行ったりしてました! あのお湯さんとっても働き者ですっ!」


 その感想についに肩を揺らして笑う姉貴と店員さん。ふとリンデさんの顔の後ろに視線を向けると、近くの席の人も微笑ましい感じでリンデさんを見ていた。

 僕も今の感想はあまりに可愛らしすぎると思う。


 そしてもう一つ、レオンとユーリアから声が上がった。


「……横式かと思いきや、上下型でサイフォン? 浸透圧でないのなら、空気圧……沸騰した液体から気体への体積の変化による空気圧が大気圧を超えて押し上げている?」

「管が細いからできているのかな?」

「大きくてもいけるのかもしれないけど、あまり温度を上げるのも良くないのかもね。火を消すことで気体の圧力が消えるか、液体化による真空化で戻されるなら、それを可能とするのは上下接続部の密閉?」


 あまりにも極端すぎる反応の差だった。


「……ライ、翻訳よろしく」

「弟を何でも知ってる賢者みたいに扱ってくれるのは嬉しいけど、今ので二人は僕より頭いいと確信したから無理」


 それなりに頭がいい自信はあるけど、どう考えてもレオンの知識量は錬金術師として魔力器具を作れるレベルだと思う。魔人族の手先が器用なら、今頃道具を作っている。

 やっぱり勇者の賢者は廃業します。

 ていうかもしかしなくても、出会った魔人族の中で一番子供っぽいのがリンデさんじゃないのかなコレ。


 姉貴はレオンが想像以上に頭がいいと知れたからか、どこか自慢げに口元ニンマリさせてレオンを抱き寄せていた。

 さすがに実の姉なので羨ましくはないけど、ちょっと敗北感。


 店員さんはそんな僕達の様子を見て微笑みながら、姉貴に向き直った。


「ふふふ、初めてのお客さんですが、なかなか楽しい反応が見られていいですね。それではミア様、注文をお聞きしても?」


 姉貴は迷うことなく、ケーキセットを五つ頼んだ。

 コーヒーはわからないのでおすすめで。

書籍情報が出ました、活動報告に詳細を書いてありますのでよろしくお願いします!

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/770648/blogkey/2155716/

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