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ユーリアとじっくり会話をしました

 どうやらリヒャルトは、森の中へキマイラを追いかけたようだ。


「ユーリア、探れるか?」

「……すみません、迷いの森と同じ状態で、奥に行くほど魔力が濃くて分かりにくいですね……」

「了解だ、深追いはしない方向でいこう」


 じゃあ今から僕が行って追いつくとは考えにくいな。

 とりあえず、当面の危機は去った。それが周りの人へも少しずつ伝わっていたためか、まだ警戒しつつも緊張の解けた顔をしていた。

 今の状況を見て、まず僕はユーリアのほうを向きつつ、一歩引いて気持ち大きめに声をかけた。


「どうやら今ので最後だったようだね、さっきのキマイラ接近の警告も完璧だった! やっぱり頼りになるよ、お疲れ様!」


 僕の急な大声を受けて、意図を察したのか目を見開いて驚きながらも照れて頭を下げるユーリアを微笑ましく思う。

 先ほどのリヒャルトの発言を受けて警戒していた周りの目も、ある程度緩和されている……と思いたい。少なくとも僕が見た限りでは、そこまで敵対的な視線を感じないので安心した。

 さて、やることも終えたしいつまでもここにいても仕方がない。まだ周りにお礼返しで頭を下げているユーリアの手を握る。


「あっ……」

「さ、行こう」


 少し強引だけど、集まってきている人達を掻き分けて西門へ向かおう。


「……ん?」


 足下に、見慣れないものがあった。宝石……にしてはくすんでいる。なんとなく気になったのでポケットに入れて、その場を後にした。


-


 今度は貴族の馬車での乗り入れじゃなかったけど、バリエ家の証と同時に先ほどの活躍を見たからか、問題なく公国内へ入ることができた。


 騒動からか、街の中から西門に怖いもの見たさで野次馬が集まってきているようだ。その流れに逆らいつつ、中央広場へ向かう。

 そして歩きながら、今あった出来事へ頭を働かせる。


 ———やはり、リヒャルトは魔人族に()()()敵対的だ。


 最初に魔人族の悪い噂が流れていると聞いた時、噂の出所が気になった。姉貴の調査でアンリエット様に疑いがかかり、実際に姉貴が顔を合わせた際に気になったのが、レオンと姉貴を見てからのアンリエット様による『偽物』という発言だ。

 しかも、姉貴との思い出のあるアンリエット様が、姉貴に対して言い切った。


 そこから導き出される答えは———。


「あの、ライ様」


 ふと思考の沼から抜け出すと、ユーリアと目が合った。


「先ほどは、ありがとうございました」

「むしろキマイラ相手には何から何まですっかり助けられてしまって、お礼を言うのはこっちの方だよ」

「いえ、私の方です」


 軽くお礼返しをしたつもりが、少し強い声で僕の言葉を否定したため驚いて振り向く。彼女の様子を見て少し心配になり、人混みを避けて一旦人の少ない脇道に入って、ユーリアに耳を傾ける。

 ユーリアの顔はかなり沈んでいた。


「ライ様は先日に続いて、体を張って私……いえ、私たち魔人族が人間の役に立っている、敵ではないと声を張り上げて下さいました。それに先ほど……私に対して、『味方だから』と言ってくださって、だからあの時も保てたのです」


 その言葉で、何のことか思い当たった。

 さっきはリヒャルトがユーリアを見つけた際に、彼に見えないようにユーリアの方を向いて一言『彼が何を言っても僕は味方だから』と、怪しまれないように手短に伝えたのだ。

 ……それだけで大丈夫だと思い込んでいた。


「私は、私は侮っていました。人間から向けられる悪意が、あれほどまでに恐ろしいなんて……!」


 ユーリアは……血の気の引いた顔で壁にもたれかかった。

 想像以上に弱っている姿を見て、僕も焦る。


「だ、大丈夫か?」

「……すみません。その……自分が思った以上に、こたえていた、ようです、ね……」


 ユーリアは誰も人がいない静かな路地で、近くにあった小さな木箱に座ると暫く壁にもたれて頭を押さえていた。


 やがて少し落ち着いたユーリアは、思い出すかのようにそのことを喋った。


「ジークリンデ様は、ビスマルク王国城下街であれほどまでの人間の視線に晒されたのですか」

「……うん。城下街の魔物を救ってほしいと依頼されて、疑いの視線を浴びながらも魔物を討伐してくれたんだよ」

「…………。やはり、リンデ様は凄い、ですね……。私では視線に耐えられずに心が折れて、逃げ出していたと思います。人間に敵だと疑われるというのが、あそこまで怖いとは思いませんでした……」


 ユーリアからの告白を聞き、僕はあの時のリンデさんを思い出していた。

 どれだけ人間のために魔物を倒しても、やはり魔人族は未知の存在として怖がられて顔を俯けていた。

 ……剣の腕にばかり頼って、大きな負担を強いてしまったと思う。決してリンデさんがユーリアに比べて大丈夫な人だったから、というわけではない。むしろリンデさんも感受性豊かなだけあって、かなり気にする方だ。

 あの時の、純粋な子供の応援がなければどうだっただろう。本当に……あの子は城下街のヒーローだったと思う。


 ……今日は、僕のやりたいように動いた。

 確かにそれで今回のことは大きく進展したし、今日やったことは必要なことだったと思う。

 でも、今のユーリアの姿を見てそう素直に思えるだろうか。


「……負担をかけるようなことをしてすまなかった」

「いえ、謝らないでくださいライ様。私の精神が弱かっただけのこと……それよりも、下手に配慮をされて、結局役立てないまま終わる方が怖いのです」

「役に立てないまま、終わる……」


 その言葉を、自分も呟く。

 それは確認であり、自分に言い聞かせるためでもあった。


「はい。……私は、自分の立場を考えてしまいますから……本来ならば最も重要なミア様とライ様は、時空塔騎士団第五刻、師匠のマグダレーナ様が担当するのが相応しいのです。……役に立てないことは、活躍できないことは……必要とされていないことは。私の能力がどうであろうと、誰かにとって居てもいいと言われても、それでも自分で自分を責めてしまって堪えるのです……」


 ……この、子は……。


「それは、僕にもわかるよ……」

「……ライ、様?」


 今のユーリアの独白は、かつての自分のようだった。


「役に立ちたいと頑張っていても、役に立てないまま終わる。それは本当に……本当につらいことだからね。僕はただでさえ戦う力が弱かったから」


 だから、弓を持って隣に並べなくても、自分が勇者の弟だって自信を持って役に立ちたかった。

 だけど……。


「……どんなに料理が上手くなっても、やっぱり姉貴に母さんのハンバーグを食べさせられなかったら、もうダメなんだよな。自分はなんて役立たずなんだって思ってしまって。分かる、その気持ちは分かるよ」

「……」

「その上で、ユーリアに再度確認したい」


 その場で膝立ちになり、彼女に目線を合わせる。


「今日みたいに、悪意の矢面に立つ可能性がある。僕も君の負担にならないように注意を払うけど、相手を抑えきることができない。それでも……この騒動を解決する一番の能力者として、もう少し耐えてほしい。レオンとも組むことができたとしても、その場合はキマイラ相手に一人で立ち回る自信がない。僕にはもう、今のメンバーでは君しか頼ることができない」


 情けないけれど、本当にこの子に頼りっきりだ。僕の無茶な作戦に対してあまりにもユーリアにしか出来ない部分が大きすぎる。

 万能の魔法使いで、一つ一つが強力無比。本物の我らがパーティの賢者だ。


「……これはユーリアにしかできないんだ。だから……もう少し頑張ってほしい」

「お任せ下さい!」


 おっ……! 急に大きな声が帰ってきて驚いた。

 それまで少し体調が悪そうな顔をしていたのに、今のユーリアは目に力が宿っている。両の拳を握り、気合十分といった様子だ。


「なんだか元気が戻ったね」

「はい。……魔人族へのそしりなど、本来ならばライ様は担当しなくてもいい部分のはずです。アンリエット様さえ連れ戻すことが出来たならば、魔人族のために頑張っていただく必要はありません。その上で解決がジークリンデ様のためだったとしても、ライ様は、わざわざ私に配慮する必要などないはずです。正直、『やれ』と命令していただければ私は絶対に断りません」

「……命令だなんてそんなこと言わないよ」

「だからですよ。今、お話しいただきながらライ様の優しさに応えたいと思ったのです。自分なに勝手に凹んでんだバッカじゃねーのって思いましたよ」


 ユーリアの喋りに熱が入る。

 弱ってるよりは断然いいけど……なんでだろう。


「私は、さんざん陛下が人間との友好で苦労していた姿をお兄ぃを通して知っていたんですよ。なのに自分はここまでお膳立てしてもらって、事前に相手の発言を予想した上で守ってもらって。その上でここまで熱烈に陛下の憧れだった人間に頼ってもらいながら、あんな悪意一つに傷ついてるという事実そのものが烏滸おこがましいってものです」


 そうか、ユーリアも魔王……マーレさんの様子をずっと知っていたんだ。リンデさんのあの様子とユーリアの立場からすると、やはりユーリアも陛下に絶対の忠誠を誓っているだろう。


「役に立ちたいとねだっておきながら凹んでるとか、こんなんじゃ陛下に顔向けできませんよ。羨ましいから替われと怒鳴られちゃいますね」


 ユーリアは、もう大丈夫といった様子で立ち上がり、両手のひらで自分の頬をぴしゃりと叩いた。


「……よし! ライ様。人間と組むにあたって、あなたがペアでよかったです。私はきっと、魔人族にとって一番傷つきやすい部分を誰よりも守ってもらえる。そう確信を持てたので、もう大丈夫です。少なくとも私は、ライ様一人は絶対に味方だという後ろ盾があるんですから、こんなところで立ち止まっていられません!」

「ユーリア……ああ、もちろん! 君の能力も内面も、全幅の信頼を置いているよ。———改めて言おう。僕のために頑張ってくれ」

「了解しました!」


 よかった、来た時よりも自信に満ちた顔だ。

 ……本当に、強い子だ。レオンの妹なだけあって、優しくとも芯が強い。




「そういえばあの男性は、ライ様が魔族を殺すことを目的にしていると言っていましたが」

「あはは……今となっては恥ずかしい限りで、リンデさんに教えられるまで魔物と魔族の違いが分からなかったために、オーガロードに殺された両親の敵として魔族を恨んでたんだよ。同じ存在だと教えられてきたから」


 ふと、そこまで言って気がついた。


「思えば巡り巡って、実際に魔族のデーモンが両親に魔物をけしかけていたと知ったので元に戻ったともいえるよ。もちろんリンデさんに魔人王国と悪鬼王国の違いを教えてもらった今では全く意味が異なるけど」


 両親が殺されたから魔族をたおすという意味では、確かに合ってるといえば合ってる。デーモン限定で。

 ユーリアも、僕がデーモンの名前を出したところで納得したようだ。


「そういうことだったんですね。……陛下も危惧していましたが、ハイリアルマ教の話は頭が痛いですね」

「僕も、早くこの誤解を全ての国が解いてくれればと思っている。マーレさん……魔人王国の、あの女王陛下ならきっとやってくれると信じているよ」


 そう、魔人王国にはあの人がいる。

 あの聡明で信念があり、それなのに驕らず部下にも平等に接し、しかも姉貴とも友達になってしまうほどの思い切りの良さと人当たりの良さ、そしてなんといっても魔人族全員からの圧倒的な信頼のある人。

 欠点らしい欠点が全く見当たらない、あの魔王様ならきっとやってくれると僕は確信している。


「はい、私も陛下なら必ず成し遂げてくれると信じています!」


 ユーリアからも当然のように絶対的な信頼を得ている魔王様。もちろん僕も、同じ気持ちだ。


「っと、お時間を取らせてしまい申し訳ありません。ちょうどミア様が中央広場に戻ってきたところのようです」

「こちらこそ。ユーリアの感じていたことを知ることができて、リンデさんの良さも再確認できたからよかったよ」

「それは良かったです、どういたしまして!」


 お互いに感じたことを確認できてよかった。

 収穫もあったし、それじゃみんなと合流しよう。




「ところで」

「ん?」

「ジークリンデ様より先に私と出会っていたら、ライ様は指輪を私に嵌めてくれましたか?」

「なっ!? え、っと、それは」

「あはははは! 冗談ですよっ」


 ユーリアは覗き込むように僕を見ながら笑うと、横に並んで歩き出した。まさかユーリアにこんなに返答に困る質問でからかわれるとは……。

 元気が出て良かったけど……元気つけすぎちゃったかな?

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