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リヒャルトとの思い出と、五年ぶりの会話

初めて執筆途中で閉じて消してしまった……こまめに保存しよう!

 リヒャルト。

 それは、僕にとって忘れられない名前だ。


 勇者の村で生まれた人達は、ある日突然女神によって勇者に選ばれる。

 背中に勇者の紋章が現れることを抜きにしても、当人がはっきり分かるレベルで、戦闘能力が大きく向上する。

 しかしその流れには、特徴的な流れとそれに付随する問題がある。


 勇者になれるのは、勇者の村で生まれた人だけ。

 その話を聞いた貴族が、一時期次男や次女を連れて婚姻に押しかけてきたことがあったらしいけど、結局昔から村に住んでいた人たち以外が勇者になることはなかった。

 そしてどんなに武勇に優れた貴族でも、勇者の力に目覚めたただの平民には敵わない。政略結婚のために来た腕自慢の令息令嬢たちは、打ちのめされ、やがて皆離れていったらしい。


 あくまで昔からこの村出身の人だけ、それが勇者の村の問題の一つ。

 これ自体は過去の話なので、今は弊害のない話だ。

 もう一つの特徴が問題だった。


 勇者の村から勇者に選ばれるのは、性別や年齢を問わない。

 過去には男勇者もいたし、女勇者もいた。十歳で選ばれた人もいれば、三十代で勇者になった人もいる。

 だから僕が勇者になることもあったかもしれないし、腕っ節の強いエルマがなったかもしれないし、酒場でエールを配るのがメインのリリーが勇者になる可能性もあった。もちろん、その母親の料理を作るリーザさんでさえ、勇者になる可能性があったのだ。


 今も続く問題。勇者の村の出身者は、誰もが勇者として戦う覚悟を持たなければならない。

 ただ、覚悟が半分で、もう半分は期待だ。

 物語の主人公である勇者。村の子供達はみんな、自分が勇者になる可能性を期待していた。




 村の子供は、まず親に連れられて戦いを覚える。

 慣れた頃から、やがて村付近での簡単な狩りや討伐を同世代の子供たちだけで行うようになる。

 僕と姉貴も、そうやってコンビを組んでいた。


 僕と姉貴の、遠距離近距離コンビ。

 幼いリリーと、現旦那のザックス少年。

 少し上の年代で頼りになる、腕っ節のいい大鉈のエルマ。

 木こりと大工見習いの、斧とハンマーのトーマス。

 そして……姉貴と剣を競ったリヒャルト。

 同世代でよく、ゴブリンを討伐しに行った。


 隣の家のリヒャルトは、よく姉貴と模擬戦をしていた。

 勝負は……五分五分だった。どちらかというと、リヒャルトの方が勝ち越していたと思う。

 上背のこともあるが、リヒャルト自身が強かったことも多い。

 剣を競い合う二人は、仲が良かった。


 姉貴も、同年代では一番剣の扱いが上手い彼を意識はしていたと思う。

 多分リリーもエルマも気付いていた。

 剣は強いけど、見た目はさらさらとした金髪の綺麗な顔立ち。

 家ではそんなリヒャルトのことを、優男君と呼んでいた。


 姉貴が誰かのことをあだ名で呼んでいたのは、後にも先にも彼だけ。




 両親が死んだ後も、なんとか生活する上では立ち直ってお互い武器を持った。討伐には今まで以上に真剣になっていたし、皆とも同じように戦いに出られていたと思う。

 順調とまではいかないけど、この関係が続くと思っていた。

 ……姉貴が、勇者になるまでは。


 姉貴が勇者になったことは、すぐに広まった。ある日朝起きたら力が湧いていると言い出して、まずはリリーに背中を確認してもらった。勇者の紋章があったことを確認すると、すぐにいつもの仲間たちで山に行った。


 勇者となった姉貴の片手間の矢を消費しない攻撃魔法は、僕の十年分の鍛錬の魔矢を上回っていた。

 ———姉ちゃんを守ってやる!

 それを見た瞬間、もう僕の役目はないと思った。


 そしてもう一つ。姉貴の筋力が勇者のそれになっていた。

 山で一通りの討伐を全て一人でこなしてしまった姉貴は、帰りにリヒャルトと模擬戦をした。

 ……試合は、三回連続で姉貴の圧勝。

 頭二つ大きいリヒャルトの振り下ろしを、姉貴は片手剣で軽く打ち払った。自分の大剣を吹き飛ばされたリヒャルトはしりもちをついて、負けを認めた。

 その直後、姉貴は勇者専用の強化魔法を突然使い、片手で素振りを始めた。剣圧でリリーのスカートがめくれかかって、姉貴が笑いながら謝る。


 誰が見ても、姉貴が手加減をしていたことは明白だった。

 その時姉貴を後ろから見ていたリヒャルトの顔は今も忘れられない。


 以来、リヒャルトは姉貴を避けるようになった。

 一度姉貴から詰め寄ったことがあるらしいけど、確か「ミアには分からない」みたいなことを言われたと聞いた。

『あーあ、強さがいい意味で見た目と違うイイ男かと思ったのに、中身のほうは悪い意味で見た目と違う男だったわねー』

 姉貴は急速にリヒャルトに対して興味をなくし、あまり話題にも出さなくなった。


 リヒャルトは、いつの間にか村からいなくなっていた。


 -


 そのリヒャルトが、目の前にいる。

 五年ぶりに見る姿。僕より背丈が高く、また流れるような金髪は肩より長い。まさに王子様然としている。


 まだ呆然としている様子だけれど、声をかけてみよう。


「ええと、聞こえているよな?」

「……ああ」

「リヒャルトだよな、覚えているか」

「もちろん、ライだろう。久しぶりだね」


 ……よかった。恐らく彼以上に僕が警戒していたけど、いきなり襲いかかられるということはなさそうだ。


「本当に久しぶりだなあリヒャルト、この辺りに住んでいるのか?」

「そうだよ、今はレノヴァ公国で活動していてね」

「近いんだから村にだって顔を出せばいいのに」


 村に関して話を振ると、分からないぐらいほんの一瞬苦い顔をして……すぐに軽い感じで返事をした。


「いや、特に戻る予定もないよ。あまり村に未練はないし」

「そうかい? 姉貴とも久々に会っていけばいいのに」

「……何かミアに言われたかい」

「んー、最近見てないって言ってたぐらいで特には」

「そう、なのか」


 上手く隠したつもりだけど、どうやら先ほどに比べて明確に安心している様子だったことから、やはりその頃のことを意識しているんだろう。

 姉貴が勇者になったこと。そして圧倒的に勝てない存在になったこと。

 それに関して姉貴がどう感じているかとか、言っていたかなど。


「ところで……」


 今度はリヒャルトから話題を振られた。


「そこにいる魔族は、まさかライの知り合いなのか?」


 ……当然、それは気になるよな。

 僕は数メートル先にいるリヒャルトから、ユーリアが真後ろになるよう位置を変えて後ろを向き、彼女に小さく一言告げた。

 ユーリアの返事を確認することなく、リヒャルトの方へ向き直る。


「ああ、僕の信頼できる魔人族の仲間だ」


 ———そう言った瞬間。

 目の前の彼は、両手を広げて声のトーンを一段上げた。


「なんと! まさか両親を殺されてから! 魔族を殺すために鍛錬をしてきたライが! その両親のかたきである魔族と一緒にいるなんて! あれほど魔族を憎んでいたのに驚きだよ!」

「別に魔族を憎んでは———」

「ハイリアルマ教の信徒代表みたいに熱心だった君が! 魔族が騙しているという教義を知らないはずがないだろう! 優秀な君が強いと言ったんだ、きっと騎士団より! この場所の誰よりも強い力を持つ存在なんだろう!」


 それはまさに演説だった。

 彼は僕というより、周りの人全員に言い聞かせるように喋っていた。

 人は信頼できる相手だったとしても、未知のレベルの強さを持った者にはどうしても警戒心を抱いてしまう。それが魔族という最近まで不透明な存在だったのなら尚更だ。


 ……もちろん僕も黙っているつもりはない!


「いざとなるとあまり関係ないことさ! 今この瞬間殺されるかどうかという場面なら、当事者にとっては明日助けてくれるかもしれない騎士団より、今日助けてくれる魔人族を選ぶのは当然のことだね!」

「……!」

「少なくとも、この場所にいる人達はそう思ったんじゃないかな! どうだみんな! 人類のために今は死ねと言われて、大人しく魔人族の助けを借りることなくキマイラの餌食になる気になるか!?」


 こちらも畳みかけさせてもらう!

 長期的に見て人類の敵だとか、種族に騙されているだとかそういうことが例えあったとしても、自分の命とは天秤にかけられない。

 そう、誰だって将来的に国がどうなるかという遠い不確定要素より、今自分が生きていることが大事なはずだ。

 だからキマイラ討伐をユーリアが完遂できたことは、この会話をする上で非常に有利なことだった。


「キマイラを討伐できるのは———」


 この場ではユーリアだけ、と言おうとしたところでユーリアが叫んだ。


「ライ様、き、来ます! なんで……!?」


 戸惑った声は一体何が理由なのか。そんな疑問は、すぐに目の前の光景で明らかになった。


「キマイラが二匹!? またなのか、なんなんだ本当に……!」


 僕は再び、キマイラに油断なく魔矢を撃って牽制する。しかし相手側も今度は警戒していたのか、かするだけになってしまった。


「や、やらせない! 『エアカッター・クアッド』!」


 僕が外した相手にユーリアの魔法が炸裂する。キマイラは回避したものの、後ろ足を二本とも綺麗に切断されて体勢を崩す。

 僕がその瞬間を狙って頭に魔矢を叩き込むと、魔物は力を失って倒れた。


「よし。これで………………ん……?」


 僕がキマイラを討伐すると、何か強烈に違和感がある。


「……リヒャルト、どこに行った?」

「ライ様。あの人でしたら先ほど森の中にキマイラを追って……」


 今のほんの一瞬で、リヒャルトがいなくなっていた。

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