キマイラの謎に挑んでいきます
僕はまずは姉貴とレオンに聞いた。
「情報の擦り合わせをしよう。二人が南門で見たキマイラはどんな奴だった?」
「馬車を襲ってきた奴と一緒よ」
「じゃあ助けた人の方は?」
姉貴は嫌なことを思い出してか眉根を寄せた。代わりにレオンが答える。
「商人だったね。ミアさんに食ってかかったのはその娘だよ」
「レオンから見た特徴を」
「気が多少強そうに見えたのはミアさんに言い返したからという部分も多いだろうけど、それを差し引いても気が強そうな美人……というより少女みたいな年齢といった方が近いかな」
ふーむ……商人の美少女の娘か……。
……ん?
「リンデさんと昨日行った東門もそんな感じでしたよね」
「そですねー。今日は商人っぽい人いなくてキマイラしかいなかったんですけど、よく見てなかっただけかもしれません」
リンデさんの報告を受けて、姉貴に「あたしはー?」と聞かれながら抱え込まれて姉貴をベタ褒めするという、のろけを披露している姉貴を無視してレオンに質問をする。
「偶然だと思う?」
「どうだろうね。ライが探偵役なら、こういう場合は……魔人王国図書館にあった推理小説なら、天才的なひらめきとか、発想の転換とか、別の視点などを駆使して解決するんだけど」
発想の転換、別の視点か。
ううん、情報があればあるほどいいけど、今の段階で得られる情報はここまでで全てだろうと思う。
……いや、全てだと思い込んでいること自体が頭が固いのかもしれない。
勇者の弟に相応しい賢者というほど頭は良くないだろうし魔法も得意ではないけど……それを目指すぐらいの活躍はしたい。
共通点なんて、それこそキマイラが襲ってきたことを除けば、昨日も商人の令嬢だったというぐらいで……だけど、昨日出会った子は可愛らしいというか、リンデさんに対しても拒否反応を示さないから別の令嬢なんだろうと思う。
……。……まさか?
「すぐに問題が解決できるとは限らないけど、調べたいことがある」
「いいわよ、誰もなんも思いつかないだろうし。どこへ行くの?」
僕はみんなを見渡して、その気になる場所を話した。
「西門。襲われなかった商人を見に行こう」
僕達が西門に到着したときには、もう商人の馬車は別の所に移動していた。
「ユーリア、分かる?」
「はい。どうやら北側に向かったようですね」
「さすがだよ、行き先を教えてほしいけどいいかな」
そしてユーリアの指示を受けて小走りに移動をすること数分。荷物を積んで護衛が乗った馬車が現れた。
「そういえば昨日の馬車は護衛が少なかった。姉貴のところは?」
「逃げちゃったのか全然いなかったわねー」
それも条件が近い感じだろうか。たまたま……とはちょっと思えないな。
馬車の護衛を見る。じっくり見ていたらそのうち一人と目が合った。
不審に思われているだろうか。馬車の動きに合わせてこちらから声をかけよう。
「お疲れ様です」
「ん、おう。何か用かな?」
「門の前でキマイラを見なかったか気になりまして」
僕がそう言うと、その人は後ろを振り向いて、向こうから軽い感じの青年が大きな声を上げた。
「ほら、ほら! やっぱそーでしょ! 見間違えじゃねーっすよ!」
「おうおう、分かったからちょっと黙ってろ。君はどこでその情報を?」
「南門に現れたキマイラが、西を迂回して北に逃げたと聞いたので」
「ほら! やっぱそうだ!」
青年に対して、その隣にいた三人目の護衛の人が頭を殴る。「あいてっ」という声とともに頭を押さえる男性を見ながら、僕は護衛の人に質問を続けた。
「この馬車は一切見向きもされずにってところでしょうか」
「そうだな。護衛が六人と多かったからなのかはわからん」
「ちなみにですけど、雇い主はどのような方ですか? 差し支えなければ教えていただけると」
「んー……別の街の奴か? まあ思いっきり堂々と横に書いてるし隠すでもないか。ほら、レノヴァ公国で市場のソーセージを扱ってるルエル商会の運送馬車だ」
ルエル商会、という名前と馬車の横に入ってある綺麗な焼き印。その名前と紋章は、もしかして……。
「ビスマルク王国にソーセージを買い付けた帰りに、チーズを売りに来ていたりしませんか? よく買っているので」
僕が答えると、護衛の人は警戒心を解いた。
「なんだ、王国の奴か。知ってるんじゃないか」
「ええ、よく買わせてもらってます。姉貴も好きで」
僕が後ろを向くと、姉貴達が魔人族の三人と一緒にやってきた。そして正面振り向くと……当然護衛の人達はかなり驚いていた。
「青い肌の噂……ほんとに角が生えてやがる。……魔族がメンバーってことは……本物の……」
「護衛の方も情報は詳しいですね。はい、勇者ミアのパーティです。だから僕は勇者ミアの弟ですね」
姉貴が手を振ると、護衛の人達はここぞとばかりに集まってきた。
「勇者様! 噂どおりの赤髪の戦士と聞いていましたが、まさか本物を見ることが出来るとは」
「『腕折り』の怪力勇者……すげー本物初めて見たっす。あれ、『玉潰し』のミアだっけ、忘れたっすわ」
「お、おいバカやめ……あっ」
姉貴、笑顔のまま器用に顔に青筋立てる。
「どうやら君、命はいらないみたいね」
「す、すみませんでしたーっ!」
ちゃらい青年君、全力で謝る。姉貴にとって腕折り事件は逆鱗中の逆鱗だからね。迂闊に触れると竜の怒りを受けるよ。
「ほら、姉貴。ここの商人のところのチーズだよ、ハンバーグに入ってるやつ。レノヴァの輸入品で安くても使い勝手がとてもいいんだ」
「あー。そりゃお世話になってるわね商人さん」
僕達がそんなふうに世間話に花を咲かせていると、馬車の扉が開いた。瞬間、護衛の人が一斉に武器に片手を置く。うん、ノリは軽いけどよく鍛えられた一団だ。
「何やら楽しそうな話をしているじゃないか」
「トマ様!」
護衛のリーダーらしき人が叫ぶと、トマ様と呼ばれた人は片手を上げて返事をし、姉貴の方を向いた。
「おお……そちらが、ミア様ですね。うちのチーズを贔屓してもらってありがとうございます」
「弟の料理の中でチーズを使ったものが一番のお気に入りなのよ、これからも王国の方にチーズをお願いするわね!」
「それはいいことを聞きました、生産者の人にも伝えましょう!」
ここにきて、話の材料に姉貴の知名度と僕の料理が繋がった。相手からも非常に好印象、良い感じの雰囲気になっている。
……見たところ、恰幅のいい男性だ。勇者の姉貴と楽しそうに話をしているのが少し顔を窓から出したトマ・ルエル様一人であることを考えると、恐らく中に乗っている人はいない。
「魔人族の方も初めて見ました。話しかけても大丈夫とは聞きましたが」
「リンデちゃん、いいわよね」
「は、はいっ! どーもどーも、えっと、一緒に行動しているジークリンデっていう者です。ライさんのチーズ入りハンバーグはとてもおいしくて、暖かいチーズって不思議な食感なんですけどとっても大好きで、えっとえっといつも食べさせてもらってます!」
「はっはっは、いやいや伝わっているよ、ありがとう。勇者も魔族もお気に入りのチーズとは、これはいい広告になりますね……!」
さすが商人、商魂たくましい反応だ。いつもお世話になっているし、存分に利用してもらおう。
「今日はトマ様はお一人ですか?」
「ああ、そうだよ。何か用事があったのかな?」
「ちょうど護衛の方に聞きましたが、キマイラが出ていたので討伐に向かおうかなと。でも今のところ大丈夫なようで安心しました」
「なんと勇者様直々に……それはわざわざありがとうございます」
トマ様は最後に「是非私の店へも来てくれよ」と言い残し、窓から腕を出して軽く手を振った。その姿を見て僕は足を止める。
「キマイラの討伐に向かうの?」
「向かわないよ?」
さっきのやり取りですっかりその気だったのか、僕の返答に姉貴やみんなはちょっと面食らっているようだった。
「はあ。じゃあ何? 目的は何だったわけ?」
「トマ様の顔を見ることかな? キマイラが出たかどうかはどうでもいいよ、ユーリアの索敵能力を全面的に信頼してるからね」
ユーリアが照れた顔でお礼を言いながら頭を下げたのに対して片手で軽く応える。本当にキマイラの追跡を行ったり、馬車の移動経路を調べたり、本来はこんなに軽く扱うことも気が引けるぐらいの天才的な大魔道士様だ。
「僕が気になったことはただ一つ、美少女がいなかったどうか」
「ライが急に面食いになってうける」
「ら、ライさん本当なんですかっ!? やっぱり他に人間の女の子が……」
「あーっ違いますって! そうじゃなくて!」
こ、言葉が足らなかった! リンデさんにその誤解はしてほしくはないっ!
「ほ、ほら! 僕とリンデさんが助けたのも美少女、姉貴が助けたのも美少女だったじゃないですか!」
「そ、そうですけどっ!」
「初日はもう一人、お店のおばさんが男勇者の話をしていたんです。だから、もしかしたら、件の男勇者は女性しか助けないのではないかと」
指摘としてはあまりにも雑というか、もはやそれぐらいしか共通点がない話だった。しかしもうこれを外してしまうと、後はキマイラに襲われたという部分しか一致点がない。
「……た、確かに女性しか助けないのなら、そうですけどぉ……」
「でもキマイラが出たから助けただけじゃないの?」
「そこなんだよなあ……」
僕は姉貴の指摘に対して明確な答えをまだ持てなかった。
「……そういえば、南門の周りはどうだった?」
「はー、あたしにそれ言う? なんだか助けに入ってきた勇者様で持ちきりよねー。視線も痛いしやってらんねーっつーの」
やはり姉貴はその様子を話すのは嫌そうな感じだった。
「そうか。じゃあ昨日の東門もそうなっていた可能性はあったかもなあ。そして魔人族に関しては……東は分からないけれど、南は難しそうかな。今日の町中を見る限りでは悪い反応にはならないと思うけれど」
……何か、まだ見落としているものがある気がする。情報はこれ以上集まらないだろうし、もう少し考える必要があるだろう。
まず、キマイラが襲ってくる。
そして門の前で勇者が助けに入って、キマイラは逃げる。
助けられた女性は、男勇者のことを信用する。
それが一連の流れだ……。
………………ん?
「リンデさん」
「は、はいっ!」
「キマイラは森に逃げた、と言いましたよね」
「はい、そうですですっ!」
リンデさんが向かって、逃げられた? あの視界に納めた瞬間一瞬で倒してしまうリンデさんが、キマイラを見つけて逃げられた……?
もしかして……。
「リンデさんが助けに入ったとき、誰かが襲われていたわけではないんじゃないですか?」
「あっ、そうですね」
「ユーリア、キマイラが騒ぎになった時点でキマイラはどういう行動を取っていた?」
「あの直後ですか? でしたら南門も東門も既に離れ始めていました。……ん? あれ、おかしいですね……」
ユーリアもその不自然さに気付いたみたいだ。
「南門は勇者が助けに入って逃げ出したのは分かります。じゃあなんで、東門は逃げていたんですかね……?」
そう、そこなのだ。
東門のキマイラが何をやったか全く分からない。人間の被害があったとしたら、リンデさんが見逃すはずはない。
しかし、キマイラが襲ってくる理由があるとしたら?
「なるほど……」
「ライ様?」
「もしかしたら、明日になると分かるかもしれません。ユーリアさんには少し負担をしてもらいますが、大丈夫でしょうか」
「はい! 私の能力がミア様やリンデ様のお役に立つのでしたら、いくらでも命令してくださいませ!」
僕はユーリアからの返事に頷きながら、再び西門を見た。
———姉貴の弟として、必ず捕まえてみせるぞ、偽勇者。
-
「まだ、戻っていない?」
「はい……」
あの時のごたごたですぐに見失ってしまったアンリエット様は、今日姉貴と会ったことで屋敷に帰ると思っていたのだけれど……まだバリエ家に戻ってきていなかった。
「しかし……そうですか、あの子に会いましたか」
「ええ、オレールさんが探していたこととかちゃんと喋ったから、きっと大丈夫だと思うわ」
「そうですか……ありがとうございます。ミア様にこうして助けていただいて、本当に頭の下がる思いで……まったく、ミア様になんと迷惑を……」
「いいっていいって、反抗期ってやつができるうちにやっちゃえるのもそれはそれでいい思い出よ。娘離れする日には仲良いと思うから、存分に娘のツンツン具合を今のうちだけかもしれないんだから楽しんでおきなさい」
「……ミア様……」
両親との関係をやっていくというのは、本当にお互いが生きている内だけの特別な関係だ。親子の時間と関係、それは平民でも貴族でも全く変わらない。
姉貴はアンリエット様のことも、いずれいい思い出だと語れるように思っているのだろう。
しかし……今日あれだけ言って帰ってきていないとなると、どうにも本人だけの問題ではない、理由の一つとして悪評と男勇者の話に繋がってくるのではないかと思う。
アンリエット様も、間違いなく分類としては美少女だ。商人ではないしキマイラに襲われたかは分からないけど、関係があると一応考えておく。
その日は期待していただけに、少し暗い食事となってしまった。料理は美味しかったけれど、帰りが遅れて冷めたスープが、必要以上に体を冷ましているように感じた。
翌日は……雨の降りそうな曇り空だった。バリエ家からレノヴァへの三日目が始まる。
「さーて、ライ、今日は何をする? どこにでもついていくわよ」
「いや、姉貴は適当に東の方でも行っててくれ」
「……へ?」
僕は、今までで唯一二人きりで行動を取っていなかった、その人物の隣に行ってみんなを見渡す。
「今日は、僕とユーリアだけで行動する予定だよ」