思わぬところから変化がありました
今日やったことが、良い方向に向くか悪い方向に向くかはまだ分からない。だけど、まずはどれほどの効果があるか様子を見るため、時間も遅くなってきたので一旦バリエ領へ帰ることとなった。
馬車の人は事前にオレール様が準備していたもので、偏見もなく綺麗な馬車に乗り込むことができた。
「なんかごめんね、ライ」
「なんで姉貴が謝るんだよ」
「んー、付き合わせちゃって早々頼ることになっちゃうとは思わなくてね。ついてきてくれて食べ物くれたらそれだけで十分だったからさあ、まさかあたしが出向いてストレート解決できない事案なんて」
そうか、姉貴は助けを求める声があれば飛んでいき、その勇者の圧倒的な能力でどんな問題も力業で解決していった人。だから今回のように上手くいかないことは、あまりなかったんだろう。
「いや、頼れるところは十分頼ってくれよ、そもそも僕含めて人類みんな姉貴に頼りすぎなんだから」
「アッハハハ言ってくれるわね、でもそーね、あたしに対等に話しかけてくれる人間って、ライとかリリーみたいな村の人間ぐらいよ」
「僕や魔人族の仲間がいるうちは、休みまくっていいんじゃない?」
「そうね! じゃー寝る! あ〜みんな働かせすぎ〜休み取らせろ〜」
姉貴は宣言するや否や、すっかりお休みモードとなりごろんと横になる。そして当然のようにレオンは姉貴の頭を持って、太股に乗った姉貴の頭を撫でている……いやほんと、散々からかってくれたけど姉貴とレオンには負けるよ。
「あたしももーあたまはたらかないー。とりあえず……オレールさんには、どう説明したものかなー」
「言うわけにはいかないよね」
「そーよねえ……」
まさか、オレール様の恩人が姉貴で、姉貴の恩人の魔人族をオレール様の娘が陥れようとしているなんて聞いたら……。
「特に、母親の……伯爵夫人の方に絶対に言わないように」
「わかったわ、人間代表として心苦しいけど全員喋らないようにね」
姉貴の言葉に、魔人族の三人はしっかりと頷いてくれた。
リンデさんも、いつものような可愛らしい顔ではなく、真剣な表情だ。だけど、口角は上がっている。僕のことを信頼していると、表情で分かる。
ありがとう、みんな。……本当に魔人族がこんないい人たちでよかった。
この人たちの心意気を無駄にしたくはないし、人類としてみんなの働きに、必ず報いたいと心から思うよ。
姉貴と目が合った。小さく頷いたその目は、僕と同じように今の問題に対しての決意に満ちあふれていた。
……顔は九十度傾いてるままだけど。
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屋敷に戻った僕たちは、オレール様に今日の成果があまりなかったことを報告した。
「それらしい人物はいたそうです。背の高い身なりのいい女性だと」
それが娘であることを確定させると、とりあえずオレール様は息をついてソファに座った。
「そう、ですか。いえ、娘が無事だということが分かっただけで今日の成果としては十分です、ありがとうございます」
「いーってことよ! あたしとアンリエットの仲だもん、間違ったことしてたら殴ってでも連れて帰るから!」
「な、殴るのは遠慮していただけると……」
ごめん、オレール様。今の姉貴を止められる人はいない。リンデさんの方が強いけど絶対顔見て悲鳴上げちゃうし、レオンは…………いや、レオンならいけるかも……。
「どうしたんだ、ライ」
「ああレオン、なんでもないよ」
僕は彼が気にしないよう話を切り上げた。
「大丈夫、暴走しそうになったらしがみついてでも止めるよ」
……ばれてた。ほんと、レオンはいい男だよ。
報告も終わったところでディナーとなり、再び出てきた料理に舌鼓を打ちながら僕は料理の内容を厚かましくも聞きにいった。
せっかくだし、こういう機会も全て自分の糧にしていこう。
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すっかりリンデさんとのベッド生活も慣……れるわけないです。
「ん…………、あ……おはよーございます」
「……はい、おはようございます」
「えへへ……」
リンデさんの甘え方も、寝起きだからなのかだんだん積極的になってきて、朝の僕は両腕で抱き寄せられながら、首元の匂いを嗅がれる。
そして必然と、いろいろと密着しながら、リンデさんの匂いが頭を侵略してくる。……もう、この匂いが、色っぽいというより安心するレベルになっているあたり、完全に僕の心はリンデさんに無条件降伏しちゃってるな……。
朝食の声でリンデさんが離れると、僕も頭からベッドの中の空気をなんとか振り払って、朝食を取る。
「ライ、今日は」
「分かってるよ、覚悟しないとね」
姉貴も、昨日の今日でどこまで変わるかは分からないけど、レノヴァ公国の街がどうなっているかは覚悟しているのだろう。
「ま、多分大丈夫よ」
と思ったら結構楽観的だった。
まあ確かに、姉貴は深刻な顔をしているよりはどっしり構えている方がこちらとしても心の余裕ができる。
レノヴァ城下街前に到着した。やはりバリエ伯爵の馬車であることの信用が大きいのか、門の中に入るまでは昨日と同じようにすんなりいった。
そして馬車を降りて、レノヴァの街に降り立つ。
「……」
昨日と同じように、周囲の人達は僕達のことをジロジロと見る。しかし……。
「昨日ほど、悪感情はない……?」
そうなのだ。まだ現段階では何とも言えないけれど、僕もそう感じる。少なくとも昨日みたいな、露骨な嫌悪感のようなものはない。
「効果が出てるのかしら」
「昨日の今日で出ているとはとても思えないけれど、でも反応が悪くないのはありがたい。どうする? 解散して歩く?」
「できれば一緒の方がいいわね、どっちみちライだけだとアンリエットが誰か確証が持てないだろうし」
確かにその通りだ、身なりが良くて背が高いというだけでは、被る人もいるかもしれない。
姉貴は僕の方を向いて顎で先を促した。
「ライが昨日行ったルートを見ていたいから、ちょっと先に歩いてみてよ。あたしら後ろからついてくから」
「面白いルートではないけど、いいよ、わかった」
僕はリンデさんを呼ぶと、笑顔で手を繋いできたリンデさんに少し照れつつも、昨日と同じ東回りの道へと入っていった。
後ろから「ほほ〜」という軽薄な声が聞こえてきたけど無視。
街の人と目が合う。
次にリンデさんの方を見る。
すぐに視線を外す。
「……どうですか、リンデさん」
「はい。警戒されていないこともないのですけど、昨日よりもかなり柔らかい感じですね」
リンデさんは後ろを向くと、ユーリアにも声をかけた。
「だよね?」
「はい、私もそう感じます。昨日は、もっと……その、私たちの姿を確認すると、建物に身を隠していたりしていました」
そう、警戒しているというか、物珍しさのレベルまで緩和しているような気がする。少なくともひそひそ話をしながら路地裏に入っていくような、あの昨日の気まずさは感じられない。
ちょっと早い気がするけど、昨日の茶番……もとい、大立ち回りの効果が出ていると見ていいんだろうか。確定はできないけれど、でもいい傾向だ。
「リンデさん、これなら……」
「はいっ! 大丈夫です! ちょっと注目されるぐらいなら全然平気ですから! 実際目立つと思いますし!」
今日のリンデさんは、笑顔だ。よかった……。
「……えへへ、昨日はあまり繋いでいる感触を楽しむ余裕がなかったから、今日は……」
リンデさんが、何か呟いたかな? と思うと……なんと僕の腕に、腕を絡ませるように、体全体が当たるような組み方をしてきた。
「おー、リンデちゃん見せつけていくわねー」
後ろからの冷やかしの声に反応する余裕もなく、リンデさんの感触が伝わっている。そして伝わって居るであろうことがレノヴァ公国の人達からよく見える。二重の意味で注目の的だ。は、恥ずかしい……!
右を見ると、笑顔のリンデさんと、ふわふわと揺れる髪が目に入る。
……この笑顔が保てるなら、ちょっと恥ずかしいぐらい、いいかな。
それに、その……僕も嫌ではないし。
「……はぁ……」
ふと聞こえてきた溜息に後ろを向くと、姉貴とレオンが仲良く手を繋いで歩いていて、ユーリアが手持ちぶさたにしていた。
溜息が僕に聞こえたことを気にしてなのか、両手を口に当てて気まずそうに頭を下げていた。だけど、僕としては全く気にしなくていいし、何よりユーリアを余りにさせている現状は、正直かなり申し訳ない。
行きの馬車では一番の活躍だったぐらいだもんなあ。
「んー、ユーリアちゃんもあたしと手繋がない?」
「えっ! えっと、いいんでしょうか」
「お兄さんには遠慮ないのに、お姉様には一歩引いちゃうの? それはちょーっと悲しいかなー?」
姉貴が積極的に攻めていって、結局ユーリアは反対側から手を繋いで引率のお姉さんみたいになった。ユーリアは最初恥ずかしそうにしていたけど、レオンと目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに頭を掻いて、そのまま歩き出した。
「……おっ、昨日のじゃないか」
その人は、僕へ最初に『魔族に関する噂』を伝えてくれたあの調味料売り場の男性だった。
「おはようございます、今日もこちらに来ました」
「ああ。君、ひょっとして昨日、何かやったな?」
僕は男性の発言を聞いて、予想が確信に変わった。
「ということは、誰かからまた別の噂話を貰ったんですね?」
「そうだ。昨日な、青い魔族は悪人じゃないらしい、信じた人間は頭の良い何者かにタダ働きさせられているって噂が晩ごろ流れてきてな」
やはり、昨日姉貴と演じた話が噂となって人々に広まっているようだ。……よかった、これだけすぐに広まってくれたら動きやすい。
……それにしても、話が広がるのがとても早いことももちろんだけど、すんなりみんなが信じてくれたことも驚いた。
運が良かったんだろうか。
「そうそう、魔族のあんた。昨日はすまなかったな」
「へ……ふぇっ!?」
なんと男性は、リンデさんに直接声をかけて謝った。
これには僕も驚いた。リンデさんはもっとだろう。
「あー、なんだ、すっかり話を鵜呑みにしてしまってよ。なんでもあんたら、そっちの奴らのことを何度か助けたんだって?」
「え?」
「勇者を助けるってのは殊勝だな、あんたの働きに期待するよ」
更に男性はリンデさんと姉貴との活躍を応援した。
……ん?
「どうして、勇者に協力しているって知っているんですか? 確かに事実ですけど……っていうか今もそうですけど」
「そりゃ昨日からそっちの噂の方が流れてるからな。……いや、お前さん今なんていった?」
「今も……ああ、そういえば言ってませんでしたね。姉貴!」
僕は後ろの姉貴を呼んでくる。もう手は離しているけど、店の人はレオンを見て、先日会ったことを思いだしたようだった。
「ライ、あんたこの人と随分仲良いみたいだけど誰なの、レノヴァに知り合いなんていないわよね」
「以前来た時にレノヴァ料理のスパイスとか。ベアルネーズソース用のエストラゴンを売っていた人だよ」
「はー……なるほどね」
呆れたように笑いながら、姉貴は男性の方へ振り向き、腕を差し出し気さくに握手をする。
「どーも、ライ好みのいい店をありがとう。あたしはビスマルク王国から来た『勇者ミア』よ。今日はオレールさん……ああ、バリエ伯爵ね。今日は彼の家からやってきたの。この間はレノヴァ公爵にも一応挨拶にいくつもりよ」
「……ゆ、勇者様でしたか! ということは、彼は……」
「あたしの弟よ」
お店の人、目を見開いて驚いていた。まあそりゃあ、魔人族を連れて歩いていた以外は割と普通の僕が、勇者の弟だっていきなり言われたら驚くよなあ。
「そ、そうだったのかあんた……」
「僕自身は勇者でも何でもない、姉貴には逆立ちしても勝てないような普通の立場の人だから、気さくに接してもらえればと思いますよ」
そう言うと、彼は少し戸惑っていたけど、すぐに笑って「そうか」と態度を戻してくれた。
「よし、今日も何か買っていくか? 折角だしちょっとはまけとくぜ」
「本当ですか! それは嬉しい。じゃあ今日は……あっ、スターアニスですか。可愛らしいですね、これを」
「さすがお目が高い、竜帝国方面から入ったばかりだが使い方が分からないとなかなか出なくてな」
よし、今日もいい買い物が出来た。
僕は買い物も終えて、すっかり顔を覚えたその男性に別れを告げた。
再び昨日と同じ、中央広場付近まで戻ってくる。
「……それにしても、出来た知り合いがいかにもライって感じよね」
「どういう意味だよそれ」
「ライ以外は分かってると思うわよ?」
姉貴の言葉にみんなを見ると、なんとも温かい目で見られて苦笑されていた。あ、あれ……?
「ところで……あたしとリンデちゃんのこととか、街の人に広めたの?」
「いや、そんなことは…………あ、ああっ!」
僕は、昨日その何気ない会話をしたことを思い出した。
あれは確か……!
ユーリアの方を見ると、目線を逸らした。もしかして……ここまで読んでいた?
まいったな、さすがはレオンの妹というところだろう。
こういう過去を告白するような話が効果あるかどうかっていうのは、当人だったら思いつかないものだ。
意図的にしようと思うと、ちょっと自慢話になったり苦労話の押しつけっぽくなったりするだろうし……でも昨日は自然にその話をできた。
「ライがあたしの来る直前に話してたってこと?」
「そうだよ。二人にはリンデさんとの出会った時の話を詳しくしてなかったから、せっかくだし待ってる時間にと思ってね」
「なるほどねー、それが好評だったワケだ」
姉貴はリンデさんの頭をいつかのように撫でると、リンデさんは恥ずかしそうにしながらも、出会った時のことを思い出して少しいつもより大人びた、優しい顔で微笑んでいた。
「それじゃ、昨日の不安も晴れたことだし、いっちょ西側いってみますか!」
「ああ、この調子ならかなり気が楽だよ」
姉貴が自信満々、広場を通り抜けて西側へ行こうと歩き出すと———
「———どういうことなの! なんでみんな私の言うことを聞かないのよ!? 昨日まではあんなに上手くいっていたのに……!」
西側から中央広場まで、大声を上げながら歩いてくる綺麗な女性がいた。周りの人達は、その人の迫力に気圧されてか、避けている。
ぶつぶつと「このままじゃ」と呟きながら綺麗な手の爪を噛んでボロボロにしている。
ちょうどこちらも広場の中心に到着した。正面の人は姉貴と目が合うと、怒りと焦りの顔から急転、驚愕に目を見開いた。
姉貴が剣を取り出す。
力任せに地面に叩きつけられた大剣が、広場を揺らす。
周りで悲鳴が上がる。
姉貴が剣を持ち上げて、正面の子に突きつけた。
「会いたかったわアンリエット。……あたしに殺されたくなかったら黙って剣を抜きな」