大胆に演じて、皆の心を動かそうと思います
僕たちは、五人で一言も発せないまま、レストランに向かう。
———魔人族の悪い噂を流しているのは、アンリエット様。
その情報は、今僕たちが関わっている部分に一番悪い形で綺麗に嵌り、それ故に自分たちの中でどう処理していいのか困るものだった。
レストランに入ってまず、肌で感じたのは空気の違い。
「覚悟はしていたけど、ここにも手が伸びているのね」
姉貴は店内を一瞥すると、ランチの時間で慌ただしくしているシェフを一瞥した。
一瞬。
目が合うと、シェフは気まずそうに手元の料理を再び作り出した。
「……行きましょ」
姉貴は無言で、レストランを出て行った。僕たちは普段突っかかりそうな姉貴が引き下がった以上、その気持ちを無碍には出来ないと思って、黙ってレストランを出て行った。
……出て行く直前、シェフの人と目が合った。引き留めようと片手を挙げかけて、そのまま力なく下ろしてバターの入った器に手をかけた。
姉貴はレストランの看板を見ると、空を見て「ふー」と溜息をついた。
「姉貴……」
「なんか、ごめんね。下手に紹介しちゃったから、ライも期待しちゃったでしょ」
「……どうしたんだよ、らしくもない」
そうだ、らしくない。そのことを問い詰めると姉貴も「そうよね」と肯定しながら、西門の方へ歩きだした。
「やっぱり料理ってさ、食べるときの気分ってのが影響するわけよ」
それは、姉貴の料理観だった。
「おいしいと思えるときは、空腹だったり、気分が良かったり、相手を気に入っていたり。逆に満腹だったり、気分最悪だったり、相手が嫌いだったりするとおいしくないものなの」
「……じゃあ、姉貴は」
「あの店は、この辺りで最も高級なお店。でもね、お金を払えば上流階級以外でも食べることができるのよ。今日いた人は、例えばプロポーズ前、例えば結婚記念日、そして例えば、何気ない休日の、初めての贅沢かもしれない……。あそこで怒鳴り込んで無理矢理居座って、魔人族に恐怖している状態で食べた料理は、きっといい思い出にならない。あたしはそういうこと、あのシェフに申し訳なくて、やりたくなかったのよ」
あの場にいた客に罪はない……それは、当然の話だった。
姉貴は、自分たちのやらなければならないことより、あの店に入っていたお客さんの『今』を重要視したんだ。その思いやりは、お世話になったシェフのために他ならない。
姉貴の、勇者らしさをまた垣間見ることができた。
だから僕も、姉貴にちゃんと伝えておく。
「出る直前にさ、あのシェフはすっごく申し訳なさそうな顔をして、片手を挙げかけていたよ。多分嫌ってるんじゃなくて、姉貴に申し訳ないと思っているはず。大丈夫、次に行ったときは快く迎えてくれるよ」
「……。……うん、ありがと」
少し俯いて、返事に詰まった姉貴は……やはり堪えていたんだろう。でも次の瞬間には、表情をいつもどおりに戻していた。
「ってわけで、あたしはライが昼食つくればいいとおもいまーす」
「ま、そうなるよね」
それぐらいの要求は、応えてもいいつもりだ。さっきの姉貴の対応には、それだけの要求をする権利があるって思うからね。
レオンが姉貴のことをかわいいだなんて言った時は一体どの辺りがって思ったけど、きっとこういう内面もちゃんと予想していたんだろう。今も、まるで姉貴ならそうするのが当然といった顔をしている。
「それじゃ、ついてきて」
そして西門を出た僕たちは、森の中でリンデさんが家を出して、その場での昼食となった。
すっかり昼を過ぎている。そこまで時間をかけられない以上、やはりステーキにしてしまうのが一番いいだろう。
手元から塩と胡椒を出し、オリーブオイルを多めに出したフライパンでオーガロードの肉を、やや長めに切ったローズマリーと一緒に焼いて味付けする。肉を焼いた後は、ローズマリーもフライパンを手前に傾けて素揚げにする。
その後は残った油と肉汁に、塩とヴィネガーと、細かくみじん切りにしたオニオン多めとガーリックを混ぜて煮詰めていく。粘度が出てきた……結構いい量になったと思う。オニオンを絞って破棄しようとも思ったけど、勿体ないし多めに作った方がいいかなと思ったのだ。結果的には正解だったんと思う。
姉貴に三往復で机まで運んでもらって、僕はその間にコーヒーを淹れる。勇者をお手伝いさんとして扱うのは、弟の特権です。なんて言うつもりはないけど、ちょっと手が足りないよなって申し訳なく思う。
こういう時に、あのメイド服のエファさんがどれだけ特異な優秀さを放っていたのか実感する。リリーの所で元気よく働いている姿を想像して口元を緩ませながら、僕もコーヒーを持って食卓に座る。
「ふふん、レストランに入れなくても、あたし達にはライとリンデちゃんがいる! だからどんな山の中でもレストランよ!」
「自分で料理しておいてなんだけど、本当にこの移動式キッチンとベッド、冒険者の常識が変わっちゃうね……」
「そのうち拡張して、広い食卓に調度品でも揃えようかしら!」
姉貴の楽しそうな提案を聞いて、それもいいかなと思った。それこそ外からは大扉で入れるようになっていて、ビルギットさんも含めて魔人王国の全員で……いや、まだ見ていない他の魔人王国の方たちも呼べるぐらいのスペースもいいかもしれない。
「マーレさんに、リッター十二人全員を呼んでもらえるぐらいはどうかな?」
「それ、いいわね! ハンスさんとフォルカーさんも呼びたいわ!」
とても楽しそうだ。姉貴の思いきった発言に魔人族のみんなも驚いたけど、次第に笑顔になって同意していた。
……今、姉貴は少し、空元気でテンションを上げている。なぜそう思うかといったら、僕も空元気だからだ。
魔人族への、疑惑の目。
本当に、リンデさんがいてくれてよかった。この家はもはや僕と姉貴の思い出の家というだけではない、今となっては僕らの勇者パーティ全員の最後の砦だ。
「さて、冷めてはもったいない、食べよう」
僕は、何度目かわからないステーキを食べる。まあ予想通り。ステーキソースも予想通りだけど、なかなかソースの味がよかった。オニオンをああやってソースの元にするのはレノヴァの作り方だったけど、あの野菜そのものが非常に何にでも合うだけに、この調理法は何にでも応用できそうだ。
「お、おいしい! あれ!? 今日のこのちっちゃい松さん、とっても食べやすい! なんで!?」
リンデさんが、「ちっちゃい松さん」と呼んだのは、ローズマリーのことだ。
「はい、最初の頃にステーキに使ったローズマリーです。今日は大きめに採りました。そのままだとビリッとおいしくも辛い、ちょっと固めの草なんですが、こうやって素揚げにすることでパリパリと食べやすくなるんです」
「これとってもおいしいです! ぱりぱりだいすき!」
良かった、素揚げは気に入ってもらえたようだ。ローズマリーらしい味はなくなるんだけど、全く違うおいしさを感じるものになる。これ単体で沢山あってもよさそうなぐらいの食べやすさだ。
「はぁ〜っ、ほんとにおいしいです。ライ様とご一緒できるなんて、陛下には非常に申し訳なく感じてしまうぐらいですね」
「だよね、だよね! ユーリアちゃんも報告に帰らなかった私の気持ちが分かるよね?」
「さすがに陛下の命令に逆らうのは、なんて思っていましたけど、毎日このレベルのものが三食出てくるのなら、猪肉の素焼きだけのキャンプには一日たりとも戻りたくなくなる気持ちもわかります……。アマーリエ陛下も、思いっきりライ様が信仰対象になっちゃいましたもんね……」
目の前でそこまではっきり褒められると、さすがに照れるよ……。まさかのビスマルク王にとっての女神ハイリアルマ様が、マーレさんにとっての僕になっちゃったよ……。
「ははっ、そのうち世界中のレストランのシェフ、神様になりそうだ。魔人王国は多神教へシフトしました、原因はライだよ」
「レオンそれ冗談で済まない可能性あるからやめてくれよ」
「先に我らが最高神に、たくさん媚びを売っておく方向で頑張るよ」
レオンの軽口にはすっかり優雅な羽が生えて空高く飛んでいる。
「じゃあライが神様なら、リンデちゃんが女神様ね!」
「えっ、え、ええっ!?」
リンデさんが、女神かあ。でも僕にとっては、本当に女神みたいな素敵な女性だからなあリンデさん。
「ないわね」
「そうですね」
「え、えー……自分で振っておいてそれですかー……」
なんて考えていると正面のすっかりノリの良くなったカップルから冷や水が浴びせられてリンデさんがすぐにテンションダウン。
「じゃあリンデちゃん、自分女神様なんてキャラだと思う」
「全然思いませんね!」
あっさり事態してしまった、残念。でもリンデさんは、そういう偉いポジションというより、もっと地に足の着いた姿の方が似合うと思います。
実際は、魔人族の女性の中でも群を抜いた天才剣士の立場なんだけど。
コーヒーを飲みながら、そんな談笑をして和やかな昼食だった。
レストランに入れなくても、大丈夫。今日はあのシェフの代わりが僕なんだと思えたら、料理を作ったことによるリンデさんの笑顔をもらえるこの時間でさえ、感謝してもいいぐらいだ。
それはそれとして……。
「……一応広場では大立ち回りってほどじゃないけど、ああいうことしたからちょっとはレノヴァのみんなのプライドってものにも期待したいわよね。でも相手側が動くなら、こっちがもっと積極的にアピールした方がいい」
……もちろん、やはりレストランに入って微妙な空気になるほど話が広まっているというのはいただけない。
やはり、みんなで大手をふるって歩いてこそだ。魔人族を受け入れたことは、間違いなく僕たちにとっていいことだったから。
「さーって、昼からも出向くわよ!」
「作戦もなしに?」
「午前中にやったようなことをそこら中でやりまくるわ、ライも何度か同じようなやりとりをやってね! 期待してる!」
姉貴はもう決定といった感じで、ちゃちゃっと決めるとレオンを抱きかかえながら家を出てしまった。僕はちょっと置いて行かれてるリンデさんとユーリアに目配せすると、肩を上げて苦笑しながら姉貴に続いた。
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昼からは、本当に大立ち回りだった。
「魔人族は人間の味方! ビスマルク王国を襲ったデーモンとは違うわ!」
「勇者ミア! 彼らを責めないでやってくれ! この人たちは不安になる心を利用されただけの、知らなかった人たちなんだ!」
「ライ! あんたはそれで納得しているわけ!?」
「ビスマルク王国は実際に、放っておくと勝手に滅んでしまっていた城下街を魔人族に救われたから、皆人類の味方だと分かっている! でもこの人たちはそうじゃないんだ!」
我ながら、舌の乾かぬうちによく言うものだと思う。
姉貴のことを勇者ミアと呼ぶのは、僕のことをわざわざ弟だと認識してもらう必要がないからだ。ぶんぶん大剣を片手に振り回している怪力勇者が、魔人族を擁護しているということが一目で見て分かればいい。
ちなみに右手で大剣を持っている姉貴、左手で怪力アピールのためにレオンの太股に手を入れて、左腕一本で抱えている。あっこら、お尻が当たったからって口元緩みかけてるぞ。
「でも魔人族に敵対されると、あたしは助けないわよ!? あたしより強い上に性格もいいんだったら、剣を向けるなんて誇りがないこと、勇者としてできないわ!」
「この人たちは、騙す騙さない関係なく魔人族が人類より強いってことを知らないんだよ!」
というやり取りも、実は三回目である。自分でやってて、よくやってるなと思う。
西区と東区別々に、こういう大立ち回りをやっている。道行く人は立ち止まり、姉貴のでかい声はそんな人たちによく届く。
リンデさんは僕の隣でとてもいい緊迫した表情だし、ユーリアさんもずっと不安な表情をしている。レオンはずっとお姫様だ。多分一部の人、レオンを女だと思ってるんじゃないかな……。
「あたしの、みんな優しかったレノヴァを奪ったヤツを許さないわ!」
「僕だって納得していないよ! でも、ビスマルク王国が五年前から選んだ勇者ミアならきっと、この問題を解決してくれると信じている!」
「当然よ! レノヴァ公国が魔人族を受け入れなかった場合は、それこそ本当にビスマルク王国もシレア帝国もおしまいよ! だって人類誰も勝てないからね!」
真に迫る演技をしながらも、本当に姉貴って昔っから声でかいなーと暢気に思っていた。あの頃は山で喋る度にゴブリンがやってくるわ、本当に困りものだったけど……今日の姉貴のやかましさは最高だ。
「魔人族を認めない限り、人類に未来はないわね!」
最後に姉貴は言い切ると、黙って南門の方へ歩いていった。僕も慌てて追いかけて、リンデさんがそれに続く……という演技を完了する。
これで、かなりの範囲に広がってくれるはずだ。二度やったことを知られるとまずいので、あまり遠い地区ではやることができない。
後は……効果を待つだけだ。
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「ふー、お疲れさま」
「最後の方ちょっと楽しかったわね」
「あとどさくさにまぎれてレオンのお尻を堪能しようとするな」
「うっ! ば、ばれてら……あはは」
すっかり舞台の三回公演を終えた僕たちは、そのままレノヴァ公国の門近くまで戻ってきていた。
「それにしても、リンデさんもユーリアも、いい演技だったと思うよ」
「演技!? 演技じゃないですよ、本当に不安でしたよ!」
「えっ、そうだったんですか?」
「主に、ばれないかひやひやしてたのと、ライさんが言い間違えないか、そしたら私はライさん抱えて逃げないと絶対周りが怖いことになるって思って心臓飛び出そうだったんですから!」
な、なるほど……確かに、演技がばれると暴動だ……。
「すみません、心配をかけさせましたね……」
「いえ、ライさんはやっぱり完璧でした、本当に要らぬ心配でしたね」
「ならよかったです」
とりあえず、今日のところはこれで様子見だ。
後はどうなるか、まだまだ未知数だけど。でも相手が勝手に動いているとなると、後手後手に回るわけにはいかない。
勇者は、ミア一人。これはそれなりに勇者の活動を追っている人なら知っている話だ。それだけに、最近レノヴァで活躍していなかった姉貴に、謎の男勇者なる美男子が現れたタイミングも非常に都合が悪い。
勇者の姉貴が話したということを納得しない人が出てくるのだ。
それにしても、アンリエット様、一体なぜ……。
僕はまだ見ぬアンリエット様と、謎の男勇者のことを考えて頭を痛めるのだった。




