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楽しい毎日になりそうです

 村にリンデさんがやってきて、オーガキングを解体して家に入った直後。


 食事をしている二人が談笑しているその頃、二人のいる家に、村人全員が集まってきていた。

 ……当然である、なんてったって勇者の村に魔族の女がやってきて、堂々と勇者の弟と一緒にいるんだから。

 この村の村人なら勇者ミアはみんなのアイドルでありヒーローである。その弟がまさか魔族を連れてきた。

 しかも、人間を助けてもらって。

 気にならない方が無理という話だった。




 わらわら集まって二人の話を聞いていた村人達だったが……


「……なんか、教会の話してる」

「そうだね……」

「話聞いてるけど……」

「うん……」

「自分らがバカに思えるぐらいすっごいまとも……」

「それな」


「見た目に反してめっちゃいい人なんですけど」

「それな」

「ていうか教会の教えってわかりにくい」

「それな」


「あとお腹空いてきた」

「わかる」

「わかる」

「私もライくんの料理はやばかったんだよなー」

「やっぱリリーもちょっと脈あったか」

「そりゃね、ミアの弟だし」

「でもザックスとゴールインしちまった」

「そーね……。結果はそうなった、そんだけのことよ」

「それな」


「……今ライくんヘマしたね」

「すっげ怒ってる」

「優しい人が怒ると本当にやばいやつだこれ」

「それな」


 家の中の会話が終盤になる。


『どうですか! 護衛として! かなり優秀な自信ありますよっ!』

『も、もちろん存じております!』


「絶対強いと思うけど、そこまでするか普通」

「あの魔族さん、なんか、ライくんに対する好感度すごいね?」

「俺もう魔族に持ってたイメージ元々どんなだったか忘れた」

「それな」




『わ、わわわわ私にっ! こ、このスープを毎日食べさせてください!』


「……」

「……」

「……」

「……」


『い、いえ! 別にかまいませんよ! 毎日作ってあげましょう』


「……!」

「!」

「!」

「!」



「おい」

「言ったぞ」

「えっライくんマジで結婚?」

「どう考えてもプロポーズだったね」

「ライムント絶対分かっててオーケー出したよな今」

「ていうかライムントは誰とも縁ナシだっけ」

「リリーがザックスと結婚してから村もう未婚誰もいないだろ」

「しかもミアの留守を守るから絶対女の縁もうねえし」


「……村人全員で後押ししたくね?」

「それな」

「わかる」


 ライムントは、順調に退路をふさがれていた……。




『魔人王国・国王直下『時空塔騎士団 第二刻』魔人族のジークリンデ。リンデと気軽に呼んでいただければ嬉しいです、よろしくお願いしますっ!』


「リンデ」

「リンデさん」

「リンデちゃんかー」

「でも聞いてないよな俺ら、明日それとなく自然に名前聞かなくちゃな」

「それな」


「しかし、国王直下? マジで魔王の部下だったな」

「ていうか魔王より強い? ミアちゃんより強い可能性あるんかあの子」

「わかんないもんだなー」

「ではそろそろ、ばれてもいかんので解散しよか」

「それな」


 そうして、夜は更けていく……。


 -


「おはようございます、リンデさん。朝ですよ」


 僕は姉貴のベッドに寝ているリンデさんを揺すって起こそうとした。しかしリンデさんは、眠そうにしながら「ふかふかぁ〜」と呟いて、全く動こうとしなかった。


「まいったな……って、うわっ!」


 そこから寝ぼけているのか、リンデさんが僕の服を掴んだ! 分かってはいたけどとんでもない怪力……! まるで子供と大人、いや、ゴブリンとキュクロプスのような、根本的に種族の壁があるとしか思えない力で……


 ……ベッドの中に引き込まれた。


「あったか〜い……」

「!? ……!?」


 僕は……リンデさんにベッドの中で抱きしめられた。目の前にリンデさんの顔がある。目を閉じると、本当に肌が青いだけの絶世の美女。あ、ちょっとヨダレ出てる……。

 ……いや、そうじゃない、かなりまずいかなりまずい! リンデさんが、首元に顔を埋めるように再び強く抱きしめてくる……なんだこれ、すっごくいいにおいがする……香水ではないけど、魔人族ってこんなにおいなのか……?

 そして……必死に意識を逸らそうとしているものが……胸で派手に押しつけられて潰れているそれで……かなり、まずい……魔人じゃなくて淫魔だったか……? こんなの、村にも王都にもいない。頭が桃色のもやで染まっていく……。


 ……ああ、本当にいいにおい……まるで、焼きたてのトーストと、挽き立てのコーヒーと、お湯の沸く音まで……


 ……ん?


 …………。


 ………………そうだったーっ!?


「リンデさん! リンデさん!」

「んゅ……?」

「朝食です! ごはんです! おいしいごはんですよー!」

「……あさごはん……!」


 リンデさんはゆっくり目を覚まして、そして、現状を認識した。


「……」

「……」

「……あの、もしかして、これ私が抱きしめてます?」

「……はい」

「朝食を作って呼びに来たところを、寝ぼけて無理矢理?」

「理解が早くて助かります……」


 リンデさんが……ゆっくり、僕を解放して……ゆっくりベッドから降りて……


「っすみませんでしたぁぁぁぁぁーーーーっ!」


 土下座して、渾身の魔人頭突きで床の木の板をぶち抜いた。


「あああああああーーーっ!?」


 そして家を壊したことで派手にショックを受ける。

 朝からなんというか、フルパワーで元気な子だった。


「ああ、いいですから、ていうか僕もそんな嫌じゃなかったですから」

「ほ、ほんとですかっ!?」

「リンデさん、なんだかいいにおいだったし……」

「えっ……? 私の体かなり悪い臭いって言われてたんですが」

「そうなんですか?」


「……というか、その、においとか、嗅ぐぐらいずっと抱いてたんですね……」

「あっ、すみません……えと、はい……」

「本当に、嫌じゃなかったです?」

「その……むしろ、好き、というか、よかったです……」

「……そ、そう、ですか……ありがと、です……」


「……そうだ、痛くはなかったですか……?」

「それも……気持ちよく……て……むしろ、すごく、よかった、です……」

「……ほ……ほんとに……それは……うれしい……私も、よかった、です……」


「……」

「……」


 な、なんだろうこの新婚夫婦みたいな初々しい会話……ああでも、新婚夫婦みたいなもんか……? 絶対向こうはそういう認識ないけど……。

 そもそも同棲するという時点で結構その、恋人みたいなもんなんだけど、そういう認識ないのかな……?


「あの、魔族ってこんなふうに普通に同棲したりするんですか?」

「いえ、しないですね。結婚したりすると一緒に住みますけど」

「……」

「……あっ」


 ようやく現状の認識が分かったようだった。というか、遅すぎた。

 頭がいいのか悪いのか、まったくわからない。


「で、出て行った方がよいですか!?」

「いえ、この場所以外もう空いてる場所はないです!」

「じゃあ外とか!」

「野宿嫌だって言ったじゃないですか! いてくれていいですから!」

「い、いいんですか!? いつまで!?」

「むしろ外に出すと僕が罪悪感で死にたくなるのでずっとここに住んでていいです! っていうか今更一人暮らしに戻るというのも僕が嫌なので!」


「……わ、わかりました、じゃあ……ずっと、います」

「……はい……」


 ああもう……どうしたものか。本当に新婚生活になってきた。

 リンデさんは……僕のことどう思ってるんだろう。


「ところで……」

「はい」

「このシューッて音なんです?」

「…………朝食の準備でしたーっ!」


 僕はあわてて調理場に戻った。


 -


 姉貴が買ったコーヒー用ケトルにかけていた火の魔法を止める。


「これはやりすぎた……水入れて沸騰しなおして、冷まさないとな」


 もう一度、多めに水を入れて、沸騰させた。それから二つのケトルでお湯を行き来させ、コーヒーの粉にお湯を注いでいく。まずは吸わせて……この豆、いい豆だったな……よし、十分湿ったら、中心にお湯をゆっくり注ぐ。中心が膨らんで、白くなっていく泡を見ながら、僕はふと思う。

 ……そういえば、苦いコーヒーってどうなんだろうな?


 ミルクと砂糖を準備し、僕は食卓へ持っていく。朝はパンとチーズとハムとスープ、そして……今できあがったコーヒーだ。

 リンデさんは、そわそわしながら既に昨日と同じ位置に座っていた。


「できたよ、それじゃいただきます」

「やたっ! いただきますっ!」




 まずはパンを食べる。この硬いパン、朝食だね! 朝を実感しながらコーヒーで流し込んでいく。チーズとハムもパンに載せて、食べる。スープは普段は作らないけれど、今日はリンデさんがいるから、せっかくなので作ってみた。

 昨日とはまた違う、クローブ中心の煮込み。あと血抜きも念入りにしたので、今度は本当においしい。80行っても良さそう。


 リンデさんは……なんか、もう、パンをさくさく噛み切っていく。そのパン相当硬いと思うんだけどね、そんな前歯だけで小気味良く食べれるはずないんだけどもうリンデさんのスペックは今更である。オーガの骨よりはやわらかいもんね、そうだよね。

 やがて僕がチーズをハムと一緒にパンを食べているのを見て、フォークをうまく使って真似し出す。うまく、といってもフォーク自体が使うのかなりヘタだった。本当に、びっくりするぐらい不器用なんだな……。


「おいしいです……! この黄色いの、噛みごたえふしぎ! 味が濃くてすごい! なんだか白っぽいのも、赤っぽいのも、全部同じやつです?」

「はい、チーズです。乳製品で……といってもわかりにくいですね、それもいろんな種類があって、どれも個性的でおいしいですよ。そのお皿に乗っているのは似ているものだけです」

「わたし、興味あります! 変わったの、沢山食べたい!」


「ピンクの丸い……これ肉です? 薄くて、丸くて、綺麗……! こんなことができるんですね! ……薄いのに塩味もすごい! チーズと口の中で混ざって、しあわせ、しあわせ〜っ!」

「ええ、ハムですね。肉を使った食べ物も沢山ありますが、どれもパンと一緒に食べるとおいしいですよね」

「パン、ですか?」

「ああすみません、その茶色く焼いている、ちょっと硬めの……そう、それです」

「あっ薄味と思ったら組み合わせて……! なるほど、これだとちょうどいいです!」


「しかもまた朝からスープの香りなんて贅沢すぎますよぅ!」

「普段は食べないんですけどね、リンデさん気に入ってくれたので、早起きして作りました」

「幸せすぎます……ほんとおいしい……昨日と味付けが違うのに、昨日が百点満点だと思ったのに、今日も百点満点でおいしい……昨日より、というか普段食べていた肉の、あの独特な後に残る臭いが全くない……すごい、確かに今日のを食べると昨日のは百点じゃなかったと思えてしまう……今朝のはほんとにおいしいです……!」


「ああもう、食べる度に陛下が頭の中で不機嫌な顔をして、食わせろ! って言ってきてます! でもあげません! おいしいおいしい!」


 おかわいそうに魔王様。一日経過してリンデさん、食事にめっちゃ慣れちゃいましたね。


 そこで、リンデさんは、近くにある黒い飲み物に目を向ける。

 コーヒーだ。


「なんか……いい香りですねこれ……香ばしい……」

「飲んだら苦いと思うので、苦手かも……まず少し飲んでみて下さい」

「はい…………わっ」


 少し口に付けて、リンデさんは驚いた。


「これ、不思議な味ですね、でも思ったほど苦くはないです」

「そうですか、それはよかった。じゃあ……」


 僕は、砂糖を一つ、濃いミルクを少しコーヒーの中に入れた。


「ふわぁ〜……きれいぃ〜……」


 リンデさんは、ゆっくり混ざっていくコーヒーの様子にも大きく感動していた。なんだか見ること全てが感動って感じで、見ているだけで微笑ましくなってくる。


 それは、まるで、子供のようで…………




 ……そうだ、僕も最初にコーヒーを見た時は、ゆっくり混ざっていくのを、楽しんでいた。うねうねしていく白と黒が、やがて乾いた土の色になるのを、姉貴と一緒にきらきらした目で見て、父さんと母さんがくすくす笑っていた。

 あの時の両親も、こんな気持ちだったんだな。

 生まれて初めて食べたチーズは、ちょっと変な感じだった。ハムは好きになった。ソーセージは大好物になった。ザワークラウトは、変な味で嫌いだった。おじさんっぽい食べ物であまり好きになれなかった。エールを煽りながら『いつか一緒に食べる日が来るさ』と言ってる父がおっさん臭くて嫌だった。

 今では、どれも、見れば調理を考える。作る側として、冷静に処理をする。下味にはどうか、組み合わせはどうか、調理による色合いは、出来上がった食事の()()()は———。


———なんだか、リンデさんといると、忘れていたものを思い出していく感じがする。




「リンデさん」

「はい」

「飲んでみて下さい」

「は、はい!」


 リンデさんがコーヒーを飲む。その初めての砂糖とミルクが混ざったコーヒーを飲む姿を、目に焼き付けようとしっかり見る。


「……! す、すごい! 甘い! 濃い! おいしい……!」


 目尻が下がり瞼が閉じる。口角が上がり横に広がる。完璧な、喜びの表情。

 リンデさんは、僕の朝食を、全部「おいしい」と言って、食べてくれた。




「リンデさん」

「はいっ!」

「ありがとうございます」

「え、え!? なんでライムントさんがお礼を言うんですか?」

「一人で作っても、食べた人を見れないんですよ。だから、おいしいって言ってもらえるのって、幸せなんです」

「そうなんですか?」

「そうです」


 僕は姿勢を直すと、真剣な顔をしてリンデさんと向き合った。

 リンデさんも、真面目な話だと思って姿勢を直してくれた。


「リンデさん……僕はね、母さんに影響を受けて料理を作っているんです。母さんの料理は、とてもおいしかった。毎日違う料理が出て、毎日おいしかった。

 でもね、僕は、嫌いな野菜が出ると、嫌いと言ったり……だんだんと、おいしいと言わなくなったんです。慣れてしまって。体に悪い好きな料理しか食べない。そういうわがままな子供です。

 好きな料理も、褒めなくなりました。

 父さんも、言わなくなりました。

 姉貴も、言わなくなりました。

 でも、母さんは、ずっと作っていました。……多分、料理する時に笑顔が少しずつ減っていっていました。最初はもっと楽しそうに鍋を見ていたと思います。……そのことに、今の今まで全く気付きませんでした。

 ……ある前の晩。僕は、母さんの料理を、食べなかったんです。人参が、嫌いだから。母さんは、悲しそうな目すらせず、いつものように人参を捨てました。僕はその姿を、嫌いなモノを出したからだと、当然のように思いながら見ていました。

 翌日、夏の暑い日……オーガロードが出た時、僕の両親は足止めをして僕を逃がしました。討伐隊が戻ってくる頃には、二人とも死んでいました。


 最後の日の夜……ゴミ箱に入って腐った、母さんが料理した、もう二度と食べられない人参を見て……愚かな僕は一日中泣きました。


 姉貴の食事を作るようになって。毎日料理の練習をして。……厳しい姉貴でね、外で食べたものの再現を要求され、何より母の料理の再現を要求され。いつもうまくいかなくて、微妙と言ってくる人でした。だから、ずっと、練習しか……してこなかった。

 味を再現する理由を、味を良くする目的を忘れていました。

 今、リンデさんが僕の料理をおいしく食べてくれて。おいしいと言ってくれて。初めて、料理を作る意味が分かりました。姉貴においしいと言ってほしかった。ずっと、そんなことも……そんな大事なことも、忘れていたんです。……だから、ありがとうございます。


リンデさんと食事が出来て、僕は今、ようやく母さんと同じ場所に立てました」




 僕はリンデさんに話した。リンデさんは……もう途中から泣いていた。


「ぐすっ……ライムントさんが、そんなに苦労をして、そんな悲しい過去を持っていて……ひっく……私のために、料理を作ってくれて……!

 私、わた、し……ライムントさんの料理、ただおいしいとだけ思っていたけど、ものすごく、過酷な人生……料理一つに積み上げてきたものがあって、だから、こんなにおいしいんですね……!

 今、私、世界一幸せな魔族です……!」


「リンデさん」

「っ……はいっ……!」

「これからも、僕の食事を食べてくれますか?」

「はい……! 毎日、毎日、食べたいです! 毎日、ライムントさんに、おいしいと言いたいです!」


 リンデさんは、目尻を拭いながら、泣き笑いの表情で返事してくれた。




 もしかしたら、本当に救われているのは僕の方なのかもなって思いながら。

 僕は、昼食を作るのが、もう楽しみになっていた。

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