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レノヴァ公国は大変なことになっていました

 今、言われたことがあまりに衝撃的で、頭の中で何度も繰り返し確認している。

 魔人族が……騙している? 一体どうしてそんなことになっているんだ。ビスマルク王国でも自然に馴染んでいたし、先日は友好的に皆接していた。姉貴だって一緒にいたし、こんなことになるはずがないのだ。


 そして僕は、言われて一瞬でも自分の頭の中に囚われていたことを恥じた。


「ッ! リンデさん……!」


 慌てて振り返ると……リンデさんは、信じられないようなものを見る目で視線を彷徨わせていた。なんてことだ、あれだけ側にいて支えるつもりでいたのに、こんな表情をさせてしまうなんて……!

 急いで僕は、リンデさんの行き場のない両手を掴んで強く握る。


「リンデさん、僕を見てください」

「……っひゃ! ち、近っ」

「僕は、何があっても、あなたの味方です」


 まずは、はっきりと宣言した。

 リンデさんは目を見開いて数秒固まると、少しずつ息を吐き出した。僕の顎にリンデさんの息がかかる。


「あ、えっと……ありがとうございます」

「しばらく手を握っていましょう」

「は……はい……」


 僕は再び、男性の方を向く。まだ男性は僕と


「その噂の出所は、どこかわかりますか?」

「……わ、わからん……あんたのところの魔族は、前のとは違うが……大丈夫なのか?」

「大丈夫も何も、魔物から僕を守ってくれているのがこの魔人族のリンデさんですよ。離れて一人で行動することすらないぐらいです」

「そ、そうなのか」


 男性はリンデさんの顔や角を見て、少し考えるようにしていた。リンデさんは少し怯えながらも僕の影にかくれつつ、なんとか目を合わせようと努めているのが分かった。

 リンデさんを見てある程度納得がいったのか、男性はそれから腕を組んでうんうん唸ると、やがて溜息をつきながらこちらを見る。


「……誰から聞いたかと言われると恐らく他の店員じゃなくて買い物客だったが、あれは確か噂好きの冒険者だったな。恐らくそこから話が来た」

「! 情報ありがとうございます!」

「なに、見るからに無害そうなそっちのやつが、人を騙せるようなヤツに見えなかっただけだ。だが、俺が情報を流したって話は言うなよ」

「もちろんです、感謝します」


 最後にもう一度ちらりとリンデさんを見ると、男性は店に戻っていった。


「……ライさん……」

「すみません、リンデさん。僕自身何が起こっているのかわからない状況なのです。でも……絶対に僕はリンデさんを信じていますから。それこそ本気で騙していたとしても、リンデさんになら刺されてもいいってぐらいリンデさんやマーレさんのことを信頼しています」

「あううっ……! あ、ありがとうございます」


 お礼を言うのは僕の方ですよ、そもそもリンデさんに助けて貰わなければ何度死んでいたか分からない命でしたから。それに、なにも僕一人が助けられたわけではない。村のみんなだって、リンデさんの恩人なんです。

 ……リリーの目の前にいた、母さんを殺した種族と同じオーガロード。見たときには一撃で倒していた。幼なじみで姉貴の友達が、母さんと同じ攻撃をされる寸前だった姿。リンデさんじゃなければ、今頃どうなっていたか。


「僕を頼ってください。……そしてリンデさん、とても嫌な予感がします」

「な、なんでしょうか」

「……姉貴は今、自分を抑えられているだろうかって」

「あ……ああっ!」


 すっかり姉貴を知ったリンデさんも、現状の危うさに気付いたようだ。姉貴は曲がったことが嫌いで駆け引きの得意な性格ではない。このレノヴァ公国での皆の視線をどういうふうに捉えるか、姉貴がどうなるか全く分からないのだ。


「衆目に晒すことを許してください。リンデさん、僕の手をずっと握っていてくださいね」

「は、はいいいっ! ぜったいぜったい、離しませんっ!」


 強めに握ったリンデさん手の感触が握り返されたのを確認すると、僕達は再び大通りに出た。周りの目が集まるけど、気にしている余裕はない。

 姉貴、無茶するなよ……!


 -


「今言ったやつどいつだァーッ!」


 レノヴァ公国の大通りを真っ直ぐ行って、反対方面の通りに出る前に経由する公国の広場から、聞き馴染みのある大声が聞こえてくる。

 姉貴は両手にレオンとユーリアを抱いて、周りに威嚇していた。


「あたしのレオン君が悪人だって言ったのは!? オラッそこのスキンヘッド野郎! あんた、あんたねコラおま逃げんなッ!」

「ぐっ! に、逃げてなどいない! 第一事実だろう、その青い肌、角の生えた頭、明らかにハイリアルマ教の敵ではないか!」

「ちっがーう! ハイリアルマ教の敵じゃないわ! 敵は魔族のデーモンよ、この子達はそんな人類の敵を倒す肌の青い人間みたいなもんで味方なの! あたしにとって欠かせない味方よ!」


 ああもう、早速食ってかかっている……! リンデさんと顔を合わせると、急いで姉貴のところに向かう。

 僕は後ろから「通してください!」と叫ぶ。すると目の前の人がこちらに振り向き、必然的にリンデさんの顔を見る。その瞬間に「魔族!」と叫び、周りが一斉に振り向くと蜘蛛の子を散らすように人が離れていく。

 今は、その反応が便利ではあるけど……リンデさんの顔を見ただけでこれはあまりにあんまりだ。僕は後ろを振り返りたくない。だけど繋がっていることを確認するため、リンデさんの手を再び強く握る。リンデさんが握り替えしてくれて、心がようやく落ち着く。

 ……だめだな、僕の方が弱気になってどうするんだ。こういう時のために、この場を魔人族のためにも姉貴のためにも、僕が収めなければならない。


「———姉貴ィッ!」

「ライ! これ、どういうことなの!? 前来た時はこんなんじゃなかったわ、あたしの平和なレノヴァはどこいっちゃったのよ!」


 いけない、暴走気味だ。姉貴を抑えるように声をかける。


「僕もそう感じている! どうやら誰か特定の人が、街の人間を操るためにデマを流しているらしい!  誰だかわからないが、嘘の噂を信じてしまった皆はその人の被害者だ! 皆はいいように利用されているだけで悪くはないから、あまり責めないでやってくれ!」


 僕はわざと、姉貴に言うようにしつつ、周りに聞こえるように大きい声で叫んだ。

 大抵の人達というのは、噂好きだったりする。それは暇を持て余す主婦の井戸端会議だけではなく、冒険者同士の休憩時間、更にはさっきのように、買い物客と店員の世間話など様々だ。そういった『聞いてる人が少ないような秘密の情報』みたいなものは、皆聞きたがるし、広めたがる。『この話はあまり知られてないんだが……』というやつだ。

 同時に、大抵の人達は他人にいいように利用されるのを当然嫌う。特に噂話というのはなんとなく信じているという人が多い。だから、信憑性が不透明な情報の信用は、土台ができていない分『誰かに利用された』というプライドに傷が付く行為をされたと気付いたら、すぐに足下がぐらつく。


 周りの人達が静かになり、お互いの顔を見合わせている。今がチャンスだ、僕は姉貴と会話していることを利用して大声で畳みかける。


「ビスマルク王国では教会の神官戦士が魔物を倒さずにじっとしている中で、魔人族がオーガロードやゲイザーを倒して回っていた姿は知っている! それに勇者の姉貴より魔人族が強い時点で、侵略する気があるのなら人間を滅ぼすのに策略の必要がないことも、まだビスマルク王国以外じゃ実感が湧かないはずなんだ!」


 ここぞと姉貴が勇者であることと、魔人族の活躍があったことを畳みかける。あとハイリアルマ教は少し厄介になるので、神官戦士の人には悪いけど悪役になってもらう。……まあ、ビルギットさんに詰め寄ったの、僕も心の中ではまだ許してない部分もあるからね。謝罪もしてなかったと思うし。

 姉貴は僕の発言の意図を受け取ったようで、


「そうね! 勇者のあたしより魔人族の方が強いものね! 魔人族が敵だったら人類が頑張ったところで無駄だと思うわ! ほんっと、友好的なことに感謝しなくちゃいけないわよね!」

「そもそもいなかったら、とっくにビスマルクの城下街が滅んでいるからね!」


 よし、言う必要のあることは周りが静かなうちに言い切った。

 姉貴のことを勇者と言った時点で、ちらほらと広場では声が上がっていた。僕と姉貴がお互いに言い合い終わってから、徐々に声が大きくなり……広場は誰が何を喋っているのかわからなくなる。

 僕はリンデさんの手を引いて、姉貴の近くに行った。


「姉貴、頭冷やしてくれよ」

「無理」


 だろうね……困ったな。この爆発寸前の火山、いつのタイミングで噴火するか全くわからない。

 ……おっ、ここでレオン、姉貴の頭を撫でるように手を出した。結構背伸び気味だけど、なんとか届いたようだ。姉貴は驚いた顔をしていたけど、すぐにレオンの手の優しい感触に顔を緩めて、その場でしゃがんで頭を撫でられるままに口元を緩めていた。

 すごい、あの怒り出すとなかなか手を付けられない姉貴が、こんなに早く大人しくなってしまうなんて。ナイスプレイだよ、レオン。姉貴の弟として出来ることは全部やりたいけど、暴れ馬の姉貴の手綱を握ることに関してはレオンに圧倒的な適性があるね。


 僕が少し安心してリンデさんと姉貴の様子にようやく笑い合っていると、再び急に冷や水が浴びせられた。


「勇者……勇者だって!? あんたは偽物じゃないのかい!?」


 突然声を上げたのは、広場に集まっていたうちの一人の女性だった。……どこかで見たことがある気がする。でもレノヴァ公国に来たのは先日が初めてで、知り合いなんてそうそういるはずがないのに……。

 ……ッ! そうだ! あの人は……食材を買ったときの人! 勇者の話を聞いたときに、最近活躍したと言っていた人だ!

 じゃあ、やっぱり活躍している勇者というのは全然違う人である可能性が高い!


 姉貴が再び起き上がりそうになるのを、レオンが両腕で姉貴の頭を抱え込むように抱きしめる。姉貴はびっくりするも、レオンの体を抱きしめ返して、今度は落ち着いた様子で立ち上がる。

 自分を落ち着けてくれたレオンの頭を微笑んで撫でると、今の発言をした女性に向かって声を返す。


「あたしが勇者の偽物だって?」

「そう、そうよ! あんたが勇者様なわけがない!」

「どうしてそう思うの? あんた、あたしの何を知ってるわけ?」

「あんたのことなんて知らないけど、勇者様じゃないことだけは分かる!」


 なんだか必死な形相で言われて、さすがに姉貴も不審そうな顔をする。あまりに言ってる内容が唐突というか、急すぎて言われた理由が分からない。

 どうして姉貴が偽物だと決めつけているんだ、この人は。


「昨日は知り合いのバリエ伯爵家に止まったし、レノヴァ公爵様にもあたしは五年前から会ってるのよ? あたしが偽物って根拠でもあんの?」

「だって、勇者様は————


 ———勇者様は、素敵な男性なのよ!」


 ……は?


 え? 勇者が、男?

 どういうことだ……?


 しかし、少し納得いった部分もある。確かに勇者が男だと思っていたら当然ながら姉貴のことは偽物だと思うし、最近活躍した勇者が姉貴ではないということも本当だと分かる。同時にあの時、この人は……何かこう、勇者に対して憧れるような目をしていたのは、相手が美男子だったからと考えると全ての辻褄が合う。

 最初から、姉貴の話をしてなかったわけだ。


「ふーん、あたしの他に勇者名乗ってるヤツいるんだ。……ちょっとスキンヘッド。あんた剣構えて、そんであたしに斬り掛かりなさい」

「……え、俺か? 大丈夫なのか?」

「そうよ。まあどうせあんたの剣ごときじゃ怪我一つしないから、思いっきりかかってきていいわよ」

「なッ、言ったな……知らねえぞ!」


 スキンヘッドの男は姉貴の挑発を受けて、その背中の大剣を引き抜くと、上段に構えた。姉貴はニヤニヤしながら素手の両手の平を上にしつつ、腰付近の宙空でぶらぶらさせる。その態度に頭が来たのか、男は思いっきり剣を振り下ろす。

 誰もがダメだと思った瞬間、姉貴は片手で大剣を掴んでいた。周りがしんと静まりかえるも、姉貴はその男のツヴァイヘンダーを、握力一つでぱきりと折る。


「……え……、あ……?」

「あっごめーん、デモンストレーションとして折っちゃったけど、割とこれいい剣だったわよね。付き合わせちゃったお詫びも兼ねて、これでいいもの買いなさい。Sランク冒険者の稼ぎのあるあたしには、こんぐらい大した金額じゃないからさ。……それにしてもあんた良い腕じゃない、Bぐらいはあるわよね。頑張んなさいよ」


 姉貴はそう言うと、金貨を二枚ほど男に握らせた。同じ剣を買うのならお釣りが来るどころか、防具一式も買えそうな金額だ。


「これで、どうかしら」

「…………」


 今のを見せつけられた女性は、呆然としながら「……う、嘘……でもあの人は……」と呟いていた。……信じていた美男子が勇者じゃない可能性が出て、ショックなのだろう。

 姉貴がその人に何か声をかけようとすると、広場の外側から焦っている人の大声が聞こえてきた。


「———キマイラ! キマイラが出たぞ!」


 キマイラだって!? あの時出てきたキマイラが、まさかこんな街の近くにまで!?


「……ユーリア! 索敵!」

「はい! 『エネミーサーチ』!」


 我らがパーティ魔法の達人、ユーリアに声をかけると、彼女の魔法が発動する。


「……! 私たちが来た方向とは違います、これは……東側? 広場から見て左です! 九時、いえ十時方向! 門から離れていっています!」

「分かった、姉貴はレオンとユーリアと一緒に、ここにいてくれ! リンデさん、少し恥ずかしいですが飛んでください!」

「えっ!? あ、はいっ!」


 僕はリンデさんの首に腕を回し、背中側に回る。リンデさんもそれを察して、両手を広げて身を屈める。男が女の子の背中に乗るというのはかっこ悪いけど、そんな悠長なこと言ってられない!

 僕はリンデさんにおんぶされると、リンデさんはそのまま力強く跳ぶ! 急激に心臓が重力を失う感覚、広場に集まっている人が一瞬で足下の蟻のように小さくなり、そしてレノヴァ公国の家の屋根に衝撃と共に降り立つ。

 間髪入れずにリンデさんは次から次へと屋根を走って跳んでいき、すぐに東側の門にまで辿り着く。


 門の近くには既に魔物の影はなく、逃げ惑って門番に詰め寄っている人と、横転した荷馬車がある。その中は沢山の宝石の数々があり、そして馬車の近くには、へたり込んでいる身なりのいい少女の姿があった。

 恐らく、この商家の令嬢だろう。腰が抜けているのか、立ち上がる様子がない。


「大丈夫ですか?」

「…………」

「あの……?」


 緊張や安堵からそうなっているのかと思ったら、どうも心ここにあらずといった違った様子だった。令嬢の近くに行き、片膝をついて近くから様子を窺う。

 じっと待っていると、ぽつりと声が聞こえてきた。


「…………さま……」

「え?」




「勇者、さま……」

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