貴族の屋敷でお世話になります
オレール・バリエ伯爵様の領土の中心街は、レノヴァ公国の中心地から比較的すぐ近くにあった。ビスマルク王国と友好国であるレノヴァ公爵の公国は国自体が独立しており、バリエ伯爵はそのレノヴァ公国の傘下の一つである。領土が近いこともあって、両国は友好関係が強く、文化的な繋がりももちろん強い。
背中の柔らかい感触にいつまでも慣れずにカチコチになっていると、バリエ領の街並みが見えたので、ここぞとばかりにリンデさんに声をかける。
「リンデさん! ほ、ほら、バリエ領の街ですよ!」
「……ふぇ? え? あっ! 街だ……!」
リンデさん、ようやく僕を解放……してくれたようで、手は繋ぎっぱなしだった。意識して握っているのか、無意識なのか……とにかくこの姿は仲のいい恋人そのもので、姉貴は僕の手元を見てニヤニヤしながらこっちの表情を見てきた。
いや姉貴、レオンを抱きしめながらよく自分を棚に上げてそんな顔できるよなって感心するよ……。ちなみにレオンは、僕と目が合うと肩をすくめて苦笑した。
……うん、今一番気持ちが通じ合ってるの、レオンだと思うよ。ちゃんと同じこと分かってるって顔だ。レオンとは本当に少しの間喋っただけだけど仲良くなったなーって思う、男の友情だ。
思えば男の友人って少ない方だった。
村だとザックスが一番よく喋っていたかな。次が昔隣に住んでいた優男君で、その次になると三バカトリオか、もしくはトーマスか?
後はもう料理を教えてもらう際にリリーの父親に必然的に会うのと、宝飾店のおっちゃんに納品するのと……うん、殆ど年上ばっかりだ。
レオンは、久々の年の近い……近いよな? そんな友人だ。
リンデさんが再び「わー……」と感嘆の声を上げているのを聞いて、僕も窓の外に意識を向ける。見てみると……なるほど、ビスマルクは赤い屋根が多かったけど、レノヴァ同様にバリエも黒っぽい屋根が多い。派手さはないけど、落ち着きがあって綺麗な街並みだ。
急いでやってきたといってもやはり距離がある。到着時には日が傾いて、綺麗な街並みが少し茜色に染まっている。
「なんか、なんか花がすっごいあります! なんでですか!?」
「ガーデニングですね、ビスマルクにもありましたよ」
「がーでにんぐ! なんだか、なんだかいろいろさんがいろいろさんです!」
いろいろさん!? リンデさんのテンションが上がりすぎて何を言っているかわからない……と思ったけど、色が色々あるって意味なのかな?
そしてリンデさんに言われて気付いた。本当に色とりどりの花が窓を飾っている。意識しなかったけど、確かにその色の種類が、ビスマルク王国より遥かに多い。屋根が鮮やかでない分なのか、ビスマルク王国の緑が垂れ下がったガーデニングとは全く違う。
「よく気付きましたね、確かに色が色々さんだ」
「私バリエ領気に入りましたっ!」
「はい、僕も素敵だなって思います」
目に入れるもの全てが新鮮なリンデさん。以前も思ったけどその優れた観察眼で気付いてくれたおかげで、オレール様がとてもいい笑顔になってくれているのを目の端で捉えた。リンデさん、バリエ領に入っての第一印象、バッチリです。
きっと持ち前の素直さによって無意識でやってくれたけど、本来僕が話すところをそこまで気が回ってなかった。リンデさんを見ると、そんな駆け引きなんてなしに喋って、それでいい結果になってくれているんだから、やっぱりリンデさんって凄いなって思う。
街の中心に入ってから更に数刻。
「わー。あれは何でしょうか? おっきいです」
「山の上に屋敷がありますね、ほんとだ大きい。……そういや姉貴は来てるんだよな、知ってるか?」
バリエ領自体僕も初めて来たのだ。僕は姉貴に聞いてみると、何故か呆れ気味な顔をした。
「分かんないの?」
「むっ、なんか腹立つんだけどその反応」
姉貴はそんな僕の反応を確認すると、リンデさんを見ながら答えを言った。
「あの山の上の屋敷はね、今からお邪魔するバリエ伯爵家よ」
……ああっ! そっか!
「今から行くのあそこですかっ!?」
「そうよーリンデちゃん、あたしが泊まってたからね。……オレールさん、あんな大きさだった?」
「人が来ることも多くなったので、屋敷に繋げる形で部屋を増やしましたよ」
「なるほどそれであんな大きくなったのね」
出る際はあまり意識しなかったけど、今から貴族様の屋敷にお邪魔するんだ。姉貴は結構こういうの慣れてるのかもしれないけど、さすがに緊張するな……。
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屋敷は近くで見ると本当に大きく、とにかく美しい造型だった。王城みたいなものとはまた違って、とても住みやすくできている。
門を開けて案内された花の多い庭園、そして扉を開けた先の赤絨毯と、蛍光魔石の整然とした廊下。壁に掛けられた絵画は一体どれほどの価値だろうか。リンデさんも「ほあ〜……」と横で感嘆の溜息を出しているけど、今日ばかりは僕も同じ感じだろう。
「お帰りなさいませ、オレール様」
僕が屋敷の中を見ていると、まず執事さんがオレール様を迎えた。隣に控えているメイドも通り際にオレール様を見て腰を曲げて礼をした。そしてオレール様の後に姉貴を確認して礼をして、僕を見て礼……をするかと思ったけど、リンデさんのほうを見て凍り付いた。
まあ……そりゃあいきなり魔人族の女の子を見るってのはびっくりするよなあ。話は通っていても、実際にこの青い角付き魔族の姿を見るのでは全然違う。
でも……
「わ、わ、エファちゃんと同じ服の本職さんだっ! ど、どーもどーも伯爵様にお世話になりますジークリンデです! よろしくお願いしますっ!」
メイドさんや執事さんより先に、リンデさんがぺこぺこ頭を下げだした。もちろんそれは、従者にとって驚きであり、同時にやはり貴族の客人が家政婦より先に頭を下げたのを領主様に見られたというのは、ちょっと困った事態だった。
オレール様が見かねて咳払いをした。
「———あっ! し、失礼いたしましたお客様、こちらから礼をしなければならないところを……!」
「この者たちは皆勇者ミアの知人だ、私の屋敷を紹介する以上は粗相のないようにしてもらいたいのだが」
「あ……も、申し訳……ありま……せ、ん……」
ちょっと責め気味なオレール様に、姉貴が声を挟む。
「いやいやオレールさん、魔人族に関しては責めないであげてよ。正直言ってこれ初見でひっかからずに対応しちゃったらそれはそれで問題だわ」
「む、確かにそうですが……」
「オレールさんだって、公国前はそんなだったじゃない。あ、メイドちゃん。オレールさんもね、このぺこぺこリンデちゃん見て『魔族!?』とか最初は言っちゃったんだから」
「み、ミア様それは!」
「あたしは勇者としての地位というか権力というか、そういう序列? ってのがあるのでオレールさんみたいな貴族王族にもこーゆー感じだけど、それでも心は半分村娘のつもりだからね。オレールさんもメイドさんも平等に見てるだけよ。ま、オレールさんがそういう安易な間違いをする人じゃないとは信じてるわ」
姉貴、伯爵家の領主様に容赦のないダメ出し。オレール様も姉貴が相手だと強く出られないのか、困ったように頭を掻いていた。
「参りましたな……ええ、わかりました。マエリス、次からは気をつけるように。あとミア様に感謝するのだぞ」
「は、はいっ! あの、ありがとうございました、ミア様!」
「いいってことよ、えーとマエリスさんね」
「お、お名前を……! はい!」
「てわけでそこの弟と魔人族三名、厄介になっている間よろしくね」
「はい、何なりとお申し付けください!」
印象一転、先ほどの怯えていた顔とは違い、熱の籠もった視線で姉貴を見るメイドのマエリスさん。
姉貴の曲がっていないところが、こういう形でちゃんとみんなに信頼されるに至っているんだなって実感する。勇者としてどこまで奔放なのかちょっと心配だったけど、安心した。
……同時に、この姉貴があれだけ毛嫌いして怒りから既に失望を通り越して、ほぼ無関心状態になっている国王のことを思い出すと頭が痛いけど……。
まずはサロンまで通された。部屋の中は良い感じに広くて、窓が大きく昼になったら日光が入ってくるのだろう。居心地がいい部屋だ。
そしてこの場所には、僕達が入る前から既に三人の先客がいた。もしかして……。
「話にあった、セリア様とジョゼ様とセドリック様かな」
「ライあんたよく覚えてるわね……そうよ、そこの金髪の人がセリアさんよ。お久しぶりね、セリアさん。オレールさんに呼ばれたので久々に来ました」
「まあまあ、ミア様! お久しぶりです! 不肖の娘のために来てもらっちゃって、あの子も帰ってきていたら会えたというのに」
金髪のおっとりした人が、腰を曲げて挨拶をする。この人が、アンリエットの母親で第一夫人。
「ジョゼさんとセドリック君も。セドリック君は覚えているかな」
「ミア様、ようこそおいでくださいました」
姉貴は茶髪のジョゼ様に挨拶をすると、セドリック様の近くへ行って目線を合わせた。
「えっ、だれ?」
「あはは、まあ以前会ったときは二歳だったからねー、覚えられてないわけだ。ってことは今は七歳か、そりゃ大きくなってるわけだわ。改めましてこんにちは、私はお父さんお母さんの友達で、勇者のミアよ」
「ゆ、勇者さま……!」
さすが男の子の憧れ、勇者の姉貴は自己紹介だけでセドリック様の心を掴んでいた。
「姉様も、前は勇者さまの話、よくしてた! すっごくかっこいい人だって!」
「アンリエットが? 嬉しいわねー、まったく家族をほっぽってどこをほっつき歩いてるんだか」
セドリック様の頭をわしわし撫でながら、姉貴は立ち上がって席に着いた。
そこでオレール様が三人に対して声をかける。
「先日、魔人族という肌が青い魔族の話をしたのを覚えていると思う。今日はな、その者達に護衛をしてもらってきた」
「まあ、ということは……」
「扉の前で待機してもらっている。本当に見た目以外は普通なので、普通の客人として接してもらえればと思う」
その声を受けて扉が開いた。僕はリンデさんと以前の城下街を歩いた時のように腕を組んで部屋に入った。
「ど、どーもどーも……魔人族のジークリンデですー……」
そして部屋の中にリンデさんが入って来る。三名は、びっくりした顔をして固まっているものの、事前に話していたこともあって大声を上げるということはないみたいだった。
最初に反応したのはセドリック様だった。
「あっ、セドリック!」
「ほんとにあおいんだ……ジークリンデ、さん?」
「っ! うんっ! リンデってみんなは呼んでるんだ、よろしくね!」
「えっと、はい、よろしくです」
なんとセドリック様、真っ先にリンデさんに近づいて話しかけた。リンデさんも思わぬ反応に最初は驚いていたけど、本当に嬉しそうな顔をしている。
そんな二人の様子を見て、母親のジョゼ様、そしてセリア様もリンデさんに挨拶をする。
「子供はこういう時、物怖じしないというか本質を見るとされているけれど、本当かもね。こんにちは、ジークリンデさん」
「あらあらまあまあ……先を越されちゃったわね、こんにちは」
それからはレオンとユーリアも続いて入ってきたけど、見た目が小さい二人はリンデさんの後だと警戒されることもなく、挨拶が一通り済んだ。
「良かったですね、リンデさん」
「セドリック君すっごく良い子でした!」
正直少し心配していた部分はあったけど、無事に挨拶が済んでよかった。セドリック様には感謝だね、これだけ勇気のある子なら次期当主も安心だ。
……って考えちゃうのは、我ながらリンデさん分の補正がありすぎかなって思ってしまうけど。
皆が着席すると、執事の方が長旅の疲れにと紅茶を出してくれた。飲んでみると、とてもいいものを使っているとすぐに分かるおいしさで、緊張していたこともあって体の乾きと疲れに染み渡る。
「これは、僧帝国の紅茶ですか。濃くて、いいですね」
「ライさん、これおいしいです!」
「ええ、いい牛乳を使ってるのに、色が濃いから綺麗なミルクティーの色ですね。家だとこの牛乳の濃さはなかなか出せないなあ」
「ほお……ライ殿はこの紅茶の良さが分かるかね」
オレール様が満足そうに言いながらカップを持つ。まずは香りを嗅いでから静かに口に含むその所作から、オレール様が紅茶を飲み慣れていらっしゃることが分かる。
「はい。コーヒーはもちろんそうですが、紅茶は特に種類が多くてその差が大きいですからね。でもなかなか王国では種類が手に入らなくて、だから手に入ったらいつもしっかり記憶に刻みつけようと思っています。シレア経由からのベルガモットを使った紅茶も好きなんですが、王国にはなかなか来なくて」
「……本当に詳しいのだな。この商家はどちらも取り扱っているはずだ」
「それは是非、買って帰りたいですね!」
そういえば食べることに集中していてその辺りを疎かにしていた。これはいい機会だ、たくさん買って帰ろう。リンデさんも姉貴も、砂糖と牛乳をいいものにしたたっぷりの紅茶は気に入ってくれるはずだ。
「さて、まずはどこから話したらいいものか……」
……そうだ、浮かれていたけど僕達はオレール様から娘のアンリエット様の様子を聞きにきたのだった。
行きの馬車では、まるで家の中に原因があるとは思えなかった。何か見落としがないだろうか。
「オレール様自身が分からないとすると……姉貴はどうだ?」
「ん? あたし?」
「記憶の中のアンリエット様。オレール様は知らなかったような、姉貴とアンリエット様だけの秘密みたいなのもあるんじゃないのか?」
「ないわよ、そんなに長期間いた記憶はないし……。……んん……」
姉貴、腕を組んで考え出す。ちなみにレオンはさすがに紅茶を飲む際は離れていた。
「……そうね、剣をしっかり教えているのはオレールさんは後で知ったわけよね。じゃあそのあたりを話そうかしら」
姉貴の主観による、アンリエット様の話。
勇者の仕事として、こちらのバリエ領に出て誰も対応できなかった巨大な猪の魔物を討伐した勇者の姉貴。周りの住人からも感謝をされ、オレール様が自ら領民の代表として礼を尽くした。
そこで出会ったのが、当時十二歳のアンリエット様。姉貴に剣を持った姿を見せてほしいと言われ、いざ剣を持って構えてみるときらきらとした目で見られて、そして言われたそうだ。
「『私も剣を持ちたい』ってね」
貴族王族の下心を軽くあしらう姉貴でも、子供の純粋な目には弱いらしい。教えを請われた姉貴は一ヶ月間ほど、バリエ家の部屋にいる間はアンリエット様と木剣で部屋の中で打ち合った。
アンリエット様はセンスも良く、とても素早い攻めの手から、すぐにフェイントも混ぜるような攻撃をしてくるようになった。毎日毎日、強くなっているのをはっきり分かるほどに剣術の才能があったらしい。
「そういえばアンリエットちゃんは十二歳でも背丈はそこそこあったけど、今はどれぐらいなの?」
「今は……そうだな、ライ殿より少し低いぐらいか」
「ありゃ、じゃあすっかり追い抜かれちゃったわね」
姉貴の背丈は決して特別小さいわけではないけど、それでも僕の頭一つぐらいは小さい。僕と同じぐらいなら女子としては相当な大きさだ。
確かにそれならば、ギルドで舐められるということもないだろう。
「なるほど、その背丈にあの剣術が乗ったらそりゃー強くなっちゃうわ」
「そんなにアンリエット様の剣術は姉貴から見ても強かったのか?」
「そーよ、と言っても当然あたしは一歩も動いてないし一発も当たってないけどね。でもアレ、同年代で木の枝使って剣術のごっこ遊びやっても、男子含めた上であの子に勝てるヤツはいないと思うわ。勇者の紋章がなくて同い年なら、身の丈分は圧されちゃうかもね」
そんなにか……。負けず嫌いの姉貴がそこまで言うのなら、その強さは間違いないだろう。
「もう一つ。出かけるという話でしたが、オレール様は行き先を突き止められなくとも、方角は分かりますよね?」
「レノヴァ方面だったのだが、そこで見失ってしまってな」
「じゃあ普通にレノヴァ公国にいるのではないのですか?」
「恐らくそうなのだが……肝心の、何処にいるのかがさっぱりわからん。公国もあれで広いからな……」
そうか、確かに追跡できてもあの城下街でアンリエット様一人を捜し出すのは大変だ。
顔は恐らくBランク冒険者として知られてはいるだろうけど、それでもピンポイントで探し当てるのは難しい。
それにしても、ここからレノヴァまでの近い距離で、キマイラに襲われて見失う、か。この付近も急に物騒になったなと思う。
リンデさんと姉貴があっさり仕留めたけど、あの魔物はAランク以上だ。傷を負ったキマイラがすぐに去ったから怪我人はいないようだけど、次いつ来るかはわからない。
「そうね、一応顔も知ってるけど五年前だし。……あたしが話せる内容ってこんなもんだけど、どう?」
「ありがとう、十分参考になったよ。後はアンリエット様本人を探し出して、姉貴が事情を聞く方向でいこう」
「そうね、ここで喋っていても結局はわかんないわ。えーっとそれじゃあオレールさん、あたしたちは今日予定なく来ちゃったけど、泊まってもいいわけよね?」
「ええ、もちろんそのつもりです。元々お客人はよく来ますから部屋は多いですし、呼びつけておいて宿泊の負担をミア様に強いるようなことをしたら末代までの恥ですよ」
そうか、今日は貴族の屋敷で寝泊まりするのか……! 村出身者としてはこういった綺麗な場所は初めてのことなので、さすがに緊張してしまう。
「あ、ちなみにオレールさん、ベッドは三つでいいわよ」
「……はい?」
「あたしはいつもレオン君と一緒に寝てるし、ライとリンデちゃんは一ヶ月ぐらい毎日同じ布団の中で抱き合ってるわよ」
あ、姉貴ィー!?
「そ、そうなのですか、ライ殿……!?」
「あっ、いや、ええっと……。……そう、ですね……」
急に話を振られて、否定するのもおかしいと思ってそう答えるしかなかった……。オレール様には行きの馬車で知られてしまったけど、その……女性で母親のセリア様とジョゼ様に知られるのは、また別で猛烈に恥ずかしいっ……!
「まあまあ! 仲がいいのですね」
「あ、あわわ……ど、どうしましょうライさん……」
リンデさん、どう反応すればいいのかパニックになってしまったようで、僕の袖を摘んでおろおろしている。
「り、リンデさん、もう一度知られてしまった以上覚悟を決めましょう……!」
「ええっ……!? えっと、そ……そうですね……! ひ、ひらきなおります! はい! それに、その……今更別々の毛布で眠るというのも、嫌ですから……」
ううっ、改めて表明されると恥ずかしいと同時に、やっぱりそれ以上に嬉しい。リンデさんと一緒に眠るのは、自宅以外でも僕の日常となってしまった。
「……僕も、リンデさんと一度別々に寝たときは肌寒く感じてしまいましたから。そうですね、いつも通りです、ええ。いつも通り、一緒に寝ましょう」
「は、はいっ……」
「姉貴と一緒に旅してたら、多分旅先全部でこれやる羽目になると思います。もう開き直るしかないですよ、はは……」
「ああー……そぉですね……」
その未来がありありと想像できて、僕もリンデさんも揃って溜息が出た。
「あらあらまあまあ、お熱いわね! ……オレール様、私たちも今夜は一緒に寝ましょうよ」
「おっとセリア、抜け駆けはなしよ?」
「ま、待て待て! こんな場で……!」
ああっ、思わぬ所に飛び火してしまった! まさかの奥様方に火が付いてしまった。すみませんオレールさん、姉貴が火をつけた犯人なので恨むなら姉貴を恨んでください!
主に延焼させたのは僕だって自覚はありますけど!
でも、なんとか槍玉にあげられる事態からは避けられた。
ところが槍の次は矢が来たのだ。
標的から外れたと思っていた矢先に、今度はセドリック様が来た。
「リンデさんとライさんって、お父様とお母様みたいな関係なの?」
「そうよ!」
間髪入れずに姉貴が答えてしまい、セドリック様は勇者の姉貴が肯定したことで「そうなんだー」と全く疑いなく納得してしまった。当然ながらリンデさんは顔に血が上りきってしまい、最早目を回してふらふらだ。
……すごいぞセドリック様、状態異常完全無効のはずの魔人族を圧倒してるぞ。あと姉貴は笑いすぎ。でもからかい返すにしても、レオンのことをネタに上げたところで絶対笑顔で肯定しておしまいだよなあ。
僕はそんな自由奔放が服を着て歩いているような姉貴を見ながら、今度は苦手なカイエンペッパーの激辛料理でも出して仕返ししてやろうかと思うのだった。
アンリエット様に関して、いくつかの情報が出てきた。
今までの話と合わせて考えると、少し事件の概要が見えてくる。
だが、全然事件の全容は掴むにはまだまだ情報が足りない。恐らく姉貴一人ではこういった事件をうまく解決することができないだろう。
———勇者の弟に相応しい賢者。
過大な評価であると同時に、心から『そう言われるだけの自分でありたい』と思える評価だ。
僕は、まだ見ぬこの事件の犯人のことを考えつつ、明日からもしっかり情報収集をしていこうと心に決めた。