たくさんのことが、分かりました
僕の発言で、この場に集まってきていた中でまず口を開いたのは姉貴だ。
「……デーモンの本拠地って、どうしてそう思ったわけ?」
「ここからは仮説でしかないけど、いいかな」
「何でも最初って仮説から入るものでしょ、あたしはライ……と、レオン君を信頼してるから、二人に任せるわ」
「よしわかった。レオン、おかしいと思ったら順次突っ込んでくれ」
僕はレオンと目を合わせて頷き合うと、解説を始めた。
まず、死霊術士という勇者の姉貴と同じぐらいに超希少な職業の特異性を、ここに集まっている人に話した上で、結論を言った。
「ハンナをさらっていった目的が、次代の死霊術士が現れないようにするためだったということだ」
今代の死霊術士であるハンナがいなくならないかぎり、次代の死霊術士は少なくともハンナが衰弱、もしくは事故でも起こさない限りは現れない。
病死はない。その理由ももちろん先ほどの理由に繋がる。
「ハンナが病気になったら、意地でもデーモンは死なないようにするはずだ」
「そうか、病気になってしまえば死んでしまう。そもそも彼女はあんな年齢になるまで体を成長させているということは、それだけ血肉になっているわけで……」
「そうだ、レオン。ハンナは……二十年間、デーモンに食料を食べさせられ続けていたはずだ」
ハンナの息を呑む音が聞こえる。
自分がデーモンに育てられていたという事実は、なかなか受け入れられるものではないだろう。……そう思っていたんだけれど。
「わかるよ」
「ハンナ……」
「うん、あたし、デーモンにたべものもらってた。おいしくなかった。でも、食べないと死んじゃう。だから食べたよ。きっといつか、いいことがあるっておもって」
「ハンナは、強いね……偉いよ」
「えへへ」
ハンナは、自分がデーモンに育てられたことを受け入れた上で、前を向いてこうやって両親にお礼を言いにやってきてくれた。そのおかげで、僕も姉貴も両親に伝えたいことが伝えられている。
……本当に、最後まで、この出会いは素敵なものだった。
「話を戻そう。そうなると、ハンナをどうしてここまで必死に育てて守っていたのか、という問題になる。その理由が」
「次世代の死霊術士を出さないこと」
「そういうこと」
その発言を受けて、レオンもすぐに思い至ったようだ。
「なるほど……次世代の死霊術を使える人間を出さないようにする理由は、もちろんデーモンがハンナさんを守っていた以上、デーモンの不利になることであると」
「ああ。そしてデーモンみたいにまばらに出現するだけの魔族が、知られると嫌がること……それがデーモンの本拠地ではないかなと僕は思った」
この結論に対して、レオンは一つの疑問を呈した。
「ライ、そこまでは分かった。確かにデーモンの本拠地ぐらいしか、デーモンが嫌がる情報はないだろう。……じゃあどうして、それをミアさんやライの両親に聞くんだ? それがわからない」
「レオンは話してないからわからないと思う。リンデさん」
「…………? え? エッ!? え、え、あの、私ですか!? 私、その……こういう頭いい感じの会話とか絶対全く何もついていけないと思うんですけど……」
「あ、いえいえ、質問に答えてくれればいいですから」
リンデさん、謙虚なのは良いですけど驚きすぎです。大丈夫ですって。
「両親を襲ったのはオーガロードでした。先日王国が襲われましたけど、その時の魔族以外の魔物は?」
「オーガロードとヘルハウンドと、ゲイザーですよね」
「そうです。オーガキングも最近は出没していますよね? じゃあ東の森でハンナが出した魔物は?」
「ゴブリンとオーガですです。……あれ?」
「そう。全然違うんですよ。でもハンナが出した魔物は、この辺の常識的なタイプの魔物です」
そう、常識的なタイプだ。冒険者ランクがD以上なら組んで戦うことも十分に出来るオーガ。だから両親も討伐出来ていた。その証拠が、あのハンバーグだ。
そして、オーガとオーガロード、オーガキングにはそれぞれ断崖絶壁の超えられない能力差がある。マックスさんと同じ程度のオーガの大きさが、オーガロードになると人間では絶対に到達できない大きさになる。人間同士の一対一の喧嘩でも、自分の身の丈の一.五倍の大きさの人間に殴りかかるような人は絶対にいない。オーガとオーガロードは、そういう差だ。一体現れれば騒動になる。
ちなみに人間の倍の大きさをしたものがオーガキングであり、そのオーガキングと同じ大きさで圧倒的に強いのがビルギットさんで、そのオーガキングとゴブリンの差が分からないぐらい強いのがリンデさんだ。
……改めて思うけど、ほんと魔人族ってすごいな……。
オーガの種類の話、僕が何が言いたいかというと。
「オーガロードは本当に強い。それは、あんなものがこの辺りで頻繁に出没されたら人間達は穏やかな暮らしが出来ないだろうってぐらい強いってことだ。だけど、この間の王国では頻繁に出た」
「……ま、まさか……ライ……」
「姉貴も気付いたな。そうだ……! ああ、そうだ!」
気持ちが抑えきれず声が大きくなってしまい、周りも息を呑む。
「デーモンの奴! 恐らく両親を、意図的に、始末するためにオーガロードを喚んだ! だからあの時、オーガロードなんていう特殊個体が出現したんだ。悪鬼帝国は……父さんと母さんの仇だ!」
その結論は、衝撃的だっただろう。姉貴の顔から次第に表情が消える。普段はイライラしたり怒鳴ったり態度に出すけど……今回はかなり本気で怒っている顔だ。
姉貴は噴火前、こういう顔をする。
「……くそデーモン野郎、ライを罠に嵌めて殺そうとしただけでもタダでは殺さねェぞって気ではいたけど……これはもう、本格的に、あたし自らの手でミンチにしてやらないと気が済まなくなったわ……」
「僕も協力するよ。自分で話していて、とても怒りを抑え切れそうにない。何としてでも追い詰めたい。……それで、だ」
僕は、一通り解説が終わったところで両親に再び向き直った。
「オーガロードに襲われた直前、何があったか話してもらえるよね?」
母さんと父さんは顔を見合わせると、頷いて母さんが口を開いた。
『私とお父さんはその日ね、ちょっと思い切って、南の森に行ってみたのよ』
「南の、森……!」
勇者の村の、南の森。
そこは、未開拓地として長い間放置されている場所だ。採取任務用の西の森とは違い、全く敵の性質が違う。
今はトーマスとマーレさん達が少しずつ開拓していってるけど。
『調子に乗っちゃったわね。本当に南の森って普通じゃないぐらい敵が強くて、私たち必死に逃げてたのよ。でも目の前の敵を避けるように逃げていたら、当然方角とか分からなくなっちゃってね』
「無茶したな……」
『若気の至りってやつよ』
「子供二人産んでそれはやめてくれ」
取り返しの付かないことになったらどうするんだ、と言いたいところだけど取り返しのつかないことになってしまったからこうなってるんだった。
『でも、奥に行くにつれてやたらと増えまくったゲイザーの目をかいくぐって、無茶したおかげで分かったことがあるわ』
「……分かったこと?」
母さんは、目を閉じてしばらく黙っていた。
この事を、話すべきか話さないでおくべきか、迷っているのだろうか。
しかし、姉貴の目を見て……少し微笑んで、僕の方を振り向いて口を開いた。
『森の中に、草だらけの地面があるのよ』
「どこでも草だらけだろ」
『ううん、土も見えないぐらい草がある場所。木が少なくって、草というより、藁が積んであるような……』
「……不自然に、藁が積んである?」
『そうそう、そこでね』
母さんは、手元で鍋の蓋を持ち上げるような動作をした。
『遠くに見えたその藁が、突然盛り上がったというより、その形のままくいっと九十度ぐらい傾いてね。中から灰色の筋肉マッチョが現れて草の地面が元の角度に戻ったの』
———な、に!?
僕は姉貴と目を合わせた。そして、リンデさんやレオン、更に姉貴の近くまで来ていたマーレさん、その他みんなと目を合わせた。みんな驚愕して目を見開いていた。
デーモンは東から来て、東へ戻っていく……そう思い込まされていた!
あいつら、ずっと南から現れて、迂回して東から現れたように見せかけていたのか! 間違いなく、デーモン幹部ガルグルドルフか、もしくは別の者の作戦だろう。南の森は開拓できないぐらい魔物が強いといっても、それほど珍しいほど強いわけではない。だから誰も注目しない森。長い間、見つからないわけだ……!
『参考になったかしら』
「な……なりすぎだよ、それだ!」
『よかったわ。それで灰色の、えっとデーモンというの? 目が合って何とかして走って逃げたのだけれど、振り向くとオーガロードを召喚していて。撒きながら逃げたつもりだったんだけど、半日ぐらい走ってようやく偶然村の近くまで戻ってこられたんだけど……最後まで追いついてきたものが一体いてね』
そこまで母さんが話して、急に姉貴が握り拳で地面を叩いた。
「姉貴……?」
「そして……両親の帰りが遅いのを気にして迂闊に南の森入り口でうろうろしていた馬鹿なあたしに、母さんと父さんと目が合って、オーガロードが弱そうなあたしを見て狙いを定めて……!」
……そうだ。母さんはオーガロードが出たことに気付くと、姉貴に向かって、オーガロードが出たと伝えて、と叫んだ。オーガロードの攻撃が姉貴に向かわないように、その腕にナイフを投げて刺して狙いを自分に向かせた。
そして……数刻後、討伐隊が三つの死体を村に持って帰った……。
『やっぱり、気にしているのね』
「当たり前よ……」
『でも、元はといえば私が南の森に行ってみたいと思ってしまったせいだから、気にしなくていいわよ』
「……。それもそうなのかしら」
『ふふ』
母さんが、霊体のまま下にずれて姉貴に目線を合わせる。
『あなたは過去を振り返る暇があったら、もっとライを見てあげないと駄目よ、お姉ちゃんなんだからね』
「……うん」
『というかね』
母さんが腰に手を当てる。あれは説教しているときのポーズだ。こういう動作ひとつひとつも懐かしい。
『料理を弟に丸投げして、ハンバーグが似なかったぐらいでふてくされてるってどーいうことなの?』
「うっ……」
『その様子だと、食べ終わった後の食器洗いもしてないわよね? 掃除は? 洗濯は? ライに料理を任せるにしても手伝いは? 勇者になって遠出していたのなら、私とお父さんがいない我が家の村長代理の役目は?』
「うう……ライが全部……」
『そんなことだろうと思ったわ……勇者として大変なのは分かるけど、年上のあなたがライを支える側にならなくてどうするのよ……』
な、なんだか話が姉貴の方に向かってしまった。
「母さん、気にしないでくれ。料理は本当に趣味だったし、そのおかげで得られたものも多いんだから」
『ライは優しいというか、ミアには甘いわよねえ……』
「まあね、これでも勇者になる前もなった後も、魔物やデーモンに殴られる前衛を丸投げしていた負い目はあるからさ」
『……ほんと、近接職コンビだった私とクリストフからどーやったらこんな良い子が生まれたのかしら……』
「間違いなく料理は母さんからだから、自信を持っていいよ」
『気遣われちゃったわねえ、ふふ』
僕と母さんが和やかな雰囲気になったところで、姉貴がほっとして溜息をついた……のを母さんが見逃すはずがなく、じろりと睨まれてびくっとしていた。
勇者になっても、母は強し、だなあ。
……ん? 僕の肩を叩いたのは……あっ!
「すみません、お二方。そろそろ時間のようですしご挨拶に」
『ん……? あなたは?』
「初めまして。勇者ミアの……友人、ですね。ええ、ミアの友達をやっているアマーリエというものです。気軽にマーレと呼んでいただければ」
『マーレさん、か。ミアの友人になってくれてありがとう』
『あらあら、女の子のお友達もできたのね。マーレちゃんこんにちわ』
「っ! ええ、こんにちわ……!」
母さんがさらっと娘の友達として呼んでいるけど、待ってその人は……!
「ミアがデーモンを討伐するというのなら、私も協力します。これでも友達は絶対見捨てない主義なのです。ですから、安心して下さいね」
『丁寧にありがとうね、マーレちゃん』
『しっかりしてそうな子だ。ミアをよろしく頼むよ、マーレさん』
マーレさんが……くるりと後ろを向く。
「聞いたな! 時空塔騎士団集合!」
叫び声とともに、その場に現れるは魔人王国時空塔騎士団の面々。
「魔人王国女王……魔王アマーリエが命じる。これより勇者ミアに協力し、特にライムントを私以上に守ることを最優先とし、悪鬼王国を討つことを目的に動く!」
自らを魔王と言い直し、その宣言に「御意!」と返事をする魔人王国の時空塔騎士団の皆の衆。こうやって見ると、やっぱりリンデさんってすごい立場の人なんだなって思ってしまうな。
『……ライ?』
「どうした、母さん」
『あの子って、今』
「ああうん、マーレさんは魔王だよ。部下のために料理を頑張って指を怪我しちゃう、すっごく腰の低い王だけどね」
母さん、半笑いで『もう死んでるけど、私ハイリアルマ教やめるわ』って宣言した。父さんも頷いていたし、姉貴も「私もとっくに信じてないわ」って言っちゃった。
姉貴はそれでいいのかって思ったけど、まあ今更だよな。
『……ああ、なるほど、現界の限界、だな……』
「父さん?」
父さんの体が、うっすらと消えていく。
「あ……」
『なんて顔している。ライ、今日は本当に良かった。お前は間違いなく血の繋がった俺の息子だが、俺の息子だとは思えないぐらいの突然変異のいい息子だ、自慢の息子だよ』
「……」
『ミアに剣を教えてしまい、ライには本当に父親らしいことを何もしてやれなかったが……安心した。なあなあで生きて来た俺にはあまりにも恵まれた結果だ、運が良かった』
「それはないだろ、その豪快そうな性格でありながら細かい所で優しいのとか、ちゃんと見てたからな。間違いなく背中を見せるだけで父親らしい父親やってたよ」
『……全く……喜ばせるのも上手い……』
父さん僕を見て安心したように笑うと、姉貴の方を向いて……姉貴には目を合わせて微笑むと、言葉は交わさずにそのまま消えた。
『ライ』
「……母さん」
『あなたは、間違いなく私とクリストフの子……なのだけれど、似なかったわよね。弓は続けてる? 腕は上がったの?』
「レオンに聞いたところ、どうもハイエルフしか使わないような攻撃を編み出して使い続けているらしいよ」
『……本当に、どうやって育ったのか全く分からないわ……』
マーレさんと姉貴がレオンに詰め寄ってて、レオンから助けを求める視線が来たけど、ちょっと待っててくれ。
「僕はね、むしろ誰かの影響を受け続けているんだ」
『……どういうこと?』
「姉貴が料理出来なかったから、僕は料理をしたし、姉貴が近接職だったから、僕は遠距離で姉貴の役に立ちたいと思った。指輪だって僕のやりたいデザインを僕以外にやる人がいなかったからだし、魔石で冒険者用に作ってあるのもそれだ」
『……ライ、あなたは……』
「リリーに言われて、無意識だけどそういうことを選んでいることに気付いた。……ああ、だけど勘違いしないで欲しい。僕はこんな自分に満足しているんだ」
一見、誰かに合わせて流されるがままに生きているようにも感じるかもしれない。
だけど、これは少なくとも誰かの隣に立てること、誰かのできない穴を埋められること、そして必要とされること……同時に、それが故に他の人が出来ることをできない時、迷いなく頼るようにしようと思えるようになったことなんだ。
姉貴についていこうとして駄目だった自分。
姉貴との壁を感じて灰色の毎日を送っていた自分。
そんなものは、本当は自分の心の持ち方一つだった。
リンデさんに出会って、リンデさんと毎日を過ごして。
こんなに強いリンデさんは……僕の料理にも指輪にも、子供のように本当に何でも喜んでくれて。
そして分かったことは、改めて思えば単純な話だった。
姉貴の役に立ちたい。
それは、自己犠牲の気持ちではない。
姉貴の、できないことをしたい。
喜ばれたいし、頼られたい。
そして……。
「勇者と対等な関係として、横に並んで歩いていきたいから」
そういうことだったんだ。
『ライ……』
「…………」
『……私は、世界一幸せな母親ね……』
満足そうに呟いた母さんは、やがて空に浮き上がりながら少しずつ薄くなり……青白い光は、この墓地から消えた。
日が落ちきった辺りには静寂と暗闇に包まれており……その視界の先にはいつの間にか満天の星が広がっていた。




