表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/247

レオンから姉貴の話を聞きました

 昼過ぎのレノヴァの空気は気持ちよく、僕たちは折角だからとその町中を散策していた。


「ちょっとここから自由行動にしない?」


 ふと姉貴がそんな提案をしてきた。


「つまり、別行動?」

「そうね。ライもライであっちこっち行きたいでしょ」

「そりゃもちろん、初めてのレノヴァだからね。……ってことは、姉貴は僕の行かない場所に行くつもりってことかな」

「ええ、女の子っぽい場所にも行きたいわけだし、ライにそういう店を付き合わせるわけにもね」


 そうか、僕がそういうった店に付き合うのはさすがに不自然だし、姉貴は姉貴で気を利かせてくれているのかもしれない。

 ……それか、さっきの流れだともしかすると……。


「いいよ、それでいこう」

「よし、じゃあユーリアちゃんとリンデちゃんに、あとハンナちゃんも一緒に連れて行こうかな」


 姉貴がみんなの方を見る。魔人族と揃っての女子組だ。


「なら僕はレオンと行ってくる。楽しみにしててくれ」

「っ……まったく……」


 僕は姉貴のばつが悪そうな顔を見て、予想が当たったなということに満足しつつ、レオンと一緒に別行動を取った。




 ある程度歩いてから、レオンが振り返った。


「さっきのやり取りって、やっぱり料理に関することで?」

「うん、僕はそうだと思うよ。きっと単独行動させたら僕が料理の材料を買いに行くと分かっているから行かせたんだろうね」

「なるほど、お互いのことを分かっているんだね」


 そりゃもちろん、ついさっきやられたばっかりだからね。僕もやられたらやり返したいし、そういう似ているところがあるので予想できた。離れている時間は長かったけど、繋がった血の部分、お互いのことはなんとなく分かるって感じかな。

 それじゃ、期待通りに目的の店に行きますか。


 まずはやっぱり、こっちのハーブ・スパイスの店だ。


「……なるほどなあ」


 僕はその店の様子を見て感心した。

 やはり、並んでいるものが全然違うのだ。こちらに来なければ店頭に並んでいないものがたくさんある。

 先日珍しくてセイボリーを王国城下街で手に入れたけど、こちらには普通にある。その上でタラゴン、ケッパー、さらにはデュカといった更にここより東のものまで……近いといっても使わないから王国にまだ入ってきていないものがちらほらある。


「これとこれと……あとこれと……」


 僕はそのめぼしいものを次から次へと買っていく。お店の人がその様子を見て声をかけてきた。


「たくさん買うね、見ない顔だがどこかの新人料理人かな?」

「ビスマルクから初めて来たんです。レノヴァはずっと来たくて。ああ、ちなみに個人で使うだけですよ。まだまだメニューを知らないんですが、もっと詳しくなりたいですね」

「ほほう、そうかい。それじゃあ……これなんてどうだ」


 そう言って店の人が見せてくれたのは、なんと本だ。


「これは……もしかして!」

「そう、レシピの本さ。ここらでは珍しいが、自分はもう読んでしまってね。値段が値段で、買い取ってくれそうな人がいないから困っているのさ。どうだい兄ちゃん、銀貨五枚だ」

「買います!」


 ぼろぼろの表紙とはいえ読めれば何の問題もない、ここまで厚い本が銀貨なら安い。どうしてもこういったものは数が出回っていないし貴重になる。それに……知識にしてしまえば劣化することがない。

 迷わず購入だ。


「よかった、これで本当に売れ残りなしだ。……もしかして、そこそこ金持ちなのか?」

「一応僕は、宝飾品を作るのを今は仕事の中心にしています。最近まで一人暮らしだったので、それなりに蓄えがあるんですよ」

「いいね……それではそんな君には、特別にこれを紹介しよう。盗まれるといけないので普段は仕舞っているものだ」


 おじさんは後ろ側の袋をごそごそと漁ると……そこには……!


「茸……いえ、この香りは……!」

「そうだ。これはトリュフだ。南の半島のポルチーニと人気を二分する香り高いキノコの王様さ。……ただしこいつは小金貨二枚だ。公王の家で需要があるため、次はいつ手に入るか分からん」


 僕は持ち合わせを確認する。もちろん余裕はあるし……僕の貯金は、こういう時に使ってこそ、だよな!


「買います!」

「いいね、気に入った! おいしい料理を作ってやりな! 誰に食べさせるんだい?」

「それはもちろん……その、家族……みたいな人、ですね」


 家族みたいな人。

 姉貴ってことでよかったのに、家族、と言いかけて取りやめてしまったせいで……とても自由に解釈されてしまった。


「なるほど、そりゃあがんばらねえとな!」

「……ははは……ええ、おいしいと言ってもらえるよう頑張ります!」

「いい返事だ! こいつも持っていけ!」


 おじさんは明るくそう言うと、マジョラムとセイボリーと、他にもバジルやパセリなど沢山の調味料をくれた。


「い、いいんですか!?」

「おう、トリュフを買い取ってもらった時点でこっちにとってはいい上客さんだ。期待しているよ」

「はい! ありがとうございます!」


 やった、思わぬ収穫だ。

 僕は購入分をアイテムボックスに仕舞うと、おじさんに再び礼をして次の目的地へ足を運んだ。


「ライは、本当にこの手の店に詳しいんだ」

「なんだかおいしいものを食べることに段々こだわってきちゃって。姉貴がいつまで経ってもおいしいって言わないもんだから、ちょっとこっちも意地になっちゃってね」

「今は全然そんな様子がないから驚くしかないなあ……」


 確かに、今となっては姉貴は本当に明るく食べてくれる人だ。

 それまでは本当に、終始難しそうな顔をして食べる人だったし、何より逆らえない超怪力の姉貴だったからなあ……。




 次は、レノヴァの肉類や野菜なども見ていきたい。ちょうどいい感じの店があり、僕はそこで足を止めて店員のご婦人に挨拶し、店頭に並んでいるものをひとつひとつ調べていった。


「……これがレノヴァのパテ、ポークリエットですね。なるほど……おいしそうだ」


 そこには濃厚な雰囲気の肉の塊があった。

 見るからにパンなどにつけるとおいしそうだ。リンデさんならどうだろう、おいしく食べてくれるかな?

 ……うん、間違いなくおいしく食べてくれそうだ。家でも作れそうかな?


 僕はそこから、豚肉、チーズ、そしてよくここまで売ってきているなと驚いた、氷付けの魚があった。

 氷魔法で保存しながら腐らせないように運んでいるんだ……なるほど、これは気になる。


「魚を……そうですね、十ほどください」


 素材の大きさとしてはどうかなと思ったけど、無事にアイテムボックスの魔法に収納することが出来た。感覚的にギリギリだ、帰ったらすぐに消費しよう。


 近くにはチーズの店もあり、チーズハンバーグのためにもいくつか補充。

 野菜は……レモンを取っておこう。トマトもいくらあってもいい。アヴォカドも買っておこう。

 料理用のワインも追加で、後は……ヴィネガーも少なくなっていたんだ。そしてオリーブオイルもね。人数が増えて減るペースが速い。白ワインのものも追加。


 お店の人は美食家さんなのか、いろんな話をしてくれた。この辺りの料理で好きなもの、そしてお店にしか出ないようなもの。後で本を見て調べておこう。先ほど買った調味料も、コレクションするだけじゃなくて使ってあげなくちゃ意味がないからね。

 のんびりと世間話をしていると、その店員さんと勇者の話題になった。


「勇者様の噂?」

「ええ、そうです。勇敢な人で、いろんな人に慕われているって」


 へえ……姉貴の話がこんな買い物先の何気ない場所でも聞けるなんて。こうやって勇者として活躍している話を聞くと、本当にみんなの役に立っているんだなあと思って誇らしい。


「最近も活躍したから、時々その話をする人もいるわね」

「そうなんですか」

「ええ、私も見たけど……素敵な人です……」


 そう言ってうっとりするご婦人。……んん? 姉貴どういう活躍したんだ……?




 さて、買い物はこんな感じでいいかな? のんびり集合場所まで戻ろうとすると、後ろからレオンの声がかかった。


「ライの買い方、なるほど確かに分からないな。何か参考になるかと思ったけど、やっぱり料理に対することは魔人族にはわからないのか、それともライだけが特別なのか、全く何を買えばいいかなんてわからなかったよ」

「いやいや、僕なんて特別なことは何もしてないよ、食材を買っただけ」

「じゃあ今日の買い物の詳細をリリーさんに話して特別なことは何もしてないと伝えても、簡単って返ってくるのかな?」

「うっ、それはやめてくれよ……」


 料理に関しては自負がある分、こんなの簡単ですよーなんて嫌味を言おうものならリリーからどんな目に遭うかわからない。というか、買い物の難易度もリリーの性格も僕との関係も、よく見ている……地味にレオンにはかなりの弱みを握られてそうな気がするぞ……。


 しかし……そうだよなあ、やっぱ謙遜は嫌味か。


「スパイスやハーブに関してはかなりこだわってるつもりだよ。食材もビスマルク王国にないものが多いし……本当に来て良かったよ」

「ミアさんに感謝しないといけないですね」

「ん、そうだね」


 姉貴、姉貴かあ。


 昨日のデーモン戦を見たけど、本当に恐ろしいほどの攻撃力と防御力だった。まさかあんな筋骨隆々としたデーモン相手に,拳で殴り合って圧勝という表現しかできないほどの勝ち方をするとは。

 もはや姉貴がオーガで、デーモンがゴブリンだ。


 そして……なんといってもあの戦い方と煽り方だ。

 相手にわざと屈辱感を与えるように徹底した、煽りに煽った戦い方。

 弟の僕からみてもぞわりとするものだった。


「デーモン戦、すごかったよなあ……なんというか凶悪さが」

「凶悪さ?」

「そうだよ、昨日の姉貴のデーモン戦の戦い方というか。……僕はそんな姉貴にレオンがベタ惚れというのが弟ながら理解不可能なんだけどさ……」


 レオンは見れば誰でも分かるぐらい、本気の本気で姉貴に惚れている。

 惚れてるフリだけであんなにデレデレになるとか無理だろう。本気で抱きついているし、その間は照れている。

 改めて思うけど、本当にその事実だけで尊敬ものだよレオン……。


「正直あの猛獣みたいな姉貴のどの辺が可愛いのか聞いてみたい」

「単純にああいう女の子が僕の中で好みど真ん中なんですけど、確かに言わないとあの普遍的なかわいらしさは分かりにくいかもしれないね」


 全く分からないよ。

 姉貴のどこに普遍的なかわいらしさがあるんだよ。


「そうだね。じゃあまさにそのデーモン戦でのミアさんの悶えるほどのかわいさを教えよう」

「期待しない程度に期待しているよ」

「それはしっかりご期待に添えるように頑張らないとね。……まず最初に出会ったとき、ミアさんはデーモンに対して最初からああいう戦い方をしていたんだけど、僕やユーリアがデーモンにやられていたからなんだ」


 そういえば、その辺りのやり取りは僕が抜けていた頃のものだから全く把握できていない。


「死にかけていた僕とユーリアを見て、仲間と決めたら絶対に見捨てないと言ってくれて。それだけでも素敵なんだけれど、その時は元々そういう性格……誇り高いからだとしか分からなかった」

「うんうん」

「でも、後で気がついた。あんなに罵詈雑言叩きつける相手はデーモンぐらいしかいない」


 ……? あの姉貴の雰囲気、デーモン相手の時限定なの?


「ミアさんは、魔物は普通に討伐しているんだ。でもそんなあなたのお姉さんはね……デーモンを相手にすると本当に雰囲気が変わる。一度目はきっと僕が大けがをしていたとき。そして……」

「そして?」

「……恐らく僕が見たときの特に大きな変化が、ライが殺されそうになったとき」


 え?


「あの城下街が燃えた日。ライを殺す方法をあのデーモンの幹部が計画していて、そいつがライを命の危機まで追い詰めてしまうと分かった時は、それはもう烈火の如き怒り方でね。『あたしが入念にぶっ殺してやるからな』って獣の咆吼のように叫び、普段と全く違う様子でね」


 ……あ、姉貴が僕の殺害計画を聞いた時、そこまで怒っていたのか。


「だから昨日は……」

「そう。ライを殺そうとした種族だから、あそこまで相手を逆撫でするような煽り方をした。相当怒っているから、ああなった。そうじゃなければあんなに煽ったりしてないはずだ」


 ……そうか。昨日の姉貴は、僕のためにあそこまでデーモンに怒りをぶつけたのか。

 誰を相手にしてもああいう戦い方をするのかと思っていたけど、デーモンが僕を殺そうとした種族だから怒っているというわけか。


 あ、やばい。

 どうしよう、それ意識すると急に嬉しくなってきて、同時に猛烈に恥ずかしくなってきた。


 姉貴……僕の姉貴。

 やっぱ、姉貴、すげーいいやつだよ。

 姉貴は僕のこといいやつだって言うけどさ。

 絶対姉貴の方がいいやつだって。


 そうか、そうだったんだなあ……。


「お分かりいただけたかな?」

「ああ、よく分かったよ。ありがとう。なるほど期待通りに教えられてしまったな……」

「そんなミアさんだから、僕はかわいいって思うワケ。指摘したら顔真っ赤にして知らない振りするだろうね、間違いない」

「なるほど、確かにそりゃかわいい。レオンは見る目あるよ」


 すごいよ、レオン。僕は姉貴がいいヤツだということをもちろん意識したけど、同時に出会って短時間でそこまで姉貴のことを徹底して見ていてくれていたレオンのことを凄いヤツだと思うよ。長所見つける天才だよ。

 姉貴……いい奴捕まえたなあ。




 それから暫くして、姉貴と待ち合わせの広場で会った。

 リンデさん達も満足そうでよかった。ちなみにリンデさん、僕の横にしっかりはりついた。なんだかすっかりいつも一緒ということが当たり前になって、僕も往来で少し恥ずかしく思いながらも、リンデさんが近くにいること安心していた。

 ハンナは綺麗になっていた。ぼろい服が一新され、元の美貌もあってかなり魅力的な姿になっていた。……それでも、やはり過剰に細い体はやはり見ていて痛々しかった。


「遅かったかな?」

「いいや、ほとんどレオンと喋ってたから時間はそんなに経った気はしないよ」

「そう、よかった。……それにしても、ライとレオンがね。……どうだった? レオンとの会話は」

「いろいろ話を聞けてよかったよ。姉貴のどの当たりが可愛いか、とかね」

「っ!? ちょ、ちょっとレオン君っ!?」


 姉貴がレオンを再び抱きしめて胸に埋めると「おしえて〜!」と催促したけど、のらりくらりと質問を交わすレオン。

 なるほど、いちゃいちゃとああいうやり取りができるのもレオンさんの良さかもしれない。


「姉貴」

「ん?」

「勇者だなーって思って」

「何よそれ?」


 姉貴はおかしそうにくすりと笑って、ビスマルク王国へと帰る馬車へ乗った。


 馬車に揺られながら外を見る。まだまだ日は高い方だけど、それでも帰った頃にはもう夜だろうか。

 それにしても、初めてのレノヴァは楽しめた。


 また行きたい。

 ……できれば、このメンバーで。

 いや、むしろ増えてもいいかな、なんて思ってしまう。


「そういえば姉貴の噂を聞いたよ」

「あら、何かしら?」

「何って勇者がレノヴァで活躍したって話だよ。さすが姉貴、やることやってるなーて思うよ」


 僕が話し終えると……姉貴が首をかしげた。


「あたし、ここ最近レノヴァで活躍したことないわよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ