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初めてレノヴァ公国に入りました

 昼ももうそろそろという段階で、レノヴァ公国の門付近までやってきた。

 森からレノヴァまではそれなりに近いので、すぐに到着することができた。


 門まで来ると、門番の人が審査をたくさんの人を捌いている。

 リンデさん、その列に興味津々。


「わあっ、結構人の出入りが激しいですね」

「王国も商隊列との出入りの差が大きかったりするんだけれど、あれは主に産業を支える東側の農地メインの東門から入ってきているから、南は比較的空いているんですよ」

「なるほどー……」


 沢山の人が並んでいる、その後ろ側に並ぼうとすると……


「……な、何だ! あれは……!」

「魔族……!」


 という反応を当然のようにもらった。

 みんなの視線が姉貴に集まる。そりゃそうだろう、大丈夫だと言っていたんだから。


「姉貴、これ本当に大丈夫なのか」

「えーっと……あっ! ちょうどいいの見つけたわ。だいじょーぶだいじょーぶ! まあ見てなさいって」


 自信満々に姉貴が、レオンを連れて列の近くに行く。その中でもとりわけ目立つ、大型の馬車の近くに歩いて行った。

 馬車の中には、青い髪の身なりの良い男性がこちらを見ている。姉貴が近づくと、周りから護衛らしき騎士達が現れて姉貴の前に立ちふさがった。

 そんな護衛達を無視するように、姉貴は大声で馬車に声をかけた。


「誰かと思ったらどこぞの伯爵じゃなーい! あたしのこと分かるわよね?」

「何だ、このバリエ伯爵に向かって急に…………ん……んん!? もしかしたら、あなたは勇者ミア様では!?」

「よしよし、忘れていたらひっぱたくところだったわ」

「なんと本当に……お久しぶりです。お前たち! この御方は私の恩人だ! 警戒する必要はない」

「し、しかしオレール様、この者は魔族を連れておりますが……」


 オレールと呼ばれた男は、もちろんその魔族の方を見ている。その姿は目立つんだから言われなくても分かっているだろう。


「聞いてないのか、お前達は……いや、確かに新しい情報で、公国の者でなければある程度上の方でしか情報を共有していなかった」

「と、いいますと……?」


 そこで、以前王国で行われたデーモンとの争いの詳細が語られた。


「正確には、『灰色の魔族を、青色の魔族が滅ぼした』ということだ」


 そうか、姉貴はこのバリエ伯爵のことを知っていて、その上で魔人族が大丈夫であると一緒に行くことでアピールしに行ったのか。

 当然のことながら姉貴は五年間勇者として世界中で活躍している。その間に助けた人は、相当な数だろう。

 様子を見るに、伯爵様もそのうちの一人みたいだ。


「あたしたちも一緒に並んでもいいかしら」

「その程度でお礼になるのでしたらお安い。いざ灰色の魔族がこの隊列を襲おうとも、ミア様一人いるだけできっと大丈夫でしょう」

「あたしが来たからにはデーモンなんぞに負けはしないから頼ってくれていいわよ、特にあたしの弟のガールフレンドはあたしより強いからね!」

「ミア様よりもですか、それは頼もしい!」


 姉貴がくるりとこちらを向いて「リンデちゃーん!」と大きな声を上げる。

 リンデさんも急に呼ばれて驚きつつも、姉貴に対して「はーいっ!」と両手を振って答える。

 そんなリンデさんの見た目の割に無邪気な様子を見て、護衛の人達も警戒を解いていった。


 もう、大丈夫かな? 僕達は姉貴の方に歩いて行った。

 人間二人に魔人族二人の四人組が合流して、人間と魔人族三人ずつのパーティになった。

 護衛の人はかなり緊張している雰囲気だけれど、気持ちは分かる。確かにいきなりこのパーティが入ってきたら驚くよなあ……。


「彼がミア様の弟君ですか?」

「そうよ! あたしの自慢の弟なの! 憎たらしいぐらいあたしに何一つ似てなくて優秀よ!」

「ははは、そう言うからにはそうなのでしょうな。どれ、近くに来てみてくれるかね?」


 憎たらしいぐらいってなんだよと心の中で突っ込みつつ、伯爵様に呼ばれて、僕は前に出て胸に手を当て礼をする。


「お初にお目にかかります、オレール・バリエ様。紹介いただいたミアの弟ライムントと申します。この魔族の中でも魔人族と呼ばれる青い肌の種族は、今現在人間のためにその能力を発揮してくれて、僕自身も何度もその命を救ってもらっています。すぐには難しいでしょうが……護衛の皆様も含め、信頼いただけたらと思います」


 なかなか貴族に挨拶するなんて機会がないから、なんとか失礼にならないよう挨拶をしたつもりだけど……どうだろう。


「ほお……」

「……バリエ伯爵様?」

「オレールでいいよ、ライムント殿。……なるほど、優秀だ。今私たちが遠くでやっていた呟きや会話の一つで、もう私の名前を覚えてしまっていたとは」

「あっ、と。失礼でしたか?」

「とんでもない。むしろこの姉の自由さに一度慣れたら、どんな失礼な相手でも大丈夫だと構えていたから心から安心しているよ」

「ちょっとどーいう意味よそれ!」


 姉貴ほんと何やったんだ?

 そのうち不敬罪で……なんて思ったけど、そもそもこの姉貴を裁ける能力のある人間がいないんだった。

 第一、姉貴のやっていることは民からの支持が厚いことばかりだ。この姉貴に不敬罪などかけようものなら、かけた貴族の側が、民からの信頼を失いかねない。


 なるほど……絶妙なバランスで、姉貴は勇者たりえてるんだなと思う。

 貴族の心さえ広ければ、これほどの味方はいない。

 ……貴族の心が狭ければ、と思ったけど……それをやってしまったのが自分の国の国王だったんだよな……。


「ま、姉貴が失礼なことした分は僕がフォローを入れるよ」

「ちょっとぉーライまでそんなこと言うわけー?」

「姉貴はビルギットさんの爪の垢を煎じて飲むべきだと思うよ」

「あの人と比較されたら城下町の女全員飲むことになるわね……それこそ量は十分足りそうだけど」


 そのことがおかしかったのか、すぐに僕も姉貴も笑い出した。


 オレール様ともお話したけど、なるほどこの人は以前伯爵領の端に現れた巨大な魔物、ブラックキングボアが建物を破壊して回っていたところを、一人で圧倒してみせたということだった。

 それから勇者の姉貴が正式に依頼を受けて、魔物の巣まで出向いて一匹残らず討伐したとか。


「懐かしいわね、猪野郎。なんか顔見ててああこいつら人間ナメてるなって思ってむかついたから、猪野郎のリーダーは力比べしてブン投げて、最後は眉間殴ってぶっ殺したわ」


 ……一応、高さだけで二メートルぐらいあるはずの巨大な魔猪なんだけどね……普通は武器を持っていたとしても正面から斬り合ったりはしない。

 そいつらと力比べって、まあ姉貴しかできないことだよなあ……。


「そこで伯爵様から信頼を得ることに成功したと」

「そゆこと。あたしにとっても楽な任務だったし、娘さんも可愛らしかったし。それでしばらく食べて飲んでさせてもらえたから文句なしよ」


 話を聞くと、本当にたくさん飲み食いして遊んで、それでもってちゃっかり依頼料ももらっていたらしい。

 Sランクの冒険者の報酬としては妥当とは聞いたけど、それにしても自由な姉貴だなあと思う。


 娘の伯爵令嬢とも仲良くなって、そして……部屋の中で軽く剣術を教えたり、相手になったりしていたらしい。勇者の姉貴と剣を合わせることで、娘もそれなりの剣術の使い手になってしまったとか。

 お淑やかに育てたかったのに、何度オレール様がやめさせようとしても娘の方が姉貴を好きになってしまい、最終的には完全に姫騎士って感じの女の子になっちゃったとのこと。


 ……なるほど姉貴、それはいくらなんでも自由すぎる居候だと思うよ……。


「……でも」

「ん?」

「結局……母さんの料理じゃないなって思っちゃって、それで次の場所へ出向こうと思ったわけなんだけどね」

「……そうか」


 姉貴は、外でいろんなものを食べることが好きになっていた反面、同じ場所に留まって料理を食べるようなことはしなくなっていたらしい。

 それは、同じ場所に留まると家族の食事を思い出してしまうからと。

 だから姉貴は、次から次へと場所を移しては、少し住んで、そのまま次の土地を目指して去ってしまう。


「だからね、今回の旅は今までで一番楽しいわ。食事はおいしいし、ただの姉弟旅行ってんじゃなくていろんなメンバーいるし」

「そうだね。僕も初めての旅がこんなに和気藹々としていて、何よりも安全な旅路だなんて恵まれていると思っているよ」

「安全だけは本当に保証できるわよ!」


 姉貴はニッと笑って、そしてリンデさんとも「ねー」と笑い合って、レオンを抱き寄せて頭に顎を乗せた。そして穏やかな顔をしながら、


「……いいパーティってこんなにいいものだったのね……」


 そう呟いた。


「そろそろ門です」

「っと、もうですか。わかりました」

「ミア様含めた皆様は、私の護衛という形で紹介しようと思うのですが、それでも大丈夫でしょうか」

「いいけど、護衛だってことにかこつけて急に変な依頼押しつけてくるんじゃないわよオレールさん。ま、オレールさんはいい人だから、依頼してくれるって言うなら一倍価格で請け負ってあげる」

「なんと、ミア様直々に依頼権をいただけるなんて今日はついてますな、はっはっは!」


 こんなやり取りも慣れっこなんだろうという様子で、二人は仲良く笑い合っていた。改めて思うけど姉貴、本当にどの貴族に対して物怖じしないんだなーって思う。


 門番の人は魔人族に少し驚いていたようだけど、伯爵様の紹介と、事前に聞かされていた魔人族の話のこともあって思った以上にすんなりと入ることができた。

 伯爵様とは門を入った後、すぐに別れた。


 -


 レノヴァ公国。

 ビスマルク王国にある程度属する形で存在するけど、その文化は独自発展を遂げてすっかり王国以上の存在となった国だ。

 僕自身も、村を預かるという役目がなければ何度も来てみたいと思った国だっただけに感慨深い。


「わあわあ! なんだかもう、おいしそうなにおいがしますっ!」


 そしてそんな公国で、まず漂ってくる匂いを敏感に嗅ぎ取ったのが、我らがパーティの食いしん坊リンデさん。

 確かにこの公国には、食堂が沢山ある。それに、ちょうどいい時間だし……。


「なあ姉貴、どっかで食べていかないか?」

「あたしもそう思ってたところよ。リンデちゃん達もいいわね」

「わあわあ! はいっ! 楽しみです!」


 そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねるリンデさん。

 ちなみに周りの通行人から見ても、当然のことながら魔人族のリンデさんは非常に目立った存在だったわけなんだけど、本人はどこ吹く風とすっかり慣れた様子だった。

 時々周りを見ては、ぺこぺこしながら挨拶していて、そんな明るい様子を見ていると周りの人達も元々知らされていたからか、警戒心を大幅に解いていた。


「でもその前に」


 姉貴はハンナを見た。……そうだ、ハンナはまだ服が大分汚いままだった。この姿で食べ物のお店には少し入りづらい。

 そのことを確認すると姉貴は、公国も歩き慣れているのかハンナを連れて目当ての服屋の前までまっすぐ進んで到着した。


「お店の人、この人に合いそうな服ある? なかなかスタイルいいしほっそいわよ」

「ええ、お綺麗な方ですね。お任せ下さい!」


 ハンナが細いのは……恐らく食事が足らないせいだろう。

 でも、そういうことをマイナス方面でかわいそうかわいそうと言うのは、かえって本人にとって失礼なことだ。

 姉貴は多分、そういうこともわかっているんだと思う。


 それから数十分かけて、ハンナは見事に綺麗な格好になった。

 上は大人びている長袖の服。下側も膝までのスカートに、足は黒いハイソックスを履いていた。こうやって見ると、本当に細い。でも黒くて厚めのその靴下が足の細さから来る痛々しさをあまり見せないようになっていた。


「ね、ね、ライさん。にあう?」

「ああ、とても似合うよハンナ。姉貴にも感謝だね」

「うん!」


 ハンナは本当に嬉しそうだ。年齢の割にやはり子供っぽい笑顔だけど、服装のこともあって大人びて見える。

 それに、女の子はいくつになってもファッションのことは関心があるはずだから、公国のお洒落な服を着れて嬉しいんだろう。

 こっちに寄って良かったな。


 -


 綺麗で豪華な感じの店の中に入ると、まずはもちろん注目された。

 それでも姉貴がレオンを抱きながら堂々としているためか、店の人もすんなり対応してくれた。もしかしたら一度来たことがあるのかもしれない。

 姉貴にそのことを聞いてみると、肯定していた。やっぱり姉貴を知っているところの店だったみたいだ。

 それにしても綺麗な店だ。……ここはもしかして……。


「姉貴、ここ高いんじゃ」

「ま、いいじゃない。そもそもお金あるのよあたしはね」

「じゃあ……遠慮なく」

「いただいちゃいなさい。あ、店員さんトリプルAコース六人前ね。ハイお金」


 さらりと高そうなメニューを頼んで、全額前払いしてしまう姉貴。お店の人は驚いた様子もなく笑顔で受け取り、そのまま奥に入って行った。


「……姉貴って本当にSランク冒険者なんだな」

「ふふん、すごいでしょ」

「素直にすごいと思うよ」


 僕は姉貴の対応の堂々としているところに感心していた。なるほど、外では当たり前のようにこういう店に通っていたわけか。

 それに伯爵様の屋敷に住んで料理を食べていたということは、そういうレベルの料理にも慣れているわけだ。

 ……同時に、そんな姉貴が僕の料理に昨日あそこまで泣いてくれたというのは、素直に嬉しいことだった。


 ちなみにリンデさん達魔人族は、店の中をわーわー言いながら見渡して、テーブルや壁の絵や調度品を見る度にすごいすごい言っていた。いかにも田舎のおのぼりさんですって感じで客の視線を集めすぎて、さすがの姉貴も恥ずかしかったのか止めた。

 あと精神年齢の幼いハンナも割と賑やかに騒ぐ側だった。そりゃあ村でしか過ごしたことがないのなら、王国の城下町自体知らない可能性も高いし、無理のない反応だと思うけれど……。


「……姉弟でおっきい子供たち引率してるみたいよね……」


 ……姉貴の言葉に頷いた。




 料理が運ばれてくると、一同はすっかり店の調度品や絵画から料理に視線が移った。


「わあ……」


 リンデさんの目が輝く。

 レノヴァ料理……なんといっても、まず見た目が綺麗だ。

 トマトにチーズを挟んで、網の目のようにマヨネーズとバジルソースが細く交互にかかっている。これが前菜……。


「これだけですか?」

「いえ、確かメニューが次々出てくるはずです。……だよな? 姉貴」

「もちろんよ。最上級の中でもお得意様向けのコース頼んだから、たっぷり食べていくといいわ!」

「わあっ! ミアさん素敵ですっ!」

「さすがミアさんですね」

「やっぱりミア様ってかっこよすぎます!」

「ミアさんありがとーございますー!」


 姉貴はみんなの賞賛を浴びて、「んっふふふ……よいぞよよいぞよ……」と両手で周りを鎮めるようなポーズを取って満面の笑みだった。

 結構奢るの好きだよな姉貴。でもそういう、ここぞというところで一番いいものを買ったり選んだりする思い切りの良さは、姉貴の良さだなって思う。


 まずは前菜を食べる。……なるほど、トマトとチーズを別ではなく挟むことによって、味のばらつきがなくなる。そして、粘度が高くて細ければ細いほど味付けのソース調味料の味の乱れも少ない。

 誰が食べても、この味になる形。それでいて……見た目が美しい。

 そう。見た目が美しいだけじゃないのに、味を全て考えた上で見た目が美しいのだ。これは本当に素晴らしい。


「す、すごくおいしい……えっと、こんなのがまだまだあるんです?」

「あと四回五回ぐらいに分けて出るはずよ」

「たのしみです……!」


 思えば、ずっと僕の料理を食べていたリンデさん。

 たまにはこうやって、いい外食に連れて行くべきだったかな、とも思ってしまった。

 ……ただ……何か、少しちくりともした。


 次に出てきたのは焼きたてのパンに、オリーブオイルと塩。

 そして……スープだ。

 透明度の高い琥珀色の冷たい液体。

 ……間違いない、本物のコンソメスープだ。


 一口含むと、その味の豊かさが広がる。

 高温に比べたら冷温のものは味を感じにくいとは聞くけど、紛う事なき複雑で濃く、だからといって塩のきつくない本格的な冷温スープだ。

 これがレノヴァのレストランで出されるスープのレベルか。


「ライさん」

「……ん? どうしました、リンデさん」

「以前、スープは具ではなく水の方がメインだと言ってたときはなんでって思いましたけど、まさにこれのことだったんですね」

「……ええ。このスープは本当においしいですし、なかなか簡単には作れないものです」

「陛下も連れてくればよかったですね」


 最初にリンデさんにスープを出したときもそういう反応されたけど、本当に魔人王国の魔王様はみんなから愛されているなって思う。

 もっと早い段階で僕がこれを出せれば、その驚きも家で見られたのかなと思うと、惜しいことをしたなと思う。


 次に出たのは……これは……!


「これ、何かの切り身……? あっ! お、お魚ですか?」

「はい。そういえば村ではいよいよ採れないので出したことなかったですね」

「お魚って本でしか見たことないですし、食べたことなかったですけど……」


 え? 島国だった魔人王国では、普通に採れるんじゃないかなと思ったけど……。

 そういえば、魔猪とクラーケンの生息地域だと聞いたことがある。当然だけどそんな場所には普通の魚が近づくわけがない。ちなみにクラーケンはあの白いうねうねした生臭いものは魔族も食べる気が起きないとのことだけど、王国でも食べた話は聞かないし僕自身もあまり食べたくはない。

 そりゃ魚を食べる機会どころか、見る機会自体なかったんだろう。


「それじゃ、初めてですね」

「はい! 楽しみです!」


 まずは僕も一口。

 ……うん、さすがにおいしい。切り身から骨を外して、白いソースの中に入れている。少し変わった上品な味付けで、あまり王国の方ではないタイプだ。

 僕も魚料理に挑戦したことがあるけど、これはおいしいな……。


「お、おお、お魚ってこんなにおいしいんですか……!?」

「ええ、僕も驚きました。味付けがいいですね」

「こんなに食べやすいなんて……うーっおのれクラーケンめぇ……あれがいなかったら、魔人王国の周りでも獲れているはずなんですよね……」

「そうだと思いますよ。ただこの魚料理、骨などを抜いて食べやすくしています。細いから外しにくい上に刺さってしまうんですよ。ナイフの使い方もそれなりに上手くないと調理も難しいですし、鱗も丁寧に外さないと固くて唇に貼り付いたりします」

「な、なるほど……」


 僕の説明に納得しつつ、お互い魚料理を完食する。

 初めての魚料理の驚きは見事に取られてしまった。でも本当においしいし、なかなか村ではこれを出すのは難しい。


 次に出てきたのは、肉料理だった。

 量多くない? って思ったけど、不思議とまだまだ入る。

 これもレノヴァ料理のコースの特徴の一つなのかな。


 小さく切り分けられたレアステーキは、かなりしっかりした牛肉で、小さくてもなかなか歯ごたえがある感じだった。味付けはバルサミコ酢を使った酸味のあるソースで、さっぱりと食べられる感じだ。

 ステーキというより、一人前のローストビーフみたいだ。


「わー、これも変わった味ですね」

「バルサミコ酢のソースなので、酸味があるんですね。さっぱりしていておいしいです」

「でもこれがステーキですか? ちょっと少ないですよねー。ライさんのたっぷりステーキに濃いソースさんがかかってたやつの方が私は好きだなー」


 レストランで食事中なのに、目の前の料理よりも僕の料理を思い出すというリンデさんからの思いがけない評価に嬉しくなる。

 そして……ようやくさっきのちくりとした感情の正体が分かった。


 ———ああ、さっきから僕は、レノヴァ料理に嫉妬しているのか……。


 意識してみたら、なんてことはなかった。

 好きな女の子の笑顔を独り占めしたかったんだ。別に取られているわけじゃないのに、それでも自分一人で喜ばせたかったんだ。

 とてつもない独りよがりであると同時に、とても自分らしい欲求で……そして自分にそこまで欲求があることに驚いた。


 ずっと自分の欲も薄い感じだった僕にとって、それは大きな変化だ。

 しかも、理由がとてつもなく子供っぽくて単純。

 そんな変化に、僕は……もちろん嬉しくなった。


 ……まいったな、本当にこんなに好きなんだ。


 僕がそう思いながらリンデさんを見ると、肉料理をちょうど食べ終えたリンデさんと目が合った。笑顔のまま首を傾げて、そんな可愛らしい動作に照れつつも、「また家でたっぷり食べましょうね」と言って、リンデさんは満面の笑顔で頷いてくれた。

 ふふ、ようやく僕も余裕が戻ってきた。


 次に出たのはなんとも綺麗なハムサラダ。


「サラダさんが出てきましたねー」

「最初の前菜とは違うんですね。このタイミングで出てくるなんて不思議な感じですね。こちらでは普通なのかもしれません」


 レタスとルッコラをハムで巻いてもしゃもしゃ食べる。やっぱり葉物はこういう時に食べにくいというか、ちょっと口元が汚れてしまう。

 リンデさんが、ひとつひとつ食べながら驚いた顔をした。


「……あれ、この葉っぱは面白い味ですね」

「ルッコラですか? このほのかな味を感じるというの、リンデさんも味覚は本当に繊細ですね」

「えへへ……ルッコラさんおいしいです。葉っぱさんはどれも同じ見た目なのにおいしいやつとそれ以外があって不思議だなー。魔人王国に生えてる木も葉っぱ全部これぐらいおいしかったらいいのになー」


 確かにそうだなーなんて思いながら、僕もわりとリンデさんっぽい思考の毒され方をしていて笑ってしまう。

 葉っぱがそんなにどれもおいしかったら、魔人王国の木はすぐにどれも禿げて枯れちゃいそうだなーなんて思っていた。


 最後に出るのはもちろん……。


「……甘いもの!? 甘いものもセットなんですか?」

「そうよー、リンデちゃん。この手の店ではコースの最後はデザート、つまり甘いものが出るのが決まりなの」

「わああすごいですっ!」


 そうして最後にデザートの形の綺麗なカヌレとコーヒーをいただいて、僕達の昼食は終了となった。




 食べているときに少し考えていたけど……やっぱりダメ元でも聞きたい。

 みんなが食べ終わっているのを見て、僕はキッチンの方に出向いた。

 キッチンの中ではお昼のオーダーが終わったシェフが、余裕を持って仕込みをしていた。


「トリプルAコースいただきました、本当においしかったです」

「おお、あのメニューは一部にしか紹介していないので、特別なお客様ですね」

「姉が勇者のミアで通っています」


 その名前を出すと、シェフの方も「それはそれは……」と驚いていた。

 こういう知り合いもいるんだな、姉貴は。


「ご満足いただけたようで何よりです」

「ところで、あの魚に使っていた白いソースは何でしょうか?」

「今日のポワソンで白というとヴァンブランですか?」


 なるほど、あれはそういうソースなんだ。

 それからいくらか話して、料理の内容をがどういうものかお話を伺うことにした。ちょっと僕の事情も話しつつ。


「なんと、料理を好きな女性に食べて喜んで欲しいと」

「ええ。他にも、姉貴にも北や東の遠征時でもレノヴァの料理を食べさせてあげたくて」

「それはいいですね、是非食べさせてあげてください」


 どうやら気に入ってもらえたようで、ワインだけでなくバターを使ったブールブランやオレンジを使ったソースなど、いろいろ教えてもらった。

 こんなに近くても知らない料理、あるものだなあ。


「ありがとうございます、僕もまだまだ精進しなくては」

「ふふ、向上心があるのはいいことです。頑張ってくださいね」

「はい」


 僕がキッチンから出てくると、みんな既に席を立っていたので合流した。

 ……リンデさんが笑顔で腕を組んできて、シェフの方がそれを見て驚いていた。まあ、そりゃ驚くよね……。


 -


 店を出て開口一番、姉貴が腕を組んで勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「んっふふふ」

「どったの姉貴」

「いやー、キッチンに行くの予想通りで嬉しかったのよ」


 ……何が予想通りなんだろう。


「ライを一度レノヴァのレストランに連れてくると、その高級レストランの小金貨クラスの料理が旅の途中で山奥でも食べられるんじゃないかなーって思ってね」

「……ああっ! それが狙いか!」


 やられた! 完全に姉貴の策略にはまってしまった!

 はまってしまった、けど……。


「でも、本当においしかったよ。いいだろう、これは姉貴からの挑戦状だと受け取って、作れるようになってやろうじゃないか」

「やたっ! 公国でいちばん高いところで奮発した甲斐があったわ!」

「そうだったの!?」


 思えば、これって外食では初めて姉貴におごってもらったことになるよな。

 それがまさか食の大国レノヴァの一番高いフルコースとは……。

 これは、僕も期待に応えないわけにはいくまい。


 ま、もちろん本命はリンデさんに喜んでもらうことだけどね!

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