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せっかくなので、距離を縮めました

 ハンバーグを食べ終わり、危機も去ったことですっかりみんなでくつろいでいた。


「ところでなんですけど」


 僕はふと気になったことを告げる。


「就寝場所、どうしましょうか。毛布がユーリアさんの分しかないんです」


 そう、今日一日はこの森で眠ることになった。霧の晴れた、デーモンも魔物もいない森は、もう僕達にとって危険な場所ではなくなった。

 反面、帰るという選択肢は既に行きの馬車はとっくにレノヴァ公国まで向かってしまっているし、レノヴァ公国からビスマルク王国は帰るにしてはあまりに遅い。


 つまり、今日はもうここで寝泊まりするしかない。


「じゃあ、あたし、ユーリアちゃんといっしょに寝ていい?」

「え? ハンナはいいの?」

「あたしはいいけど、ユーリアちゃんはいい?」

「え、ええ……」


 青い肌のユーリアさんに抵抗感があるかなと、きっとユーリアさん自身が思って聞き返したんだろう。だけどハンナは、そのことを気にしている様子はなかった。

 姉貴は外を見て、だいぶ傾いた夕日を見ながら言った。


「それじゃ、あたしたち今日はここで寝るって事でいいのよね」

「そういうこと。まだ寝るまで時間はあるけどね」


 僕はそう言ってソファに深く腰掛けた。リンデさんも一緒に横に来て座面がずぶずぶと沈んだ。

 リンデさん、ニコニコしながら肩に頭を乗せる。あ、ちょっと角が当たってる。


 ……なんだろう、ハンナがじーっと、こっちを見ている。


「ねえねえ」

「ん?」

「ライさんって、あたしは呼び捨てできるのに、どうしてユーリアちゃんとレオンくんはしっかり呼んでるの? えらいの?」


 ……ああ、言われてみれば……。


「なんとなく呼ぶ機会がなかったというか……そういえば、そうかな。会って間もないし、お互いの年齢も知らないし……何より、圧倒的に自分より凄い人達だからなあ」

「あ、あのっ!」


 ん? ユーリアさんが横から声をかけてきた。


「私は……私はライ様に呼び捨てされたいですっ!」

「え?」

「その、えっと、私って立場は騎士団リッターじゃなくて低いのに、その上で陛下と普通にお話できているライ様に敬称を使っていただくようなアレではないというか、その……ちょっと恐縮しちゃうといいますか……」

「そう、なんですか? 僕としてはむしろ、この中でユーリアさんほど優秀な人はいないと思うんですけど」


 そういうそぶりは見せなかったけど、そんなに気にしていたのか。

 いや、見せないように努力していたのかも知れない。


「あわわ……ありがとうございます……。か、仮にそうだったとしても、なんだかちょっと、その、もぞもぞするというか……ライ様って、私にとって相当に尊敬の対象といいますか……」

「そ、尊敬!? それこそ驚きですよ。僕ってほんと戦闘では地味の極みというか」

「……いやいや。え? いやいやいや。一番いなければどうにもならない人が何言ってるんですか、今日のこと最初から最後まで何もかもライ様なしだと、何も始まってないし何も解決できてないですよ」


 ねえ? とレオンさんの方を見る。レオンさんは「そりゃそうだ」と肯定し、姉貴は頷き、リンデさんは満面のニコニコ顔で「当然ですっ!」とハッキリ言った。


「て、照れるなあ……あんまりこんなに賞賛受けたことないから……」

「そこがライ様のいいところです。ですからそんなあなたには、もっと軽く呼んで欲しいのです!」

「そう、そうですか……そこまで言われたら……ええ、わかりました。……ユーリア、よろしくお願いしますね」

「その丁寧な言葉遣いも、もっと気楽でいいですよ」

「だめ」


 ———えっ?

 最後の一言は、リンデさんだ。


「あの、リンデさん?」

「そこまで行くと、なんだかユーリアちゃん、そのままライさん取りそうだからだめ」

「…………ええ〜っ!? え、え? あっ……ああっ! そんなつもり、ああでも確かに……え、ええっ!? やだ私ったら……その、今のは忘れてください! 敬称を取っていただけるだけで十分です!」

「そ、そうですか……」

「はいっ!」


 な、なんだかわからないけど、呼び方以外はこのままらしい。

 リンデさんの、不思議な独占欲が出てしまった。それを意識すると、また僕は赤面してしまう。


「んー……だったらリンデちゃんも、ライと呼び捨てで呼び合ったらいいんじゃないのー?」


 姉貴の意見は、確かにそのとおりだった。

 そのとおりだったけど……。


「…………え、と…………」

「……………………う……」


 僕とリンデさんは、お互いを呼び合おうとして、完全に固まってしまった。


「……ごめんライ、あんたたちにそれは無理だわ。なんかもうその距離感の初々しさでずっといてくれた方がいい気がしてきたっていうか、多分あんたたちは死ぬまでお互いそのお見合い新婚さんの距離感よ」

「あ、姉貴あのなあ……」

「いやー限界まで惚れた弱みでぞっこんになっちゃうのをお互いがやっちゃうとこんなふうになるのねー、見ていて愉快でいいわー」


 姉貴が手をひらひらさせながらこっちを見ている。

 ぐ、ぐぬぬ……言い返せないけどなんだか納得いかない。


「あ、姉貴はどうなんだよ、その、レオンさんと」

「あたしとレオン君は堂々と最高の相性だって言い切れるわよ、仲良いの隠す気ないのも知ってるでしょ」

「知ってるし、そりゃ弟としては死ぬまで誰一人男にモテないと思ってたからレオンさんには感謝しているけどさあ……」


 なんだろう、このいろいろと負けた気になる感じは。

 僕がなんともいえない顔になっていると、レオンさんが口を開いた。


「あの」

「何ですか? レオンさん」

「その、ユーリアが呼び捨てなら、僕もそろそろ、想い人の弟様ぐらいはもっと気楽な関係になりたいなって思うんですが、どうでしょう。男同士ですし」

「確かに、そうですね」


 思えば、この集まりで男同士はレオンさんだけだ。

 彼に関しては、まず姉の恋人としての感謝があるし、姉の強化担当としての感謝もある。そして知識面や速読力、実際に発想まで至るところまでの頭の良さもすごい。

 何より……僕が彼といて楽しいというか。きっと彼ほど知力の高い男性に会うのは難しいだろうと思えるし、そんな彼がずっと姉貴のそばにいるのなら、僕との話し相手にもいつでもなってくれそうだ。


「……わかった。レオン、僕は個人的にあなたのことを尊敬しているし、もっと喋りたいって思ってるし。それに、レオンと協力して出来ることは本当に多岐にわたると思うんだ。一緒にいろんなことを解決していってくれないか?」

「ええ! よかった。ええっと、それでは……ありがとう、ライ。僕は君ほどレベルの高い会話相手が人間社会にいることを心から嬉しく思うよ。よろしく」


 僕はソファから立ち上がり———リンデさんがずるりとソファに沈んで「ふえぇ」と声を出したのに苦笑しつつ———レオンに握手をした。


「いいわね! リンデちゃんもあたしのこと、呼び捨てていいわよ!」

「ええっ!? えと…………み……ミアああっ! だ、だめです! ミアさんはなんていうか、ミアさんです! とても呼び捨てにできませーんっ!」

「えーっなにそれー、まあいいけどさあ……」


 うーん、リンデさんの気持ちも分かるというか、これに関しては姉貴のキャラだよなあって思う。やっぱ個性強いよ姉貴。


「……そっかー、そーなんだー」


 ふと、そこに一人、新しい子がいたことに気付いた。


「ライさんとリンデさんがなかよしさんで、ミアさんとレオンくんがなかよしさんなんだね!」


 と、ハンナが僕達の現状を話す。……いや、まあそのとおりなんだけど……ハッキリ第三者に言われるとその、ちょっと照れる。

 リンデさんも照れたように、困ったように笑いながら頭をぽりぽりと掻いていた。

 姉貴とレオンは……「当然よ!」「はい、世界一の仲良しさんですよ」と、堂々としていた。……うう、やっぱり何か、負けた気がする……!


「ねえねえところで」

「ん?」

「ユーリアちゃんはなかよしのおとこのひといないの?」


 あっ……ハンナがユーリアの方を無邪気に見ている。


「……ううっ、精神年齢よっつのおんなのこの悪気のない発言とはいえ、むしろそんな子だからこそナチュラルに心を折りに来るのはきつい……」


 ……本当に、その辺りは申し訳ないです……五人パーティの宿命だと思っていて欲しいです……。


 -


 それから寝て、次の朝だ。

 未だに慣れるというわけではないけど、すっかりお馴染みとなったリンデさんとの朝。


「おはようございます、リンデさん」

「ん……おはようございます、ライさぁん……」


 僕はリンデさんの頭を撫でて、「朝ご飯を作ってきますね」と一言断りを入れて開放してもらい、布団から出る。

 リンデさんは「ライさんがいないと寒いので、私も起きますね」とそのまま起き上がってきた。

 ……うん、僕もすっかり一人で毛布にくるまっても暖かさを感じなくなってきていた。リンデさんの暖かさが日常になってしまい、もう離れて眠ることは……きっと、お互い……考えられなくなっていた。


 朝食はいつものようにベーコンをパンに挟む。レタスとトマトと、軽く塩を使って……サンドイッチは今日は五人前だ。


「おはようございますー」


 お、ハンナさんが起き上がってきた。


「昨日はすぐにぐっすりねちゃいまして……」


 確かに、ハンナは早い段階で眠った。ユーリアもそれに並んで一緒に寝ていたはずだけれど、まだ起き上がってくる様子がない。


「ハンナ、ユーリアは?」

「まだだよ。昨日はね、ミアさんに体をあらってもらって、きれいきれいになって、それでユーリアさんをぎゅーってしながら眠ったんだ」


 ……ん?


「ユーリアを、抱き枕にしたのかい?」

「うん」


 僕がもしかしてと思っていると、ユーリアがふらふらしながらキッチンにやってきた。


「……おはようございます……」


 いかにも寝不足ですって感じだった。


「おはようございます。……えっと、ユーリア? 大丈夫でした?」

「……その……ハンナは無邪気だけど大きくて、さすがに、ああいう胸に抱きしめられる経験は初めてなのでちょっと寝不足ですね……」


 なるほど……それで……。


「サンドイッチを作ったので、姉貴を起こしに行ってもらっていいですか?」

「あっ! わたしいってくる!」

「ハンナ? じゃあ行ってきてくれる?」

「うん!」


 僕はハンナが姉貴を呼びに行くのを見ながら、のんびりとコーヒーを作り始めた。そういえばハンナはコーヒー大丈夫なのかな?


 ……お湯を注ぎながら、もうそろそろ全員分といったタイミングで、ちょうど姉貴が起きてきた。姉貴は……寝ぼけたまんまなのか、レオンを抱きしめたまま食卓にやってきた。


「いえーい……あさからおいしそー……」

「姉貴、大丈夫か?」

「だいじょーぶだぜー……」


 大丈夫じゃなさそうだ。

 ……見てみるとハンナの様子がおかしい。


「ハンナ、何かあったの?」

「その……えっと、ミアさんはレオンくんに埋まって寝ていたというか……」


 ん?


「逆じゃないの、それ」

「ちがうよ……レオンくんの、ズボンをミアさんが枕にして、寝てたの」

「ああああ姉貴ィー!?」


 それを聞いたリンデさんもユーリアも、ぼんっと爆発したみたいに顔を染めた。


「いやいや! なにやってんだよ!」

「なんだかね……すっごくいい夢見れた……明日からもこうやって寝」

「寝るな! レオンが寝不足で倒れるからダメ!」

「えー」


 ぐちぐち言ってる姉貴からレオンを引っぺがすと、やっぱり起きていた。……見るからに疲れた顔だった。


「れ、レオン、大丈夫か……!?」

「忍耐の極みですね、ええ。ミアさんを相手にするならこれぐらいで動揺してはいけませんし、嫌ではなかったですよ? むしろ光栄というか、良かったぐらいです。……ただ、果てしなく過酷なだけで……」

「姉貴マジで禁止な」

「えー」


 最後まで文句をぐちぐち言いながらも、朝の朝食となった。


「うへへ、ライの料理が朝からだー」

「ああそうだ、姉貴は明日もそれやってレオンを寝不足にしたら朝抜きね」

「グゥッ! ライが着実に姉ちゃんの弱点の突き方を学習してきてつらい」

「普通にしてたらそんなに頻繁につつかないよ……」


 僕は完全にまだ半寝状態のレオンを見ながら、彼に同情した。ほんと、姉貴と付き合えるだけで尊敬に値するとは思ってたけど、彼の忍耐力とベタ惚れ度には感謝するしかない。

 さすがに普段は軽口を叩くユーリアも、何か精神力を消耗した兄を心配そうに見ていた。


「わあいベーコンさんだ! やっぱり朝はサンドイッチがおいしいです!」

「ええ、パンもまだ残っていましたけど、そろそろ公国で仕入れたいですね」

「はいっ!」


 公国のパンはそういえば固かったな……また何か工夫して調理しようか。いや、そもそもリンデさん達には固いパンを固いとさえ思わないはずだった。


「ベーコンも久しぶりだあ!」


 ハンナは、やっぱり村にいた頃は普通に食べていたみたいで、その久しぶりという感想に少し心が痛んだけど、それでも喜んでくれて良かったなと思う。

 レオンはコーヒーを飲んでいた。


「毎度ながらこの苦みのないコーヒーは、知識で得たコーヒーと違って困惑するよ……確か書籍ではもっと苦いものだと見たはずなのだけれど、きっとライのドリップは特別上手いんだろうね。是非とも下手なコーヒーと比べてみたいぐらいだよ。目が覚める……ありがとう」

「はは、そう言ってもらえると何より嬉しいよ。是非比べてみてほしいね」


 レオンはブラックのコーヒーをおいしそうに飲んでいた。

 反面ちょっと困ったようにしていたのがハンナだ。


「コーヒーは……えっと、ミルクと砂糖はないの?」

「おっとそうだった、ごめんごめん。あるよ」

「よかったー」


 僕はハンナにミルクと砂糖を入れて、明るい土色のコーヒーを作った。

 ちなみにリンデさんは、ハンナに負けないぐらい砂糖とミルクとふんだんに使った砂糖菓子のようなコーヒーを作って、


「しあわせー!」


 と明るく笑顔で飲んでいた。

 うーん、今の家の食卓、大きい子になればなるほど子供っぽいという現象になっていてちょっと笑ってしまう。


 -


 さて、朝食が終わった。今日の予定を立てよう。


「といっても、もうやることは済んだから帰るだけなんだよね。でもその前にレノヴァ公国に寄る必要があるんだけれど……」


 僕はリンデさん達を見た。


「……魔人族を公国に入れても大丈夫かな」


 それはもう、リンデさん達の見た目の上ではどうしようもない問題だった。リンデさん達には悪いけど、どうしてもこれは難しい。

 リンデさんもそれは納得しているようだった。


「あ、それに関しては何も問題ないわよ」

「え?」


 そんな心配をよそに、姉貴は魔人族が来ても大丈夫だとあっさり言ってのけた。


「問題ないの?」

「こういう情報、すぐに広まるはずよ。貴族連中の噂話の速さは半端じゃないし、それにビスマルク王国で、以前レノヴァ所属だった奴を見たから、多分マーレと一緒にいた時を見られていたはずだから大丈夫なはず」

「そうなんだ?」

「後は、マックスが警戒相手として相手の特徴とか頑張って広めてたみたい。青肌の魔族は襲うなっていうのが伝わっていたら大丈夫なんじゃないかな?」

「それが事実なら普通に大丈夫そうかな」


 僕は次の行き先を決めて、みんなを見た。

 あと……ハンナの体を見た。


「体を綺麗に洗ったとはいえ、その服だとちょっとなあ」


 ハンナの服は、デーモンがどこかから奪ったのか成人の身の丈のための服装だった。ただ、使い古されてもうボロボロといった様子だった。

 ハンナ自身も少しそのことについて恥ずかしがっていた。年頃の女性だし、尚更だろう。


「ハンナの服も、そこで買おう」

「それいいわね。それじゃ、公国ってしばらく遊ぶってことで!」

「遊ぶんじゃないよもう……でも、折角だから羽を伸ばすのもいいか」


 僕達は次の目的地を決めて、家を出た。

 そしてリンデさんが簡単にその場から家を消して見せて、ハンナさんは大いに驚いていた。


 ……改めて思うけど、テントならぬ移動式自宅って冒険者パーティには反則中の反則だ……。

 ハンナに「すごいすごい!」と言われて困ったように照れるリンデさん。そんな様子を見ながら僕は姉貴と目を会わせると、お互い肩をすくめて笑って、公国への歩みを進めた。

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