今日の出会いは、いいものでした
「ちょっとちょっとライ、あんた説明しなさいよ! あたしら全員完全に話について来れてないわよ!」
「そうだね、僕もあくまで予想にすぎなかったから改めて説明するよ」
この森の話をエルマから聞いた時、僕の中ではぼんやりと、子供が興味を持って入ってしまうような広い森のことを想像していた。
しかし入ってみると、とてつもなく濃い霧、人が入るのを拒否しているかのような薄暗い森だった。
だから思ったのだ。
この森で、姉妹の子供が、手を離して歩くか? と。
霧は自然発生しているものかと思ったけど、その霧をユーリアさんが吹き飛ばした瞬間、デーモンが苦い顔をしていた。
それはすなわち、この霧と連携を取っていたということだ。
だけど、倒したところで全く霧が晴れなかった。
ここでリンデさんに気付かされて、食事にしたのは正解でしたね。
「食事にしたのが正解ですか?」
「はい。ゴブリンが一体何を襲っていたか分かりますか?」
「家ですよね」
「そうです。もっと言うと、『勇者の村の建物』です」
「……あっ!」
リンデさんにここまで解説すると、横から声が上がった姉貴も言いたいことが分かったようだ。
「そうです。『目標物の勇者の村』を認識したんです。なので襲ってきた。あんなにゴブリンの大群が連日襲ってきて、王国で話を聞かなかったのも不自然でしたからね」
そう、王国には全くその話はなかったのだ。だから僕は、この魔物が勇者の村だけを集中的に狙っているということに気付いた。
「こじつけだし予想だけどね」
「ライの予想は最近冴えてるから、あたしは全面的に信頼するわ」
「そりゃ嬉しいよ」
それで、村を狙っていた魔物は一定量現れると翌日まで出なかった。魔力の回復を待っていたんだろうことは分かる。
しかし今日は妙に多かった……恐らく村人全員で倒していたものを僕達だけで相手にしていたことも影響しているだろうし、視界が悪かったのも大きい。
「そうそう、リンデちゃんとか消えた瞬間に空に同時にゴブリンの生首飛ぶから軽くホラーよね」
「ううぅ〜っ、ミアさん、あまりライさんの前でそういうふうに言っていただかなくてもぉ〜っ……」
「僕は強いリンデさんが好きですよ」
「もっと過剰に言ってくれてもいいですよミアさん!」
すっかり調子を戻したリンデさんに僕も姉貴も苦笑する。
そう、そんなリンデさんの攻撃速度も、相手が見えないと全く意味を成さない。だから時間はかかった……けど、その攻撃も止んだ。
その次に、相手が逃げるか出てくるかは分からなかったけど、それでも原因にたどり着けるだろうなと思った。
「理由は?」
「姉貴がデーモンを倒す寸前、「この俺が」って言ってたから、それなりに何かを任されるポジションにあるんじゃないかなって。例えば……操っていた人間の監視とかね」
「……!」
本当に外れてもいい程度の予想ではあったんだけど、見事に当たった。
「そして出てきたのが、この子というわけだ」
「なる、ほどね……」
改めて目の前の女性を見る。
「初めまして。僕は勇者の村のライムントと言います」
「あたしはミアよ」
「ちなみに、残りの三人の魔族、『魔人族』もみんな人間に友好的な村の住人なので、警戒する必要はないですよ」
女性はそちらの方に目線を動かすと、再び僕の方を向いて口を開いた。
「えっと……あたしは、ハンナ。エルマおねえちゃんのいもうとです……」
「じゃあ、同じ村の出身だね」
「は、はい……」
うーむ、まだ緊張しているようだ……。
「なんとか心を開いて欲しいけど……」
「あっ、ライさん!」
「ん? リンデさん?」
僕が声を返すと、ハンナさんは「りんでさん?」と僕の言葉を反芻し、彼女の方を向いた。
「あっ、えっと、ジークリンデと申しますですっ! ライムント……ライさんの家で一緒に住んでたりする、えっとその、同居人です!」
「恋人以上夫婦未満みたいな今一番アツアツな関係よ」
「ふえぇぇっミアさぁあぁんっ!?」
リンデさん、姉貴に言われて慌てふためいて顔の色がずわっと濃くなる。もちろん僕も顔真っ赤である。
ハンナさんはそんな僕とリンデさんの顔を見比べていた。
「あ、ほんとにそんなかんじなんだ……仲いいんだあ」
「ええそうよ、デーモンみたいなクソむかつくブサイク魔族とは比べものにならないぐらいイイヤツばっかりなの」
「……デーモン……」
ハンナさんが、少し顔を暗くさせる。……やはり、何かされていたのかデーモンに対してはいい思い出はないらしい。
と、そこへリンデさんが声を割り込ませた。
「あっ! えーっと! あのですねっ!」
「そういえば話の途中でしたね」
「はい! ハンナさんも、一緒にハンバーグを食べればいいんじゃないでしょうかっ!」
「ハンバーグを?」
「はいっ! なんといってもライさんの料理を食べたら、みんな仲良しになりますから! だってとってもおいしいんですから!」
いや、それはリンデさんだけだと思います。
という心の声を隠せそうになかったのは僕だけじゃなかったと、周りのみんなと顔を合わせて分かった。
-
「あのぉ……なんでこんなところに家があるんですか?」
「リンデさんが持ってきましたから」
「も、もってきたんですか!?」
「説明しても信じてくれないだろうけど、アイテムボックスの魔法で家ごと入れて一緒にやってきたと、そういうことです」
すっかり唖然としているハンナさんを、椅子に座らせる。そういえば椅子が足らなかった。
「ユーリアちゃん!」
「は、はいっ!」
「私の上に乗らない?」
「……ふえぇっ!?」
リンデさん、言うや否や後ろからユーリアさんに抱きついて、持ち上げながら一緒に椅子に座ってしまった。
「レオン君がミアさんとできるなら、私とユーリアちゃんもできるよね!」
「で、できるのはいいですが……」
「あと組み合わせ的にライさんの上に乗りそうなので先回りしましたっ!」
「ら、ライさんの上に、私が乗る……!?」
ユーリアさん、目が中空に漂い、「ライさんに乗る……私が乗る……人間ですから、両手首を押さえ込んだら起き上がれない……」と、ぶつぶつ呟きだして、なんだか奇妙な感じだ……。
「あ、ライ。これはユーリアちゃんの「妄想ユーリアちゃん状態」という状態異常にかかってるだけだから、気にしないでいいわよ」
「ほんとに?」
「起きた直後にものすごい妄想垂れ流す以外は全く問題ないわよ」
ほんとに問題ないのか姉貴、ていうかジョークとはいえ魔人族で状態異常とか初めて見た。
「———い、いけませんそんなご主人にはジークリンデ様が……ハッ!」
「おはようございます、ユーリアさん」
「ふわぁっ! おおおはようございますご主人様じゃなかったライさん!」
どこまでいったの妄想!? っていうか展開早くない!?
僕はそんなユーリアさんの様子を見て戸惑いながらも、椅子を追加で出した。
「あれ? 椅子あるんですね」
「お客様用にね。姉貴は……」
「私はレオン君を抱きしめてないと正気を保てない状態異常にかかっているからいらないわ」
今日は状態異常が多いな……。
「え、ええっと……それじゃあハンバーグは魔法でうまく温め直すとして、もう一個も作ります。ハンナさんも座ってくださいね」
「は、はい……」
なんだかコント状態の僕達に目を白黒させていたけど、とりあえず話はまとまった……のかな?
何はともあれ、まずはとにかく作り始めよう。
……しかし、ハンナさんか。エルマの妹なんて初めて見たし、エルマの妹っていうのなら呼び捨てた方がいいんだろうけど……年上であまり見慣れていない上に、僕のことも知らないだろうに呼び捨てというのはハードルが高い。
何より、見た目が儚い感じで大人びているので、そうそう軽く絡む気にもなれなかった。
とりあえずリンデさんの案は間違いなくいいと思う。
あの見た目だと、あまりまともに食事は取れていないはずだ、きっと空腹だろうし、正直どうやって生きて来たかというのもわからない。
生肉を焼いて……出来たてだから、きっと一番おいしいはず。空腹だったらきついかもしれないし、油はある程度取っておこう。
茹でた野菜を多めに添えて……。
よし、こんなものかな。ある程度の具材を先に余らせておいてよかった。すぐに完成した。
「出来ました」
「うずうず」
「リンデさん、うずうずが声に出ていますよ」
「だって、出来上がるまで待ってましたから! なんだか先に食べちゃうのも忍びないなあって」
そういうところ、ちゃんと気配りができて優しいと思う。
「……。……」
まあ……このハンナさんの目に見つめられながら食べることはなかなかできないと思うね……。
「じゃあゆっくり中まで暖める魔法を使うので、もう少し待ってくださいね。……それでは、何はともあれ問題解決を祝して、お疲れ様でした!」
「わあい! おつかれさまでしたあっ!」
「あ、そういうアレなのね。それじゃ私も……いただきますかね!」
姉貴はおもむろに、自分のアイテムボックスからワインを出した。
「み、ミアさん! それは一体何でしょうかっ!?」
「あらリンデちゃん、ワインは飲ませてもらえなかったんだ? おいしいわよー?」
「ら、ライさぁ〜んっ!」
あ、姉貴……予告もなくやってくれたな……!
リンデさんに対してワインを飲ませたことがないのは、もちろんリンデさんが酔っ払ってしまったらどういう状態になるのか分からなかったからだ。
だからリリーの店に行かせたこともないし、リリー自身もそのことはちゃんと了承している。
「ってわけなんだけど、姉貴は酔ったリンデさんが怒り上戸だったとして、抑え込めるのか?」
「ごめん無理」
即答だった。
「リンデさん、そのワインもリンデさんが暴れてしまいかねないちょっと恐ろしい飲み物なんです。なので避けていただけると」
「う……う〜っ……わかりましたぁ……。いつか飲める日が来るかなあ……」
「だったらリンデちゃん、クラーラちゃんがいる状態で飲めばいいんじゃないの? 暴れたらボコボコに殴って起き上がれないようにしてもらうの」
「ううっ!? そ、それは、確かにそうなんですけど……」
クラーラさんに一発殴られただけで、あんなに痛そうにしていたリンデさんが、果たして起き上がれないぐらいに痛めつけられるのは……。
……それは……。
「そもそも僕が嫌かな」
「ライさん?」
「リンデさんが、そんなに痛い目に遭ってしまうというのは、ちょっと見たくないかな……無駄だと分かっていても、僕がクラーラさんを止めに体が動いてしまうかもしれないし」
「……あっ……その、ありがとうございます……わかりました、そうなるぐらいなら我慢します……」
「あっ」
リンデさんの反応を見て、なんだかとんでもなくストレートに好意を喋っていたことに気付いて、僕も顔を赤くして下を向いてしまう。
姉貴が「ほらもー」と言いながら、ジト目でレオンさんの髪に顔を埋める。
「……くすっ……」
ん? 今のは、ハンナさん?
「ほんとに二人、なかよしさんなんですね。なんだかかわいいです」
「ええそうよ、二人はとっても仲良しなの。お互いがお互いのこと、誰よりも大切で大好きなの。ちなみに私とレオン君も仲良しよ」
姉貴がレオンさんを再び強く抱きしめる。
「あなたもなの?」
「ええっと、僕もまあ、そんな感じです。ミアさん大好きですよ」
「あれっ? 男の子なんだ。なんだか魔族だけど、レオンくん? は、女の子みたいでかわいいですね」
「かわいいでしょ〜、ウヘヘヘヘ……」
一応こっちの子のお兄ちゃんだけどね……。
なんだかレオンさん自身がすっかりそのポジションを受け入れてくれてるけど、姉貴もあんまり初対面の人にやるなよー。
……しかし、さっきから喋っていてどうしても気になることがある。
「あの、ハンナさん?」
「んー、さんはなくてもいいよ?」
「えっと……じゃあハンナ」
「うん!」
ふ、不思議な感じだ。
……そう、僕がさっきから気にしているのはまさにそのことだ。
ハンナの、見た目からは姉貴より年上のお姉様という雰囲気ながら、まるで子供を相手にしているように幼い。
「ハンナって、年齢はいくつなんだい?」
「えっと……わからない……四歳の誕生日はおぼえてるんだけど……」
四歳の、誕生日……!
それはつまり、エルマと一緒にこの森に来て、そこからずっと……ずっと一人だったということだ。
この薄暗い森の中で、デーモンに囚われて……。
……そうか、エルマが今二十五だから、一つ年下とすると、ここで二十年もいたのか……。二十歳の姉貴でさえ知っているはずがない。
そして、この人は……年上の、この女の子は……精神年齢がそこからずっと止まっているんだ……。
「……そうか、わかった。ちょうど暖まったから、子供から大人まで大好きな、僕の特製ハンバーグを食べてね」
「うん! もうさっきからおいしそうで! ハンバーグたべるの久しぶりだからなつかしい!」
「そうか、よかったよ!」
食べたことあるなら安心だ。
「それじゃ、もう三度目になっちゃうけど、いただきます!」
「はーいっ!」
そして僕達は、再びハンバーグを食べ始めた。
「ん〜っ! 固かったチーズさんが、再びやわらかくなってますっ!」
「ええ、思ったよりも乾燥しなくてよかった。オーガの脂が多めにあったからか、ほとんど悪くなっていないですね!」
どうしても作り置きを温め直すと、水分が足らなくなってしまう。これに水を掛けて温め直したこともあるけど、何かこう……違う感じだった。
やっぱり料理は、出来たてに限るなあ。
「……おいしい! おいしいですライムントさん!」
「ハンナも、僕のことはライと呼んでいいよ!」
「うん! おいしいよライさん! それに、懐かしい!」
僕も周りのみんなも、そんな大人びた姿で天真爛漫に笑うハンナのことを微笑ましく見ていた。
だからだろう。
次の一言が不意打ちだったのは。
「チーズハンバーグ食べさせてくれるなんて、マリアさんみたい!」
———チーズハンバーグの、マリアさん。
それは、まぎれもなく、僕の母のことだった。
「ま、マリアさんって」
「うん、マリアさんはね、私が三歳のときに遊びに行ったらチーズハンバーグ作ってくれた、とってもとっても綺麗で優しい人なんだよ」
「そう、なんだ……」
「……そういえば」
今度はその視線が、姉貴の方に向かった。
「ミアさんって、マリアさんに似てるね」
……その一言も、不意打ちだった。
姉貴は、珍しく完全に呆気にとられた顔をして固まっていた。
「あ、あたしが、マリアさんみたい?」
「うん!」
言われて……確かに、三歳当時が約二十年前なら、恐らくこの子にとって、姉貴と近い年齢の母さん———ミアと同じ年齢のマリアの姿だけを見ていることになる。
当然、似ているはずだ。
姉貴は、それを聞くと、レオンさんの髪に顔を埋めて……再び顔を上げると嬉しそうに、そして少し切なそうな伏せった目で、口元を緩めた。
「当たり前よ、あたしはマリアの娘だもん」
「そ、そうだったんだ! ながい時間すぎちゃったなあ……。……あの、マリアさんは……」
「母さんね。……うーん、今は遠くに行ってるから、しばらくは会えないわ。だけどその分、あたしの弟のライが母さんのハンバーグ作るから、寂しくはないのよ」
「そうなんだ! うん、ライさんのハンバーグとってもおいしくてすき!」
「ずっとマリアさんがいるみたいだね!」
無邪気な言葉だったんだろう。
特に深い意味もないんだろう。
だけど、その言葉は、今の僕にとって何よりも嬉しいことだった。
「そうだよ。僕がマリアさん……母さんの代わりに、みんなにハンバーグを食べさせてるんだ。ハンバーグを食べれば、みんな笑顔になるし、仲良しになる。……だから、ほら」
僕は、身を乗り出してハンナの頭を撫でた。
「もう僕とハンナも仲良しだ」
「うん!」
良かった。本当にハンバーグ一つで仲良しだ。
なんだかまるで、母さんが僕の行く道を助けてくれているみたいで、今も一緒にいる感じがして嬉しい。
「ところで……」
「ん?」
「ジークリンデさんは、どうしてないてるの? いたいの?」
振り返ると……リンデさんが目元を押さえていた。
「ぐすっ……ご、ごめんなさい、なんだかみんなあったかくて、素敵で、見ていたら自然に溢れてもう我慢できなくて……」
「謝らなくてもいいですよ。僕も……今は本当に、泣きたくなるぐらい嬉しい気持ちでいっぱいですから」
最初は、何かトラブルが舞い込んできたという程度の気持ちだった。
敵の正体も分からず怖い情報も聞いて、短期間とはいえ初めての姉貴との旅は大変なことに巻き込まれたなって思っていたけど……。
終わってみると、今日の遠征はとてもいいものだった、掛け値なしにいい出会いだったとそう自信を持って言えるものだった。
さあ、エルマの待つ村まで帰ろう。