迷いの森の、秘密を突き止めます
「人間が、いる!?」
それは、あまりにも想定外なことだった。この森は入ると非常に視界が悪く、素材も大したことはなく、おまけに王国と公国の直線上から大きく離れているため、知っていたらわざわざやってくるということは絶対にない場所だ。
つまり……
「迷い込んだ……!?」
この森の危険性を知らない人間が迷い込んでいる。それはほぼ最悪の状況だった。
「ユーリアさん、探知できますか?」
「少し、外に出て私も魔法を使います」
「お願いします、僕も援護します」
「じゃあユーリアが集中できるよう、僕が近くにいるよ」
「助かるよ、お兄ぃ」
僕とユーリアさんとレオンさんの三人は、リンデさんと姉貴に続いて外に出た。
外には、再び霧が立ちこめていた。
「本当に変な霧ですね……【タイフーン・ダブル】!」
ユーリアさんが霧を晴らす。途中で家の周りで構えている姉貴と、遠くにリンデさんが見えた。
「一体何が起こってるっていうのよ、っていうかゴブリンなんだけど! ホラこいつ、血が出ないヤツ!」
「姉貴、ナイス! 当たりだ、この辺に村を襲ってきた奴がいるはず!」
「オッケー! 徹底的にぶちのめしてやろうじゃないの!」
会話を聞いて、リンデさんも近くに現れた。
「村を襲ってきたゴブリンは、ここから出てきていたんですね」
「ああ、クラーラさんの索敵と先制攻撃の賜物だよ、こんな長距離で分かってしまうなんて。あと二人とも、どうやらユーリアさんが人間を探知したらしい」
僕の発言に、二人が驚いて目を見開く。
「人間? 嘘でしょこんなしょっぱいものしか置いてないクッソつまんない森に」
「そう、普通は入らない。つまり、この森の危険性を知らずに入ってきた可能性があるんだ。でも、霧が邪魔をして探知を妨害するらしい」
僕の意図を察して、二人が頷いた。
「それでは私が捜索します!」
「リンデさん、お願いします。姉貴も、なるべく遠くにならないように注意してくれ」
「任せてちょうだい」
それだけ確認すると、二人は散開した。
……静かだ。
「ユーリアさん、霧を晴らしましたが、相手は?」
「わかりません。お兄ぃ」
「『時空塔強化』『マジカルプラス・ゼクス』」
「……よし。『エネミーサーチ』」
さっきのやりとりで、レオンさんの強化を受けて索敵魔法を再使用しようと伝わったんだろう、さすが兄妹だ。その強化を受けて、ユーリアさんが魔法を使う。
「……これは、敵? 人間の気配はありますが、それより近くに、魔物が……そろそろ霧を抜けてきます」
「まだ、見えませんか?」
「妨害されているような気さえしますね……」
僕が正面を見ると、ゴブリンと……オーガがいた。通常サイズの……といっても、相当に大きいヤツだ。
「撃ちます」
僕が短く伝えると、弓矢を持って魔矢を発射させていく。城下町での一戦以来、精度が大きく上がっていた。意思の無さそうなゴブリンは一撃、オーガは……五回ほど射られて膝を突いて倒れた。
「……あの、今のは……?」
「僕の使う魔矢ですけど」
「……魔、矢……?」
レオンさんの様子がおかしい。ユーリアさんも、普段と違うレオンさんの様子を気にしているようだった。
「お兄ぃ?」
「ユーリアは気付かないのか?」
「え? 私は何も……」
「そうか……」
レオンさんは、僕の背中に手を当てると……魔法を使った。
「『フィジカルプラス・セプト』『マジカルプラス・ゼクス』」
そう呟くと、再び後ろに下がった。
力が湧き上がる、しかも半端な量ではない。これが姉貴を上回り、そして姉貴が全幅の信頼を寄せる、世界一のレオンさんの強化魔法か……!
「お任せします」
……何なんだろう。腕組みをして、まるで睨みつけるように真剣に僕の姿を見ている。さっきまでと雰囲気が大幅に違うので、ちょっと緊張してしまう。いつも軽口叩いて絡んでいるユーリアさんも、兄の雰囲気に呑まれて無言だ。
視界の外で音がしたので向くと、再びゴブリンが複数と、オーガがやってきていた。
「よくわかりませんが、撃ちます!」
僕は、弓を引いて、魔矢を放った。
そして、オーガが、弾け飛んだ。
「———は?」
「それが、ライさんの実力です」
淡々と、レオンさんが告げる。
「いやいやいやいや、そんなことないでしょう! これはどう考えてもレオンさんの実力ですよね!?」
「間違いなく、ライさん。あなたの実力以外の何物でもありません」
どう、いうことなんだ……?
「ライさんの魔矢って、どうやって撃ってるんですか?」
「どうって、手に魔力を込めて、撃つ瞬間に魔力を維持されるよう矢を覆いながら、攻撃魔法のように撃っている感じですけど」
「その調整を、撃つ一瞬でやっているのですよね」
「え、ええまあ……」
撃つ一瞬とはいうけど、反復練習と本番で慣れていっただけだから、いつものやつ一芸のみって技ではある。料理や彫刻に比べるとあまりバリエーションに富んでいない技というか……。
「ライさんのやっている魔矢ですけど……あなた以外で使っている人はいますか?」
「いないですよ……?」
「どこで使うようになったか、覚えていますか?」
「それは思いついた感じですよ、エンチャントの要領で。なので少しずつ改良していった感じです」
最初は全く速度のない攻撃だった。撃つのも遅い、威力も大して出ない、だけどまあちょっぴりダメージプラスになるなら使い続けてもいいかなって思って練習していたものだ。
「その、魔矢というの、エンチャントと言いましたけど、何のエンチャントなんですか?」
「な、何……の、ですか?」
「エンハンスは威力増強。エンチャントは属性付与です」
そしてレオンさんは、核心に触れた。
「ライさん。あなたは、さっきから『何の魔法』を使っているんですか?」
……。それ、は……。
威力を上げる魔法。マジックアロー。マジカルプラス。エンチャントの何か……。
……言葉にすると、どれも違う。
「答えられない、ですね……」
「だと思いました……。僕が話に知っているのは、ハイエルフが似たような技を使ったというのを又聞きしただけです。その弟子達は、誰も使えなかった」
「ハイエルフですか!?」
ハイエルフは、数が少ないエルフの中でも更に少ない、非常に高い魔力を持った者達だ。その人だけが、僕と同じ、この魔矢を……?
「ライさんは気付いていないかもしれませんが、その技は、物理と魔力の両方が綺麗に乗る遠距離攻撃なんです。火とか雷とか、そんなものじゃない、単純な『攻撃力』を付与する魔法なんです。エンチャントでありエンハンスです」
レオンさんは、僕の使い古された弓矢を見た。
「だから、魔矢を使うことにより二倍。そして物理と魔法の両方の強化魔法を使えるため、その両方が強化魔法を……つまり普通の弓矢やマジックアローの、倍の強化魔法の影響を得ることができます。単純計算で、四倍ですね。」
「……そ、そんなにすごいものを、撃っていたつもりは……」
「弓矢自体が剣士などに比べてあまり強くない、だから気付かないし、稚拙な魔矢を発明しても続けないんですよ。続けてもそこまで報われることはないですから。ですが……人間でここまで完成させたとは……」
レオンさんは、僕の方を見て緊張を解いて笑った。
「まったく、天然でやらかしてくれますね、ライさんは。多分僕は、魔矢の仕組みを聞いた初めての人ですよ」
「そ、それは、おめでとうございます?」
「はい。間違いなくハイエルフは強化魔法が使えるから魔矢を使っているのだとは思いますが、それなしで極めた人は初めてだと思います」
……そ、そんな凄い技だったんだこれ……。
僕が自分の弓矢をまじまじ見ていると、レオンさんが笑い出した。
「はは、ははは……! まさか強化魔法を極めようとしていて、自分の一番相性のいい相手が想い人の弟さんだなんて、世間の狭さったらないですね」
「確かにそう考えると、面白い縁ですね」
「よかった、僕の居場所が盤石になります」
……ん? レオンさんの、居場所? そんなの、姉貴なら絶対にレオンさんのことを手放そうとはしないはずだけれど……。
「僕は、ミアさんとも相性がいいですが、陛下とも、ユーリアともいいんですよ。それが僕の持ち味です」
「そうですね、誰にでも合わせられます」
「でも、究極的にはミアさんの旅に必要なのは、リンデさんとライさんの組み合わせであるキッチンだろうと、さっき思ったんです」
「そんなことは……」
「あるんですよ。だって、ミアさんってあまりに強くて、僕がいなくても十二分に強いという側面があるんですから」
そう言われると、確かに返す言葉がなかった。姉貴って、今まで一人でデーモン討伐をしまくって、そこら中で敵を倒して五年で一流のSランクになったんだ。
そりゃ、普通に考えたら強化魔法はあってもなくてもいい。
「ところが、僕が最も相性がいいのがライさんで、僕がいることでライさんの生存率が上がると知れば?」
「あっ……!」
「ミアさんもリンデさんも絶対に僕を手放そうとしないですし、陛下から一時的に借りられているような状態の僕を、陛下がライさんの側から離そうとはしなくなるはずです」
その通りだ。レオンさんは、魔人王国の女王アマーリエ様……マーレさんが自分で自分を守れるぐらい強くなる強化魔法を使うから、側近として控えていた部分が大きい。姉貴との仲を知っていながら、一時的な貸し出しとしているのはそのためだ。
でも、マーレさんの周りはみんな強いし、マーレさん自身が強い。そんなマーレさんが一番生存を心配するのは……きっと僕、だろう。
なんというか、自分で言うのも恥ずかしいけど。
甘いもの食べさせたあの顔を見ると、絶対そうなるだろうなと思う。
「ミアさんと一緒にいて、すっかりあの人のことが分かりました。ライさんに危険が及ぶ可能性が減るのならば、自分の強化以上にライさんの強化を優先させます」
「そうですか? やっぱりレオンさんを独占したがるんじゃ?」
「いえ、絶対あり得ません」
レオンさんは、ハッキリそのことを断言した。
「だってミアさんは、自分自身よりライさんのことが大切ですから」
「……レオンさん……」
「ふふっ、自分で喋ってて、やっぱりミアさんのこと好きになってしまいますね。あのギャップが可愛くてたまりません」
「あ、ライ様。敵が来てるんでお兄ぃのノロケは蹴ってくださいねー」
気がついたら、すっかりそんな感じの会話になっていて、ほったらかし状態だったユーリアさんがふてくされ気味だった。
「ああ、すみませんユーリアさん。それでは倒していきますね」
「お兄ぃはミアさんと会ってからデレすぎバカすぎアホすぎ、ミアさんの話を始める度にポンコツになりすぎ」
「わっ、おいわかっ、やめろって!」
ユーリアさんが、自分より背の低い兄の頭を力任せにグリグリ撫でる。そんな仲のいい兄妹を微笑ましく思いながら、僕は再び魔矢を撃った。
果たしてどれほど倒せばいいのか。死体の、血も出ていない肉片がそこら中に飛び散りながらも、まだ結末が見えないでいた。
「敵は一体、どこにいるんでしょうか……」
未だに終わらない攻撃。
さすがに弓矢を撃つのみで足を動かさなくてもいい僕も疲弊してきた。
「あと」
「ん?」
「ミアさんとリンデさんは、迷子なんですかね?」
……そういえば、そうだ。
「強敵という可能性は恐らくないでしょうが、この森は広いというか、どこにいるかわからなくなりますから。後で探しに行きましょう」
「分かりました」
そうこう会話しているうちにも、もう一体のゴブリンが現れるので、撃つ。
「レオンさん、思い出したんですけど、ゴブリンって倒したら消えますよね」
「そうですね」
「こいつらも、そのうち消えるんでしょうか。今日の分が終了、みたいな感じで」
「……ああ、そういえばまだ消えてませんね」
僕とレオンさんがそう会話をした直後だった。
ゴブリンが光って、消えた。
「ユーリアさん!」
「えっ何でしょうか!?」
「今すぐ霧を消して下さい! かなり強めで!」
「っ! はい! 『タイフーン・ダブル』!」
ユーリアさんの魔法が放たれる。その威力は凄まじく、周りの木々は大きく揺れて、霧なんてもうどこにもなかったというぐらいに晴れていた。
だが、それも一瞬のはずだ。
「ユーリアさん、索敵を!」
僕は風の強い中で、なんとかユーリアさんに失礼ながらも必死で捕まって、至近距離で叫ぶ。
「『エネミーサーチ』!」
伝わったようで、検索魔法を使った直後、ユーリアさんは、家の後ろを見た。
「ライさんっ!」
その瞬間、ずっと待ち望んでいたリンデさんの声が聞こえてきた。
「リンデさんちょうど良かったです! 家の向こう側にいる人を、連れてきて下さい!」
「えっ!? えっと、はい! わかりましたっ!」
その指示のわからなさに戸惑いつつも、リンデさんはすぐに行ってくれたようで、ふっと姿が消えて風だけが残った。
僕は再びユーリアさんに聞く。
「あっちで間違いありませんか?」
「はい、あちらから感じます……人間です」
レオンさんも信じられない様子だ。
「ラーイ! レオン君っ!」
姉貴も帰ってきた。
「一体何があったのよ」
「そろそろわかるはずだ、この霧の原因と、そして村に現れたゴブリンの原因。ただ、詳細なことはまだわからないけどね」
「……えっ、ライ、もうそこまで思い当たってんの?」
「それぐらい役に立てないと、姉貴と一緒に旅に出た意味がないさ」
僕が軽く肩を竦めながら笑うと、姉貴も余裕を持って笑ってくれた。
「ほんと、マーレの言うとおりだわ。もっと早めに連れ出せばよかった」
「その場合はハンバーグが出来てなかったね」
「じゃあ今が一番のタイミングだったってことよ、間違いないわ。姉ちゃんが断言してあげる」
そんな軽口を言い合っていると、「た、たいへんですーっ!」という声とともに、目の前にふわりとリンデさんが出現してきた。
「やはり、いたか」
「……え、どういうことなの、これは……」
僕の目の前には、恐らく魔力が枯渇した状態の、痩せた女性がいた。
髪は青のロングヘア、目は虚ろで、心ここにあらずといった状態だ。
「最初から気になっていたことがあるんだよ」
「え?」
「普通さ、こんな霧が濃い森に女の子二人で入ろうと思うかな?」
僕がぽつぽつと喋るも、相手からは反応がない。
「多分ね、迷いの森は、最初はこんなに霧がなかったはずなんだよ」
「どういうことよ、ライ」
「そうだよね、君が発生させていたんだから」
僕は、その子に近づく。
……さて、ここからは賭けだ
まずその子の近くに行き、頭に触れる。……特に変化はない。体に触れる。
「……あ……あ……?」
少し反応した様子だ。周りのみんなが驚く。
もっとじっくりだ。……僕は、そのままその子の両頬を包み込むように、両手を使って肌に触れる。……こうやって見ると、結構背が高いな……。
ちょうど……。
「あ……あ、れ……?」
……そう、この青い髪。痩せこけていて分かりにくいけど、筋肉があったら姐御って感じの背丈とキリっとした顔つき。
「あれ……わたし……うごく……!」
間違いない。
僕は、確信を持って質問した。
「突然ですけど、エルマって名前に覚えは?」
女性は反応した。
「おねえちゃんをしってるんですか!?」