初めてパーティを組んで世界を見ます
僕たちは、村のみんなにしばらく出て行くということを告げる。目指すはビスマルク王国とレノヴァ公国の間の……エルマの言い分によると「迷いの森」という場所だ。
初めての旅。勇者と魔族の五人パーティだ。
「本当に、リンデさんの中に家が入っているんですね」
「そうです! というか、お伝え忘れていて申し訳ないというか……」
「いえいえ、全く想定外の能力でしたから」
その能力は、確かにわざわざ言う必要のないものだった。二人で一緒に家に住んでいて、食料品が潤沢にあれば、
でも確かに、オーガロードの肉が数十体も入るようなら、家ぐらいの大きさは入る。当たり前の話であり、完全に盲点だった。
なかなか大胆な発想で、やられたなーって思う。同時に、リンデさんがいないからマーレさん達は住居を持って来れなかったということなんだろう。
「それじゃ、向かいましょう。姉貴、行こう」
「オッケー。……」
姉貴が、ふと顔をこちらに向けた。真剣な表情だ。
「ねえ」
「ん?」
「一人で村に残したこと、怒ってない?」
「なんで? 怒ってないよ」
「そ」
姉貴はそれだけ言うと、レオンさんユーリアさんのところへ向かっていった。
「なんだったんだ……?」
「……さあ?」
ちょっと様子の違った姉貴のことが気になりつつも、僕とリンデさんも姉貴の所へ向かった。
-
森への道は、かなり先だ。僕達は馬車に揺られていくことにした。その……男ばかりが抱かれるお姫様抱っこでいけばもっと速く着く可能性があったけど、今回はユーリアさんがいるから却下した。
それに……その、僕もさすがに、リンデさんの胸の中に埋め込まれるのを、姉貴やユーリアさんには見られたくない……。
「わー」
馬車の中には、逆向きに乗った僕とリンデさん。僕の正面に姉貴と、姉貴に抱かれたレオンさん。リンデさんの正面にユーリアさんがいた。
「わー。わあーっ」
リンデさん、さっきから満面の笑顔で馬車の外を見ている。それはもう、完全に初めて馬車に乗った子供そのもので、なんだか見ていて微笑ましくなってくる。
ちなみにレオンさんは姉貴に抱かれて手を重ね合っててすごく仲睦まじい感じが出ていて、ユーリアさんはレオンさんやリンデさんを微笑ましそうに見ていた。
……一番年下っぽいユーリアさんが一番年上っぽくて、一番大きなリンデさんが一番子供っぽかった。森を抜けて、視界が一気に光を帯びて眩しさを感じると、やがて目が慣れて視界一面には草原が広がった。
「わー……わ! ……わあ……」
「そんなに楽しいですか?」
「もちろんですっ! ぼーっとしてたら、勝手に景色が変わっていくんですよ! 椅子に座っているのに! すっごいたのしいですっ!」
リンデさん、ニッコニコで返事をすると、すぐに窓の外に視線を戻した。するとその瞬間、地面の石にぶつかったのか、馬車が大きくはねた。
「わー……わっ! あはははは!」
かなり跳び上がったのでびっくりしたけど、あんなトラブルも、リンデさんにはちょっとした娯楽だったみたいだ。
本当に楽しそうで、これから迷いの森という場所へ向かう緊張感が完全になくなって、やっぱりリンデさんが一緒だと心強いなって思う。
再び、森に馬車が入る。
「……! 何か、これは……? 広い面積に、何かあります……!」
ユーリアさんが叫んだ。何だ、敵か!? というか、ユーリアさんはずっと警戒していてくれたのか! さすが魔人王国屈指のキャスター、頼りになる!
一同が緊張した面持ちで窓の外を見ると、そこに広がったのは……
「……え、えええ!? ま、待って下さいこれって……!?」
そういえば、この辺りがそうだった。姉貴も思い出したようだ。
「懐かしいわね、あたしはここを守ったのよ」
「ミアさんの働きは、魔人王国で永久に、勇者の素晴らしい判断だったと評価され続けますよ。陛下も必ず、そう思います」
「むへへへ! レオン君は私を乗せるのが最高に上手いね! あんな肥満王族から評価されるより、魔人王国から評価されるほうが遥かに嬉しいわ!」
そこに広がったのは、王国りんご園だった。遠くまで立ち並ぶ木々と、そこに生っている赤くて大きい実の数々。
「こ……これが、人間の、りんご農業……!」
「りんごだけじゃなくて、みかんも、ぶどうも、みんな作っていますよ」
「すごい……あんなにみんなで、大切に食べた甘いりんごが、こんなに……みんなでお腹いっぱいまで食べても、少しも減らなさそうなこんな量が……!」
気付けば、ユーリアさんもリンデさんの近くまで来て窓を眺めていた。
「索敵範囲を見ていますが、本当にこれを人間が育てているのですか? あまりにも範囲が広すぎて、とても想像が……」
「右も左もりんご農園ですけど、僕達が進んでいる道があるでしょう? この右側と左側の土地で、育てている人が違うんですよ」
「あ、なるほど複数で」
「はい。そして一つの農園を、下働きの農民や、労働奴隷など、様々な人達がこの農園を手伝っています」
僕がそう話すと。
リンデさんと、レオンさんと、ユーリアさんが、一斉に振り向いた。
……な、何だ?
「ライさん」
話をかけてきたのは……レオンさんだ。姉貴もレオンさんの変化の様子に、少し緊張した面持ちになる。
「ど、どうしましたか?」
「……ビスマルク王国は、奴隷を使っているのですか?」
「えっと、はい。戦争奴隷と、犯罪奴隷と、借金奴隷ですね」
僕の話を聞くと、身を乗り出していたユーリアさんが座った。リンデさんは、ユーリアさんの様子を確認しながら、まだ僕の方を見ている。
レオンさんが、ユーリアさんを少し見て、僕の話を継いで話し出す。
「戦争奴隷はビスマルク王国と戦争して負けた敵国の奴隷、犯罪奴隷は盗難や殺人などを行った奴隷、借金奴隷は金を払えなくなった人が身売りする奴隷、で合っていますか?」
「は、はい。殺人の犯罪は、よっぽど理由がない限り極刑になりますが……」
「……ちなみに、解放の目処などはありますか?」
「もちろん、労働分の対価が一定額以上、そして戦争奴隷や犯罪奴隷など、再犯しないために枷をつけるぐらいの処置はありますが、基本的には皆開放されますし、手を出すと出した方が奴隷になる犯罪です」
そこまで聞くと……リンデさんとレオンさんは再び席に座った。
「……あの?」
「すみません、急に不躾な質問をして。我々は、各国の文化もある程度勉強しているので、奴隷が身分や人種など非人道的な内容であった場合は……そうですね、陛下にお伝えして判断を仰ごうかと思いました。ですが、どちらかというと全員囚人を労働者にする理由みたいな感じで安心しました。僕達の国には奴隷という考えはないですから」
「そ……それはよかったです……」
全員が一斉にこの反応なんて……や、やはり魔人王国、文化レベルが上だ。完全に油断していた、彼らの常識から外れている話だったとは……。
「……リンデさんも?」
「は、はい……奴隷さんが、理由なく奴隷さんになっていたら、かわいそうだなって……」
「いえ、実際は低賃金の農民みたいなものですよ。だからそこまで気にすることはないですよ」
「でも、戦争奴隷さんは、きっと真面目な人だと思いますし、ちょっとかわいそうだと思います……」
「大丈夫、普段は農民の皆さんと同じような感じです。鎖も枷もないですよ」
僕がそう言うと、リンデさんは明確に安心した顔になった。それにしても……「奴隷さん」か。リンデさんには、奴隷もさん付けされちゃうんだな。
それに……そうだ。戦争奴隷は、厳密には犯罪者じゃない。三種類の中では一番恨まれる反面、彼ら自身が罪人というわけではない。ビスマルク王国が負ければ、当然自分もその可能性がある。
そして僕達は、当たり前のようにその労働力で出来た食べ物を食べている……。
「リンデさん」
「は、はいっ!」
「失礼します」
僕は、リンデさんの頭を撫でた。リンデさんは「ひゃいっ!?」とびっくりしていたけど、照れながらも頭を向けて、上目遣いにはにかんでくれた。
もっと、毎日の食材さんに、感謝しなくちゃいけないな。
-
草原を抜けて、レノヴァ公国まで歩いてもいけるぐらいの距離、そこにある広い森。
今回調べるのはここだ。
「ユーリアさん、どうですか?」
「……。すみません、正直に申しますと、わかりかねます……」
「えっ、どういうことですか?」
「何か……魔力が張ってあります。確かにこれは、迷いの森と呼ぶにふさわしい森ですね。まるで中身が見えません」
「わかりました。……離れないように注意しましょう」
僕の声に、みんなが頷く。リンデさんは手を繋いで、姉貴はレオンさんと、僕と姉貴の間にユーリアさんで歩く。
森の中は、何か霧が出ているようで、少し先は見づらくなっていた。……確かにこれは、普通ではない。リンデさんに手が握られる。僕も握り返す。
……何か嫌な予感がする。この場合……ユーリアさんが、今一番心配だ。僕は間にいたユーリアさんの手を握った。
「……あっ」
「ユーリアさん。僕の手を握っていてくれませんか?」
「は、はい……」
「リンデさん、すみませんが僕は両手がふさがります。リンデさんの強さ、信頼していますので、何かあったときはお願いします」
「もちろんですっ! ユーリアちゃんも、必ず守るからね!」
「お、お願いします……!」
その様子を見て、姉貴が「ユーリアちゃんフラグかな!」とか言ってたので、ごはん作らないよと言ったら即謝られた。なんだか姉貴に対して無敵のカードを持ったみたいでちょっと楽しい。
……うん、そうだな。余裕が欲しいなって思う。
「こう、静かに歩いていると緊張しますね。魔物も見えませんし、なにか喋りませんか?」
「あっ、いいですね!」
リンデさんが乗ってきてくれた。
「んー、じゃあライさんは、ミアさんから料理の食材を、みたいな話を以前聞いたんですけど」
「そういえばあの時いましたね。ええ、姉貴から食材を貰っています」
「どれぐらいの料理を作れるんですか?」
う、ううん……どれぐらいかな?
「レノヴァ公国からは料理の影響が大きいですね。ビスマルク王国の、エールに合う肉類の料理、南の国の細い麵を使った食べ物、僧帝国のカレーも食べましたよね。北もボルシチがおいしいですし、その東にも龍帝国? 何かあったと思うんですが、そっちまでは姉貴が行ってないはずです」
「行ったわよ」
突然姉貴が口を挟んできて……って、行ったことあるって?
「———え?」
「行ったんだけど、流れでフードファイトさせられちゃってね。……それが、僧帝国のチョー辛いカレーより遥かに辛い、カイエンペッパー漬けの油をスープにしたような料理でさあ。……一口食べてゲッホゲッホ咽せて嗤いものにされてブチギレちゃってね。あたしライに作って欲しくなくて話さなかったの」
「……そ、それは確かに、聞くからにちょっと怖いね……」
カイエンペッパーの油漬け……? 全く想像できない……。
それにしても、姉貴のブチギレを喰らったか、龍帝国の人……。
「ライさんライさん」
「ん? 何ですか?」
「カイエンペッパーって、あの味のしない赤いスパイスさんですか?」
「……あっ!」
そうだ、そうじゃないか。
「姉貴、リベンジいけるかもしれない」
「ん? どったのよ」
「魔人族って、状態異常の全てが効かないだろ? カレーはおいしいというけど全く辛さを感じないし、カイエンペッパーそのまま食べても、麻痺をレジストするように効かないらしい。リンデさん、カイエンペッパーのことを、味がしないと何も感じずに食べてた」
「……それは、いいことを聞いたわ……絶対に生きて帰って、そしてリベンジしなくちゃね。……ふふ、ふふふ……! あの細い眼のデブ野郎、見てやがれよ、あたしを嗤ったことを後悔させてやる、二度と女の前を歩けないぐらい惨めな目に遭わせてやる……!」
……て、手加減してやってくれよ……。
僕が姉貴の話にヒヤヒヤしていると……風景が何か、変わった。
「姉貴、近くに来て。ユーリアさん、風魔法ってどれぐらいできますか?」
「風、ですか? ある程度全てマスターしています」
「この森の霧、物理的に風で吹っ飛ばせないでしょうか」
「霧をですね、わかりました。ある程度加減して撃ってみます」
ユーリアさんが右手に杖を持ち、目を閉じる。そして……
「……『タイフーン・ダブル』!」
———叫んだ瞬間、ゴオオオオッ! と轟音が耳を劈き、僕達の周り以外を全て巻き込んで霧を吹き飛ばす。
……一瞬晴れて、すぐにじわじわと霧が戻ってきたけど……見えた。
「へっへっへ、ユーリアちゃんいいねえ、さすがレオン君の妹ちゃん。サイコーよ愛してるわ」
姉貴が前方を睨みつけつつも口元を大きくニヤリと歪め、剣を抜いた。
……こうやって見てて思うけど、素材は美人なのに姉貴って残念もいいところだよな……主に産まれもっての顔じゃなくて、姉貴の自発的な表情変化で悪人面って辺りが、ああ姉貴だなって感じだけど……。
ほんと、なんでこの人、勇者できてるんだろ。
姉貴の視界の先には、デーモンがいた。
こちらの姿を捉えると、不意打ちできなかったことが不満だと苛立った顔から感じ取れる。
その姿を捉えた瞬間……もうレオンさんは強化魔法を使っていた。
「『時空塔強化』『フィジカルプラス・セプト』」
「———え!? レオン君、この短期間に上げてきた?」
「僕が強くなればミアさんが危険になる可能性が減る。そう思うとなんだか急に成長しちゃって僕も驚いてます」
「……。やっぱりあなたは最高よ、私の……世界一、だわ。それじゃちょっくら、あなたの世界一にふさわしい女になってくるから、ミアちゃん好き好きって思いながら見ててね」
姉貴がデーモンを見ながら後ろ手にレオンさんの頭を撫でると、剣を片手にデーモンのところへ歩いて行く。
リンデさんは、僕とユーリアさんを前方に、後ろを警戒しながら剣を構えて守るようにしてくれていた。
姉貴は、ニヤニヤしながら大剣を地面に刺した。……いやいや!? デーモンを前に何をしてるんだよ!?
「人間……お前、なんだ?」
襲いかかろうとしていたデーモン、あまりにも姉貴の様子がおかしいことに怪訝になる。当たり前だろう、身の丈は自身の胸程までしかない剣士、そんな人間が武器を捨てたのだ。
普通に考えて、圧倒的にデーモンが有利。
僕も姉貴の行動に、頭がパニックになりそうだった。
姉貴がシャツを脱ぐ。下着姿になると、ちょっと胸や尻を強調するようにポーズを取る。何をやってるんだ?
デーモンが静かに剣を構える。
姉貴は……デーモンの素手を指で指した。そして……自分のお腹に、グーを当てるように……って、まさか!
「……っき、きさま……!」
「おめーチョー弱そうだし、遊んでもいいかなーってね」
デーモン、今の一言でブチギレた。剣を投げ捨てる。そして……
「ッヌウゥゥウン!」
ドォォォン……!
ぶつかる瞬間に、周りのものまで風圧で吹っ飛ぶんじゃないのかと言うほどの、筋骨隆々のデーモンのパンチ。それが姉貴の腹の真ん中を捉える。
僕ならきっと、一発で背骨が折れる攻撃。姉貴は……ニタニタ笑っていた。そして、反撃をした。
「オッラァアァ!」
明らかに、速い……! とんでもないスピードで、デーモンの腹筋に向かってパンチを放ち、その腕が埋まる。
ミチ、メキ……。
「———ブアァァアアアアッ!?」
デーモンは目を見開き、呻きながら膝をつく。
「アハッ、一発?」
「ご、ガ……グプ、コプ……ゴフッ、ゴフッ……」
「立ってもいいわよ」
震える足で立とうとするも、口から黒い血を吐血させ、立ち上がれず再び膝を突いた。
「ざっこ」
「……あ、ありえねえ、この俺が……」
「どの俺よ、デーモンなんて全部モブ面じゃん」
姉貴は悠々とデーモンが捨てた剣を拾い、その明らかに身の丈より大きな剣を子供の枯れ枝遊びのように軽く振り回す。
「な、な……」
「どーせあんたら残り全部ザコだし、後はあたし……ただの人間の美少女ミアちゃんが滅ぼしてやっから地獄で絶望して待ってな」
そう言って、真ん中からデーモンを綺麗に真っ二つにした。剣圧がそのまま地面に伝わり、向こう数メートルの地面に切れ目が入る。
その死んだデーモンの頭に片足を乗せ、剣を突き上げ、
「———さいかわァ!」
そう叫んだ。
……。
今、目の前で起こったことが、信じられない。
僕は、頑張れば姉貴について行けると思っていた。
多少なりとも、戦えると。
無理だ。
強化魔法を受けた姉貴は、もう、別の次元だ。
勇者ミア。
僕の……姉貴。
そんな姉貴と、目が合う。
「ライーっ!」
そして、そんな姉貴が、満面の笑顔で言った。
「はらへった! 今日もハンバーグが食べたいわ!」
———ああ。
こんなに強くなっても、やっぱり僕の姉貴だ。
血の繋がった、母さんの料理が大好きな、僕の姉貴。
「やっぱりミアさんはかわいいなあ」
……?
今のは……。
「……レオンさん?」
「ああいう戦っている姿、かっこいいし、色気もあってステキですよね。さいかわって、最も可愛いって意味だと思うんですけど、ミアさんにぴったりだと思います」
「……あ、えっと、そうですか……」
「はい。あんなに可愛らしい方がお姉さんで、ライさんが羨ましいです」
そう言って、レオンさんは姉貴の所に向かった。
……ま……マジ、で……?
……今、僕は尊敬できる人物は誰ですかって聞かれたら、迷いなくレオンって答えると思うよ……。
リンデさんの、手が再び握られる感触がある。
「あ、えっとリンデさん、守ってくれてありがとうございました」
「いえいえ……あの、私、ミアさん戦ってるところ初めて見たんですけど……」
「僕も強化魔法を使ってのデーモンとの戦いは初めて見ました……」
そして、レオンさんを胸の中に埋めてハグしている、楽しそうな姉貴を見ながら、
「……ミアさん、ホントに人間ですか?」
人間じゃないリンデさんがあっけにとられたように言った。
ええまあ……僕も、同じ気持ちです。でも……。
「僕と同じ母さんの料理を好きな程度には、人間だと思いますよ」
それだけは分かる。
リンデさんも、きょとんとしていたけれど……すぐに笑顔になった。
「ユーリアさん、今の魔法は本当に素晴らしかったです、ありがとうございました」
「うん! ユーリアちゃんのおかげだね!」
「あっ、いえ恐縮です、どういたしまして! ……お、お兄ぃとミアさんの組み合わせ、ぴったりすぎてちょっと妹ながら驚きです……」
やっぱり、みんな驚きだよな……。
-
「さて、ここからどう調べるか……」
とにかくゴブリンがこの辺りから出ているということはわかっているのだけれど、待機するにしてもなあ……。
一体いつまで待てば
———ぐぎゅるるるるぅ〜〜〜〜
「…………」
「…………」
「……あ、あうぅ〜……」
全員の視線が、顔の色を濃くしたリンデさんに向かう。緊張感が、一気に再びほどける。ほんとに、リンデさんって行き詰まったときになんともいえない助け船を出してくれるよな……。
それにしてもお腹すいたか、確かに僕も空いたし……。
……。……んんっ!?
「リンデさん!」
「はうっ! すみませんっ!」
「家を出しましょう!」
「ごめんなさ…………へ?」
僕の提案に、一斉にみんな僕の方を向く。
「ここで待っていても仕方ないので、家の中で食べながら、のんびり待ちませんか?」
「そ、その手がありました! さすがライさんです!」
確かにアイデアは僕のものだけど……その発想に至ったのは、リンデさんのお腹の虫のおかげですよ。
やっぱりリンデさん、状況打破の天賦の才がありますって。
僕はそして、のんびりキッチンでハンバーグを五人分作り始めた。
「……ほんとに、いつものキッチンだ……」
いつもの手順、リンデさんからのオーガキングの肉、姉貴からの潤沢な素材。眠くならないようゆったりコーヒーを淹れて、焼き色が綺麗になったら、オーガキングの残りの油で軽く簡易的なソースを作る。
いい香りが部屋の中に漂ってくる。
「……できました、運びますね」
「お疲れ、ライ。あたしも運ぶわ」
姉貴と一緒に、食器を並べる。
レオンさんは、姉貴の膝の上に乗せられて、ずっと抱きしめられていた。すっかり特等席というか、レオンさんの場所って感じになっている。
ユーリアさんも、レオンさんのその様子が嬉しそうで、いい兄妹だなあと思う。
「いただきます」
「やったーっ! いただきますっ!」
「……いただきます」
「はい、いただきます。僕もいずれ作りたいなあ」
「戴かせていただきます、ありがとうございます」
食べ始める。うんうん、昨日食べたもんね、まあ基本的に同じ味だよ。
でも、もっと時間を掛けてソースを作りたいなって思うのは贅沢な悩みかな?
「……おいしい……」
姉貴が、ぼそりと呟く。
「はいっ! ライさんの料理、おいしいです!」
「チクショーまじでめっちゃおいしいのよぉ!」
リンデさんが反応したところで、姉貴が叫んでみんなびっくりする。
「ぴゃああすみません!? え? あれ?」
「え、ええ!? ど、どうしたんだ姉貴」
「おいしい……おいしいよぉ……」
姉貴が……なんと姉貴が、涙を流していた。
「……ずっと……魔物を倒したら、一人飯だったからね……」
……あ、そっか……。
「しかも、携帯食ばかり。あとは魔物をその場で焼いて、臭い骨張った肉にかじりつくとかね。街で食べられることばかりじゃなかった」
「……」
「こんな……こんなにいい環境になっちゃうなんて思ってなくてさ。ほんと……ライ、リンデちゃん、来てくれてありがとう……ライ、散々ほったらかしてたのに、あたしのためにこんな……ありがとう……」
……姉貴は……
姉貴は、勇者だ。
圧倒的に強い、勇者だ。
だけど……力だけ。
心までは強くない。
勇者になった、その日。
姉貴は、十五歳の、人類最強での生物で。
姉貴は、十五歳の、ただの女の子だった。
これほど、姉貴を支えられる日が来るとは思わなかった。
「姉貴、今日の僕、姉貴の役に立ってるよな」
「っ、も、もちろんよ……!」
「これからは、僕とリンデさんが一緒なら、どこでも料理を作れるよ」
「……!」
姉貴は、そのことが分かると……再びぼろぼろ泣いた。
「……あ〜っ、も〜っ、ライ相手にこんなに泣いちゃうなんてぢくじょ〜っ……。……ありがとね、ライ、今日ほどあんたが弟でよかったと思った日はないわ」
「僕も、今日ほど自分の役に立った実感を感じられた日はないよ、こちらこそいつも、ああいうデーモン連中から守ってくれてありがとう」
「あれぐらいならお安いご用よ!」
「僕も料理程度はお安いご用さ!」
お互いに言い合って、笑う。
そして……当然、リンデさんがまだ泣いていた。
「ミアさん、よがった、よがったよぉっ……」
「リンデさんって、何度目になっても泣き虫ですよね」
「うう〜っ、弱いんですよぉ……すぐもらい泣きしちゃうぅ〜っ! み、ミアさん! 私が責任を持って、家を運びますから! 私が死なない限り、家はずっと無事ですから!」
リンデさんの言葉に、姉貴は笑った。
「リンデちゃんが無事な限りって、そりゃあ何よりも安全が保証されるわね!」
「あとは、外敵が来なければ完璧で———ッ!?」
———ガンガン!
……何か、家の外から、攻撃が……!
「リンデさん! 姉貴!」
「はいっ! 行きますっ!」
「あたしんちに手ェ出して無事だと思うなよォォッラァ!」
二人が外に出る。部屋の中には、レオンさんと、ユーリアさんがいた。……ユーリアさんの様子がおかしい。
「……ライさん」
ユーリアさんが、血の気の引いた白い顔で呟く。
「……どうしたんですか」
僕が聞くと……ユーリアさんは首を左右に振りながら、信じられないという顔をしている。
「なん……なんで? でも確かに……?」
「……何か、問題でも?」
「いえ……問題というか、不可解で……」
ユーリアさんは、言いづらそうに……でもはっきりと、告げた。
「私たちの他に……人間が、います」