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こんなに嬉しい事はなかったと思います

入稿したのでまたばりばり書き始めていきたいと思います!

久々なので設定の不整合がないかちょっと心配

 朝の光がまだ弱い時刻、僕は目を覚ました。食べて、考えて、眠って。頭はすっきりしている。

 昨日はよく寝た、と思う。


 すっかり自分の部屋ではなく、魔人王国の皆が寝泊まりするテントに入ってしまっている。

 何年も一人でそれなりに広い家を使っていた身としては、一人で大丈夫なはずなんだけど……リンデさんと一緒になってからの密度があまりに濃すぎて、今更部屋に一人きりで寝るなんてことは出来そうにない。

 孤独に慣れたつもりだったけれど、孤独がどういうものか忘れていたんだろう。人と人との関係性を持って、初めて人は『孤独』を感じる、ということなのかもしれない。


 人、というか魔族だけど。

 なんてことを、目を覚まして正面にいる青い肌の閉じた瞼を見ながら思う。


 ……リンデさんは、僕がいなくなったら孤独を感じてくれるだろうか。感じてくれると嬉しいな。いや、感じてくれるとっていうか……最近はもうパトロールも必要ないからか、片時でも離れるのを嫌がってるぐらい一緒にいたがっているけど。

 でも……それも、お互い様かな、なんて思ってしまうのだ。


「ん……うゅ?」

「起きましたね、おはようございます」

「あっ、と。ライさん、おはようございます。……うーっ、今日は寝顔を見ることができませんでしたー……」

「ふふ、代わりに僕が沢山見させてもらいました」

「……ど、どうでしたでしょうか……?」

「えっ……!? え、ええと……その……」


 そ、そう返ってくるとは思わなかった……なんて答えよう……正直に、言ってしまっていいかな……。

 このとき僕は、完全に朝の半分寝ている頭で答えてしまった。


「あの……。……綺麗な顔、だなあ、とか……」

「……?」

「やっぱり、美人だなあ、って……」

「…………。…………」

「……リンデさん?」


 あれ……なんだか急に黙ってしまったので、何か聞こうと思った瞬間……腰を抱き寄せられた。


「え……」

「ライさん」

「は、はい」

「ライさんは……えっと、魔人族の私が、美人に見えるんですか?」

「――――あっ……! ……え、ええっと……そう、です……」


 しまった……なんだか結構とんでもないカミングアウトというか、かなり直接的な発言しちゃった気がするぞ……!


「いつから、ですか」

「い……いつ、って……最初からですよ。スープ作る約束した時、ですね」

「……」


 リンデさん、再び沈黙して……今度は僕の胸に顔を埋める。


「ええっと、リンデさん?」

「……すみません、今、ものすっごい照れてますので、顔を見ないで下さい……」

「あ……はい、僕も今までになく照れているのでお互」


 お互い様です、と言い終わる前に、がばっとリンデさんの顔が僕を覗き込んできた。


「っ!?」

「み……見られてもいいです」

「え、え?」

「わわわたしのテレ顔を見られてもいいので! ライさんのテレ顔をガン見させてくださいっ! ダメでも見ますっ!」

「ええっ!?」


 い、いいけど……いいけど恥ずかしい……! こんなに堂々と宣言されると! というか、こんなに密着した上で怪力で腰を腕ごとホールドされてたら拒否権ないけど!


「て、手加減してくださいね」

「おことわりしますっ! じーっ……」

「……うう……」


 な、なんだか今日はリンデさんのペースというか、朝からやられっぱなしだ……。うう……何か、リンデさんに反撃したくなってきたぞ……!


「ええっと、じゃあ、僕も聞きますけど……リンデさんは、僕は、どうですか?」

「……え?」

「だから、僕の寝顔を毎日見て、どう感じてるのかなあって」

「あっ、え、う」


 リンデさんに言われた質問をそのまま返してみたけれど、見るからに狼狽している。どうやら反撃は成功みたいだ。


「あの……その、私も、綺麗な人だなって」

「……へ? 綺麗、ですか?」


 そこから返ってきた答えは、あまりに予想外な言葉で戸惑う。綺麗、って……僕に対して言ってる、んだよな?


「はい。ライさんはなんだか他の男の人とちょっと違って、柔らかい感じがして、いつでも近くにいたいぐらい安心できる感じの顔といいますか……」

「……」

「寝顔を見ながら……その、毎日……こんなに綺麗な人間の男性が、私みたいな魔族にこんなに無防備な顔を晒してくれて……毎日こんなに幸せでいいのかなあとか……そう、思って、ます……」


 ……。

 いかん、これ負け戦だぞ。どっちにしろ僕のほうがやられてしまう。

 ダメだダメこれもう白旗。惚れた弱みなのか、リンデさんの攻撃に対する防御力がマイナス天元突破してる。


「……ええっと……あの……リンデさん、ありがとうございます……。僕も、リンデさんと一緒で、毎日幸せ、です……」

「……うう……その……はい、よかった、です……ありがとうございます……」

「あー……えっと……どういたしまして……」


 なんとも変な会話になってしまい、お互い気まずくて目をそらしてしまう。

 ……まったく。朝から、僕たちは……布団の中で寝ながらなんて会話をしてるんだろうなあ。……でも、本当に幸せな朝だなと思う。

 顔を合わせられないながらも、リンデさんの腕が再び僕の腰から背中に伸び、抱き寄せられる。昨日の、ちくりと細い針で開いた心の穴を、リンデさんの大きな体が包み込むようで―――




「冬間近なのに朝から布団の中が暑すぎる件」




 ―――――!?


「今のはまさか! みたいな顔してっけどさ。もう何回目だっつーのよ。あんたら毎日これやんの? あたしとしては今年もうマジックストーブ出さなくてよさそうなレベルだからいいけどさ、夏もこれは勘弁してよね」


 僕とリンデさんはがばっと起き上がると、ジト目の姉貴と、ニコニコ顔のレオンさんが目に入った。


「いつから……!」

「おはようございますから」

「えええ……!? 声をかけてくれても」

「やなこった。こんなおもしろイベント、黙って見てるしかないっしょ。……つーかあんたは、昨日からあんなにぐっすり寝ていて、自分より先に誰かが起きてる可能性を考えないわけ?」

「……はい……」


 ごもっともです……。珍しく姉貴に諭されてしまった。


「じゃ、起きますかね」


 姉貴がのっそり起き上がり、レオンさんもそれに続いてテントを出ていき……そして、クラーラさんが起き上がってきた。


「え」


 あまりにも不意打ちだったので、完全に反応が遅れた。クラーラさんはゆっくり起き上がったと思ったら――――リンデさんの後ろに一瞬で移動して……腋を両サイドから執拗につつきまくった。


「ひゃっ!? ふやぁあっ!」

「……」

「やっ、やめっ、ひぃんっ!?」


 つっつき指を止めるために腕を振るうリンデさんの怪力を、それを遥かに上回るであろうクラーラさんの超怪力のカットで、リンデさんの腕というか肩ごと後ろに回るようにパァンと吹き飛ばしてしまう。そして無防備に胸を突き出すような格好になったのを見て、今度は脇腹をつついてリンデさんは艶めかしい声を出した。

 よ、容赦ないぞ、クラーラさん……!


「なっ、なんでぇっ! ふぃゅっ!?」

「……うらやましい……」

「え、え!?」

「……うらやましいので……」

「え、ええーっ!? それ、私のせいじゃな」

「……問答無用……!」

「そんな、ご、ごめんなさ、ひゃう!?」


 う、羨ましいからこれやってたの!? え、ええっと、これ、助け舟出したほうがいいかな? いいよな? 普段ダメージのないリンデさんなだけに、あまりにも反応が大きくてちょっと心配になってしまう。


「あの、クラーラさん」

「……! な……何でしょうか……」


 僕から声をかけると、びくりと反応して手が止まる。攻めがなくなって、あのリンデさんが、ぜーぜーと肩で呼吸をしている……。クラーラさん、やはりリンデさんに対してであろうと圧倒的すぎる。


「さすがにつらそうなので、やめてあげてください」

「……う。わかり……ました……」

「クラーラさんにも、感謝していますよ」

「……え……あの……?」


 急に僕が話を振ったからか、少し戸惑い気味になったクラーラさんの隣に、僕は腰を下ろした。


「僕は姉貴の代わりに村を守るんだって息巻いて、でも結局ダメで。それからはリンデさんに任せてきました。そんな僕が無防備にならずにリンデさんと安心して外に行けるのは、クラーラさんのおかげなんです」

「……あの……えっと……」

「だから、ありがとうございます。僕はクラーラさんにも助けてもらいましたし、その能力には同じアーチャーとして……なんて、おこがましすぎるほどの差がありますけど、全幅の信頼を置いていますから。クラーラさんには特別、もっと沢山お礼もしたいぐらいなんですよ」


 ちょっと失礼だろうか、とは思ったけど……クラーラさんの前髪を優しく撫でる。こうやって触ると、僕と同じ身の丈で姉貴以上の能力のリンデさんを、更に子供扱いするクラーラさんの小ささを実感する。

 とっさのことで驚いたのか、目を見開いて頭を撫でられるがままになっていて……なんだかこうやって見ると子供みたいだなあと、少し微笑ましく感じてしまう。


「……あ……どういたし……まして……」

「あっ」


 クラーラさんは、僕の手からすっと身を引くと、布団の中に潜ってしまった。


「あの……?」

「…………ごめん、リンデ……羨ましいけど……私には、恥ずかしすぎて…………無理ぃ…………ぁぅ……」


 ちょこんと顔を出して最後にそう言うと、そのままもぞもぞと布団の中に、カタツムリのように入っていき、やがて二本のツノがにょきっと生えただけのもっこりした布団が出来上がった。


「……えっと……リンデさん、大丈夫ですか」

「はぁ、はぁ……っはい、大丈夫です……。……クラーラちゃん、潜っちゃいましたね……」

「あれで、よかったんでしょうか」

「うーん……よかったんじゃないですかね……? あんな照れるクラーラちゃんも珍しいなあ……。……あ、えっと、その」


 リンデさんは、僕の袖を少し引っ張ると、上目遣いに恥ずかしそうにつぶやいた。


「……あの、私も頭、なでて欲しいかなーって……」


 そんな可愛らしい要求に、くすりと笑って応えた。


 -


 薄暗いかと思っていた朝日は、テントを出た頃にはすっかり明るくなっており、僕とリンデさんは隣接している自分の家に入った。

 先に入っていた姉貴が、レオンさんと肩を並べてソファに座っていた。


「リリーが朝用意してくれるからライのすることないし、最近はあたしもライも魔人族テントに入っちゃってるし、この家いい家なんだけど出番少なめよねー」

「……確かに、そうかもなあ」


 元々四人家族で住んでいたため、広くて使いやすい家だ。だけど確かに、最近はあまり出番が無いように思う。

 僕と姉貴、そして父さんと母さん。今は僕と姉貴、そして、魔人族と魔人族。


「まあ、元通り四人家族、みたいなもんかな……」

「ん? 何か言いました?」

「あっいえ!」


 ……いやいや。家族、家族って……。なんだか公認扱いされてるけど、さすがにお互い、そこまででは、ない……と思う。思うけど……。

 でも……この家を四人で使うというのは、嬉しい。


 姉貴と目が合う。


「四人いると、家の広さがちょうどよくていいわね」


 どうやら、同じ気持ちだったみたいだ。


 -


「ライ君、昨日はほんっとーにごめん!」


 準備のため一人で部屋にいると、朝一番、リーザさんがやってきた。


「せっかく気合を入れたもの食べさせてもらったのに、速攻抜けちゃって感想も言いそびれちゃって、失礼にも程があったわ。怒って……ないかしら」

「怒ってなんかないですよ、あれからいろんな人……人っていうかまあ魔人族ですけど、僕の近くに来て喋る間もなかったでしょうし、気にしないでください」

「そう? ならよかったわ」


 ……もちろん、嘘だ。もしかしたらリーザさんは僕が気づいたこと自体に気づいているかもしれないけど……お互いなかったことにした方がいいだろう。


「いやーおいしかった。私もマリアのハンバーグを再現しようと思ったんだけど似なくてね。……何か秘密でもあったのかい?」

「これに関しては、リンデさんのおかげですね」

「……リンデちゃんの?」

「オーガキングを最初に討伐したときに、普段から食べていると知って食べたらおいしくて。それで作ってみて、僕も姉貴も両親がオーガの討伐に成功したから機嫌が良かったと分かったんです」


 それは、本当に偶然の一致だった。特に二足歩行の魔物の食用なんて、リンデさんが来てくれなかったら絶対に考えなかっただろう。


「なるほど、それは誰も試したことないわけだわ……ってゆーかマリア、可愛い顔してやることワイルドねー、あのオーガを食べちゃう判断したんだから」

「それは思います、僕も長い間作れなくて当然でした、オーガの肉は全く思いつかなかったですねー」


 確かに母さん、あの凶悪な魔物に対してなかなかな判断をしたものだと思う。それであのハンバーグを作ってしまったんだから、


「オーガの肉って、最近もまたエルマが回収してたわよね」

「食べられると判明してからは多少値段が上がってますけど、カールさんやビルギットさんが提供してくれるだろうから、店にはそこから出していいと思いますよ」

「じゃあ多めにあるのね、あの人数分作るのは大変だけど、オーガの肉が大量に提供してもらえるなら嬉しい誤算だわ」


 リーザさんは、会話を終えると少し姿勢を直してしっかり僕を見た。……何か、雰囲気が変わった。僕も姿勢を正す。


「ライ君。私はミアちゃんとライ君をずっと助けていきたいとは思っていたけど、同時にちょっとした欲ももちろんあったのよ」

「欲……ですか?」


 初めて聞く話だ。


「そう。私はああいう食べて飲んでできる店をやってるけどさ、マリアは嫉妬しちゃうぐらい料理が上手かったから。それで、ライ君がマリアの料理を再現にかかっていると知って、もしかしたら私が最後まで再現できなかった料理を作ってくれるんじゃないかって」

「そうだったんですね」

「ええ。そして……ごめんなさい」

「……? どうしたんですか?」


 どうしてそこで謝るんだろう。母さんの料理を再現しようとしたことと、今謝られたことが全くつながらない。


「マリアの料理のレシピの秘密、マリアは絶対教えてくれなかったのよ。だから、そのことを黙っていたら言ってくれるかなって。思いっきり聞いちゃった、これ先に言ったらマリア同様秘密にしちゃうかなって思って後出しにしたの」

「……ああ、なるほど、そういう意味の謝罪ですか」


 つまり、母さんがリーザさんに教えたがらなかったんだから、僕が教えるのは母さんの意志に反するから知った場合は教えないだろうと。


「もう、聞かなかったことにはできないもの」

「リーザさんにはお世話になりましたし、言ってくれれば教えたと思いますよ。というかそれは心の狭い母さんが全面的に悪いと思います」

「本当に? じゃあ……ずっとやりたかったことなんだけど、もう時効でいいわよね」


 リーザさんは、少し悩んでから、僕の方を見た。


「マリアのチーズハンバーグ、私が再現できたらお店で出すって約束だったの。結局自分の力じゃ再現できなかったけど、お店で出してもいい?」

「……! もちろんです、みんなに食べさせてあげてください」

「よかった……私以外にも、食べた人は多かったから」


 それは、僕にとっても嬉しい話だった。自分で作るのと、作ってもらうのは、また感覚が違う。あのハンバーグを作ってもらって食べられるというのは、ほんとうに嬉しい。

 それに……母さんの料理が村の皆に食べてもらえるというのは、それだけ母さんの料理が忘れられずにいるということだ。

 そして、その味をリリーが継いで、まだ見ぬリリーとザックスの子供も継いで……母さんの味が、永遠のものとなる。




 人が忘れ去られて、初めてその人は完全に死ぬとも言われている。

 そして、思い出がある限り、その人の中で生き続けるとも言われている。


 それが受け継がれると……早世した母さんは、誰よりも「永遠」になる。

 こんなに……こんなに嬉しいことはない。




「リーザさん……ありがとうございます」

「やぁねぇ、お礼を言うのは私の方よ。……もう」


 リーザさんが優しく僕の頭を撫でた。そして頬を撫でて……そこでようやく僕が泣いていることに気づいた。

 おかしそうに笑っていたリーザさんも、少し目が赤かった。




 リリーとエファさんが持ってきてくれた朝食をみんなで食べると、少し多めに作っておいた食後のコーヒーを出した。


「ミア達の今日の予定は、東に行くことらしいですが……」

「そうよ。マーレは村のことやってんのよね、まあゆっくりしていってちょうだい。家の中も盗んだりしなければ使っていいわよ」

「盗まないよ、ミアは私のことなんだと思ってるの」

「人間の調理に興味を持って勝手に道具使って怪我しちゃう系女子」

「うっ……い、言うようになったね……」


 姉貴の容赦ないツッコミに、珍しくマーレさんがうろたえる。


「……マーレは無茶しやすいし本気で心配してんだから、大人しくエファちゃんのお世話になってなさいよ」

「え……あっ、うん、分かった。ありがとね」

「いちいち言わなくていいわよ」

「……ふふっ」


 今度は珍しく姉貴が茶化さずに忠告した。ちょっと恥ずかしそうにしてたけど……。

 この二人、本当に仲のいい友達同士って感じになってるなー。これで勇者と魔王なんだから、分からないものだなあと思う。


「ところでライさん、家は本当に私が使っていいのですか?」

「構いませんよ。どのみち持っていけませんし」

「……? えっと、持っていけませんか? リンデがいるのに?」

「えっ……どういう意味ですか」


 リンデさんがいると、持っていける……?


「一応みなさん、ジークリンデの担当の話はしていますよね」

「近接剣士じゃないんですか?」

「……すみません、完全に言いそびれていたようです。リンデも自分で言わなかったんですね……まあ、使う機会がなかなかないと思いますし」


 マーレさんはリンデさんを見ると、リンデさんも頭を掻いて「いや〜……」とばつが悪そうににしていた。……なんだなんだ? と思っていると、突然リンデさんへの命令が出た。


「ジークリンデ。収納、ミアの家」

「御意ですっ!」


 リンデさんは、マーレさんの命令に返事して、僕の家に近づくと――――




 ―――家を、一瞬で消した。




「――――は!? え、何これ何が起こったの!? ちょっとマーレ、あたしの家どうしたのよ!」

「リンデ、出して」

「はいっ!」


 そしてリンデさんは、手をかざすと……僕の家を出した。瞬間的に、出した。元に戻した……と思ったのだけど、少しだけ位置がずれている。


「まさか……」


 僕は、この現象に思い当たった。思い出してみれば、リンデさんは、出会ってから時空塔強化を除いて、魔法は一種類しか使っていない。

 これは、その一種類だ。


「まさかこれ、この規模で……『アイテムボックス』なんですか!?」


 マーレさんは僕の言葉に「こんなにすぐ思い当たるなんて、さすがですね」と、驚く僕と姉貴を見て満足そうに頷いて、リンデさんのことを話した。


「バカ魔力とぽんこつ頭で使える魔力のリソースを『アイテムボックス』の魔法に全振りするしかなかった子、それが時空塔騎士団第二刻「収納係」ジークリンデです」


 そうか……大容量だと思ってたけど、この規模でできるのか。

 ……あれ? それはじゃあ……


「一つ……質問していいですか?」

「はい」

「最初に会った時、リンデさんは寝泊まりする場所を探していたんですけど、その時から持ち運びできたんですよね。なんでそうしなかったんですか?」

「リンデちゃんらしい理由ですけど、わかりませんか?」

「えっと……はい」


 マーレさんは、リンデさんの方を見た。リンデさんは……恥ずかしそうに頭を掻いている。……んん?

 僕がじーっとリンデさんを見ると、やがて観念したのか口を開いた。


「出発前に言われていて、当日思いっきりわすれてましたぁ……」


 ……なるほど、リンデさんらしいね……。


 -


 出かける前にリリーとエルマのところに行く。


「……そうかい、リーゼさんはマリアさんのハンバーグをお店で売るんだね」

「そういうこと。だからお世話してる魔人族が持っている肉の在庫がなくなったら、オーガを引き取りに来ようと思って」

「もちろんいいさ、ウチでいい感じに保管しておくから、なくなったら安く融通してやるよ」

「やった、ありがとね姐御」

「姐御ってなあ、あんたも年そんなかわんねーだろ」


 リリーはエルマにオーガ肉の約束を取り付けた。エルマは保管が上手く収納魔法と冷凍との判断もいいので、食品などはいつ頼んでも、いい状態で提供してくれる。


「で、ライは今日はどこに行くって?」

「東のちょっと離れたところにある森だよ」


 その場所を伝えると、エルマは嫌そうに顔をしかめた。……何だろう?


「よりによって、『迷いの森』に行くのか?」

「迷いの森? そんな呼び名だったのか、あの森」

「……あたしが勝手に呼んでるだけだよ。あそこは……幼い頃に、妹と一緒に行って、結局あたし一人だけが帰ってくる羽目になった場所だからね」


 ……知らなかった。エルマには、あそこの森にそんな苦い思い出があったのか。


「……言いたくなかったし、思い出したくなかったからね。結局後から捜索に行っても、死体も見つかりゃしねえ。どこまでも深い、広い森だけど……ライとミアの二人、あとなんといってもリンデちゃんとレオン君だったか? あの二人がついてきてくれるなら大丈夫だろう」

「多分、三人目のユーリアさんが一番頼りになると思います」

「そりゃあ尚安心だ」


 エルマはそれだけ言うと、もう話すことはないという感じで店の中に戻っていった。

 ……しかし、迷いの森か。少し、気合を入れて調査しないとな。

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