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重くても、抱えて歩こうと思います

 一通り話が終わり、各々のやる事をやり始めた。


 クラーラさんが戻ってきたのを確認して、トーマスがカールさんビルギットさんを連れて南側の森へ行った。もう少し開拓していくらしい。

 今まで育った樹木と強力な魔物のコンボで手つかずだった南の土地、なるほど確かにこのメンバーなら手を出しても大丈夫だ。

 マーレさんは何か話があるらしく、トーマスについていくらしい。ユーリアさんも一緒に移動していた。


 僕は店に戻っていくリリーに声をかけた。


「手伝い?」

「そう。明日の遠征の景気づけも兼ねて……今日の菓子作り、手伝ってくれないかなって」

「そうねー、今日ちょうど店も休みだし、手伝っていっていいわよ」


 よかった、さすがにあの人数分を……人数分を作るのはそこまででなくても、種類を沢山作るのは大変だ。


「その代わり、私も食べていいよね?」

「もちろん」

「よっしゃ! それじゃ気合を入れますか!」


 僕とリリーがそんなやり取りをしていると、後ろから「あ、あの!」と声がかかった。


「エファさん?」

「リリーさんが行くということは、店での練習はないのですよね? あの……わ、私もお手伝いしてもよいでしょうかっ!?」


 なんと、昼からの手伝いに立候補してくれた。


「本当ですか? 助かります! なかなか他の方に手伝っていただくのは難しそうだったので、エファさんが手伝っていただけるのならこちらとしても安心できます」

「よかった……! はい、頑張ります!」


 笑顔で応えてくれるエファさん、頼もしい。

 ……ふと横を見ると……


「……」


 リンデさんが、何か言いたいけど言いにくそうにしていた。やはり、エファさんがキッチンに立てることに対して思うことがあるのだろう。


「……リンデさんは、手伝っていただかなくても大丈夫ですからね?」

「……うう、はい……」

「その代わり、僕では無理だった外回りをお願いできますか?」

「そう……ですね。ええ、そうです。ライさんに魔物を担当していただくわけにはまいりません、私が体を張ってお守りします!」


 リンデさんは、自分の役目を再確認すると、徐々に表情をいつものように戻した。

 オーガキングに手も足も出なかったからとはいえ、好きな女の子に魔物から守って貰うというのはちょっとかっこ悪くあるけど。それでも、今までも姉貴に守って貰ってばっかりだったから、せいぜいちょっとかっこ悪いのが更にかっこ悪くなったぐらいのものだ。

 ……もうちょっと弓の練習、しておこうかなあ……せめてリンデさんの背中側を守れるぐらいには。


「それではいつぞやかのように、何か甘いもの作っておきますね」

「何かさんの甘いものさんが……! うおおっがんばりますっ!」


 リンデさんは、両手を握ってふんすと気合一発、「それではいってきます!」と明るく外へ消えていった。


「あー、ところでさ、ライ」

「ん? リリーどうした?」

「その大量メニュー、ライのキッチンで作るの? うち来ない?」

「使わせてもらえるのだったら、もちろん使いたいところだね」

「よし、ママとも連絡してくるわ。ま、大丈夫だと思うからすぐ来ていいわよ」

「わかった、助かる」


 リリーが手をひらひらさせて店の方へ行ったのを確認して、僕も自分の家へ材料を取りに行った。

 アイテムボックスにないもの……最近出番の多い温度計、菓子作りの道具、そして砂糖……この辺りは姉貴に運んで貰おうか。


「っていうか姉貴はどこに……?」


 と思って家の中を軽く探すと……レオンさんと目が合った。……姉貴は、レオンさんに膝枕されていた。


「やっほ、ライ」

「……姉貴がしてあげてるわけじゃなくて、してもらっているんだね……」

「ぷにぷになの……最高……。あとレオン君には、ちょっとアタシの筋肉太股には乗せたくないかな? 固いのよね」

「僕はミアさんの筋肉質な体、好きですよ」

「ンッ!? あ、ありがと……でも、できれば柔らかいところでお相手したい乙女心なの! あとはしてもらう側の方が好きだからしてもらってます! ……だ、だめかな……?」

「いえ、僕の太股でよろしければ、いつまでも乗せていただいていいですよ。ミアさんの髪の毛は綺麗ですし、撫でていると僕も幸せな気持ちになります」

「……うへへ……レオンきゅん天使……」


 ……本当に、仲がいいなあ。


「って、流されかけてた。姉貴、リリーの家で菓子作りすることになった。果物とかあるだろ? 荷物もあるし来てくれ」

「お、そういうことなら行くしかないわね!」


 姉貴は最後にレオンさんの太股側に顔の正面を向け、ふすぅ〜っ! と息を吸って「よし」と小さく言うと、起き上がった。

 レオンさんは最後の一回がよっぽどだったのか、ずっと恥ずかしそうにしていた。


 -


 リリーの店に入ると、エファさんと……その横に、リリーよりも小柄なショートカットの女性。


「あれ、リーザさん?」

「こんにちわ、ライ君」


 リリーの母親、リーザさんがいた。

 リリーと同じ金髪で、背は少しリリーより低い。見た目は年齢相応の30歳後半の、リリーの母親らしい明るい女性だ。

 僕はこの人に大事な時期かなり気にかけてもらった。


「もしかして……」

「なんだか楽しそうなことするみたいじゃない、私も参加させて貰おうと思ってね」

「本当ですか! リーザさんが手伝ってくれるなら本当に助かります」

「でも指示はライ君がお願いね、久々にその腕、見せて貰うわよ」


 リーザさんはリリーの酒場で酒以外の食事を出す調理を担当しているだけあって調理技術の非常に高い人だ。

 6年前は特にお世話になった。


「わかりました。それじゃお腹が膨れるぐらい、3時ではなく晩にかけて沢山作りますので、リーザさんも食べて下さいね」

「それは楽しみだね、息子同然に育てたライ君が一体どれほどの腕なのか、見せてもらおうじゃない」

「もうリーザさんより圧倒的に上手いですから、覚悟してくださいね」

「お、おおっ? 言うようになったわね?」


 リーザさんは、弟子同然だったはずの僕の反応に驚いていた。そりゃそうだろう、昔の僕は自信がなくて、いつも自分の料理に不満そうな顔をしていた。

 甘いもの作りだってそうだ。いくら頑張っても自分の中で高い点数が付かなかった。


 だけど、今は、大丈夫。

 一番おいしいと言って欲しい姉貴が、おいしいと言ってくれた。

 そして。

 一番おいしいと言ってほしい人が、一番たくさん、おいしいと言ってくれる。


「今の僕は自信がありますから!」


 僕はリーザさんに満面の笑顔をして、材料を持っている姉貴を連れてキッチンに入った。


「……ねえ、マリア……ライ君、ほんと明るくなったわよ……」


 後ろから、小さい呟きが、聞こえた気がした。


 -


 さあて、まずは先日の要領でチーズケーキを作ろう。


「姉貴、あのチーズはおいしかった。今日も持ってきてくれてるんだよな?」

「そりゃもちろん。たっくさん買い込んでおいたわよ」


 姉貴からチーズを受け取り、そして買ってきたベリーを受け取る。次から次へと出してくる果物。梨に栗に……栗は後日かな。……なんだか買ってないものが出てきだしたぞおい、姉貴どんだけ買い込んでたんだ。っていうかこのとげとげしい果物とか、食べ方わからないぞ……? どんな味がするんだ……。


「…………へ?」


 その様子を見て、エファさんが凍りつく。


「はわ……あ、あの、もしかしなくてもこれ、果物の類ですか?」


 そういえば、魔人族の皆さんにとって果物はそうだった。


「はい。驚くかもしれませんが、王国では沢山買えるんですよ。これを更に甘く食べやすくしていきます。ちなみに買ったのは全部姉貴です」

「はわーっ!? み、ミアさんありがとうございますっ!」

「ほほほもっとほめたまえ〜」


 果物買って姉貴の好感度上がりまくり。


「桃、ちょっと食べて見ましょう。……うん、さすが姉貴の収納魔法。腐ってもいなければ指を押した痕もない。切りますね」


 くるりと半球状に切り、皮を指で剥いて、種を出せば後はナイフを動かすだけ。数秒でカットが終わる。


「……ライ君、今のカット……いつの間にこんなに器用に……」

「リーザさんがある程度基礎を教えてくれたからですよ」

「先生として鼻が高いけど、そんなに上手くなられちゃうとちょっと悔しいね。……ね、うちで働いてみない?」

「宝飾品店よりいい給金出せたら考えてもいいですよ」

「うっ……そういえばライ君の、すっごい人気だもんね……ちょっと無理だなー、やっぱパスで」


 少し意地の悪いやり取りだったかな? でも事実なので仕方ない。僕もリリーとも縁があるし、手伝えるなら手伝いたいけどね。

 でも、魔石の指輪は周りに作れる人がいない。そういうものは、積極的にやろうと思う。やっぱり、自分だけのものがあってほしいという思いは強い。

 母さんのハンバーグを再現したかったのも、姉貴のことはもちろん、あの味が唯一無二だったからというのも大きい。


 ……そういえば、リーザさんも母さんの料理を食べに来たこともあったなあ。




「……はわ、はわわわわ…………へ、陛下より先に、こんなに新鮮で甘い桃を戴いちゃって、わ、わたし陛下にぶっころされないでしょうか……リッター裁判で死刑にならないでしょうか……」


 桃を食べたエファさん、大げさな反応ありがとうございます。


「もっと甘いもの作ってマーレさんをしっかり不満ゼロになるまで砂糖漬けにしちゃいますので、心配しなくてもいいですよ。それだけのものを作る自信はあります」

「ライさんたのもしすぎますぅ……!」




 細かい作業はどうしてもエファさんは避けたい。でもそれ以外なら、十分手伝いになる。


「リーザさん、メレンゲ用意お願いできますか?」

「任せてちょうだい」

「リリーは桃もちょっと剥いておいて」

「おっけ!」


「エファさんはこちらのボウルをしっかり握り込んでください。動かさないようにするだけでいいです」

「は、はいっ!」


 エファさんのかわいらしいかけ声を聞きながら、生地を練り込んでいく。……分かってはいたけど、全くボウルが動かない。かわいい見た目とは裏腹に、どう考えても僕より握力腕力あるよなこの子……。

 溶けるバター、混ざっていく砂糖、塩、数個の卵。様子を見ながら小麦粉を入れ、膨らませるための魔法をかける。


「リーザさん、メレンゲ準備ありがとうございます。皮剥いた林檎を薄く小さく切っておいて下さい」

「これは……パイだね、了解だよ!」

「リリーは、くるみ割りをお願いできるかな」

「ごめん道具ないと無理、ちょっとミア呼んでくる」


 カップなみなみの牛乳も入れ、再び小麦粉を入れ、生地をしっかり作っていく。

 そして……レーズンはこれに使おう。


「はわわ……砂と水でスライムを錬成してるみたいですぅ……」

「焼いたら完成です。次いきましょう」

「つ、次ですか!?」

「かなり時間が経ってます、どんどん作りますよ!」

「ふえぇ……が、がんばりますですっ……」




 よし、次は……


「ライ、くるみが欲しいって?」

「そうなんだ。ちょっと道具がないらしくてさ」

「『ブレイブストレングス』! ……よっ、と」


 パキャ。


「……もしかして」

「指で割ったけど」


 いやいやいや……姉貴らしいっちゃらしいけどさあ……。


「……そこにあるやつ全部お願いできるかな?」

「いいわよー」


 姉貴はキッチンに入ると、くるみを次々と両手に一個ずつ持ってパキパキと割っていった。


「男の玉のこと、ナッツに例えることあるわよね」

「なんで今その話を!?」

「あれってくるみの味がするんだって」

「本当にやめて!」


 軽そうに次々握り込んで割っていく姉貴に、僕は顔を白くしながら前屈みになる。なんて恐ろしいことを……っつーかこの下品さが姉貴のモテない理由の大部分だったのでは……。

 キッチンの外を見ると、レオンさんも全く同じ顔で全く同じポーズになっていた。


 ……まさか、外で……盗賊団相手とかで、やってない、よな……?


「あの……ライさん?」

「———はっ!? いえ、続きをやりましょうエファさん!」


 い、いけないいけない……嫌にリアルに想像してしまった……。つ、続き続き! 手を動かしていたら忘れることができる!

 はず!




「それでは、次はですね…………」

「なるほど…………これが生地で………………」

「温度を………………」

「………………」


 -


 途中からリリーの父親のヴィルマーさんも調理に参加して、狭くなったキッチンの調理も終わりを迎えようとしていた。

 茶髪短髪の、寡黙な人だ。もっぱら喋るのはリーザさんで、いつも調理と酒類の用意を担当している。


「お、終わった……! お疲れ様でした!」

「いやあ、ライ君もお疲れ! ……本当に手際がよいし仕上がりの見た目、色合いも綺麗だし、調整に使ってる魔法も軒並み高度だし驚いちゃったよ……」


 並んだお菓子の数々を見て、僕もすっかり満足した。


「そうだ、リーザさん」

「ん?」

「お礼と言っては何ですが、もう少しキッチンを借りてもいいですか?」

「ええ、もちろんいいわよ。お礼なんて……何かしら?」

「今までの分ですよ」

「……今まで、の?」

「はい」


 リーザさんが不思議そうに小首を傾げた。僕はそんな様子を見ながら、もう少しある時間を見てキッチンに入っていった。


 ……ここからは、僕一人の時間だ。

 大丈夫。もう何度もやったし、自信もついた。


 -


「こんばんわーっ! おわりましたっ!」

「リンデさん! おかえりなさい、お疲れ様です!」

「……!? え、ええっ!? あ、あのあの、机の上、すっごいことになってるんですけど! 匂いとかすごいんですけどうわーっ!」

「今からみんなで外で食べますから、呼んできてください」

「やったーっ! わかりましたっ!」


 リンデさんを見送って、僕は出来上がった食事をエファさん達と一緒に運んだ。すっかりどれも、食べ頃ってところだ。




「これが……ライさんの、本気なのですか……すごい」


 沢山並んだ甘いものの数々を見て、マーレさんは震えていた。


「沢山作りました。甘いものでは今までで一番だったと思います」

「ええ、本当に美しい……今まで手先が器用になれば多少対抗できるだろうなどと思っていた思い上がりを改めなければならないですね……」

「いえいえ、今日はたくさん協力してくれた人がいましたから」


 皆から慕われる魔王のマーレさんに評価されて、心も躍り立つ。僕自身もマーレさんのことを優秀な君主として慕っているし、尊敬している。

 姉貴だってそうだろう。


「それでは、みんなで食べていきたいのですけど、空腹で甘いもの一気というのもなんですので……先にハンバーグを食べようと思います」

「は、はんばーぐ! もしかして」

「そうですよ、リンデさん。やっぱりオーガキングの肉が沢山あるなら、これを作らなくてはいけないですからね」

「やったやったやったー! ライママさんのチーズハンバーグだーっ! 私やっぱり一番好きです!」

「僕もこれ、一番好きですよ」

「あたしもよ! あたしも……ライのチーハン、一番おいしいと思うわ!」


 両手を挙げて叫ぶリンデさんに僕も笑顔になる。姉貴も……うん、姉貴もやっぱり、一番好きなメニューだよな。

 リンデさんの笑顔……の向こう側で、リーザさんが驚いた顔をしていた。


「……チーズハンバーグ……かい……?」

「はい。自信作です、食べてください」

「……」

「それじゃみなさん、もうお腹も空いているし食べ始めましょう。いただきます!」


 僕はみんなに声をかけて食べ始めた。

 ……うん、オーガキングの肉だ。チーズも、今日もいい味を出している。ソースもかなりいい味になってきたかな……?

 つなぎに肉の塩漬けを入れ、玉葱を多めに入れた……ソースはもう少し酸味を足してもおいしいかな? でももっと薄くてもいいぐらいかもしれない。肉が本当においしいからね。

 完璧なこのハンバーグを食べる時は、みんなが笑顔だ。食卓がみんな笑顔。

 そう、笑顔。

 いつも笑顔だった。


「…………」


 ———リーザ、さん?


 笑顔じゃない人が、いた。その人は。ハンバーグを急ぐように掻き込んで食べていった。食べて、食べて……そして一番手に皿が空になると


「ごめんなさい、ちょっとお花を摘みに行ってくるわ」


 と、軽く言って席を離れていった。


 ……気になる。僕はリーザさんの後をこっそりとつけていった。




 果たして、リーザさんはすぐ近くの森の中にいた。

 そこは……小さな村の墓地。

 母のいる場所だった。


「……マリア……おいしかったわよ……ライ君の料理……」


「あなたの、特にかわいがってた一番の宝物、ライムント君……」


「約束通り、どっちかが死んでも、どっちかが絶対助けようって……」


「すっごく……がんばって、もうマリアよりハンバーグおいしくて……」




「……っ……なんで……なんで死んじゃったのよぉ……! 食べに、来て、よ……一緒に……こんな……っ……私だけ……! ……っ……馬鹿……絶対、許さない、ん、だから……!」




 ……僕は……。

 僕は、認識が甘かった。


 そうだ。何も両親が死んだことが、僕と姉貴にだけ影響している訳じゃないんだ。そんな単純なことでさえ……余裕がなかったから、想像したことがなかった。

 ……家族同士の付き合い。きっと、リーザさんにとって、母さん……マリアは、姉貴にとってのリリーみたいな、そういう友達なんだ。

 この村の出身者だ。きっと子供のころは、二人でナイフを持ってゴブリンを倒しに行ったかもしれない。

 父さんとヴィルマーさんが、母さんやリーザさんを取り合ったりした青春があったかもしれない。

 そういうものを、思い出させる味にまで、なっていたからなんだろう。


 何歳になっても、何年経ったとしても、乗り越えられる……わけではない。




 悲しいものは悲しい。

 だけど……

 それも含めて、進んで行かなくてはいけない。

 きっと、乗り越える、というわけじゃないんだ。

 今日のことも、そうだ。


 心の足に力をつけて。

 体の中に抱えて。

 それでも、歩いて行くんだ。




 抱えて歩くには、少し……重いけど、ね。




 僕は、静かにその場を後にして、食事の広場まで戻ってきた。

 ヴィルマーさんと目が合った。


「……会話、したか……?」

「いえ……。……墓前で……」

「そうか……。このハンバーグ、驚いたよ。マリアが作ったみたいだが、マリアより……そうだ、マリアより美味いんだ……。本当に頑張ったんだな……」


 おもむろに、ヴィルマーさんが立ち上がる。目線は……少し、僕より下だ。

 ヴィルマーさんは、僕の頭に手を乗せ、


「……ライ君。大きくなったな」


 嬉しそうに……そして、どこか寂しそうに呟いた。


「……二人分、取っておいてくれ。俺はリーザの側にいる」


 背中を向けて歩き出したヴィルマーさんは、森に入る直前にそう言って、やがて姿が見えなくなった。




 ……リーザさんのことは、ヴィルマーさんに任せよう。

 折角の、笑顔の食卓を作ったんだ。今日のことも、明日への笑顔に繋がってくれると、ヴィルマーさんとリーザさんを信じよう。


「ハンバーグ、食べ終わりましたね」

「あっ、ライさん。どちらへ?」

「僕もちょっとね。それより、今日のメインである甘いものに移りましょう! 今日は自信がありますよ!」


 そう宣言して、沸き立つ魔人族のみなさん。頑張った甲斐があるというものだ。

 まずは手元のくるみチーズケーキから。今日はベリーじゃなくてナッツのチーズケーキだ。

 ……うん、今日の出来もなかなか。シロップで艶を出すか、やっぱり粉雪の砂糖を使って彩りたいところだけど……この高級な木の家具のような色合いも、悪くない。

 味はナッツ系の方が好みなんだけど、見た目はやっぱりベリーの圧勝かな?




「ああ……魔族の王として命を終えるはずだった私は……今日、この日のために産まれてきたのですね……私は、魔王アマーリエは、生きる目的の半分以上を、達成できました……!」


 お……大げさすぎる反応をいただきました……!


「リンデさんもそうでしたけど、感想が極端すぎますって!」

「私はライムント様を信仰します……」

「マーレさん!?」


 立場的にまずいですって! ほら、他の人もなんか言って……いや、他の人もなんだか微笑ましそうな目で見ているっ……!

 すっかり魔王様、女の子になってしまっていて、そんな姿が魔人族の皆にとっても嬉しいみたいだった。威厳がある人かと思ったけど、本当にかわいらしい人で、自分の魔王像はすっかりマーレさんによって覆りきってしまった。

 反動が凄くて、好意的な気持ちしかないぐらい。




 ……ちなみに……ラズベリーは、今日はチーズケーキの代わりにタルトの上に乗っている。フルーツ山盛りの、ラズベリーとブルーベリーとミントの公国タルトだ。

 僕がナイフを持ってそのタルトに切れ目を入れると、みんなの目がナイフの先端に注目してしまっていて、くすりと笑ってしまった。

 その大きく作ったタルトを三角に切っていき、みんなの皿に載せていく。


 そしてビルギットさんには……円形のままあげちゃう。


「き、綺麗です…………果物で作られた、ルビーの勲章のようです……」


 詩的なビルギットさん、褒める表現が綺麗すぎて僕の方が照れてしまう。


「えっと、ありがとうございます。見た目もこだわってますけど、味も自信がありますからどうぞ」

「は、はい……いただきます……! ……! あ、甘い……! 甘くて新鮮な果物の爽やかさ、しかしまさかそれ以上に、ここまで甘いなんて……!」


 うっとりしながらタルトを様々な角度から眺めるビルギットさん。


「フルーツだけでない、この土台の食感も、味も、色合いさえ素敵です、ああ、なんて贅沢な……宝石を一度きりの使い捨てにしているような、背徳的な贅沢感です……!」


 ビルギットさんは、元気のいいリンデさんとはまた違ったオーバーな表現をしてくれるんだけれど、その表現全てがとにかく綺麗で、新鮮な喜びがある。リンデさんより先にビルギットさんに会ってたとしても、絶対僕は食べさせまくってただろうなーって思うぐらい。

 土台である生地を、焼き色まで褒めてくれるあたり、本当に繊細な感性の持ち主だと思う。作り手にとって嬉しい褒め方で、僕の中でビルギットさんの評価、すごく高くなっている。


 ……多分これは、僕がちょろいせいかも。だって、ビルギットさんに褒められるの、かなり嬉しいから。審査員として全幅の信頼をしているというか。

 本当に、この見た目でこの中身は、ずるいと思う。




 リリーはエファさんと。ビルギットさんとカールさんは、緊張しているユーリアさんを誘っていた。

 姉貴もレオンさんと一緒に……あっ、食べさせ合ってる。二人ともすっかり二人の世界で、自分でやっておいて二人とも照れてる。

 姉貴の照れ顔、この数日で今までの18年分以上見た気がするよ。


「ライさん!」


 そんな姉貴たちを見てると、リンデさんがすぐ近くに来て声をかけてきて……マフィンを持っている。

 ……こ、これは……!


「えっと、えっとえっと! ……あ、あ、あ〜んです……!」

「! え!? そ、その……。……あ、あーん……」


 ……リンデさんに、食べさせてもらった。……おいしい。自分の作ったレーズンマフィンだけど、おいしい。おいしいけど……本当においしいのかわかんないぐらい、恥ずかしい。


「つ、つぎ、私!」

「えっ! あ、そっか……じゃあ……あーん……」

「あーん……っ、んふっ……! えへへ……しあわせです……。この紫の、ぷりっとしたの、なんですか!?」

「今日買ったレーズンさんです」

「あ、あれですか!? しなっとしてるかと思ったら、今はぷりっとしてます! 甘くておいしい! 酸味とか、タルトのベリーさんと違って全くなくて、びっくりしました! 好き!」


 これも満足してくれたようで、僕も笑顔になる。


 ふと、エファさんに次のタルトを取り分けているリリーと目が合った。

 ちらっと森の方に目線をやって、僕の方を見て


————ごめんね? ありがとね。


 そんな声が聞こえるような顔をした。




 片付けも終わり、やがて夜になり、ベッドに入る。


 今日も……いろんなことがあった。

 随分助けられてきた。

 それはきっと、僕や姉貴が思った以上に、いろんなところで助けられてきていたんだと思う。


 リリーは、もっと我が侭言ってもいいって言ってたけど。

 僕も、姉貴も、とてももらったものを返し切れてないと思う。


 そして……今更だけど。

 余裕の出来た今だからこそ。

 ちゃんとみんなに、お礼を言いたいと思う。




 今まで、ありがとうございました。

 ミアとライムントは、もう大丈夫です。


 今度は、僕も一緒に、姉貴と村のために頑張ります。

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