彼女の方が正しいと思いました
オーガキング……さすがに食べたことない高級食材ということで少し緊張している。ドラゴンステーキがおいしいとあの娘は言った。つまり食べている。食べている上でおいしいと評価するオーガキングの肉。
肉は色がよく、確かに股は筋肉が締まっており、胸や腹は脂がのっていてうまそうだ。とりあえず軽く塩水につけて血を抜くが、そこまで抜かなくても問題ないかもしれない。
よし、水を入れていこう。姉貴との旅の料理のために使えるようになったが、今ではスローライフをサポートするぐらいしか役に立たない遠距離万能型の魔法で作った澄んだ水を、鋳造された珍しい鍋———姉貴が旅先で買ってきたものだ———にたっぷり入れ、骨をそのままと、砕いたものを沈める。時間をかけられない分やや過剰な火の魔法で着火し煮出していく、どんな出汁が出るかな。
さて肉だ。ジビエ的なものかと下ごしらえに気合を入れようかと思ったが、どうやらそこまで臭みはなさそうだ。肉は上質だし、脂そのものに良い味がありそうだ。豚かと思ったが、良い牛肉ぐらいかもしれない。
そもそも魔族は海水につけて焼いているだけと言っていた。つまり海水で血抜きをして、火魔法で焼くだけ。それで下位種のオーガでもハーブなしで十二分においしいのではなかろうか。期待が高まる。
オリーブオイルを多めにフライパンに引き、弱火の魔法で肉に……ローズマリーを乗せて軽く焼こう。香ばしい臭いと共に色が変わってくる。もうこれだけでおいしそうだ。
鍋から骨を取り出す……大幅に水分が蒸発した鍋には、澄んだスープに少し脂が浮いている。悪くないかな。
確か今あるキャベツは若く、タマネギも新しかったはずだ。どちらも多めに入れてしまおう。……彩りが欲しい、人参を。芋類は……今回はなしかな。ビーツも味が主張せずいいけど、色が主張するのでまた今度。赤ならトマトもあるけど、それもそのうち。
ミルに入れるのは……結局黒コショウのみと、ピンクの岩塩とともに多めに入れる。ワインの、甘いヤツがあったはずだ。妙に甘くてこんな時しか出番ないやつ。少し目に。
ローレル、オレガノ……シナモンやスターアニス、ジンジャーなど個性的なものは今回はパスしておこう。でもいずれ。後はパセリをみじん切りにして……。バジルは、ジェノベーゼもまた今度。—————ああ、なんだか試してみたい味付けが次々出てくる。あの巨体だ、残った肉がまだまだ大量にある。今から楽しみだ。
最後に少なめのスープの中にオリーブオイルを追加でかけて重い蓋を落とし、限界まで弱火にしておく。この重い蓋が、野菜からまた水分を出してくれる。それで仕上がれば、鍋の中にあるスープの水かさは上がっているはず。
さて、あとは素材を信頼して待つだけだ。
-
「はい、それでは後は待つだけです。ゆっくりしていましょう」
「わあわあ楽しみですっ!」
魔族の娘はニッコリ笑って、椅子に座って体を揺らしていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……………………」
「……………………」
な、何か喋ったほうがいいかな……ああ、正面の魔族も、同じ事を考えているのか、目が時々合ったり合わなかったりする。何か、会話の糸口があれば……。
「……ああ、それにしても、魔族の方って普通にオーガみたいな魔族を討伐するのですね」
「えっ? あ、いえ。オーガは魔物ですよ。狩るのは当たり前ですが……人間だって狩猟するじゃないですか」
「いや、近しい種なのかなと思っていましたし」
「オーガが、私と近しい種?」
ぴくり、とそこに反応した。
「……あの、村に来てからといいさっきから反応を見てると、人間の方って魔族のこと何だと思ってるんです?」
ちょっとスネたように不満げに聞いてきた。
「えっ、その……魔族を何だと言われても……人間だって狩猟?」
「そうです。魔族は魔物を狩猟し、人間は動物を狩猟する。人間は魔物を狩猟するし、私たちも動物を食べます」
「はあ、なるほど……魔族と魔物は違うと……」
「魔族と魔物なんて、人物と動物ぐらい違いますよ……今まで見分けつかなかったんですか……?」
言われてみれば……こんな普通に喋れるのに魔物と同じというのはちょっと雑な考えだ。魔王討伐を掲げる教会では分けて教えられていない。
「教会からはそう教えられてきたもので……そういえば、魔王というのは魔族でいいんですよね」
「ええもちろん、魔王陛下は魔族です。人間の王国の王様みたいなものです、魔人族の代表として選ばれますね」
「最も強い魔族が魔王になるんじゃないんですか?」
「王が、一番強い? 人間の王は、人間で一番強いんですか?」
そんなわけない。
「いえ、一番強いのは勇者です」
「魔人族も一番強いのは多分陛下の近衛のフェンリルライダーのハンスさんです」
魔王の軍勢で一番強いのは、フェンリルライダーらしい。
「では、勇者がそのハンスさんという方に戦いを挑んで勝ったら?」
「ハンスさんが負けたら陛下は降伏しますよ」
「魔王は戦わない?」
「えっと、当たり前でしょう……?」
あたりまえ……?
そんな疑問を思った姿が顔に出たのか、魔族の娘から僕に質問をしてきた。
「じゃあハンスさんと戦って勇者が死んだら、人間の王が直接戦いに来るのですか?」
「いえ……ビスマルク国王は戦ったことはないはずです」
……するわけがない。ビスマルク王国の国王陛下が戦うなんてあり得ないし、あの膨れた腹で強いわけないし、送り出す側の人間に戦う覚悟自体あるとは思えない。大体それで死んでしまったら今の王国内は大変なことになる。
そう考えていると、更に質問をかけてきた。
「魔王が一番強いものがなるとかいう話は、勇者が強いからで、人間は魔王が一番強いと思い込んでいるからですよね?」
「そうです」
「陛下は決して弱くはないですが、たぶん私よりも弱いですよ。だって実務がメインですから」
「弱い?」
しれっと喋った。目の前の娘、魔王より強いらしいよ。
「ていうか実務?」
「ほら言ったじゃないですか、魔物を多めに討伐して海を渡らせないとか、海のクラーケンが輸送船の海路付近で現れた時は多めに討伐するとか」
「輸送船も助けてるんですか?」
「そういうことになりますかね。これも陛下の指示なので詳しい話はわかりませんが」
完全に、人間を助ける側の考え方だ。もしかしたら王国の貴族より役に立ってるんじゃないのか? 特にほら、あの西海岸辺境伯の令嬢の……ああ今はその話はいいか。
「じゃあ魔王がいなくなった場合は……」
「今の魔人女王陛下が退陣するかお亡くなりになったら、魔人族王家長男の、陛下の弟君が政治を受け継ぐだけだと思います」
「女王なんだ……魔王を殺せば魔王の消滅と共に魔族が消えるとか、そういうのはないんですか?」
———その瞬間、場の雰囲気が変わった。
目の前の魔族の眉間に皺が深く寄り、僕を睨みつけるような顔になる。こうやって見るとやはり迫力がある顔をしているし、実際強いのは目の前で見ている。
不穏な空気だ。……そうか、今、女王に対して不敬を働いたからか……。目の前の丁寧に受け答えしてくれる娘に対し、調子に乗って口を滑らせてしまったと後悔した。
「……本当にあなたたち人間はどうしてそんな突飛な考えになったんですか?」
「教会の教えで……えっと……じゃあならないんですか?」
「……大体陛下を暗殺するとか失礼な……。……ビスマルク王国って、現ビスマルク国王陛下さえ殺せれば、王国民のニンゲンは光の粒になって消滅するんですか?」
苛立たしげな声で言った。
「……しない、です……」
会話していて分かった。
間違いない。これは、自分の言っている内容の方がおかしい。どう考えても、彼女の方がマトモだ。
勇者の選定だの、女神の啓示だの、教会の教えだの。
いろいろ曖昧な部分に比べて、この魔族の言っている内容は何もかも理にかなっているし、そして説明されてみれば当たり前の話ばかりだった。
……改めて、今まで自分が言った質問の内容の非常識さ、そして人間の利になる指示を行う女王陛下、更にその女王を信頼している魔族の王国民である目の前の魔族の女性に対しての、あまりにも礼節を欠いた無礼さを恥じる。
少し椅子を引き、両手を机の上に置き、額をつけて謝罪の意を示す。
「……申し訳ありません、私の硬い頭の思い込みによる無知と非常識で、あなたの気分を大きく害してしまったようです、あなたとあなたの陛下に心より深くお詫びします」
「—————………!? あ、あああっそんな! そんな、いえ、私そんな、謝ってもらうつもりで言ったのではないのですっ! 不機嫌な顔をあなたに見せて、あんな嫌味っぽいこと、あ、あああ……ごめんなさ、怖がら、ないでください私そんな……つもりじゃ……! グスッ……」
僕が一方的に失礼な質問をしたというのに、彼女は自分が不機嫌な表情を見せていたというたったそれだけのことを泣きそうなぐらい後悔して謝っていた。というかもう泣いていた。涙もろすぎる。
……もうここまで喋れば分かったけど、間違いない。
———この子、いい子だ。
もうすっかり好意的な気持ちが強くなっていた。
頭を上げて、パンッ! と手を叩いた。
「この話は水に流すとして、食べません? きっとお腹がすいてるせいですよ」
「あっ、ああっそうですね! はい! おなかすきましたっ!」
彼女はそう言って目の端を拭うと、エヘヘと照れ笑いしながら椅子に座り直した。