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心の片隅にずっとあったことでした

 王都での騒動から翌日の今日、その騒動が収まったかと思った矢先の、突然の出来事だった。

 僕たちはマックスさんとおばさまとの別れを済ませて、王都から村へと戻ることにした。


「なんだか……マーレさんには折角来ていただいたのに、王国での問題事に巻き込んでしまったみたいで申し訳ないです」

「い、いえいえ! 元はと言えば装飾品を見に行きたいと言い出した私のせいでもありますし、教会に行くことになったのも元はと言えば私がマックス様のお母様を治させたからで、そもそも村に来たことさえ私の我が侭で……」

「……くすっ」

「えっ、ライさん……?」

「自分を責めないでほしいと言っておいて、マーレさんも大概自分に責任押しつけちゃうタイプですよね」

「あっ……。……ふふ……そうですね……」


 マーレさん自身は当然何も悪いことなんてしていない……それでもマーレさんは王国で起こったことを、自分の責任のように悩んでいた。

 やっぱりこの人は、いい女王様だ。

 ……確かに、誰かが自己嫌悪に陥ってる姿を見るのは、見ていると何とかしてあげたいと思うし、同時に自分と比べてしまうな……。

 姉貴がもしも自分のことを弱い弱いだなんて卑下してしまったら、そりゃあリンデさんに比べると弱かったけれど、僕なんて立場がないだろう。


「決して満点と言えるような成績ではなかったかもしれませんが、僕達は僕達の出来ることをやったと思います。それよりも、すっかり緊張してしまっていたためか、僕はようやく今になって昼食を食べていないことに気がつきまして」


 そう、お昼を食べることを忘れていた。緊張の糸が張り詰めていたものが切れて、余裕が出来てようやくそのことに気付いた。


「……! お、お腹! 確かに空いています……! い、一度意識すると空腹感がっ……!」


 あちゃ、マーレさんに空腹を意識させてしまった。後ろを見ると、みんなお腹を押さえていた。……ちょっとお腹の鳴った音が聞こえてきた。


「あ……このようなはしたない……言葉にせずとも体がおねだりをしているようで、その……浅ましくて恥じ入る次第です、うう……」


 どうやら今のはビルギットさんだったようで、顔を染めて横を向いてしまった。ビルギットさん、反応は本当に可憐な女の子という感じだから、体とのギャップも相俟ってちょっと不思議な感じだし微笑ましい。


「いえ、空腹は一番のスパイスと言います。だからきっとその分おいしく食べてもらえるでしょうから、楽しみですよ。たくさん作るのも好きですから」

「言いましたね?」


 ————!?

 その瞬間、僕の真後ろから声が聞こえたと思ったら、腰に腕を回されて、背中に……こ、この柔らかい圧迫感、間違えようがない……!


「リンデさん!?」

「来ちゃいました」


 なんとリンデさん、まだ村まで多少距離があるのに、こちらにやってきていた。


「みんないるから大丈夫だと信じれましたけど、それでも……無事で、良かったです……」

「リンデさん……はい、僕は大丈夫でした。村に行ってもらってごめんなさい」

「……怒ってるんですからねー! 後でたくさん甘いものを要求しますからねー!」


 ……んん? 甘いものを要求?


「私とミアさんとリリーさんでメニューを出し合ったんです! 材料費はミアさんが全額出してくれるって言ってくれて。私、ちゃんとライさんの言うこと聞いたんですから……私のおねだりも、えっと、その、聞いてくれます……よね?」


 リンデさん、言い始めは意地でも言うこと聞いて貰うぞって雰囲気だったのに、段々と声が遠慮気味に小さくなっていった。

 これは、多分リンデさんから初めての、僕への明確なおねだりだ。それは僕にとっては苦労を背負う形でも……リンデさんの初めての要求なわけで……。


「いいですよ、沢山作りましょう!」

「……え!? ま、まだメニューを何も言ってないんですよ? いいんですか!?」

「だってリンデさん、食べてくれたら喜んでくれるでしょう? そんなのもう僕が作りたいに決まってますし……そんな我が侭をリンデさんから言ってくれただけで、距離が近くなった感じがして嬉しいですし」

「……えへ、えへへ、エヘヘヘヘッ……幸せですっ……」


 リンデさん、後ろから僕の顔の横に来て、頬と頬を寄せてスリスリするようにしてきた。ああもう、可愛いなあ……僕の方が幸せだよ。……と思っていたら、前から「はわわわわ」という声が聞こえてきて急に顔の温度が上がる…………またもやリンデさんと二人だけの世界に入ってしまっていた……。

 そんな僕達に、正面からマーレさんの声が飛んできた。


「———いやいやまたダダ甘雰囲気に呑まれていたけど待って待ってリンデちゃん、村はどうしたの!? ちゃんとお役目果たしてきたんでしょうね!?」

「あっ! も、申し訳ありません陛下! えっと、魔物はもういませんが、それに関してはお話ししておくことがあるのです」


 リンデさんは僕の横に来て————あ、手を繋がれた————マーレさんの方を見て真剣な顔をした。


「魔物の死体が消えたのです」


 -


 それから半刻ほどで村に帰ると、確かに村はまるで魔物の襲撃なんてなかったんじゃないかってぐらい、いつも通りの光景だった。


「ライ、マーレ、おかえり! あーリンデちゃんいないと思ったらやっぱりライのとこ行ってたのねー」

「えへへ……我慢できずつい」


 帰って早々、姉貴が出迎えてくれた。


「……あ、あのさ、ライ」

「ん? 何」

「あ……あー、えーと……いや、何て言ったらいいかな……」


 ……何だ? 珍しく姉貴は煮え切らない態度だ。


「どうした、何かおかしいことでもあったのか?」

「えと、ね……。……あ、後で話すわ!」


 そう言って、姉貴はささっとどっかへ行ってしまった。……何だったんだ? リリーがそんな姉貴を腕を組んで見ながら「ヘタレ」とボソっと呟いていた。

 そんな様子を尻目に、今度はカールさんが目の前に現れた。改めて見ると、マックスさん以上の戦士の巨体だ。この人が村を守ってくれたんだから、本当に心強い。


「陛下! どうやらそちらも大変だったようで」

「カール。この度の働き、よくやってくれました。……せっかくの娯楽日にこっちに残してしまったのに、いろいろ全部押しつける形にしちゃってごめんなさいね」

「いやいやお気になさらず、村人みんな魔物に負けないぐらい強かったんで出番なくていいぐらいでした! ……それとは別なんですけど」

「ええ、聞いているわ。レオンを呼んでもらえる?」

「わかりました、すぐ呼んできます」


 カールさんが再び目の前から消えると、マーレさんが余裕を見て村を見回したので、僕もつられて村の周りを見た。

 ……確かに、魔物の死体なんて一つもない。争った形跡は地面にあるものの、流血跡から棍棒の破片さえ何もなかった。


「陛下、お戻りになったのですね」

「レオン、お役目ご苦労。あなたを呼んだのは他でもないわ、この村で起こったことの説明を一番適任そうだから任せたいの」

「わかりました。それでは僕とミアさんとリンデさんが一緒に村に入ってきたときから、終わった後のことを説明します」


 やってきたレオンさんが、それから村で起こったことを話し始めた。


「————という流れです。魔物が消えてから、みなさんが戻ってきたのは半刻ぐらいでしょうか」

「なるほど、わかりました……変わった能力の敵なのね」

「ええ、まだ全く予想が付きません」


 レオンさんの話は全く新しい話だった。これはあまりに予想外というか、考えてもわからないだろう……。


「マーレさん、これに関してはまだ脅威ではないので一旦保留としておきましょう。さすがに情報がなさすぎてわかりません」

「そうですね、ライさん。話を聞く限りは村人で対処できるようですし、後々対策を考えておきましょう。もちろん我々も全力で村人を守ります」

「助かります、村をよろしくお願いします」


 ……本当に魔人王国のみんなが来てくれてよかったと思う。この人数がこの村に滞在しているんだ、並大抵の魔族どころか、デーモンが何人もやってきても簡単に負けはしないだろう。


 そうマーレさんたちを見ながら思っていると———ぶわり! と風圧と、土埃が巻き起こる。

 こ、今度は一体、何だ!?


「————ばんごはん……! ……まに、あった……?」


 ……村の護衛に、更に最強の護衛追加。この子が来たからにはもうデーモンの幹部がやってきても絶対負けない自信がある。


「は、速いですね……! お帰りなさいクラーラさん、ちょうど今から作り始めるところなんですよ」

「……よかった……! ……ライ様、わたし、楽しみです……!」


 クラーラさんが、その変化の乏しい顔でもはっきり分かるぐらい、ぱあっと笑顔にして答えた。この笑顔を見ちゃったら頑張らないとな。

 クラーラさんはマーレさんのところに行き報告しようとするも、マーレさんは腕を組んで、ちょっと呆れ気味だった。


「……陛下、報告が……。……あの……?」

「んんーーー。……間に合ってるけど間に合ってないのよね……まあ、行かせたの私だし、言及はしないわ」

「……?」

「気にしないで。そうね……カールとレオンも一緒に。レオンは解説の補佐として、カールには城下町で起こったことを話すわ」

「わかりました」

「了解っす!」


 マーレさん達が、僕の家の近くに出来たテントに向かう。

 ふと、マーレさんが振り返った。


「解説にはライさんも呼びたいですけど、なんといっても私もお腹すいちゃって。今日も皆さんの分、お願いできるでしょうか?」

「ええ、もちろんですとも」

「よかった。何か不足の材料がありましたら、出せるものは全て提供します」

「でしたら、オーガキングがあるとおいしいものが作れます」

「オーガキングは昨日……確かビルギットのアイテムボックスにあったはずです」


 マーレさんはその情報を話すと、テントに入って行った。


「ビルギットさん、それではエルマのところまで一緒にお願いできますか?」

「はい、分かりました」


 -


「リンデちゃんも女の子にしちゃ大きい方だったけど……あんたはなんつーか、ほんとに文字通りでっかいな……」


 ビルギットさん、ギルドの解剖スペースにそもそも入ることが出来なかった。


「その、私このドアにも入れないですね……すみません……」

「謝るこたあないよ! こういう職ならでかいのは頼りがいあっていいことだ。裏庭で捌こうじゃないか、ついてきな」

「はい、わかりました」


 ビルギットさんから出た肉も手早く捌いてくれて、出来上がったオーガキングの肉を回収する。

 ちなみにビルギットさんも、姐御の捌くスピードにすごいすごい言ってるものだから、姐御は「もしかしてこれ、魔族全員に言われるのか?」と、やっぱり照れた顔をしながら言ってきた。

 うん。多分そうなるだろうと思うので、しばらく褒められまくってくれ。


 母さんのハンバーグの肉だったオーガの肉。それより上質なオーガロード、そしてその上の、そこいらの人間ではとても討伐できないオーガキング。

 ドラゴンの肉はその討伐難度と味の良さから究極の食材と名高いけど、僕が今こうやって使っているオーガキングの肉も、結構近いレベルで人類にはなかなか手に入らない高級食材だよなあって思う。

 ビルギットさんやリンデさんには、まるでゴブリンのようなもののようだけど。


 さて、もらった肉のブロックは置いておいて、まずは野菜を切っていこう。……こうやって野菜を手に取っていると、なんだか日常に帰ってきたなあって感じがする。

 やっぱり僕、こういう料理って楽しんでるんだなって実感する。

 今日は好奇心旺盛というか知識欲も豊富なマーレさんもレオンさんもいないので、調理を覗き込まれたりということはない。その代わり、意外な人がいた。


「ええっと、こちらはどうすればいいでしょうか」

「そこからは、色が変わるまで軽く混ぜながら見ていただけるでしょうか」

「わかりました。……はわわ、色がほんとに茶色く……大丈夫なんですか?」

「おいしくなっている証拠です」


 台所にはエファさんが手伝いに入ってくれた。

 驚いたことに、料理を見ていても特に突然気が遠くなるという症状もなく、食材や食器を運ぶのも問題無さそうだ。

 ただし……野菜にナイフを使った途端、自分の指を怪我してしまった。食塩は、使おうとした途端にふらつくようになった。一部の作業は怪しいみたいだ。

 そのため、それ以外の雑用をさせているけど……概ね悪くない。特に、思いっきりメイド服で手伝っているものだから、本当に料理のためにメイドを雇ったみたいで新鮮だ。

 青い肌に強いコントラストの、桃色の髪がふわふわ揺れる。


「食器の洗い方なんかも案外できるかもなあ……」


 使い終わった後のフライパンなど、後片付けはそれなりの労力だ。なんといっても食べ終わった後にしか作業できないため、予め終わらせておくということができない。料理を作るだけなら楽しいけれど、片付けまで含めると億劫、という人は多い。

 僕はそこまででもないけど、でもこの作業をエファさんができると、非常に助かる。それに、もしかすると……


「…………う〜〜〜〜っ……」


 ……恨めしい声に、一旦考えるのをやめてしまった。


「……リンデさん、さっきから気になります」

「だ、だ、だってだってぇ! エファちゃんとライさん、おんなじ台所に! うう〜〜〜っうらやましい! 私も横に立ちたい!」

「以前、天井に穴を開けたことがありましたよね?」

「うう……はい……でもでもぉ〜……い、今までで一番うらやましいぃ……」


 ……リンデさん、これ以上なくエファさんに羨ましい目線を送っていた。しかし、僕とリンデさんが生活しているうちの一幕、『手伝いに来たリンデさんが、かぼちゃを切ろうとして滑って、有り得ないスピードで吹っ飛んで天井破壊事件』は、『土下座した頭で床破壊事件』並のインパクトで僕の中に印象付いている。

 ちょっと手伝いをさせるのは怖い。見ているだけの作業でも、何かやらかしそうだ。


「手伝わせたいのはやまやまなんですけど、今のリンデさんに手伝わせて遅れたら、後でマーレさんに大目玉喰らいそうだしなあ」

「うっ……! へ、陛下を出されると弱いです…………う〜〜〜〜〜、…………やっぱり、あきらめ、ます…………」


 リンデさんが、心底へこんだ顔をして机に突っ伏した。

 ……しかし、一緒のキッチンで料理、か。確かに一緒に作業してるって感じがしてうらやましがるのも分かるし、僕もリンデさんに任せられるのなら任せてみたい。


「えっと、リンデさん、ごめんね?」

「……いいよエファちゃん、私が出来ないのが全面的に悪いんだし……」


 でも、現状では無理そうだ。

 エファさんが、料理が出来ることは、やはり服を扱えることにも関わってきているんだろう。このメイド服を選んだ魔人族の女の子は、何故か分からないけど、そういう器用に補佐が出来るような役目みたいなものがあるように感じる。




 役目。

 役目か。


 姉貴が勇者に選ばれて、一人で孤独に戦わざるを得ないようになって。

 エファさんは、手伝いはいろんなことができて。

 リンデさんは、僕を手伝いたいと言ってくれるのに、それができなくて。


 なんだろう……僕は、もしかして腹が立っているんだろうか。

 この、リンデさんを初めとして、魔人族の能力を制限している何かに。


 隣に。

 隣に、立って欲しい。

 隣に——————




「……ライさん?」

「————え? ……っと、何でしょうか?」

「あの……先ほどから呼びかけてるのに返事がなくて……鍋は終わったみたいです」

「あっ、それはすみません、すぐに確認しますね」

 いけない、考え事で心ここにあらず、だったな……。僕はエファさんが担当していた鍋の様子を見てみた。……うん、いい具合だ。本当にエファさんは、指示通りだと失敗しなさそうだ。


「ぼうっとしていてすみません、食べる人も多いので、この鍋をもう一つ作っていただけますか?」

「わかりました、お任せ下さい!」


 そこから僕とエファさんは、魔人王国のみんなの料理を作った。途中からいい香りがしてきてリンデさんが「おなかすきましたー! おなかー!」とおっきい子供モードになって大変だった。そんなリンデさんを見た目はちっちゃい子供同然のエファさんが「めっ、ですよ!」と言ってたしなめていた。仲のいい二人の関係が見えてくるみたいで微笑ましかった。

 ……ふと思ったんだけど、これ、僕はいつまで作るんだろう。もしかして……毎日この人数分作る、なんてことはないよな……?


 -


「できあがりましたよ」


 僕はエファさんと一緒に、料理を持って魔人王国のテントの中に入っていった。中には姉貴もいた。


「エファちゃんメイド服で給仕するの似合ってるわね!」

「ほんとですか? えへへ、ありがとうございます!」


 僕はみんなが既に揃っているのを確認して、今日の料理を配った。


「オーガ肉のカレーに、お腹もすいたので豆を多く入れています。オーガロードで作った鍋のうちの一つで、リンデさんに大好評だったものです。今日はキングなので、味もかなりいい感じになってますよ」

「な、なんと食欲をそそる香り……! そ、それでは早速いただいても?」

「僕もお腹が空きました。食べましょう」


 きっとマーレさんは自分からは食べづらい性格だろうから、遠慮無く僕から、まず一口。それを見てマーレさんも食べ、マーレさんを見たら他のみんなも食べ始めた。

 ……うん、味付けは悪くない、基本的に失敗しない食べ物だ。ひよこ豆も、普段ちょっと入れすぎてお腹がいっぱいになったりすると非常に食べづらく感じるんだけれど、今日は本当に疲れてお腹がすいている。豆を食べ残して余るような気が全くしない。

 それらを支える、カレーの味が本当にいい。そしてなんといっても、オーガキングの肉が圧倒的においしい。

 肉の味で豆の体積が体の中に入っていく感じだ。

 このカレーには野菜が入っているような気が一見しないけど、カレーのベースにはにんにく、玉葱、人参などを細かく切り、弱火でじっくり加熱したもので作られてあるのだ。

 この作業は、エファさんがやってくれた。単純な作業だけど、地味で長い時間ずっと炒め続けてくれたため、本当にいい味がでていると思う。


「エファさんは、本当に器用でしたね」

「むぐっ、すみませ(んみまめ)、んっ……! ……すみません、おいしくておいしくてすっかり食べるのに夢中でお恥ずかしい!」

「ああ、いえいえ、食べている途中に話しかけた僕が悪いですし、なによりおいしく食べていただけているのならそれ以上のことはないですから」

「……ああもう! リンデちゃんがすっかりダメになっちゃうのわかりますね、こんなにいい環境ならそりゃ毎日幸せでしょう!」


 マーレさんがリンデさんを小突くと、リンデさんは「えへへへ……おっしゃるとおりで……」と、照れながら認めてくれた。


「ところで、エファさんでしたか?」

「はい。料理の手伝いをしていただきました」

「え? 待って下さいまってまってエファは料理ができるのですか!?」

「料理が、というわけではないですが……ある程度は調理方法の指示を出したら、間違えることなく僕の手伝いができました。リンデさんの服のことも聞きましたけど、本当に魔人族の中では特別に器用ですね」


 エファさんの特異さは貴重だった。もし何か器用なことができる手が必要な場合は、その全てをエファさんが引き継いでくれそうだ。


「そうなのですか。使用人の服を自分から着た時点で何かそういうものがあるのかなと思いましたが……」

「僕もちょうど、そこを思いました」




「確かに似合ってるね、かわいいじゃなーい!」


 ……気付かなかった。なんとテントの中にはリリーもいた。


「なにやってんのリリー」

「一応連絡係として、事の顛末聞きたいなーって思ってね」

「いやいや危ない話だよ、デーモンが関わってくるから魔人族や勇者の能力がないと対処ができない話だ」

「でもライもいるわよね」

「……まあ、そうだけどさ」


 確かに、僕はここの魔人族の人達と、勇者である姉貴に比べたら、本当にただの村人だ。どちからというとリリーの立場の方が圧倒的に近い。


「……ねえ、ライ。もう我慢しなくていいんじゃない?」

「ん? 僕が、我慢?」

「ミアの役に立つために頑張ってきたんだって」


 ……え?


「そこまで意識したつもりはないけど……」

「嘘よねー。そこまでなんて言うだけあって、どこかで無意識でミアの役に立ちたいなんて思ってるから、そんななんでもできるようになっちゃってるのよ」

「……そう、なのかな……?」

「そうよ。だからミアができることなんてやろうとしないじゃない。もうライの体格って、冒険者やってたら剣も持ってるのが普通よ?」


 ……言われて、みれば。

 剣を持とうとすら思ったことはなかった。


「ライって、気がついたらめっちゃ練習して料理上手くなって、ミアが出てから5年で、すんごいスピードで頭良くなっていってるのよ。自覚ないよね?」

「え、そんなつもりは」

「ない。だって自覚ないもの。でも、結果的に今のライは、ミアの穴を埋めるように残りの部分が完璧にできちゃってるのよ。……だからライなんだろうね」


 リリーがそう言って、姉貴の方を見る。

 姉貴は……なんとも居心地悪そうにしていた。


「うーん、特に今回帰ってきてから思うんだけど……ライってさ、なんてーか……その、あたしの役に、すっごい立ってるよね」

「え? そう……かな?」

「……あたしたちってさ、父さん母さん死んじゃってから、ちょーっと距離感あるというか……ずっと軽く会話できていたけど、どうも薄い壁一枚ある感じだったじゃない」


 ……姉貴も、やっぱりそれは感じてたんだ。


「でも、母さんのハンバーグ再現してから、いろんなことが好転しているっていうか。帰ってきてから、あたしは自分の道を自分で掴んでいるようで、全部ライの影響受けてるような気がするというか」

「それは言い過ぎじゃない?」

「どうかしら」


 それから姉貴は、起こっていることを羅列していった。


「百歩譲ってリンデちゃんとの出会いがエファちゃんに、そしてレオン君との関係に繋がっているのがただの偶然だとして、そのレオン君がいないと、あたし、多分デーモンに負けてるのよね」

「えっ!?」

「情けないかな、レオン君の強化魔法がないと、勇者の力だけじゃあデーモンの幹部って倒せないぐらい強いのよ。ところがレオン君がいると余裕なのよね。……あたしの運命、もうここだけで完全に分かれてるわ。魔人王国の協力なしに勇者一人に頼りっきりでデーモン襲撃に対応してたら、あたしは死んでビスマルクの城下町は今頃悪鬼王国の支配下よ」


 ……し、知らなかった。そんな薄氷の上を歩くような厳しい条件の中で、この国が生き残っていたなんて……。


「その前の条件だって無茶苦茶よ。……怖いと思わない? ライがリンデちゃん受け入れなかった場合のこと。だってあたし、エファちゃん多分殺してるもん」

「……そうか、出会う順序が逆なら……」

「いくら魔王様のマーレの言いつけだからって、エファちゃんの死体見て、リンデちゃんはあたしを許すとは思えないわ。きっとリンデちゃんはあたしを殺したわね」


 姉貴がリンデさんの方を見た。リンデさんは……気まずそうに、視線を左右に揺らしていた。それは今までで最も雄弁に語る目だ。明確に答えられないと、明確に答えてしまっていた。

 ……そうだろう。リンデさんは優しい子だけど、同時にそれは……人間に対して優しいとも、親友に対して優しいともなる。

 後者に振れた場合、姉貴に手を出す可能性があった……ということか。


 そうか、僕は知らない間に、姉貴を救っていたのか。




 姉貴の役に立ちたかった。

 言葉に直すと、それは、おいしいと言って欲しかった……というのと同じで、とても僕のこころにすとんと落ちた。


「そうか……僕は、料理だけじゃなく姉貴の役に立ちたかったんだな……」

「そして間違いなく、役に立ったわ。……今更だけど、ライが弟で良かったって、一番あたしの役に立ってるって、あたしは思ってるから」

「……それは、よかった。僕は役に立てる人間になれているんだな……」


 何か、過去に置き忘れた自分をようやく見つけられた気がした。


「しかしまあ……極めつけは、やっぱあの羊皮紙ってやつよね」

「……姉貴、それリリーに聞かせてもいいのか?」

「もうここまで魔王様と仲いいと勇者関係者ってことでいいっしょ。リリーだってあたしのダチなんだから、危険な目に遭うことぐらい覚悟の上だと思うわよ」


 リリーを見ると、僕に顔を向けて頷いていた。……本気、なんだな。


「でもさ、あたしが読めないものをライが読めるっての、でも本当に変よね」

「そりゃそうだよ……姉貴が勇者なら、普通姉貴が見れるとかならわかるけど」


 今日の、教会の原典であるものの秘密を暴いた瞬間までは、本当に誰も見えてなかった。僕は自分のことを、まだ全然分かってないのかもしれない。


「————もしかして」


 そこで、それまで黙っていたレオンさんが口を開いた。


「ライさんって、ミアさんの半身なんじゃないですか?」


 レオンさんが言い出したことは、予想外で唐突な話だった。

 僕が、姉貴の……半身……?


「正確には、勇者の半身、ということです。本来ミアさんに備わっている能力を、ライさんと分けてしまっている……とは考えられないでしょうか」


 …………。

 ……それ……は、確かに……。言われてみると、その通りの話だ。本来勇者に備わっている能力が弟の僕にあるのなら、二人で役目を分けているのかもしれない。

 不思議な考え方だ。でもそうだとすると、元々僕と姉貴がペアで物事を解決していくというのが本来の姿なのかもしれない。


 しかしレオンさんは本当に頭が良くて、僕としても姉貴を強くしてくれたことや、僕に協力してものすごいスピードで羊皮紙を読んでくれたことなど、役に立ってくれた。間違いなく、僕と姉貴が組むよりも姉貴のためになっている。姉を心配する身として、今では彼がパートナーでよかったと心から思う。

 じゃあリンデさんはレオンさんと逆パターンで、僕が頭を働かせているときに守ってくれる姉貴みたいな存在ということか。そして姉貴以上に、強いデーモンを相手に僕を護ってくれるパートナーということ。


 なるほど……リンデさんは、僕のもう一人の勇者なんだ。


「ミアは、ライと一緒に旅したかったって言ってたよね」

「ん? そうよ、特に今はあのチーズハンバーグが作れるようになったんだから、毎日あたしに食べさせて欲しいぐらいね!」

「毎日ハンバーグって太るよ姉貴」

「このミアちゃん様は勇者なんだよ? 脂肪が胸以外に行くわけないでしょあだだだリリーつねらないで!」

「今、全王国民の女を敵に回した!」


 城下町でも思ったけど、姉貴とリリーが絡むと高確率で漫才になってしまうのはなんでだろう?

 そう思っているのは僕だけでは無さそうで、マーレさんも二人のやり取りを見ながら、僕と目を合わせて肩を竦ませた。


「はいはい、ミアは調子に乗らないの。……えーとつまり」


 手を叩いて二人の話を切り上げ、マーレさんは僕と姉貴を見て……さらりと衝撃的なことを言った。


「ミアとライさんって、元々最初から、二人で勇者の旅をするべきだったんじゃないかなって思ったわけです」

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