ミア:知らなかった、そうだったのね
ビスマルク城下町に立ち並ぶ家の屋根は、横から見たら鋭い三角みたいな感じになっているのよね。その細い屋根の先端を、縦に走ったり横から板を蹴るようにして、あたしは街を走って行くわ。
この青い空を上半分に、赤い屋根が下半分に広がる感じ、懐かしいわね。
でも、今回はいつもとちょっと違う。それはもちろん……腕の中に収まっているあたしの美少年君! お姫様抱っこしながら見せつけるように移動してるわ!
持ち上げる瞬間お尻揉んだけど、女という生き物に産まれた以上この感触の快楽には抗えないと思うってぐらい柔らかかった。
あたしはもう、フルパワー限界を更に超えた力で跳んでいた。
「ふふ……うふふへへ……」
……はっ! いけないいけない。キリっとかっこいい勇者様のつもりが完全にデレデレ美少年好きミアちゃんになってた。
まあ、街のみんなも察してくれるでしょう! 今のあたしが幸せ絶頂にあるということをね! フゥー!
「あの、ミアさん」
「飛ばすわよ!」
「え?————わぷっ」
何か言いかけたレオン君の口元付近をミアちゃんバストに沈めると、レオン君が腕で首をぎゅっとしてくれた。下半身に大興奮エネルギーが滾り、これで再びパワーアップ! ……でもここからはホントに真剣に村を目指すわ。
これはセルフエンハンスなの。だから不可抗力。ちょっぴりお尻を触ってるのもあくまで移動速度のためだから不可抗力よ!
あたしは城下町から出て、魔物を脚でバンバン蹴り倒していきながら、村の近くの森まで来た。ゴブリンはザコだけど、こんなに大量に、しかも村に向かって出てくるような魔物じゃない。
なるほど、これ異常事態ね。入念に目についた魔物はぶっとばしてあげた方がいいわ。
しばらく進んでいると、レオン君があたしの体をばしばし叩いた。鼻息がさっきから胸に当たる度ににやついてたけど、口は埋めっぱなしだ。
しまった、苦しかったかしら。脚は止めないけど、腕に込める力は少し緩めた。
「ああっ、ごめんねレオン君、さすがにちょっと苦しかったかしら」
「あの、その……それは、大丈夫、でした……」
レオン君、困ったような顔をしながら、あたしの方をちらちら見てる。フゥーッ……この反応はね。マジで滾りすぎるヤバイ。あたしの天使ちゃん可愛すぎ。
「本当に、嫌じゃないのよねコレ。具体的にどんな感想か聞きたいわ」
「……誰もいないですし、正直に言ってもいいですか?」
えっ……もしかして、やっちゃった……?
「……嫌かと言われたら嫌ではないというより、好きとしか答えられません。……ですが……これを、それぐらい好きって僕から伝えるのって、その、さすがに、恥ずかしすぎるというか……」
……。
あたし、瞬殺。一撃。……やっべ、あたしまたマジ恋モードで赤面してる……自分から振っておいてバッカでー……。
……本当に、レオン君は……。こんだけやってもこの子はあたしのこと、好き……なのよね。改めて思うけど、ちゃんと頭のいい男性をここまでプライド無視で振り回して、嫌われてないのよ?
運命の人って、ただの王子様ってんじゃなくて、自分にとっての王子様というか……こういうことを言うんでしょうね。
これ、そのことも含めて応えないと釣り合わないわ……。
「い、言わせちゃってごめんなさい……。じゃああたしからも恥ずかしいこと言います。あたし、レオン君より相性のイイ男、死ぬまで一人も見つからない自信があります……」
「……。あ、ありがとうございます……」
村のピンチだってのに、世界一幸せな女の子モードになっちゃってるわあたし。女の子って年齢でももうないけどね。いいえ、女の子はね、何歳でも女の子なの! 多分99歳ぐらいまでなら女子って呼んでオッケーよ!
体はもう興奮が抑えきれずに、いつもの何倍かしらってパワーでオーガの頭を走りながら吹っ飛ばしてるけど。憐れな魔物達、マジ恋モードのミアちゃんの前に出たのが運の尽きね。
「ああっとそうじゃなくて!」
「ん? どったのよレオン君」
「……屋根、ビルギットは登れないんじゃないかなって思いまして。ついてきてるかなと」
あたしは言われてはっとして、すぐに城下町方面を見た。……うん、あの巨体が跳んできていたら、見失うなんて事は絶対に有り得ない。ていうかオーガキング並の大股で超スピードのビルギットさんがあたしに着いてこれていないはずがない。
ハイ、結論。絶対来てない。
「……ごめんレオン君、多分城下町で言おうとしたのよね」
「はい」
「うあーやっちまった……まあ村に行くのあたし一人でいっか」
そうつぶやいた矢先に……正面の魔物ごと、空間がふっとんだ。土煙とか、木とか、一瞬で空まで吹っ飛んだ。
「レオン君!」
急いでレオン君の足を地面に触れさせながら剣を取り出した。弱い個体だらけかと思っていたところだったので体が緊張する。
何、なんなの、何が来るの!?
「もぉ〜〜〜っ! 結局ライさんと離れる羽目になっちゃったじゃないですか! 私怒ってるんですからね!」
……そこには、まさかのリンデちゃんがいた。
「えっ、リンデちゃん!? どうして?」
「どうしてって、ミアさんがさっさと行っちゃったから屋根に乗れないビルギットさんと交代で私が来たんですよ! 代わりにビルギットさんを残しましたけど……」
リンデちゃん、思いっきり不満の塊みたいな顔をしていた。
……当然よね、ライのそばをまた離れることになっちゃったんだから。
「……その、ごめんね。リンデちゃんに来てもらうことになっちゃうなんて思ってなかったわ」
「このこと何かで埋め合わせしてもらいますからね!」
「う、わかったわよ。あたしにできることなら何でもやってあげようじゃない!」
「甘いの」
「え?」
「甘いものをみんなで食べたいので材料のお金をミアさんが全額払って下さい! 甘いものですよ! ライさんも、私を一人で向かわせるなんて……我慢、我慢してるんですから! 作ってもらいます!」
……もしかして、リンデちゃん、甘いものの材料の相場って知らない? って知ってるわけないわね。
でも、こうやってライに対して我が侭言おうとしちゃえるぐらい、仲良くなってると思うとなんだか微笑ましいわ。
「いいわよ! あたしも食べたいからね、余るぐらい買ってやろうじゃない!」
「えっ、ほんとですか! やったぁ言ってみるものです!」
いっくらでも言ってくれていいわよ! ライはあたしの尻ぬぐいご愁傷様。……って思ったけど、リンデちゃんの口にケーキ突っ込んで、お礼にむにゅむにゅされる為なら喜んで作っちゃうわね今のあいつ。
正にウィンウィンウィンの関係よね。特にあたしがやらかした割に安上がりなところとか最高!
「よし、そういうことならさっさと村に向かってこんな騒動終わらせましょ!」
「はい!」
リンデちゃんと楽しい予定を立てて、再びあたし達は村まで走り始めた。
-
「レオン君も、そろそろ村が近いしいいかしら!」
「ええ、走るの自体遅いわけではないので、どうやら数が必要なようですし……ここから先は僕も戦闘に参加します!」
レオン君、綺麗なロッドをアイテムボックスの魔法から出して構えた。そういえば移動速度のために抱き上げてたけど、ヒーラーのちっちゃい女の子のエファちゃんがあれだけ強いなら、普通に考えてちっちゃくて杖しか持ってない程度だろうと、エファちゃんよりはおっきいレオン君も当然強いわよね。
あたしたち三人でバッシバッシ敵を倒しながら村に向かう。その途中でレオン君が杖でゴブリンの胸を貫きながらあたしに話を振った。
「それにしても、ライさんはすごい人ですね」
「ライ? ああ……そうよね、あのよくわかんない紙を読んじゃう上に、読めないのを解除しちゃう力」
「もちろんそれもですが、僕は別のことが気になりました」
「……ん?」
レオン君、てっきりその話題かと思ったけどどうやら注目したものは違う能力らしい。
「あの能力が先天的にあったとしても、問題の紙を探し出すのはライさんそのものの頭脳でした。……ミアさんも、教皇との会話の時、ライさんの特別な能力に気付きましたよね」
「そうね、あの会話はあたしの知らない能力だった」
リンデちゃんが感動していた、ライの話術。独特の誘導術で、相手に考える暇を与えず、本心を顔に出してしまう。教皇は見事にやられていた。
さらっとやってのけたけど、ほんと意味不明なぐらいスマートに欲しい情報を引き抜いたわよねアレ。
「僕は、それ以外のことも気になって仕方がありません」
「それ以外って……具体的に言うと?」
「そうですね。まずはなんといっても僕に紙を読ませた判断、そしておかしいものを選び出す正確さです。あの場で、あの原典はライさん一人がただ読めただけでは何の意味もないんです」
……確かに、そうね……。ライは、レオン君との協力プレイであの原典を作った人物の秘密を暴いた。その手際は、姉のあたしから見ても見事なものだった。
「正直言うとですね。ミアさん以上にライさんの存在が不思議です」
「……どういうこと?」
「ミアさんのような、人類の範疇から離れた強い人間というのももちろん特別なのですが、魔人族の他の人でミアさんの代わりは可能なのです。ですが……ライさんは、陛下以上の交渉術、解呪のような能力、それを最大限に活かす知能。料理や宝飾品作りだけじゃない……何もかもが魔人族では代用できない能力の揃い踏みです」
「そうやって聞くと、ライっていろいろできるわねー」
改めて自分の弟、ちゃんと向き合ってこなかったけど、すっごい優秀だなーって思うわね。姉として鼻が高いわ、えっへん。
「ミアさんから見て、弟のライさんってあそこまで優秀でしたか?」
「……実はちょっとしたすれ違いってやつでね。最近までずっと向き合わなかったの。だからライのことを認識するのは本当に久々なのよ。……そうね、ライって……あたしの知らない間に、あんなに優秀になっちゃってたのね」
「どうしてだと思いますか?」
「どうし……え?」
どうして? どうしてって……そりゃあ……。
「……もしかして、あたしのため?」
「それ以外に考えられないと思います。リンデさんのために優秀になるにしては短すぎますし、一日軽く他の村人や城下町の人を見て思いましたが……ただの村人にしては優秀すぎます。ライさんは……ミアさんのために能力を上げているのではないですか?」
「ま……まっさかそんなー」
「それに、ミアさんができる剣や攻撃魔法は、あんなに器用で体格のいいライさんがあまりできる様子がないのも不思議です」
「……。……あ、あれ……?」
「そして、出来ることの一つが、料理なのかなって」
「あ————」
そうだ。ライの料理は、元々あたしの我が侭……母さんのチーズ入りハンバーグの完全再現を目的に作られたものだ。
あたしの脳裏に。13歳のライの顔が思い出される。
———姉貴のいないうちは自分が村を守るよ。
それはやっぱりあたしのためだったし、ありがたかった。だけど。
あたしは、ずっとライを連れて行きたいと思っていた。……だけど……。
……ライも……あたしに着いて来たいと思っていた……?
「そっか、そうだったんだ……。ライは、ずっとあたしの役に立ちたかったからあんなに何でも出来るようになっちゃったのね……」
あたし、ほんと子供の頃から自分勝手なお姉ちゃんだった。
それなのに、ライはずっとあたしのことを考えて生きていてくれた。
そして、今日、間違いなく役に立ちまくった。それはもう魔王様も教皇様も聖女様も置いてけぼりってレベルで、ライが一人でいろんなことを進展させた。
「あたしも頑張らないとね。できないこと全部やってもらっちゃってる。じゃあお姉ちゃんなんだからライができないこと全部やってあげないと、母さんに怒られちゃうわね」
「ミアさん……」
「気付かせてくれてありがとレオン君。レオン君も、ライと同じぐらいあたしには勿体ない存在よ。……レオン君、あとリンデちゃん! そろそろ村だから注意していくわよ!」
「はい!」
「りょーかいですミアさんっ!」
あたしはリンデちゃんと目を合わせると、村の中に飛び込んでいった。
-
まず目についたのは、とにかく魔物の死体。すんごい多いわ! もう戦闘が終わった後に魔物を積み上げておきました、みたいなノリで魔物の土嚢ができてる。洪水とか遮断できそうなレベル。
でも、動いてる個体がいる。その個体を、村の飲んだくれどもが今日は張り切ってゴブリンの群れを倒している。
って村人が戦っている……! まだ、誰か犠牲になってないわよね!?
「リンデちゃん、レオン君、散開! なるべく広い範囲片付けて!」
「任せてください!」
「わかりました、ご無事で!」
「そっちもね! よし……ミアちゃん参上だぞオラァ! 魔物ども注目! あたしの首は高く持ち帰れるぞ!」
あたしは剣を天に突き上げながら魔力を込めて大声を上げて、魔物どもの注意を惹きつける。一瞬でモテモテミアちゃんの出来上がり。……そうよ魔物ども、あんたたちは世界一カワイイあたしだけ見てりゃいいの!
いい感じに注目を集めたところで、魔物の中に飛び込んでいった。あんたたち雑魚風情が、あたしの、あたしたちの村に手を出すなんて身の程知らずだってこと教えてやるわ!
村の中じゃ範囲攻撃魔法をするわけにはいかないので、目の前からバッサバッサ切り捨てていく。そんなあたしの正面に次はオーガの集団が現れたので、でかかろうとふっとばしてやろうと剣を持ち直す。
あたしは正面のオーガに狙いを定めて……横から黒い魔法の矢が飛んでそいつらを射貫いていった。今の、なかなかの威力の援護だわ……でもあんな無属性魔法、村人の誰か使えたかしら。
「ミアさんじゃないっすか! うっわ助かります、こいつら多くて」
「えっ今のカールさんですか!? 魔法使えるんですね!」
「おう! メインじゃないすけど、かなり自信はあるっすよ!」
カールさん、どう見てもツヴァイヘンダーですよねってサイズの黒い特大剣を片手でびゅんびゅん振り回しながら、近くに魔物が居ないときはそのでかい獲物を肩に軽く引っかけて、開いた片手で魔法を連射しながらゆっくり歩いていた。常時余裕って感じの、獰猛な笑顔だ。
いやいやなにこれカールさん超かっこいいんですけどーっ! こりゃ戦ってるところ見ちゃったら、城下町の女どもは今以上にカールさんに首ったけなっちゃうわね!
「っとそうでしたカールさん、村の被害は!?」
「多分ないっすよ」
「へ?」
精一杯のシリアス緊迫顔してたら欲しい答えがあっさり答えが返ってきたもんだから、あたしは間抜けな声を上げてしまった。
「ないって、なんでまた言い切れるんです?」
「村人のみんなが結構強くて驚いたというのももちろんなんすけど、魔物が本当に歯ごたえないっつーか」
「オーガも出てきてるって聞いたんですけど……」
「ぶっちゃけ俺いらねんじゃねってぐらい弱いっすね、なんだか連中やる気がないっつーか。村の人達はさすがにそこまで余裕ないみたいっすけど」
「ええ……? そうなの……?」
な、なんだか一気に気が抜けちゃったわね……。
「でも助かったっすわ、さすがに全員無事までいくかどうかは分からないし、なんつっても多いですからね、魔物で窒息しそうで」
「確かにこれ、困りますね。でもまあ……村のみんなめっちゃレベルアップしてるよーな気がするし、これはこれで面白いイベントってぐらいに考えた方が気が楽かも?」
「そっすね、それじゃ行きますか!」
「わかりました! リンデちゃんとレオン君も一緒に来てますから、すぐ終わりますね!」
あたしはカールさんとともに、村にやってきた魔物を猛スピードでぶっ倒していった。その途中でリンデちゃんやレオン君にももちろん会ったけど、やっぱり二人とも手応えない感じだと言っていた。
まあ強いより断然いいわ、それじゃーぱぱっとやっちゃいますか!
-
「こんなものかしら」
「そうですね」
目の前ですっかり自分の身の丈以上となったゴブリンの死体の山を見ながら独り言をつぶやいたら、後ろにレオン君が来ていて反応してくれた。
「レオンく〜んっ! かっこよかった! 初めて見たけど強いのね!」
「わわっ! えと、その、ありがとうございます。ミアさんも本当に素敵でした」
「むふ、むふふふっ……もっと惚れても良いのだわ……ふんす、ふんす……」
レオン君は本当に強かった。ロッドを槍のように持ちながら自分に強化魔法を使ったレオン君は、そこいらの騎士団を相手にしても負ける気が全くしないほどの近接戦闘力があった。石突きでバンバン魔物をふっとばしていく様は、シンプルにかっこいい。
そんなステキなレオン君をハグしながら褒められちゃって、あたしの口調もちょっぴり崩壊気味である。
「……うー。いいもんね、今夜もライさん抱くために一緒にベッド入るもんね……ライさんと寝るもんね……」
そんなあたしたちの様子を見ていじけているでっかい子供発見。あのね……リンデちゃん。あんたの今の発言、かなりアレよ、まずいわよ。
まあ村人全員、ほんとにただ抱き枕にして寝てるだけとしか思ってないでしょうね……だってリンデちゃんとライだもの。一線越えたなんてだーれも思ってない、その辺リンデちゃんは信用されてるって感じ。
ほんと、村にすっかり馴染んだわねー。
ちなみにリンデちゃん、竜のようと言ったらいいのか滅茶苦茶な強さだった。視界の内外でばんばん魔物の首が飛んでいくのちょっとしたホラーよ。その後しばらく見なかったけど、あれ村の外いったいどれだけの範囲走り回ったのかしらね……。
いつかリベンジ? しないしない。まだレノヴァ公国の見張り塔から紐なしバンジーした方が生還率高いっつーの。
そんなリンデちゃんに、レオン君が声をかけた。
「ほらほら、いじけてないで。すぐに戻ってくるよ」
「ぐぬー……めっちゃいちゃついてるレオン君に言われてもなー……」
「僕の百倍は長い時間いちゃついてたリンデさんが言うことじゃないと思うけどー? 随分おいしいもの食べてきたようだしー?」
「うううそれを言われると弱いなあ……」
やっぱそうよね、リンデちゃんがいじけるとかほんと今更だしどうなのって感じよね。ていうかライから甘いもの食べさせて貰っているという時点でその仲の良さは推して知るべしである。
甘いものはね、作るの大変なのよ。手間もかかるし、技術は要るし、あたしにもできる多少味のブレ幅が大きい程度の適当鍋料理とは全然違う。気まぐれでクッキーに挑戦しても、技術不足から出来上がるマッドスライムなのか分からない代物。ケーキに挑戦しても、計量不足と測定不足で今度はサンドスライムかマグマスライムが出来上がる。
東ではまだ高級品の砂糖をふんだんに使ったミアちゃん特製の生ゴミを捨てて、こんなことなら買った牛乳、紅茶に全部入れとけばよかった、ていうかライを連れてくればよかったと涙を飲む。……それがあたしの甘いもの作りの思い出よ。
……そしてなんといっても、母さんが死んでからライはあまり健康によろしくなさそうな食べ物は積極的に作らない。それは母さんの最後の……それを知っているから、あたしもリリーも作れると知っていても言い出しづらかった。
あたし自身は甘いもの大好きだったけど……あの頃は心の整理がつかなくて、ライに食べたいものを要求することも、ライの料理を褒めることも、できなかった。
そんなライが自分から甘いものを作ったというのは、間違いなくリンデちゃんに食べて欲しいと思ったから。その反応を見たいと思ったからだ。
本当に……いい感じに変えられちゃったわね、ライは。
「リンデちゃん」
「ううー……なんですか?」
「ありがとね」
「……へ? はい?」
「ライはね、本当は積極的にあまり甘いものを作らないのよ。でもリンデちゃんの影響ね、きっとライが作るようになったのは」
「えっ……そうなんですか?」
「そうよ。だから一緒にライに作って欲しいものいっぱい考えましょ。あたしもマーレが好きそうなもの、レオン君が好きそうなもの、たくさん考えるわ」
「ミアさん……はい、はい! いっぱい考えましょう!」
リンデちゃん、ようやく笑顔になってくれた。うんうん、やっぱり笑顔はかわいいわね。めっちゃ強いしすっごくでかいけど。ほんと、体だけ凶悪に色気あるだけのおっきい子供ね。
「あーっ、ミアが面白そうな話してる!」
そこへリリーが馬に乗って帰ってきた。さすがに乗り慣れてるのか、思ったよりも早かったわね。
「リリー! こっちは終わったわよ! 今ね、リンデちゃんと、ライに作って欲しい甘いもののメニューを出し合っていたの! 出し合っていたって言うかあたしが一方的に思いついたの喋るだけよ!」
「なにそれめっちゃ面白そう、私も喋りまくるわ!」
そんなわけで、女三人で姦しいモードとなったあたしたちは、ライの承認おかまいなしにどんどんお互いにメニューを出し合った。
レオン君はカールさんと話をしたいと言ったので、ちょっと手元が寂しくなりつつもカールさんのところに向かわせたわ。
「ねえリンデちゃん、あの二人って仲いいの?」
「カールさんとレオン君ですね、男同士なので仲いいですよ。ビルギットさんも仲良くって、三人は同い年なんです」
同い年……! 口調が大人びているから年齢は高いかと思っていたけど、カールさんとビルギットさんの同い年! この倒錯感はやばい。年齢高い美少年をあたしは振り回して……そんな扱いに、あんなに赤面して、美少年君はあたしにぞっこんで……。……ふふ……うへへ……。
……あたしはそれから、リリーに頭をばしばし叩かれるまで結構な時間妄想ワールドに入り込んで放心していた。気がついたらリンデちゃんはどっか行ってた。
エファちゃんのはわわ語講座は習得不可能だけど、ユーリアちゃんの妄想講座は完全に習得してしまったわ。妄想世界最高。
「それにしてもミア、本当に弱い魔物しかいなかったのよね」
「そうねリリー……結局こいつら、何が目的なのかしら」
あたしとリリーは、目の前にある……といってもそこら中にある、魔物の死体の山積みを見ながらそんな疑問を口に出していた。
「うーん……何かなー、わっかんないけど……村人に倒されるためだけに来てたとか、そんなかんじ?」
「いやいやミア、倒されに来てたって……」
「いや、今のなし。さすがにそりゃないわ。そういえばライは王都に残ったけど」
「残ったね。……ライってすごいよね、ああいうことも出来るの」
雰囲気? ライの雰囲気が何か違ったかしら?
「……もしかしてミア、思い当たってない?」
「うん。何かあった?」
「いやいや、村の危機なんだよ? あんなに冷静に戦力を分ける判断とか、魔王様に意見しちゃうところとか、なんだか驚いちゃった。こう、マーレといつの間にか対等というか」
「そういえばマーレはライの指示にしっかり従うわね。あたしとは別のところでって感じだけど、気が合うみたい」
それはマーレが言いなりっていうわけじゃなくて、それだけライへの信頼が篤いってことだ。あの魔王に頭脳系の……ん? 改めて思うと……。
「あれ? もしかして……ライって一応優秀な弟だとは思ってるけど……あたしが想像しているよりも、遥かに優秀なの?」
「……」
「……リリー?」
「……よ……」
よ?
「ようやく気付いたんだね……」
そこには、なんだか長年の疲れが取れたような顔のリリーがいた。
……はい、今更です。
今更、ほんと今更だけど……ライってすごいヤツなのね……。
しかも、レオン君の話によると、あたしのために能力を開花させた可能性があって……。
「ライのことになると鈍いんだからもう……」
「ええと、その、なんかごめんねリリー」
「私じゃなくてライに言うことね。まったく……」
「う……わかった、わかったわ」
「よろしい」
リリーに諭されちゃったわ。こういう時、ハッキリ言ってくれる友達っていいわね。……まあ、きっとライのことだから、影で努力しちゃってるタイプなのよね。だからあたしが気付かないのも仕方ない。仕方ないけどちゃんと話そう。リリーは……ずっと知ってたか、勘づいてた……という感じなのかしらね。
……友達と言えば、マーレはライのことどう思ってるのかしら? ちょっと相談してみたいわね。……十中八九ベタ褒めしてくれるだろうけど。
「それじゃ、ゴブリンとかはちゃっちゃと焼きますか」
あたしが考えることを終えてその溜まりに溜まった死体を見ていると————
————魔物の死体が、光って消えた。
「は————はあ!?」
消えた!? ど、どうして!? どうなったの!?
「ミアさん!」
「レオン君、これって」
「……恐らく……全部魔物じゃなかったというか、何か別のものですね」
あたしが慌てふためいていると、同じように異常を察知したレオン君が真っ先にあたしのところに来てくれた。
すっかり綺麗になってしまった村を見て、みんな呆然としていた。処理は面倒な部分が略されて楽できていいけど、頭がおいついていない。
……でも、頭の悪いあたしでも、間違いなく分かることはあるわ。
今日のこれは自然現象じゃない、新しい敵の仕業ね。