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これが勝ちなのか、分かりませんでした

このお話とは関係ないですけど、分かりやすいよう軽く章を分けました。

「カールさんが、村を守っている!?」

「そうなの! カールさん強いんだけど、でも数が多くて……!」


 リリーの話によると、村を襲ってきたのはオーガの集団だったらしい。それはやはりオーガキングやオーガロード、そしてゲイザーの群れだろうかと思った。

 しかし、話によるとどうも違うらしい。


「オーガよ、普通のやつ。あとゴブリンね。普通といっても魔物は弱いわけではないわ。うちの旦那とか、エルマとか、あと3バカトリオとか、村のみんな出て戦ってるわ!」

「はあっ!? それ大丈夫なの!?」

「私がが最後に見た限りだとまだ大丈夫。だけど……」

「———マーレ!」


 姉貴がその名を呼ぶと、すぐに状況を判断してマーレさんは指示を出した。


「ミアとレオン、リンデ、ビルギット、以上4名の足の速い組は先行して村へ向かって! 私たちも後で」

「待って下さいマーレさん!」

「えっ、ライさん? 4人は待機。……何でしょうか」


 僕が急に引き留めたことをマーレさんは疑問に思ったようだけど、すぐに指示を止めて話を聞いてくれるようだった。


「オーガロードで城下町を襲ったなら分かりますが、あまりにも敵が弱い。元々あれだけ上位種を使う連中とは思えません。あちらがある程度村人達で持ちこたえられるのなら、ある程度はこちらに戦力を置きたいです」

「……もしかすると、こちらに襲撃の可能性があると?」

「はい。……保証は、できませんが……」

「それこそ今更です、保証はできなくても信頼はしていますし。皆聞いたわね。じゃあ……リンデ、こちらで私とライ、エファ、ユーリアと待機。ビルギットとミアとレオンで向かう形にしましょう」


 マーレさんが姉貴たちに対して頷き合い、そして僕に向き直った。


「すみません、ミアと別行動させるようにしてしまい……」

「気にしないで下さい、姉貴とはもともと別々に行動してたことが多いですし」

「そう言っていただけると……。……ミア、それじゃカールとビルギットをお願いしてもいいかな」

「任せなさい! オーガどもは軽く料理してちゃっちゃと帰ってくるわ、あたしは料理できないけどね!」

「いやいや帰ってこないで村の守備に残ってね?」

「気分次第ね!」


 姉貴の本気とも冗談ともつかない言葉にマーレさんが呆れつつも、姉貴はすぐにレオンさんを持ち上げると「ふおおぷりっぷりぃ!」とよくわからない雄叫びを上げたと同時に、ものすごいスピードで村の方まで屋根伝いに走って行った。

 姉貴が飛んでいった後、リリーもすぐに城下町の人混みに消えて村に戻っていったようだった。

 ……いや、待って、ちょっと待って!?


「姉貴おい! ビルギットさん! ビルギットさん忘れて行ってるよ!」

「あっ、ああっ、私のような図体の者が屋根に登るわけにはいきません! 私が飛び乗ったら魔物以上に町を破壊してしまいますし、まして人混みを走るなんてできません……! ミア様、ミア様ーっ!」


 ……本当に行ってしまった。

 その場に残されて、屋根の上を見上げて固まってしまったビルギットさん。そして隣を見ると、同じように呆けた表情で僕に顔を向けたマーレさんがいた。

 ……間抜けな顔をしてるけど、僕も同じ表情をしている自信がある……。


「えーと……マーレさん……姉貴が申し訳ありません……」

「……いえその……えーっとえーっと……ら、ライさんは、ミアの弟で大変ですね……」


 マーレさんの、なんと言ったらいいのか分からないという感じがひしひしと伝わるごまかし方に、思わず笑ってしまう。


「あはは……確かに、姉貴の弟は大変です。ああもう……なんだか緊張が解けてしまったなあ……。どうしましょうか」

「仕方ありません。リンデはどうですか、追えますか?」

「えっ!? 確かに住んで長いので村までの道などは把握していますけど、えっと、あの、私は……その……」


 リンデさんは、言い淀みながら僕の方をちらちらと見て、袖を少し掴んできた。その反応は……やっぱり嬉しいし、これは、照れる。


「あ、あの……リンデさん、僕の方は大丈夫ですから。それよりも村が無事かどうかの方が心配です。なんといっても人数が必要な数が集まっていると、どうしても被害が出ますから」

「……うう……」

「それに、多分マーレさん……魔王様の横は一番安全だと思うんですよ、それこそ僕がやられるような時はマーレさんも危ないです。どちらかというとエファさんの隣が安全ですから」

「うー……。……っ、そうですね、わかりました! じゃあ陛下、差し出がましいようですが、ビルギットさんは代わりにライさんの側から離さないで下さい!」

「ええ、その約束は守るわ」

「安心です!」


 そう元気よく返事をした後、リンデさんは僕の近くに来て、髪の毛に顔を埋めてすんすん匂いを嗅いだ。やがて顔と顔が離れて、金色の目が僕と合う。

 それは、もう大丈夫という目だった。


「よし、ライさん分を摂取しました! 陛下、リンデ行ってきますっ!」


 リンデさんはそう叫んで、姉貴と同じように屋根の上に飛び乗ったと思うと一瞬で姿をかき消した。


「……頼みましたよ」


 マーレさんがリンデさんのいなくなった屋根を向いてつぶやいた。




 城下町に待機する側となったチーム。陛下は、まずはユーリアさんに声をかけた。


「中心メンバーでないあなたを随分と連れ回してしまって悪いのだけれど、もう少し私に付き合ってもらえる?」

「も、もももちろんです陛下! むしろ私のような、兄上のレオンの妹というだけのものがここまで陛下にお仕えできて光栄でございます!」

「うんうん、ありがとうね。堅くならなくても大丈夫よ、私もミアと出会ってからというもの、自分から壁作っちゃダメだなーなんて思うの」

「陛下……」

「ある程度の威厳は欲しいけど、みんながいてこその私なのよ。あなたはこの中で今一番必要であり優秀な人として堂々としていることが好ましいわ」

「はい……はい、陛下!」


 確かに、目上の人が多い集まりだとプレッシャーが強いだろう。ユーリアさんは、魔王陛下の集まりとして唯一肩書きがないことを気にして一歩引いていたようだったけれど、マーレさんはそんなユーリアさんをちゃんと評価していた。


「ユーリア。恐らくこの城下町で一番優秀な魔道士であるあなたに、この城下町の敵の検索をお願いしたく思います」

「お任せ下さい! では……『エネミーサーチ』!」


 その叫びと共に、杖を出現させつつ両腕を広げて目を閉じるユーリアさん。見ていても、それは兄のレオンさんがやっていたものと遜色のないように見えた。


「……特に、怪しい魔物の類はいないと思います。後は人間のみで、他の魔族も……そうですね、ここに集まっている陛下、ビルギット様、エファ様、以上でしょうか」

「なるほど、デーモンはいないと」

「はい陛下、門と王城内にはいません。施設内の反応は闘技場のようですし、外に数十ほど弱い個体が……あと王城地下に何か、監禁している反応があるぐらいでしょうか。あっ、宝飾品店にドワーフが来ています」

「まあ、もしかしたら新作の腕輪が?」

「リンデ様、綺麗なのつけてましたものね。羨ましかったです」


 ……遜色ないというのは撤回。この子の索敵魔法、レオンさんより遥かに上だ。僕はそんなユーリアさんを見ていて、ふと一つの疑問が湧いた。


「あの、ユーリアさん。質問してもいいですか?」

「ライさん? はい、何でしょうか」

「今の魔法はレオンさんより詳細でした、とても高い能力を持っているのですね。……どうしてユーリアさんは時空塔騎士団ではないのですか? 能力は十分というか、素人目にも非常に優秀に見えるのですが……」


 当然のことだと思って聞いたのだけれど、ユーリアさんはあまり褒められ慣れてないように、ちょっと困ったように照れていた。


「……あ、あの、嬉しく思います。ですが、時空塔騎士団には、私のお師匠様のマグダレーナ様がいらっしゃいまして、魔道士の席は騎士団に2つも不要なのです」

「なるほど。同じタイプの人がいるので、入れないということなのですね」

「はい……というか、ライ様はリンデ様とずっと一緒にいるから分からないかもしれませんが、時空塔騎士団は魔人族上位一握りのエキスパート中のエキスパートで、そうそうなれるものではないのです。持ち前の体一つで、遠距離魔法も使えないのに2番目に強いジークリンデ様は、特別すぎる存在なのですよ」


 ……確かに、そう言われると……。この圧倒的に強い魔人族の中で、上位一人握りの時空塔騎士団。その中でもリンデさんは片手剣以外に何も使わない。使えないのかもしれない。

 それで、あのカールさんや、このオーガキングより大きいビルギットさんより強いと皆に認識されているわけで。本当に、とんでもない子がうちにいるんだなあと改めて思う。


「よくわかりました。そのマグダレーナさんという方がすごい方なのですね」

「半端なく凄いです。ただでさえ一番なのに独自に魔法を作ったり図書館からいくらでも古代魔法を発見したりするので、追いつこうとさえ思いません」

「……ちなみに、マグダレーナさんを除いてユーリアさんより上の魔道士は?」

「そうですね……海を凍らせるのは私以外は知らないのでそれ相応に自信はあります、でも師匠の弟子なら私と近い強さの人、そんなに珍しくないんじゃないかなと。むしろ属性魔法しか攻撃に使えない分、魔人族同士の正面対決になると私は弱い方ですね……」


 その答えは、僕にとってはまさに衝撃でしかなかった。話を聞いて、こんなに強いなら2番手間違いなしと思っていたら、同族同士ならまさかの下側だった。そんなに魔人族は皆強いのか……。


「ありがとうございます。貴重な情報、参考になりました」

「どういたしまして。私のお話でよろしければ、いくらでもお聞き下さい」


 まだまだ硬い感じのユーリアさん。僕はその答えに……もう一つ、気が抜けたからかちょっと軽い質問をしてみた。


「じゃあもう一つ。姉貴といちゃついてしまってるお兄さんのこととか、今の状況、どう思ってるか聞きたいです」

「えっ!? えっと、お兄ぃ、じゃなかった兄上は」

「おにぃ、って言うんですね」

「あわわ忘れてくださいぃ……」

「是非そのままお兄ぃと呼んでください。僕はもうちょっとユーリアさんと打ち解けたいです。特にお互いの姉と兄があんなに仲いいと、この4人の中で会話の量が一番足りてないの、間違いなく僕たちでしょうから」

「あっ、そ、そうですね! 確かにそのとおりです!」


 説得の甲斐もあって、ユーリアさんはいろいろとお話をしてくれた。

 レオンさんは昔から頭のいい兄で、困ったときはいろいろとアドバイスをしてくれたと。自分の背が追い抜くにつれて魔法も優秀になっていったけど、そんな妹の自分を支えるためレオンさんは強化魔法に特化した。

 誰かを強くするために魔法の努力をしたレオンさんは、その強化能力の優秀さだけで時空塔騎士団の地位を手に入れたので、妹として誇りだと。


「一度、お兄ぃの背丈を追い抜いたということに気付いたとき、頭を撫でたことがあるんです」

「……頭を、撫でた?」

「はい。……ちょっとヤな感じですよね、大きくなった妹が小さいままの兄の頭を撫でるっていうの。その時は調子に乗ってたというか」

「それは、確かに……。レオンさんはどう反応したんですか?」

「その……恥ずかしそうにしていたんですが、嫌がってる感じじゃないというか、不思議な感じで……。なんだか私も様子がおかしいし変な感じがしちゃってすぐに謝ってやめたんですけど、今から考えると、お兄ぃって、そういう……かわいがられたいとか? 変わった好みというか、あったのかも」


 ああ、だから姉貴か。

 姉貴はそれはもう振り回しまくる人だし、あれだけ綺麗な顔立ちのレオンさんなら触ったり抱きかかえたりしまくりたいだろうし、というか実際今お姫様抱っこしてるし。

 そして、それは……


「レオンさんにとっても、あのお姫様抱っこされている状況が……」

「はい。多分、その……嬉しいんじゃないかなって。受け身に回るわけですから。……あの、私からも質問いいですか?」


 今度は僕に質問らしい。多分僕から言った内容の返しだろう。


「ライ様から見たミア様……お姉さんの現状はいかがですか?」

「ユーリアさんの話を聞いて、もうハッキリ言います。幸せそうで弟としてはこの上なく嬉しいです、レオンさんに感謝していますよ」

「あっ言い切っちゃいましたね、安心しました。弟のライさんから見ての今のお兄ぃがアリかどうか心配だったので」

「姉貴はどんな男が相手でも振り回しちゃうだろうから、相手ができてもすぐ別れそうで心配でした。でも振り回されることを望んでいるなら、まさに似合いの相手が見つかって良かったなって思います」

「ふふっ、確かに。お兄ぃもお兄ぃであんなに幼い見た目で誰かに好かれるようになるか心配だったから、相手が見つかってよかったです」


 僕とユーリアさんは、お互いに自分の上の姉と兄のことを話して笑い合った。弟と妹公認の、文句なしにお似合いの二人だと思う。


「……じー」

「うわっ!」


 気がついたら、すっかりユーリアさんとばかり話し込んでいた。そこをじーっと、まさかマーレさんに見られていた。

 ……このジト目、姉貴を思い出して変な汗出る……。


「すみません、なんだか無視してお話しているようで」

「それはいいのです。ですが……リンデちゃんがいないうちに、かわいいユーリアちゃんとこんなに楽しそうにしちゃうなんて、ちょーっといただけませんねー?」

「えっ、マーレさん僕はそんなつもりは……」

「……ふふ、冗談です。でもリンデちゃんは体は大きいのにちょっと嫉妬深い子供みたいな子ですから、あまり本人の前でやったらダメですよ」

「ああ、それはその、はい……最近知りました」


 まさか他の魔人族の女の人と話すときに、あんなになっちゃうとは思わなかった。……ものすごく直接的な好意の表れだった。

 それはもちろん、独り占めしたいぐらい僕が好きだったということで……僕としては嬉しくてたまらないわけで……ああ……またリンデさんのいないところで、勝手に僕一人で照れている……。

 ……本当に、自分で認めるのも今更ってぐらい、いつの間にリンデさんのことこんなに好きになっちゃったんだろうな……。


 僕たちはそんな感じで、ゆっくり会話をしながら街を歩いていた。おばさまをはじめとして魔人族の説明をしながら歩き、教会前より人の目が気になりにくい中心街まで戻ってきた。


 -


 いつの間にか日が少し傾いてきただろうか。


「……それにしても何も起こりませんね……すみません、僕の勘違いだったかもしれず大げさな反応をして」

「いいんですよ、何も起こらなかったらそれが一番いいのです。そして何度も、何度繰り返しても……いつも徒労感に終わったとしても、危険は必ず想定しておくことがいいのです」


 どうしても僕が言い出したことだったため、何も起きなかったことに少し申し訳なく思っていたので、マーレさんの答えは誰もが納得するもので非常に助かった。

 やはりこういった考えも、魔王様はとても進歩的で信頼できる人だった。


「じゃあ、私はビルギットに、教会内部で起こったことを説明します」


 教会内部で起こったこと。そして、暴かれた原典の謎。ビルギットさんは、マーレさんからその内容を聞いて驚愕していた。


「あの……失礼ですが、ライ様は解呪が専門の方なのですか?」

「違いますよ、自分が何者かなんて僕が知りたいです」


 そう……僕は、あくまで普通の村人だったはずだ。

 姉貴のように勇者でもない。マーレさんみたいに魔王でもない。

 たまたま明るい魔族の女の子に料理を振る舞った、本当に話の主軸になるタイプの人間じゃない。どちらかというと、自分で言うのも何だけど脇役っぽい人間だ。


「どうして……なんでしょうね。でも僕は見ることができた」

「その、原典の隠されている部分ですか?」

「はい。姉貴が見えなかったのは驚きましたが……」


 ……まだ、見落としている部分がありそうな気がするけど……これもそのうち分かるだろうか。

 解呪の力があるにしても、教会に行く前に僕も一瞬、気が遠くなって声をかけられるまでわからなくなったのだ。

———魔人族に関する何かを握る。……。……うん、今はもう考えても突然意識が飛んだりはしていない。


「……リンデさん、無事に着いたかな……」

「今頃はもう全部倒して終わっていると思いますよ」

「そうですね、じゃあ僕たちも戻りますか」


 僕がそう声をかけて、城門まで歩こうとしたとき———




———教会から大きな音がして火の手が上がった。


「……ライさん!」

「ええ、間違いありません。普通の火事ではない」

「喜ぶわけにはいきませんが……襲撃、当たりましたね」


 僕とマーレさんはお互いにそのことを確認して、急いで教会まで走った。

 教会は、近くで見ると派手に黒い煙が立ち上っていて、それは教会の奥の方から出ているように見えた。

 奥の方……まさか!


「教皇様とバルバラ様が! 今助けに……うわあっ!」


 急いで教会に入ろうとしたけど、突然体が高く持ち上げられてしまう。見てみると……両手で胴体が持ち上げられていた。


「こ、これって……ビルギットさん?」

「不躾な対応で申し訳ありません。ですが……ライ様を敵の居る場所に向かわせたとあっては私はリンデさんに顔向けできません。私個人としてもあなたに少しの怪我もしてほしくないですし、危険な場所に近づくことさえしてほしくないのです、納得いかないかもしれませんが」

「でも、このまま見ているわけには!」

「……それでも行かせたくはありません。……私を……嫌ってくれて、も……いい、ですから……」


 ……ビルギットさん……。当然、嫌われてもいいなんて思っていないはずだ。でも、僕を怪我させることと、僕に嫌われることを二択にして、こんなに悲痛な顔をしてでも後者を選んでしまう。

 本当に、心優しい淑女だ。


「……すみません、あなたの気持ちを考えずに……僕がビルギットさんを嫌いになることはありませんから、そんな顔をしないでください。それに……ビルギットさんが一番、無理矢理にでも入りたいですよね」

「はい、突入するならこの中で一番強い私です。ただ、私は扉をくぐることができないので……。……降ろしますね、申し訳ありませんでした」

「いえ、止めてくれてありがとうございます」


 淑女のビルギットさんは教会の壁を壊して入るようなことはしない。この人の性格を考えると、それは当然の結論だ。


「はー。能力的には私が入るべきだろうけど、みんな許さないわよね」

「ぴぃーっ!? 陛下が最前線に立つなんて、それこそ他のメンバーに絞られちゃいますよぉーっ!?」

「分かってるってエファ。……それでユーリア、どうなの?」

「……なんで、どうして……」


 ユーリアさんが震える顔で正面の扉を見る。


「どうしてさっきまで索敵魔法に何もかからなかったの……!」


 さっきまで……? それはまるで……


「今は……いるんですか?」

「はい、います! 明らかに1名……これは……やはり、デーモン! デーモンです!」

「デーモンが教会の中に!?」

「……どうして? すみません私、お役に立てなくて……」

「ユーリアさんは悪くありません。そもそも索敵魔法どころか、そんなものなくても、あんな見た目でこの中まで入ってこれるはずがない」


 今の情報だけだと、あまりにもわからないことが多い。

 デーモンが、人の目を逃れて、ユーリアさんの索敵魔法を逃れて、教会の中に入って爆発させた。……何か……まただ……。また、何かが気になる……。

 もしかして……。


「ビルギットさん」

「は、はい」

「エファさんの周りにいたら僕とマーレさんはとりあえず安全です。急なお願いで申し訳ありませんが……ユーリアさんと城の扉の前に向かって下さい」

「……何か、あるのですね?」

「はい。また勘ですが……」


 僕の発言を聞いて、皆の注目が集まる。直後、隣から鋭い声が上がった。


「ビルギット! 迷わず向かって。何か起こるわ」

「陛下、私もそう思います。ユーリアさん、乗せますね」

「え? ……わああっ!?」


 ビルギットさんは、ユーリアさんを持ち上げて肩に乗せた。そしてユーリアさんを掴んだまま、城に向かって走り出した。


「大幅に精度は落ちますが、私も軽く張りましょう、『エネミーサーチ』。なるほど、いますね……ところで、ライさん。今度も判断の理由を聞いていいですか?」

「索敵魔法にデーモンが映ったって言ったじゃないですか。それって、隠れる魔法か何かを()()()()()()()()わけですよね。……その状態で、どうして教会内にとどまっているのかなって」

「……つまり、わざと見せていると?」

「はい。デーモンがいるとなると、確実に僕たち全員がここに釘付けですから」


 この予想は、さっきよりは自信がある。特にデーモンの考えていることが分かるわけではないけど、今になって人間の索敵魔法にもかかりかねないデーモンの姿を見せるというのは、あまりに不自然だった。


 ……時間が流れる。ビルギットさんたちは大丈夫だろうか。


「……マーレさん……。……変化は、ありませんか?」

「……不思議なぐらい、何も変化ないですね……随分と長い時間、中でじっとしています。待っている……んでしょうか。誘っているようにも感じますね」

「そういえば、神官戦士達は……」

「あまり言いにくいのですが、数が少ない気がします。恐らく……やられたのでしょうね……」


 そうか、何人か向かっていったのか。それで先行部隊が出てこないから、恐らく中の神官戦士達も何が起こっているのか察しているんだろう。

 改めて認識した……やはりデーモンは、人間を本気で殺しに来ている。


「……! 動きがありました! デーモンの反応が消えました! 鉢合わせになるかもしれない……エファ、防御魔法!」

「はい陛下っ! ……『マジックバリア』!」

「マーレさん、神官戦士達は!」

「そちらは動きがありません。……いけない、襲われてしまう……!」


 マーレさんは僕たち全員を見ると、決意した目で言った。


「どのみちここに居ても鉢合わせになるだけです。こうなったらこちらから出向きましょう!」


 みんな思っていることは一緒だった。その発言に全員で頷いて、教会の扉を開いた。


 -


 索敵魔法で神官戦士の所まで、先頭を行くマーレさんとエファさんについて行くと……そこは、あの原典を収めた部屋だった。

 その部屋の前には、武装したまま緊張した顔で待機している神官戦士が何人かいた。


「神官戦士の方ですね」

「君は……」


 この顔には見覚えがある。声をかけた神官戦士は、先日ビルギットさんと対峙していた人だった。


「細かい説明は後です。先ほど大きな音がした際に、中でデーモン……城下町を襲った者の反応があったようです」

「なんと……! 先行部隊が突入して様子を見ていたが、出てこないのだ」

「その、言いにくいですが、生きている反応は……」

「……そうか……」


 会話が途切れたところで、マーレさんが僕の前に出てくる。


「索敵魔法をかけているのは私です。言いたいこともあるでしょうが、とりあえずこの隣の人間の方に誓って敵ではないと言っておきます。それよりもまずは聞いてください」


 マーレさんは、先ほどから別の人物に索敵魔法を使わせたこと。そして対象が突然現れ、そして突然消えたことなどを話した。


「この部屋へは、ここだけが出入り口ですか?」

「……そうだ……」

「とすると、まだ先行部隊を倒した敵が、中にいる可能性があります。みなさんは下がっていてください……エファ、いいですね」

「はい、私の防御魔法はデーモンに破れはしません!」


 エファさんは自信を持って宣言し、杖を持ち直した。その姿を見て、マーレさんは満足そうに頷いて……右手に剣を出した。

 ……アイテムボックスの魔法から出てくる、黄金の大剣。マーレさんには少し大きいようにも感じるほどの、姉貴並の迫力のある剣だ。


 マーレさんが、姉貴と同じ勇者並の力があるという話、その通りなんだろう。味方となった魔王様は、十分信頼に値する戦士だ。


「———行きますッ!」


 その叫びとともに、マーレさんは閉まっている扉を開けた。


 部屋の中には、目を覆いたくなるような神官戦士の死体と、破壊された原典を入れた箱と……天井に開いた穴があった。


「やられた! 最初に原典を破壊した時に脱出経路を作った上で、気配が消えた時点で既に逃げていたのか! マーレさん、すみません……完全に裏をかかれました……」

「……ライさんのせいではありません。私一人であれば、皆で待機し続けて終わり……いえ、全員で村に行って何も知らないままだったでしょう。……神官戦士の方、もうここは安全です。……完全に我々の敗北ですが……」


 その部屋の凄惨さに、部屋の外で残っていた神官戦士達は言葉を失っていた。


「エファ」

「……すみません陛下、死んだ者を生き返らせることは、私の能力では……」

「謝らなくてもいいわ。……そう、生き残りはいないのね」

「はい……」


 目を伏せるエファさんと、その肩を抱くマーレさん。ヒーラーとして、助けられなかった無力感があるんだろう……。


「……そうだ、教皇様は!」

「儂は、ここだ」


 ふと気付いて声を上げた僕の背中から声が聞こえてきて、数刻前に会ったばかりの教皇が部屋に入ってきた。


「敗北と、言ったな?」

「……はい」

「いや、被害は大きいが……我々の勝ちだとも」

「え?」


 この、原典を失い、神官戦士達を死なせて、敵に逃げられた状態を……教皇様は「勝ち」だと断定した。


「そもそも、何故やってきた魔族は、この原典を燃やした?」

「燃やした……? ……それは、読まれたくないから……! そうか、もう僕たちは読んでいる!」

「そうだ。この原典は元々燃やすように書かれていた、その秘密を君が暴いた。……つまり、間に合ってないのだよ。この原典を燃やす行為は秘密を暴かれる前に証拠隠滅するため。それは全くの無意味だ。君が読んだ時点で、いつ燃えてもいいものだった」


 既に読んでいたということは、この襲撃は遅かったんだ。本当に……ほんの僅かの時間。もしも村にいたら、今頃はずっと村で足止めを喰らっているし、原典は燃えてしまっている。


「儂は、生き延びた。バルバラも直前に教会を出たので恐らく生きておるだろう。……君も生き延びてくれ」

「はい……必ず」


 僕は、何も知らぬまま殉職した教会戦士達に目を閉じて祈りを捧げ、マーレさんと外に出た。


 確かに、原典を読んだところで僕たちは既にいつ燃やされても問題はなかった。敵の狙いがあれだけならば、勝ちと言えば勝ちだ。

 だけど……あの神官戦士達の変わり果てた姿を見ると、不安で心が押しつぶされそうだ。

 僕がどこかで判断ミスをしてしまったせいだろうか。

 もっといい結末を引き当てることができたんじゃないだろうか。

 5年前から、結局姉貴にはずっとついていけないままだった。

 だから、誰かを救ったりするには……。


————例えば、リンデさんを救うという意味では、僕は到底その能力に追いつけていない。


 リンデさんは、僕がいなくても一人で戦える。

 それどころか、僕を守るために不利な状況に陥った。


 ……僕、は……。


「———ライさん!」

「っ! マーレさん……?」

「……自分を責めていますね?」

「え」

「今すぐやめてください。……いいですか、ライさん。私は自分がそれなりに頭のいい女王と思っていたんです。でもあなたは私の先を見て、上を行っている。その上で、もっとできたはずだと後悔している。……あなたを見ていると、私も自分の悪いところばかり考えてしまいそうになります。私から見て、あなたは間違いなくあなた以上の結果を誰も出せないほどに優秀なのです。だから……私のわがままを聞いてください。私のためだと思って、自分を責める考えはやめてください」


 ……そうか……。後悔しているのは、僕一人ではないんだな。


「そうですね、かなり失礼なものの考え方でした。ありがとうございますマーレさん、今日のことを後悔するのはやめにします」

「いえいえ、いつもお礼を言うべきなのは、本来私ですよ。……ありがとうございます、ライさん」


 マーレさんからの説得で、自分を責めていた心がとても楽になった。

 今の会話……自分でそう思うのはどうかと思うけど、マーレさんは生真面目な僕に、一番聞き分けやすい説得の仕方になると信頼して、ああいうふうに言ってくれたんだろう。


 ……やっぱり僕からお礼を言うのがふさわしいと思います。

 ありがとうございます、マーレさん。

 考え方ひとつで、こんなにも気持ちが楽になるのですね。


 -


「さて、やることは終えました、ビルギットを迎えに……」

「もう戻っていますよ。陛下、ライ様、皆さん。先ほど戻りました」


 ビルギットさんは、ユーリアさんと教会正面に戻ってきていた。その手は……黒く塗れている。


「その手……もしかして、ビルギットさん」

「はい、さすがライ様でいらっしゃいます。城の前で待っていると、近距離になったらごまかしきれなかったためか、ユーリアさんの索敵にかかりました。目が合った瞬間に襲ってきたので、胸を一突きして終わらせました」


 ……あの筋骨隆々のデーモンを、胸を一突きで倒してしまうのか……。いや、よく考えるとデーモンの身の丈も2mちょっと程度だ。ビルギットさんにかかれば大人と子供のようなものだろう。やっぱりビルギットさん、魔人族の中でも規格外の拳闘士だ。


「ご苦労、ビルギット。こちらは……間に合わなかったといえば間に合わなかったですが、どのみち原典を既にライさんが読んでいた時点で勝ちでした。犠牲はありましたが、教皇も、恐らく聖女も無事です」

「そうですか……犠牲があったのですね、胸が痛いです……」


 昨日、ここの失礼な連中にあれだけ罵倒されたばかりだというのに……ビルギットさんは、神官戦士達のために心を痛めていた。

 本当に……心優しい女性だ。


「ビルギットさん。被害は神官戦士全員ではないですし、昨日会った人はちょうど生きているのを確認できました」

「ああ……そう、なのですね、報告ありがとうございます。デーモン相手なら出来れば一人も出したくはなかったですが……」

「ビルギットさんは、恨んではないのですね。姉貴だったら天罰覿面ぐらい言いそうなものですけど」

「……ふふ……そうですね。ええ、ライ様も怪我はさせられていないですし、私が罵倒されたぐらいで済んだので全く恨んでいません。……ライ様が罵倒された時は、手が出そうになってしまいましたが……」


 ……ビルギットさん……そこまで……。


「はいはい、話を切るわね」

「あっ……へ、陛下!」

「ビルギット。あなたそれ以上喋るとちょっと私までドキドキしてくるわ」

「え、ええっ!?」

「まったく危ないったらありゃしない。……ビルギット、顔をこちらに……」


 マーレさん、小さな声でビルギットさんに話しかけていた。内緒話だろうか……。


「……あなたも好意がすぐに出ちゃうタイプなんだから、リンデの前じゃダメよ。さもないと……多分ライさんが、またその分を埋める羽目になっちゃう。……まあライさんは、それを何でも喜んじゃうからお似合いだけどね」

「だから、私はそんなつもりは……」


 ……小さい声だ、ビルギットさんの声が僅かに聞こえるだけで、内容はわからない。


「……あなたにそんなつもりがなくても、ライさんがそんなつもりになる可能性があるのよ。将来的にそれはそれで面白いかもしれないけれどね」

「それこそ私如きが、ありえないです……」

「……ふうん……。果たして、どうかしら……ま、ちょっとはあなたも天然なの意識してね……?」


 話を終えたのか、マーレさんはひょいっとバックステップで離れた。ビルギットさんは……目を合わせると、なんだか居心地が悪そうに目を逸らした。

 ……何言ったんです?


「ま、可愛い部下を弄る楽しみはここまでとして。ライさんから見て、もう城下町での懸念事項はないでしょうか」

「そうですね……逃亡したデーモンが気になりますが、ビルギットさんが倒したため作戦は失敗でしょう」

「あっ陛下、申し訳ありません報告を忘れておりました! デーモンは2体いて、2体とも私が仕留めました!」

「と、いうことは」

「神官戦士達の仇、きっとビルギットさんが取ってしまいましたよ、それ」

「……そうですか、それは……良かった、などと言っても構わないか迷いますが、少しはお役に立てたようで安堵いたしました……」


 ビルギットさんの少し晴れた顔を見て、こちらも胸のつかえが取れたようだった。……これで懸念事項はもうないだろう。

 さすがに僕もこれ以上何かあったとしても予測できない。目的が原典であるならば、もう終わっている。僕はマーレさんと、目を合わせて頷き合った。


「それでは今度こそ、村に戻りましょう」

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