でも、知る必要があるなら今知りたい
先の話練っててちょっとかかっちゃいました! 以前ペースとまではいかないもののまた更新していきます!
教会を前にしたマックスさんは、まず自分が連絡をつけて、マーレさんと姉貴を後から呼ぶことにするようだった。
マーレさんにとっては、国王と同様に、明確に人間と対立して会話を交わすことになる。
「マックス様、本当にいいのですね」
「こうなった以上は、どこかで決着をつけなければいけません。どのみち母の脚が治っている時点で治療を受けたことが分かるでしょうし」
確かに、こんなに見事におばさまが回復してしまったら、もはや治療など必要ないのは誰の目にも明らかだろう。
それなら、後から言われるより今動いてしまった方がいい。
マーレさんは自分以外の魔人族もある程度の人数入れるようだった。魔族が教会に入るのはもちろんこれが初めてとなる。
扉は大きめだったけど、ビルギットさんはさすがに入れないようだったので外で待機することになった。
外でビルギットさん一人で待たせるのも心苦しいし対応もできないだろう、ということなので、マックスさんのおばさまも残るようだった。
「あの、申し訳ありません、私のためにご迷惑をおかけして」
「アッハッハいいってことよ! これでも顔が広いからね、こういう時には中に入ってるよりもいい役目だと思うわよ」
おばさまがビルギットさんと打ち解けたのを確認して、マックスさんが教会の扉を開いた。
大きな教会の中は祈祷の他に治療専門の組織として活動できるよう、受付と個室と集会場など様々な部屋に分かれている。ちょっとした小さな城のようなものだった。
マックスさんは入ってすぐの場所にいる受付の若い男に声をかけた。
「何かご用ですか?」
「騎士団長のマックスです。母上の治療を担当した人に会いに来ました」
「マックス様ですね、……少々お待ちください」
受付の人は、マックスさんから目を離すと少し止まって……席を立って担当者を呼ぶのか教会の奥へ入って行った。
……。……おかしい、妙に時間がかかっている。それに……さっきから人の声が少ない。大きな施設で人がそれなりに居るので、この時間にここまで人が少ないというのはあまりないことだった。
それに、今思えば、受付の人は個人の予定を把握していたはずだ。まずは手元で調べてからいるかどうかを伝えるのではないだろうか。
「……マーレさん」
「はい、どうやら悪い方の予想が当たったようです」
マーレさんが視線を向けた先を見てみると……奥から神官戦士が武器を持って現れた。いきなり対話もなく完全武装で出迎えか……。
「やはりお前達は、昨日の魔族……!」
「初めまして教会の方、城下町で起きたことの話はもちろん知っているでしょう。私は魔人王国から来た魔人族の者なのですが……それより彼、マックス様の先ほどの話はちゃんと伝わっていますか?」
「教会の我々に対して嫌みったらしく説教をしてくるのか、無礼な魔族め!」
マーレさんが話した内容を、神官戦士達はまるで聞いている様子がなかった。武器を持った神官戦士は気が強いのか、かなり一方的な言い方だ。
人間みたいなことを言うだけで嫌味扱いという、あまりにも話を聞く気のない対応の雑さに、マーレさんが呆れて溜息をつく。
「————話になりませんね。もう少し冷静に話せる人、もしくはここで一番偉い人にでも会いに行きましょうか」
マーレさんが歩みを進めたら、神官戦士は明確に全員が敵意をむき出しにして武器を構えた。
また止めに声をかけてくるのだろうかと思っていたら……なんと、神官戦士はそのまま声もなく襲いかかってきた!
信じられない、まさかここまで行動が急だとは……!
「チッ、こいつらホンット!」
「短絡的な……!」
姉貴とマックスさんがその行動に怒りを露わにしながら動こうとしたけど、マーレさんが先に歩いて場所が離れすぎているし、まさか襲うとまでは思っていたので反応が遅れていた。
僕もずんずん進むマーレさんに離されていたため間に合わない。
振り下ろされた武器がマーレさんに当たるかと思った瞬間……大きな破壊音が玄関ホールに響いた。
「———いきなり襲いかかるのは、人間の中で無礼に当たらないのですか?」
そこに立っていたのは……僕の後ろにいたはずの、リンデさんだった。
……改めて、リンデさんが、クラーラさんがいない現在この中でもっとも強い存在だということを思い知った。
リンデさんは、襲いかかってきたメイスを、素手で止めていた。そのままメイスを両手で潰すようにして、先端の鈍器部分を拉げさせて、柄も折っていた。
思い出した。リンデさんは普段から明るく可愛らしい女の子だけど、そんなリンデさんにも当然怒る時がある。
僕が記憶しているのは、デーモンやそれに関連する魔物が現れた時、僕の食事に関わる何かがあった時、そして……魔王陛下に関わる時だ。
僕も、最初は失礼な発言でやらかした。あの時のリンデさんは本気で怒っていたし、その怒りも当然だと思えた。だから分かる、今のリンデさんは、冷静に見えるけど怒っている。
でも……同情はしない。今の攻撃、人間なら即死だった。神官戦士は、対話もなくいきなり殺しにかかってきていた。
「一回攻撃された分、こちらから一回攻撃してもいいですかね?」
「あ……あ……」
「本来なら、こんな確認もなく反撃してもいい筈なんですけどね、私」
リンデさんがメイスの先端部分を手の平で潰しながら呟く。柄だけとなった折れたメイスを手から取り落として、尻餅をついて震える神官戦士。二人がそんな様子となり、マーレさんがリンデさんの肩を叩く。
「ジークリンデ」
「はい、陛下」
「よく動いて守ってくれました。あなたが力を示したおかげで、どうやらスムーズに事が済みそうです。……そうですよね? みなさん」
マーレさんが、周りで構えたまま固まっている神官戦士達をじろりと睨みつける。それだけでもう、彼らは武器を降ろして戦意を失っていた。
後ろから襲いかかって、仮に当てたとしても……ここまで実力差があればダメージを与えるなんてできないだろう。
「攻撃されたら反撃する権利がある、という当たり前のことは覚えておいて下さい。ですが……心配しなくても、私たちはいきなり殴りかかるあなたたちとは違い、こちらから誰か人間に危害を加えることはありませんよ。……魔族は、暴力より対話を重んじますし、対話の内容に納得がいけば手を引きます」
沈黙が場を支配していた中、神官戦士が敵視していた魔王様は最後にそう言って、建物の奥に消えていった。
僕とリンデさん、そして姉貴達とも目を合わせて、建物の中に入っていく。
足に折れた柄が当たった。それは神官戦士達の心を表しているようだった。
-
教会の長い廊下を歩き、小さな扉がいくつもある先に、豪華な大扉が一つあった。
「こういう組織で、ああいう人間性なら……間違いなくここでしょうね」
マーレさんは、その大扉を、ノックをすることもなく開いた。
「おい! 勝手に開けるなと……言って……」
「この教会の代表とお見受けします。初めまして、魔人王国の女王です。あなたたちにも分かりやすく言うと、魔王ですね」
「……な……」
部屋には、優雅に山積みとなった菓子らしきものを食べてコーヒーを飲んでいる白髪の老人と、若くて綺麗な金髪の女がいた。
この二人は、見たことがある。
「もう少し礼儀良く入るつもりだったのですが、あまりにも礼節を欠いた対応をされましてね。……私は名乗りました。あなたも偉い人ですよね、お名前をお教えいただけるとと思います」
マーレさんの、有無を言わさない迫力に声を出したのは、女性の方だった。
「ひっ……わ、私はバルバラ……」
「な、何を素直に言っておる!」
「でっ、でも教皇様、答えないと何されるか——」
「——なるほど、もう結構です」
一連の会話で、マーレさんはここにいる人達を理解して会話を打ち切った。僕はもちろん知っている。バルバラという女性が教会の象徴となっている聖女で、男の老人が教皇。
……ここでの姿は、外でのイメージとあまりにかけ離れすぎているけれど……。
「こちらに用事があってやってきました」
「用事、だと……?」
「騎士団長のお母上の病気に関する話です。ちなみに本人もここに来ています」
「————騎士団長、の?」
その男は、明らかに動揺したように目線を揺らした。その反応を気にしていると……後ろからメイド服のエファさんが現れた。
「し、失礼します。ええと、その治療を担当していた人は、どちらに?」
「……い……今は出払っている」
「では、えっと、治療の指示を出した人は?」
「…………」
エファさんが困った顔をしていると、バルバラさんが出てきた。
「あの……騎士団長って、大きいマックスって人ですよね。何かあったのですか?」
「マックスさんをご存じですか。えと、マックスさんのお母さんは、病魔に襲われていたためこちらの治療を受けていましたが、それは……えっと、私が治療しました」
「——なにッ!?」
バルバラさんとの会話を遮って、教皇が大声を出した。
「治療だと!? あれは、治るはずがない!」
「ぴっ!」
エファさんが、教皇の迫力に圧されている————というタイミングで、マックスさんが「失礼!」と叫び、エファさんを庇うように横から入ってきた。そして、エファさんの手を握る。
「あまり脅すような真似はいただけませんね、教皇様」
「な……お前は、騎士団長!? 何を無断で入ってきて、いや、何故この者たちと一緒に!?」
「先ほどの会話のとおり、もう母の治療が済んだためです。それに聞きたいこともある……そうですよね?」
「あっ……」
マックスさんと目が合ったエファさんは、状況が飲み込めなかったのか少し呆然としていたけど、やがてしっかりとした目で頷いた。
「ど、どうして治らないと言い切れるのですか?」
「……それは、む、難しい病気だからだ……!」
「嘘、ですよね? あの病気は簡単なものです。でも、難しいと言えば難しいでしょう……隠蔽魔法までかかっていましたし」
「なッ……! なぜ、それ、を……」
教皇……。今のは……致命的だ。
教皇は一言呟いた後、はっとしてマックスさんを見た。
「……信じたくはありませんでした。教会が私を騙しているなどと思いたくなかったのですが……。今となっては、私にとって、この手を繋いでいる魔族が一番信用の出来る人物です」
マックスさんは、そう言ってエファさんの手を強く握った。
そんなマックスさんの様子を見て、バルバラさんが前に出てきた。
「も……申し訳ありません、私、そのようなこと知らなくて……」
「いえ、聖女様は関与していないようですので、自分からは言うことはありません。ただ……もう少し早く助かっていれば、大分楽だっただろうなと思います」
「……本当に、お力になれず……」
「治った今となっては構わないです。聖女様に治療魔法を使ってもらうようなことなど、厚かましくてできませんから」
「それも、無理なのです。……私は治療魔法は使えません」
「————え?」
え?
僕の心の声は、マックスさんの声と重なった。
教会の……教会の聖女様が、治療魔法を使えない?
見てみると、教皇が慌てふためいた顔で聖女様を見ていた。
「な、ならんぞ! 言っては!」
「教皇様、もう止めましょう。こんなの続くわけがない」
聖女様は、何か疲れたような顔をして教皇を見て、そしてマックスさんを見た。
「私は、北の村から最も見目麗しく声がいいというだけの理由で選ばれた、魔法の使えないただの田舎出身の村娘です」
「……見目、麗しく……声が、いい?」
「はい。喋るだけで説得力がある人間を求められていました。あなたの考えている聖女というものとは……かけ離れています。だから……お力にはなれなかったでしょう」
聖女バルバラ様は、そう言って顔を伏せた。……知らなかった。まさか、治療魔法を一切使えないなんて。
マーレさんは、聖女様に向かって歩み寄り、手を上に上げた。聖女様は触れられた瞬間目を閉じてびくりと震えたが、やがて頭を撫でられていると分かり、恐る恐る目を開いた。
「あなたを責めるつもりはありません。むしろ、よく言ってくれましたね」
「…………。……はい……」
聖女様は、マーレさんに撫でられている間、ずっと申し訳なさそうにしていた。
この姿を見て……責めようという気にはなれなかった。恐らく聖女様も教会の被害者の一人だろう。自分からこういう話をするということは、心は聖女様のイメージの通りの人だ。
みんな腐っているわけではないと分かり、少し安心した。
「ここで教皇に確認を取りたいのですが……さて、何と言って話を引き出しましょうか……」
「……」
マーレさんが気にしていることは、僕も気にしていることだろう。……もしかしたら、今力になれるかもしれない。
「マーレさん、引き継いでもよろしいですか?」
「……ライさん? ……そうですね、わかりました。宜しくお願いします」
マーレさんの確認を取り、僕は教皇の前に立つ。ここまで間近で見るのは、もちろん初めてのことだった。
「初めまして、教皇様。僕は王国の人間で、騎士団長の友人のものです」
「……ああ、何か用かな?」
「単刀直入に聞きます。マックスさんの母の病気に関することを教皇様が知ってらっしゃったことはわかりました。ところでこれは、誰の指示ですか?」
「……」
「なるほど、教会の独断で……」
その瞬間、やはり教皇は少し嗤った。鼻の横が片方少し上がる程度の、嘲笑だった。完全に余裕の顔だ。
「———今ので王国側と結託しているのが分かりました。そりゃお給金ギリギリまで取られるわけですね、どれぐらいを中抜きして戻しているのでしょうか」
「……!? ……」
今度はあからさまに動揺した。……もちろん僕は、王国と結託しているなんて知らないし分かっていない。でも、今ので確定した。分かったと言った後に、分かった感じだ。
本当に、よくここまで腹の探り合いに弱くて、この立場になっているものだなと思う。……それだけ教会の権力が強いということなんだろう。
「はぁ、露骨ですね……。マーレさん、二つ目で確定です」
「ありがとうございます。……こういった力では解決しない会話はあまりしてこなかったので、素直に助かりました。……やはりあなたは何か、ミアとはまた別枠で信頼できる人です」
よかった。マーレさんからの信頼を取り付けることができた。僕がマーレさんの後ろに下がると……リンデさんが僕の手を両手で取ってきらきらした目で見てきた。ちょっと照れくさい。
「ライさん、すごいです……! あんな、交渉? 話術? みたいなことまでできてしまうなんて、何でもできるんですね!」
「な、何でも出来はしないですよリンデさん、こういうのも村でたくましく生きるための知恵みたいなものなのでみんな出来ますよ」
「ちょっとライ、あたし全然できないんだけどどうしてなの」
「そりゃ僕が全部してたからね。村の人はそんな悪い人はいないけど、姉貴に交渉任せたら悪い人に捕まってうちの財産が半年でなくなるよ」
「グフゥ……最近弟の愛のムチで全身ミミズ腫れだわ……」
姉貴はレオンさんのところに行って、「癒して」と言いながらお腹に抱きついていた。レオンさんは困ったようにマーレさんと姉貴の顔を見比べていたけど、すぐに姉貴の頭に手を乗せて、ちょっと照れつつも撫でていた。
そして「ウヘヘヘ〜」と言いながら表情をとろけさせる姉貴。……僕が言うのも何だけど、僕以上のバカップルだと思う。十割姉貴のせいで。
……っと、そんなやり取りを見ていると、マーレさんが教皇との話をまとめにかかっていた。
「さて、色々な交渉材料が出揃いました」
「……ま、魔族風情が……」
「魔族はちょっと色が違うだけで人間と変わりません。私が魔族であっても魔族でなくても、あなたの行いはあなたに返ってきたでしょう」
「……ぐ……」
「私の信じる正義が、この会話の勝利を私にもたらしただけです。ここで公に暴露してもいいところですが……」
そこで言葉を切り、マーレさんは部屋の中を見る。この部屋には……いくつかのものがあった。本棚には配布されているハイリブックと同じものが並んでいる。
それらを見て、マーレさんは「ここではないわね……」と首を振って、絶望に震える教皇を再び見た。
「私は、マックス様とは別の目的を持ってここに来ました。もしその目的を達成できるのでしたら、今日のこのことは一旦秘密にしましょう」
「……! ほ、本当か! 目的は何だ!」
教皇は、さっきまで自分はもう終わりだみたいな顔をしていたのに、マーレさんの条件に対して急に威勢がよくなり、必死に食いついてきた。
……その姿は、小物そのものだった。
マーレさんは、そんな教皇にも呆れることなく——内心呆れてそうだけど——まっすぐ目を見て要求を言った。
「あなたたちの教えの成り立ちを調べたいのです」
-
「この箱が?」
「……そうだ」
一同が揃って、教会の奥の厳重な扉の先の部屋に入った。
そこには、綺麗に磨かれた古い木箱があった。装飾は豪華絢爛で、貴族の小物入れ以上の派手さを湛えていた。
マーレさんがその箱を開くと、中には古い羊皮紙がいくつも入っていた。
間違いない、これが教会の教えの原典だ。
「見えないところで焼かれるわけにもいかん。ここで見させてもらう」
「ええ、構いません。焼いてしまったら私たちにとってももったいないですからね」
教皇の言葉に、マーレさんは頷いた。
「それでは本番ですね。さて……ライさん」
「……え?」
マーレさんが急に指名したのは、僕だった。
「僕ですか? 何か僕にできることが?」
「ライさんは、あのデーモンの幹部が注目していた人物。先ほども見事にやってくれましたし……もしかしたらこういう局面で、あなたは何か特別な真価を発揮してくれるのではないかと思ったのです」
「特別な……?」
「はい、魔人族にとって運命的なほどの……」
マーレさんの発言は、あまりにも買いかぶりすぎな意見だった。つまり、僕はマーレさん……及び、魔人族全ての期待に応えられる能力があるらしい。
……さ、さすがにそれはないと思うけど……。
「レオン」
「はい、僕ですか?」
「私は勇者ミアに選ばれたあなたも、何か特別な運命に導かれていると思う。こんな局面でロマンチック妄想に駆られていると自分でも思うし、勝手な推測ではあるのだけれど……ライさんと協力して、調べて欲しい」
「それほどの能力があるとは思えませんが……わかりました」
レオンさんが、僕の隣に来る。こうやって二人で並ぶことは、もしかしたら初めてだろうか。
「じゃあレオンさん、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします弟様」
「えっ……と、弟様なんて仰々しくなくていいですよ、ライと呼んで下さい。姉貴の年下なんですから様も不要です」
「そうですね、わかりました。それではライさん、とお呼びします」
「はい、改めてよろしくお願いします」
軽く挨拶を済ませると、僕は、レオンさんと紙の束を一つずつ調べていく。
「…………」
「…………」
二人で黙々と調べていく。しかし……僕自身があまり文字を読むのに慣れていないため、少し時間がかかっていた。これでも村では速い方だと思ったのだけれど……隣のレオンさんは比較にならないほど速かった。
これが魔王軍の読書速度か……。文明レベルが低いだけで、文化レベルはこりゃ本格的に魔人王国の方が圧倒的に上っぽいな……。
「レオンさん」
「……? はい、何でしょうか」
「レオンさんの方が速いので、そうですね……」
マーレさんが、僕に何か出来るかということを期待していた。それは僕にだけ気付くようなことなんだろう。
気付くこと。何か気付くだろうか。
……うん……もしかして……
「レオンさんは、読んだら読み終わった内容を簡潔に説明してくれませんか?」
「読んだ内容を、説明する……ですか。わかりました、やってみましょう」
読むペースの速いレオンさんはそれから古い羊皮紙を素早く読み終え、僕の言ったとおり読んだ内容を簡単にまとめていった。
「これは、ハイリアルマという名前を略さず民に広げるという話。女神様という略称は使ってもいいけど、ハイリアルマを短くすることは許されない、と」
「これは、女神が天候を見て富をもたらすという話ですね。人間の豊かな文明は女神によって繁栄したという話です」
「これは……魔物を討伐する話です」
「これは、人々の信仰の方法が書かれています。奉納など……その信仰を毎日女神は見ているという話ですね」
レオンさんが次々読み終えていく。その中で……今ひとつ気になるものがあった。
「レオンさん、さっきのものが問題のものかもしれません」
「え?」
僕が取ったのは、魔物を討伐する人間の話だ。僕はその紙をレオンさんからもらい、目を通す。
……やはり、これだった。
「……ここに書いてある話は、人間が魔物を討伐する話でしたよね。それ以外に気になることはありませんでしたか?」
「いえ……」
「僕は気になりましたよ。ここに書いてある内容は、不自然です」
「ふし、ぜん……ですか……?」
僕は、その箇所を指で指して、マーレさんに見せた。
「読めますか?」
「私ですか? ……。……あれ……? 読めませんね……」
「そうですか。……じゃあ、姉貴は?」
「ん? 何よライ、魔族でもないのにあたしが読めないわけ……」
「……姉貴?」
「これ、白紙じゃないの? 文字かいてあんの? 真っ白じゃん」
姉貴も、読めないようだった。……不思議だ、代わりに読んでもらおうと思って見せたのだけれど、ここに書いてある文字自体認識していないようだった。
「エファさんは?」
「わ、私ですか? えっと……。……いえ、その、なんだかもやっとしてるです……レオンさんが言った内容ぐらいは読めますですが……」
「……マックスさんは?」
「ここまで来たら、少し怖いな。どれどれ……。……?」
マックスさん、その紙を見ながら首を傾げた。
「マックスさん?」
「普通に読めるな」
「えっちょっと待ってよマックス、あんた読めるって、それ真っ白じゃないの?」
「ミア様、これにはびっしりと文字が書いてありますよ。本当に何も見えないのですか?」
マックスさんが、その紙に目を通して読み始めた。
「この教えを守らないものは、女神の怒りに触れる。魔物と魔族は必ず両方とも人間を殺してきた敵だと教える。魔族に詳しくならないよう、徹底して先制攻撃をする。魔族のことを調べてはならない。人間を騙すために喋るのが魔族のため、会話は必ず避ける……ここに角を書いた人間の黒塗りの絵があるな。他、魔王の目的は人間を滅ぼし、人間に成り代わること……などが書かれてある」
「な、何なんですかそれは……!」
マックスさんがそこに書いてある内容を説明して、マーレさんは憤慨しながらその紙を再び覗き込んだ。
「……分からない、やはり私には読めない……」
マーレさんが、がっくりと肩を落とす。
……やはり、これがそうだった。
「今ではここまで詳細に教義になってはいなかったと思いますが、これが元々の教義なわけですか。確かに魔人族に知られたくないもの、でしたね」
「はい……。……?」
「……マーレさん?」
僕の声に返事をした後、マーレさんは僕の顔をじっと見てきた。
……何か、僕の顔についているだろうか。
「ライさん」
「はい」
「間違いなく、これが問題の内容の一つでしょう。でも、何故これだと分かったのです? やはり何かの特殊能力でしょうか」
「まさか」
なるほど、確かにこれを引き当てたのがいきなりだったので、説明しないと驚くのも無理はないかなと思う。
「単純な理由です。隠蔽の、裏をかいたんです。魔人族が先ほど、自分の思考能力が封印されているように、知られたくない内容は、知られないようになっているのではないかと思ったのです」
「知られたくない内容……」
「だから、本来見逃さないはずなのに、レオンさんがあっさり見逃す部分が、思考能力を封印された内容です。それは第三者から見ると隠すほど目立つのではないかと思ったのです」
「あっ……!」
「レオンさんが読む時に少しふらついていたので、気になりました。それに、丁寧なレオンさんにしては妙に簡潔な説明でしたから。逆に怪しくなさ過ぎて浮いちゃったんですよね」
それは、恐らく魔人族の頭脳に封印をしている何かの、決定的なミスだった。第三者視点から見たら、この聡明なレオンさんが見逃す場所ほど不自然に浮き上がる。
僕は、レオンさんと目を合わせると頷き合った。
「レオンさん、この調子で続けていきましょう」
「はい!」
そして、残った紙の束を次々と捌いていく。
「これも、成り立ちのものです。教えを説いた女神は数々の天使を従えて、今も人の暮らしを守っているという内容ですね」
「これも、成り立ちですか。地上に降りたハイリアルマ様は、若い少年に教えを託した。……これは、さっきの紙の前のものですね」
「これは……絵です」
「……」
「それが最後の一枚ですね」
……。今の、は……。今のは、魔物の討伐が読めたレオンさんにしても、あまりにも不自然だった。
「レオンさん」
「はい」
「どんな絵か、教えてもらっても?」
「え、あっ……そ、そうですね。この絵はシルエットが並んでいます……デーモンと、犬と蛇と烏賊と、スライムにゴブリンに、ゲイザーもドラゴンも……ああ、最後の左端に、角の生えた……魔人族のシルエットがあります」
「……」
「ライさん?」
「……右半分は、説明できますか?」
「はい。人間が、たくさん。人間と、牛と、羊と……教会と……きょうかい、と……」
そこまで言って……レオンさんはふらついた。倒れる寸前、姉貴が走ってレオンさんを両腕に抱き留めていた。
「れ、レオン君っ!」
「……ミア、さん? あれ……僕は……」
「レオン君は、ライに紙の内容を喋っているうちに気絶したのよ」
「……そうですか……。…………。……ライさん、その右端のものを教えてもらってもいいですか?」
レオンさんの発言に、マーレさん以下、皆の注目が集まる。
僕はそこで……ある人物を呼んだ。
「教皇様」
「……な、なんだ……」
「ここにある絵を説明していただけないでしょうか」
僕は、そこにあるものを見せた。
「これは、ハイリアルマ様のお姿だ。美しい女神の絵が描かれている」
「詳細に教えていただけますか?」
「詳細も何も、白い鳩の羽を背中に広げた黒塗りの女性だろう」
「……」
……そうか、教皇も……。
「マックスさん」
「……ああ」
「今度のこれは、見えますか?」
「……自分にも同じように、鳥の羽を背負った女性のように見えますね」
「そうですか、ありがとうございます」
僕の確認作業に、姉貴が食ってかかる。
「ちょっと、マックスも教皇さんも同じように見えてるってことは、それはその絵で合っているのよね?」
「姉貴」
「な、何よ」
「じゃあ姉貴も見てくれ」
「いいわよ」
姉貴が紙の右端を覗き込む。
「……。やっぱあたしには真っ白なのね。左側にデーモンもいるの? なんつーか……マジで白紙ね。全く見えないわ」
姉貴は、全く見えない方だった。
……不思議だ。教会の教えを守るという意味なら、マックスさんと同じように見えるはずだった。でも姉貴は、どちらかというと完全に魔人族の見え方だ。
この不可解な現象の理由は全くわからなかった。
この一連の流れに疑問の声を上げたのは、教皇だった。
「さっきから一体なんだ、おいお前、何が見えている」
「……教皇様」
「な、何だ……」
「ずっとこの絵を見続けて下さい」
「……」
「————この絵、羽もないし、男女の差も分からないですよね?」
僕が言った瞬間、全員が紙に注目した。すると……
「なんだ……なんだこれは……!?」
教皇が呟きながらふらついた。それに交代して、マーレさんが紙を手に取り書かれているものを凝視する。
「み、見える、見えます! 紙の内容が全部見えます!」
マーレさんに続いて、姉貴が横から顔を出した。
「うっわ! 急に絵が出てきたわ、すげーすげーあたしにも見える。どういう仕組みなんだろ?」
「ミアさん、僕も見えるようになりました。さっきとはまるで全く違いますね。……下の方に、教義を作ったらこの紙を燃やすとか書いてますよ。守らなかったんですね」
次から次へと声があがり、ここにいる全員が見えるようになっていた。
羽がないのは僕には見えていたし、何より……女神と断定するにしては、あまりにも真っ黒のシルエットだった。しかも髪は肩より上。どうしてこのショートカットのシルエットが美しい女性と断定できるのか、わからない。
「ライさんが言うと、まるで全員の目の曇りが晴れたように、見えるようになるのですね……」
「原因はわかりませんが、そのようですね」
「驚きました。これが何を意味するかはわかりませんが……でも面白いものを見ることができましたし、いろんなことを知ることができました」
マーレさんは、改めて教皇へと向く。
「ありがとうございます」
「……あ、ああ……」
「これを見せて貰ったこともそうですが、あなたと、その先代たちのあなたたち教会の人間に感謝をしたいです」
「……何故だ、敵対している我々を……」
「いえ、違います」
そこで改めて、この状況をおさらいするようにマーレさんが喋った。
「あなたたちがこれらを元に、恐らくハイリアルマなるものの指示に従って教会の教えを作ったということがわかりました。ハイリアルマが何者かは全く分かりませんが……恐らく、この紙は強烈な何かの魔法らしきものがかかっていて、都合が悪いので燃やしたかったのでしょう」
そう言って、紙の絵を指でなぞった。
「でもあなたたちは、ここに書かれている教義を守っているのに、ここに書かれている燃やせという文字は守らなかった。初代は貴重品を惜しいと思ったんでしょうね」
「……」
「そしてもう一つ、魔族に関することです。私もハイリアルマ教の勉強はして人間界に来ましたが、実際の教義は明らかに手を抜いて作られています」
「……そう、だな……」
「魔族と会話すれば女神の怒りに触れる。あまりにも極端な教義ですし、こんな教えがあれば、恐らくライさんもリンデと会話しようなどと思わなかったでしょう。私が知ってるのは、魔物と魔族は人間の敵、という簡素な記述だけです。魔族に全く触れてこなかったから手を抜いたんでしょう、そのおかげで私たち魔人族はここまで来れました」
「……」
「でも、私たちと会話した人間は、女神の怒りなんて、誰も触れてない」
マーレさんは、再び教皇の目を見て言った。
「ハイリアルマ教の教皇。あなたには、私が対話の出来ない存在に見えますか?」
「……」
「デーモンは、確かに城下町を滅ぼしにかかった対話不可能な魔族です。でも私たちは違う。だけど……この教義の原典では、わざわざ角のシルエットを描いてまで、私たち魔人族と敵対するように書いています」
「……ああ……」
「それに、もう昨日大立ち回りをして城下町を救ってしまったのです。ビルギットなどは目立ちますし、このまま魔人族を認めずにいると、本当に信仰を失いますよ。宗教がなくても国は荒れませんが、宗教がなくなる過程で国は荒れます」
教皇は、マーレさんの言ったことを目を閉じて考え……そして息を吐いた。
「……そう、だな。そうだ。ああ、そうだとも……宗教は、そもそも人の生活のために生まれたのだ。その民の意思に反するようでは、信仰を失う……」
「教皇……」
「……信仰を失うと、寄付金を失う。生臭いようだが、それで豪勢な生活を送ることで回っている経済もあるのだ。その流れを止めることは避けねばならん」
「でも、お金のためとはいえマックスさんのようなことは」
「あれは、国王の指示だった。あと2人いるが……もう終わらせよう。……儂はもう、こういったことには疲れた……」
「そう、ですか。……ありがとうございます……」
「……魔王にお礼を言われるとはな……」
教皇は、羊皮紙を仕舞うと、聖女の方へ行った。
「バルバラ……お前はどうする?」
「えっと、その、でも私がいなくなると、困る場面が多いですし、それに……」
「村に、仕送っている金か」
「……はい」
「止めはせんよ、少ない金額ではないが、教会全体から見れば多くない金だ」
「でしたら私も、まだ聖女を続けていようと思います。ですが……」
バルバラさんは、言葉を一旦区切って、言いにくそうに目線を泳がせていた。
「何だ。もう今更だ、何でも言ってみろ」
「もう少し、外に行きたく思います」
「……そうか。ならば、自由に外に出向いてもいいことにしよう」
「え、本当に……!? あ、ありがとうございます……!」
「よいよい、お前にも面倒な場面で随分と緩衝材を続けさせてきたからな……」
教皇は全て言い終えると、部屋の扉の前まで行った。そして僕たちを振り返った。
「魔王に、勇者に、教義の原典を暴く者に……。せいぜい小娘一人を盾に、はったりをかますだけで生き延びてきた普通の人間である儂には精一杯よ……。……まったく……人の手に余る……」
最後にそう呟くと、部屋を出て行った。
「……私たちも、もう出ましょう」
「そうですね……わかりました」
マーレさんの声に、皆頷いて教会を出た。
-
教会の外に出て、ビルギットさんと顔を合わせた。
「ビルギット、待機ご苦労。あなたも連れて行きたかったわ」
「お、お帰りなさいませ! 陛下、そしてライ様、皆様。マックス様のお母様とお話をしていたので、待っているという感じはなかったです」
「アッハッハこの子すっごく礼儀正しいね! びっくりしちゃったよ!」
僕たちはみんな緊張していたため、二人の様子が変わらず明るいままでいつも通りだったので、気が楽になった。
「さてと、これからどうしましょうか」
「まずはそうですね、ビルギットさんの着替えと、カールさんの着替えと……っと、カールさんの着替えは僕がやりましょう」
「そうでした、カールも着替えて欲しいですね。できれば全員分買いたいところですが……ね、ミア。何とか買ってくれない?」
「国民の人口全員を個人に肩代わりさせる女王様とか初めて見たわ……」
「お礼は魔人全員との結婚で」
「……。……い、いやいや、どう考えても無断でそういうことマーレがするわけないわ、ジョークだわ今の。一瞬いいかもって考えちゃったけど……」
一瞬考えたの姉貴……。
そんな姉貴を横目に、マーレさんがみんなを見て声を出した。
「とりあえず、収穫アリでした。それでは————」
「————いたーッ!」
そこで、その場にいないはずの声が聞こえてきた。
「ミアーっ! あとその他大勢!」
「リリー!?」
なんと、リリーがやってきていた。
「ど、どうしたのよ急に!」
「うわーっ! みんな服似合うね! ってそうじゃない!」
「来て早々一人ツッコミが忙しいわね!」
「ミアほどじゃないよ! ああもう突っ込ませないで!」
「ノリノリのヤツに言われたくないわね!」
な、何なんだ一体、あと姉貴は喋るのやめて。
「つーかそもそも反応しなけりゃいいのよ!」
「そのとおりだね! じゃないの〜っ!」
「はいはい落ち着いてね」
「落ち着いてられない! えっとえっと!」
「今、村がよくわかんない襲撃受けてカールさんが一人で守っているの!」