触れてはいけないモノのような気がする
僕の発言を聞いて……マーレさんは、固まっていた。
……僕の疑問は、ちょっと考えれば当たり前の話だった。不器用、とは聞いていたけど、何かこう……僕の考えていた不器用さとは違うというか。
例えば、姉貴なんかは不器用な方で、剣を持っても両手で大剣を振り回して斬ったり叩き潰したりするようなタイプだ。あれは寸止めとか絶対できない。料理も得意ではないし、裁縫も、彫金も、恐らく器用にこなすことはできないだろう。
魔族もそういう不器用さかと思っていた。だけどリンデさんは、村で現れたオーガロードの頭に乗り、脳天から剣を一刺ししてリリーを助けた。その姿は、かなり高い技術を持った戦士の戦い方だったように思う。
極めつけは……やはり、クラーラさんだ。あの人間には努力したところで到達不可能な筋力を要求される大弓。それを、デーモンに完璧に当ててみせた。
姉貴が剣、僕が弓。一緒にやっていたからわかる。
不器用なら、弓は不可能だ。
正面を見る。
表情のないマーレさんがいる。
隣を見る。
表情のないリンデさんがいる。
周りを見る。
みんな、どこか、遠くを見て止まっている。
何か……不気味だ……。
「ライ、あんた……」
……この未知の状況に狼狽えていたので、姉貴の声が聞こえてきたことに大きく安堵する。しかし姉貴も、不安そうな顔をしていた。
隣のレオンさんも、どこかぼーっとしている様子で、姉貴は声をかけられないようだった。
「姉貴、これ……」
「……いや、なんでライに言われるまで気付かなかったんだろって思うわ。あたしもね、ちょっと今一瞬ぼわっとしたのよ。何て表現したら……目が覚めたと思い込んでいたけど、寝ていなかっただけの頭って言ったらいいかな、それが目覚めて、ああ今まで自分は眠かったんだってようやく気付く感じ」
姉貴の言ってることは、独特の例え方だったけど、わかりやすい言葉だった。
「————ライさん」
……! マーレさんが口を開いた。
恐る恐るそちらを見ると……マーレさんと、他の魔人族と、みんな揃って僕の方を見ていた。
背中にぞわりと冷たいものが走る。
「いえ、身構えないで下さい、あなたにどうこうするつもりはありません」
「は……い」
「……いえ、違いますね……改めてお礼申し上げます、ありがとうございます」
「え?」
マーレさんは、目を閉じて何かに感じ入るようにしていた。
「先ほど目を覚ましたときに、ミアの声を聞きました。……そうですね、まるで、今までずっと眠り続けていたかのような……そんな違和感があります」
「今まで……眠り続けていた?」
「はい。本当に、どうしてこんなことに気付かなかったのでしょう。……みんな、そう……よね……?」
そう言ってマーレさんは後ろを見る。みんな、マーレさん……魔王陛下のことを、真剣な眼差しで見て頷いた。
そこで口を開いたのは、エファさんだった。
「そう……そうです、器用です。クラーラさんは器用だと言われていました。ミアさんに、クラーラさんの正確な射撃がすごいと言われたとき、どうしてそう思わなかったんでしょう」
姉貴、クラーラさんにそんなこと言ってたんだ。確かに、その時に器用だと思わず、みんな自分たちを不器用だと思い込んでいるのは不思議だ。
「クラーラやカール……だけでなくハンスやフォルカー。あと……レーナの意見も聞きたい。魔人王国のものにも伝えなくてはいけないですね」
マーレさんは、僕をじっと見て、姉貴を見て、再び僕を見た。
「……何か特殊な人間というのなら分かりますが、勇者のミアではなく、どうしてライさんが気付いたのでしょうか……」
「むしろ、僕からすると、どうしてみんな気付かなかったのか不思議です」
「それに関しては……確かに、不思議なのです。気付いた今だからこそ言えますけど、それまではまるで、何か両者との関連の接続部分が黒塗りになったかのように、気付かなかったのです」
そこまで言って、マーレさんは何かに気付いたように首を振った。
「——いえ、気付いた瞬間は確かにありました……! ありましたが……その瞬間に、ふわっと頭の中が……寝てしまうのです。そして目が覚めた時、つまり考えていた直後の一瞬で……夢の内容が思い出せないように、忘れてしまうのです……」
……夢の内容のように、考えていたことを忘れる。それは本当に恐ろしいことだ……。
しかし、それと同時に、また新たな疑問が生まれた。
「寝ていた夢の内容って例えましたけど……ならばむしろ、よくその気付いた瞬間を思い出せましたね?」
夢の内容を、数日後どころか数年後単位で正確に思い出すなんてありえるのだろうか。
マーレさんは、再び目を見開いて止まった。
「……確かにそうです。夢の内容を思い出すかのように? いえ……どちらかというと、塗られた色を、ライさんが剥がした感じでしょうか」
「色を、剥がした?」
「はい。見える場所にあったのに、ずっと塗りつぶされて見えなかった。そんな感じがします」
今、マーレさんのしている話は、不安になる話だ。だって————
「————その話、全て、僕が話したから分かるようになったのですか?」
「そうです」
「……それ、は……」
——それは、まるで。
僕個人が、
魔人族に関する何かを握っているようで——
「————ライさん、ライさん!」
僕は、そこで肩を揺すられていることに気付いた。
「……あれ、リンデさん?」
「だ、大丈夫ですか……?」
「ええ……はい、少しぼーっとしていたようです」
「少しじゃないですよ……!」
「え?」
目の前で、リンデさんがとても不安そうな顔をして目を伏せる。
「呼びかけても、十秒ぐらい何も返事しなくて……その、私……」
「そんなに……?」
……考え事をしていたにしては、長い時間だ。
リンデさんは、マーレさんに向き直った。
「陛下。その……やめませんか」
「リンデちゃん……」
「……」
「…………。うん、そうだね。この話は私たち魔人族の問題、後で考えましょう」
マーレさんは、再び僕の近くに来た。
「何か、あなたにはやはり……もっと特別なお礼をしたいです。現状、私個人はあなたに魔人族との関係で救われて、部下が頑張ったことであなたの料理を戴いて、今もこうして……どうお礼をしたらいいのかわかりませんが……」
「そんな、マーレさん……気にしないでください」
「いえ、そういうわけにはまいりません。今はまだ何も思いつきませんが……何か、あなたのためになること、考えておきます」
マーレさんは、そう言って目を閉じて……手を叩いて大きな音を出した。
「はい! そういうわけで、この話はここでは切ってしまいましょう。次にどうしても寄っておかなければならない場所があるので、まずはそちらへ向かいたいのです」
「どうしても、寄っておかなければならない?」
「そうです」
何か、あっただろうか。……そう思っていると、姉貴が溜息をついた。
「はぁ〜。ライ、もしかしてあんたわかんないの?」
「わかんないよ、姉貴はわかるの?」
「当然、宝飾品店来たなら次はあそこでしょ」
む、なんだか姉貴にだけ分かるというのは、ちょっと納得いかない。姉貴だけが分かるってことは、つまり……女性ならわかる……宝飾品の次……ってことは……
「……もしかして、服か」
「あったりー」
そうか、女の子には興味あるし、ここまで普段着がない彼女たちには重要なものだ。
「つーわけで、こっからはあたしが先導してあげるわ!」
姉貴はそう言って、マーレさんと仲良く手を繋いで中心街の奥へと歩いて行った。
……。
僕は、先ほどの場所を少し見返して。
……何か……まだ見落としているような……
白いもやがかかるような感覚を覚えて……
……しかし、結局その正体が掴めず、その場を後にした。
-
服屋に来てから、当然、宝飾品店と同じ問題に直面した。
「姉貴……」
「わかってる……」
僕と姉貴は、揃ってビルギットさんを見た。ビルギットさんは……やっぱり小さくなって困った顔をしていた。
「その、私……やっぱり服は……申し訳ありません」
「あーもーいいっての! ビルギットさんがおっきいのはビルギットさんのせいじゃないんだし、むしろビルギットさんのサイズを想定していない店が悪い!」
「……ふふっ、さすがにそれが無茶な注文だってことぐらい私も分かりますよ?」
ビルギットさん、姉貴の無茶な主張に笑ってくれていた。
……でも、本当になんとかしてあげたいな。
店の中に入ると、既にみんなで服を目の前にして、すっかり女の子の買い物モードになっていた。
「な……なんという数、なんという種類……。服が……服が、こんなに、潤沢にあるなんて……」
マーレさん、城下町に始めてきた田舎娘のお上りさんみたいに、店をぐるぐる見渡して、服をたくさん手にとって目を輝かせていた。店員さんは、こちらも話が昨日の今日で通っているのか驚いていなかった。
そんな魔人族女子会へ、姉貴が入っていった。
「それじゃマーレもリンデちゃんもエファちゃんも、ほらユーリアちゃんも遠慮しないで! 服に関してはあたしがいろいろ見繕ってあげるわ! 特にレオン君は……あたしの可愛い着せ替え人形きゅん……うふ……」
「あの、ミアさん……?」
「……スカートも……メイド服もぜってー似合うな……ぐふふ……」
「ミアさーん……?」
……姉貴を見てると、人間って魔族に比べて欲深い生き物だなって思うよ……。
「ああそうだライ」
「ん、なんだ?」
「ビルギットさんの分よろしく」
姉貴はそれだけ言うと、ささっと店の奥に入っていってしまった。……さらっととんでもない無茶振りされた気がする。
とりあえずビルギットさんのいる場所まで戻る。
「あの、ライ様……」
「えっと……はい」
「無理なさらなくていいですから……私は大丈夫です……」
「……」
……ビルギットさんは、本気で僕に対して無理をしなくていいと、そう思っている。
本気で、自分の服は諦めても良いと思っている。
だけど、同時に……その表情から、着たくてたまらないという気持ちが伝わってくる。この子は、本当に「女の子」なんだ。
こういう子にには、多少無理をしてでも、着せてあげたい。
僕は決心した。
「わかりました」
「はい……」
「必ずなんとかしてみせます!」
「えっ……ら、ライ様!?」
僕は、ビルギットさんの返事も聞かずに店内に走っていった。
店の中には、女性の店員さんがいた。服の紹介は姉貴がやっているからか、少し手持ちぶさたにしていた。僕はその人に声をかける。
「この店の方ですよね?」
「はい、いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「外の魔人族、体の大きい人なのですが、こういった服も好きな女性です。なんとか服を着せてあげたいのですが、何か手はないでしょうか」
「外の……えっ、え……ええっ!?」
店員さん、ビルギットさんの姿を目で捉えて呆然とする。
「あの方と話すと分かると思いますが、とても丁寧な方なんです。この城下町の魔物を倒してくれた功労者の一人で、可能な限りのお礼をしたいのです」
「な……なるほど、確かにとても強そうですね」
もちろん、その強さは見た目以上のものである。この人も元々魔人族が城下町の魔物を討伐していたことを知っていたためか、店員さんも真剣に対応してくれるようだった。
「わかりました。でしたら一体型ディンドルタイプみたいなものではなく……そうですね、裁断前の布を利用したキトンタイプでどうでしょうか」
「キトンタイプ?」
「はい、一枚の布を肩で留めるタイプです。南東の街で昔使われていた服装で、着脱も簡単なのですよ」
なるほど、それなら大きさを選ばずビルギットさんでも着ることができそうだ。
「それをいただけますか?」
「わかりました、簡単な構造ですのですぐ作ってお渡しします」
「そうですか、ありがとうございます!」
僕は店員さんにお礼を言って、ビルギットさんの元へ戻っていった。
「よかった、いけそうです」
「ほ、ほんとですか!?」
「この店にあるようなのではないですが、真っ当に人間の服といえるものを用意していただけるそうです」
「本当に、私が……」
そんな話をしていると、姉貴がふらりとやってきた。
「ビルギットさんが着られるものなら、クラーラちゃんにもいるわね」
「姉貴? どうしてクラーラさんに……あの人姉貴より背丈小さいよな?」
「なにいってんの、この中でぶっちぎり大きいわよ……角が」
「あ」
そうだった。角があるのでその分は考慮しなくてはいけない。まだ他の魔人族達ならなんとかなるかもしれないけど、クラーラさんは、その……すっごく角が、大きくて長い上に、ささくれ立っている。あれで頭から被るような服を着ると、間違いなく破れてしまうだろう。
「ごめん、気付かなかった」
「ま、普通は自分にないし気付かないわよ。そんなわけで、店員さんに同じものお願いしてきてちょうだいな」
「分かった、じゃあそっちは任せていいかな」
「元々任されるつもりよ!」
姉貴は元気よく応えると、店の中に入っていった。
……なんだか店の奥で、女性モノの服を着せられているレオンさんが、妹のユーリアさんに穴が開くほど見られていた気がするけど、見なかったことにしよう……。
「あの……」
その様子を見ていて、ふとビルギットさんが声をかけてくる。
「どうして、ライ様は私にそこまでしていただけるのですか?」
「どうして……って、特に理由はないですけど……」
「理由もなくしていただけるんですか?」
「もちろん感謝などもありますが……敢えて言うなら、「誰かに何かをしてあげたい」っていう気持ちでしょうか」
本音である。本当に放っておけないというか……やっぱりこれじゃ、よくないよなって思うし。
その返答に、ビルギットさんは少し困った顔をしていた。
「あの……ライ様は、リンデさんとずっと、その、ご一緒というか……本命、なのですよね?」
「えっ、あの、えっと……はい、その……そういうことに、なります……かね?」
「……こういうことを私から言うのもおかしいのかもしれませんが、本命の女性一人に優しくするのが普通なのではないでしょうか。それでリンデさんが警戒しているのではないかなと……」
……魔族に対しての印象をリンデさんに変えてもらったけど、更にビルギットさん一人で大きく変えてしまいかねないぐらい、ビルギットさんは淑女だ。
本当は自分だって、みんなに混ざっていろんなものを見て回りたいと思っているだろう。もっと服も宝飾品も、ねだっても良いぐらいの功績を残している。
だけどこの子は……それらを遠慮した上に、僕から服や腕輪の話を持ちかけても、リンデさんの気持ちを優先していた。
「ビルギットさん」
「は、はい」
「リンデさんも、本気で嫌がっているわけではないですから」
「え?」
「あのリンデさんが、これぐらいのことで本気で僕からの好意がなくなっていると思うのでしたら、それは僕の落ち度です。だから、そうなった時は足らない分として、後からリンデさんに、いくらでも補充させてあげようと思います」
「ほ、補充って……。————! あ、あの、補充って具体的に、どのような行為のことを指すのでしょうか!」
「えっ……! そ、それは……」
僕は、リンデさんとのことを思い出す……。今までに、あったことは……。
「……リンデさんのために、特別に甘い物も作ってあげますし、その、体の臭いが嗅ぎたいというのでしたら、いくらでも嗅がせてあげますし……な、なんでも……そうです、僕が耐えられないようなことも、なんでも、します。正面からでも、ソファの上でも、全部受け入れます。……まあその、全部僕も好きなことではあるんですが……」
……は、恥ずかしいな、こんなこと言うのは……。ビルギットさんは……ビルギットさんは、僕に対して一言、
「すみません調子に乗りました……」
と、申し訳なさそうな顔をして、ちらちらと僕……いや、僕の後ろを……?
「————うわっ!」
「……すんすん……」
急に後ろから、腰に手を回された。
……まさか。これって……!
「今すぐ補充します……ライさん分をたっぷり補充します……」
腰をがっちりと固められ、背中には柔らかい圧迫感……!
間違いない、この感触と行為はやっぱりリンデさん……。……じゃあ、さっきの僕の発言、全部聞かれて……!
「今日も、いっしょにおふとん、入りたいです……」
「り、リンデさん……!?」
「拒否したら、私のこと嫌いだと思われていると判断して拗ねます……」
うっ、ううっ……!
い、嫌なわけないじゃないですか……!
……だから、良すぎて困るんです……!
「わ……わかりました……」
「えへへ……約束しちゃいました……」
背中越しになんとかその柔らかさにだらしなくならないように、ビルギットさんの前でみっともなくないように顔に力を入れて返事をする。
ビルギットさんは……僕を見ながら照れていた。いや、完全に気付いていますよね……。分かってはいました、察する能力というか、基本的にビルギットさん、筋肉があるだけのかなりの頭脳派ですよね……僕の考えていること完全にお見通しですよね。
この2つのそれにデレデレしないようキリっとしてるけど、内心ドキドキしているところまで完璧に筒抜けですよね。ああかっこ悪い恥ずかしい……。
「ライ様、すみません、リンデさんが後ろにいると分かっていて聞いたんです」
「ええと……その、怒ってはないので謝らなくてもいいですよ」
「はい……。あの、リンデさん」
リンデさんが、僕の肩に頭を乗せるようにして「なあに?」と返事をする。耳元からの声に、ちょっとくすぐったい。
「ライさんに、その、良くしてもらっています……」
「そうだねー」
「あの……構わない、でしょうか」
「もちろんだよー」
リンデさん、先ほどとは違って、随分と余裕を見せた反応をした。
「ほ、本当ですか? だってさっきは」
「ビルギットさんのおかげで、ライさんと一緒に寝る約束が取り付けられたので、全部ゆるしますー、えへへありがとうございますっ!」
「えっと、どういたしまして……?」
……なんだか完全に僕一人が巻き込まれて約束を取り付けられた形になってしまった。でも……その、嫌じゃないので、いい、かな……。
「お待たせしました」
会話しているうちに、注文しているものが出来上がったらしい。姉貴も一緒に出てきていて……見てみると、エファさんが着替えていた。
「ビルギットさんのは、あたしが村まで帰った際に着替えさせてあげるわ。その時に話に聞いたけどエファちゃんならできるってことなので、エファちゃんに教えておくわね」
「は、はい! わかりました!」
不器用といわれている魔族でも、エファさんはその辺がある程度器用にできるようで、やはり皆の分を担当していた。
……そうだ、ここだ。
エファさんだけは、多少器用なんだ。
何か……こう、役割分担のように。
誰かを手伝うように。
エファさんは————
「これ可愛いですよね! 一目で気に入っちゃいました!」
————メイド服を着ていた。
……このことは……やはり、言わないでおこう。
僕が言うことでまた雰囲気が凍ったり、あと……僕が止まることでリンデさんが不安になってしまうかもしれない。さっきの顔は、少し見ていられなかった。
……ふふ、こんな状況でも、僕の関心はリンデさんなんだな……。
「あの、ライさん?」
「あっと……はい、エファさん」
「ど、どうでしょう! この服!」
「とても似合っていますよ。ところでそれ、手伝いをする人、メイドさん用の服だとは知っていますか?」
「えっ、そうなんですか? 人間のメイドさん、可愛い服を着るんですねー……」
いろいろ物語などは知っていても、服は知らなかったという感じだろうか。でも実際、背が低くて桃色の髪をふわふわさせているエファさんには、とても可愛らしく似合っている。
「似合ってはいるんですが、どちらかというと下働き用の身分が低い人用の服なんですけど、かまわないんですか?」
「ええっとぉ……私、これで年齢かなり高いんですけど、あんまり争いとか好きでないですし、威厳とか、威圧感とか……そういうのは欲しくないんです。出来る限り誰とでも気軽に仲良くやっていきたいというか。……だから、そういう意味でもこの服がいいです」
「一応時空塔騎士団、なんですよね」
「はい。でもたまたま能力が高かっただけで、本当は誰かを支えることをしたかったんです。多分この背丈で杖でも戦えるので、魔法槍術士なんかも向いていたんでしょうね。でも、ヒーラーに適性があって、自分の性格にも天職だったと思います。……それに……」
「それに?」
「……マックスさんも、助けることができましたし。戦う力じゃない私だけができたことなので、嬉しかったです」
エファさんも……とても優しい人だ。誰よりも誰かのために頑張るという性格に、能力が相乗効果を発揮している。
これがエファさんなんだな。
「……へえ〜〜〜……」
「ぴっ!?」
……エファさんの真後ろには、いつの間にか姉貴がいた。
「み、ミアさん……!?」
「へえ〜、ほぉ〜、ふぅ〜〜〜ん?」
「はわ……」
「言わないわよぉ〜? 分かってるからねぇ〜?」
「はわ、はわわ、はわわわわ……」
姉貴が、なんだかエファさんの秘密を握ったような感じだ。……なんだろう、まあ仲が悪い感じはしないからいいけど……。
「……えっ! あれっ!? ほんとにマックスさん!?」
エファさんが見た方向を見ると、マックスさんが確かにいた。エファさんはそのままマックスさんの方へ走り出した。
「マックスさーんっ!」
「エファ殿……エファ殿か!? メイド用の服を着ているのですか」
「は、はいっ……あの……に、似合いますでしょうか……!」
「下働きのものの服よりも、もっと令嬢のようなドレスが似合うかと思いますが」
「……え……だめ、ですか……」
「いえ……もちろん似合っているのですが、服が中身に負けてしまっている気がします。気に入っているのでしたらもちろん、可愛らしさを引き立たせていますし十分にお似合いです」
「……はわわ……ありがとうございます……」
なんだか二人、結構仲いいんだな。
姉貴が隣で「ぐぬぬ……あたしのエファちゃんが……」と呟いていたけど、そもそも姉貴のものじゃないでしょ。
「ところで姉貴、服って誰が支払ってるんだ?」
「ん? あたしだけど」
意外にも、姉貴が支払っていた。
「王国からの報酬はないんだけど、そうでなくてもあたし普通にSランク冒険者としてやってるからさ、どんな魔物にも後れをとることはないし、それなりに収入あるのよ。食べる以外に興味ないし、装備もこだわってないんでそこそこ溜まってるの。お金はこういう時に使うべきよ」
「そっか、そうなんだ。……なあ姉貴」
「何?」
「宝飾品店の時には……」
「……あれはね、見た限り買うとちょっときつい。売れないぐらい高いから非売品なのよ」
「思いっきり無料でもらったけど……」
「地味にどれもお店のロゴ入ってるし、魔人族のみんなって当たり前だけどめっちゃ目立つから、広告費だと思うわよ、どのみち売る気のないものだったみたいだし。……でも、ちょっと悪いわね……」
「そうだよなあ……」
僕が後から言ってみんなに配る形になっちゃったし、後で埋め合わせしておこうかな。
……と思っていると、そこに着替えを終えた人が一人やってきた。
「お待たせしました……」
「レオン君……! いい! イイわっ!」
「ありがとうございます……ちょっと、脱いでいるより恥ずかしいですね。でも靴の感触は悪くないです」
レオンさんは、全身黒で綺麗な上着とズボンを着用していた。
「ね、後ろ! 後ろ向いて!」
「はい、どうぞ……」
「……。……やっべぇなんだあれ……おちつけミアちゃん……。……フゥフゥ……。……ふんす……ふんっす……」
姉貴、鼻息荒すぎ。
レオンさんを見てみると、お尻の形が綺麗ではっきりしており、上に向いていると錯覚するような、なんだか妙に女性的というか、色気のあるお尻をしていた。
確かに姉貴が夢中になるのも分かる。
「……ねえライ」
「何?」
「女がさ、男のお尻に顔を埋めると引く?」
「引くに決まってるでしょ……」
「……ライはリンデちゃんがお尻に顔埋めてきたら引く?」
「……」
それは……。
「……恥ずかしいし照れるけど、引くことはないかな……」
「興奮は?」
「う……。………………」
想像する。いや、そんな状況になるということ自体普通ないだろう。ないだろうといいつつ……でもリンデさんも大概変わってるからなあ……!
そんなリンデさんに、何されても嬉しい僕も僕なんだけど……。
「……その無言だけでオッケー……よしよしオッケーあたしにも絶対脈ありおっけー……そのうち土下座してでも埋めさせてもらうわ……」
「姉貴にプライドはないの?」
「あたしプライドめっちゃ高い方だと思うけど、あの枕にしたら安眠できそうなレオン君を見せられたら、自分のプライドなんてゴブリンの晩飯にでもさせた方がマシってぐらい即捨てるわ。あーすきすき……レオン君すきすき……」
もう姉貴、これでよく耐えてるなってぐらいヤバイ感じになっていた。
「……まったく……女神様はどうしてこんなのを勇者に選んだんだか……」
「愛情と恋慕を忘れず生きるのが正しい人間の姿だってことよ」
「欲望と性癖に忠実に生きるの間違いじゃないのかな」
「それ同じ意味じゃない」
言い切っちゃったよ。
……ちなみに姉貴はお尻に釘付けの半暴走状態で気付いてないけど、レオンさんは少し顔をこちらに向けている。顔は……うん、間違いなく聞いている。満更でもないっていう、はにかみ照れ顔だった。
僕とリンデさんは、まだお互いにそれなりに普通な方だと思うけど……この欲望だだ漏れの暴走姉貴にベタ惚れしてるレオンさんが、実は一番すごいんじゃないかと思う。
「————ええっ!? 無茶では!?」
「いや、行くつもりだ」
……ん? 向こうでエファさんとマックスさんが何か激しく揉めるように会話の応酬をしている。
その声を聞いて、店員と話していたマーレさんが出てきた。
「ライさん、今のは……?」
「マーレさん。どうやらエファさんとマックスさんが何か言い合ってるようです」
「マックスさんとエファ? 気になりますね、行ってみましょう!」
少しお洒落に着替えたマーレさんとユーリアさんが出てきて、エファさんの元へと行った。
「何がありましたか!?」
「陛下……!」
「マーレ殿たちも、皆お着替えになったのですね」
「ええ、そのために参りました。それより何があったのですか?」
「それが……」
エファさんが話している最中に……マックスさんのおばさまが現れた。体調悪い頃から元気さを感じる人だったんだし、足が治って安静にはやっぱりしてるはずないよな。
「おやおや、あの魔人族の子じゃないかい!」
「母さん、もう終わったのか?」
「おうよ! 果物屋と喋ってるところに知り合いが更に来て長話になっちまった。でもみんな脚のこと聞いてくれるから手間が省けたよ!」
おばさま、エファさんに楽しそうに話しかける。エファさんが不思議そうに聞く。
「手間、ですか?」
「そうさね。間違いなく、魔人族の青い肌の子の、人間とは明らかに違う規格外のヒールのおかげで体調が良くなったって言えるからね!」
「そ、そんなことをしていただいてたのですか!?」
「したかったからしてるだけだし、そうじゃなくても歩き回りたかったのさ。本当に歩くのも、こんなに体調が良いのも久しぶりだからね。……改めて、あんたホントありがとね」
「いえ、どういたしまして! 困った人を見かけたら、助けるのが当然なのが我々魔人族ですので!」
「ほんっと、いい子たちだねぇ!」
おばさま、エファさんの桃色の髪を撫でた。エファさんはヘッドドレスのフリルを揺らしながら、気持ちよさそうに撫でられていた。
……少し話の腰を折られてしまったけど、結局何があったのか分からない。こちらから聞いてみよう。
「……ところでマックスさんとエファさんは、一体何を言い合っていたんですか」
「! そ、そうです! ライさん、どうやらマックスさんは、お母様と一緒に教会に詰問しにいくようなのです!」
「な……!?」
教会。確かに、そこがこれまでの問題の中心部だろう。
しかし……
「後ろ盾もなしに、二人で向かうつもりだったのですか?」
「こういう納得がいかないことがあると、どうしても黙っていられない性格だからな、母さんは……」
マックスさんも、どうやらおばさまに振り回される形でやってきたらしい。
「————なるほど。では、我々も全員で向かいましょう!」
マーレさんが、マックスさんに向かって大きな声で宣言をする。
「なっ! マーレ殿……!?」
「元はといえばエファのしたこと、そしてそれを許可した私の責任でもあります。どうか私も向かわせて下さい」
「しかし、あなたにこれ以上お礼をしていただくわけには……」
「何を仰いますか、むしろお礼を言いたいのはこちらです」
マックスさんの言葉に、思いっきり首を振って否定するマーレさん。
「まさかここまでお母様のお顔が広いとは。……こういった魔人族の信頼を勝ち取る手順、どう頑張っても魔人族側から動けなかったのです。当たり前ですよね、まだ信用できない人に、信用してくれと言われても信じられるわけがありません」
「マーレ殿……」
「私がどんなに頑張ってもできないことをやってもらっているのです。……もしも、あなた達がどんなに頑張っても勝てない理不尽な権力があれば、私はもっと理不尽な力によって、お世話になったあなたたちのために自分の信じる正義をねじ込みたい」
マーレさんが、強い意志を持った目をして後ろを見る。その視線の先では、リンデさん達が真剣な顔をして頷いていた。
「それに……」
その瞳が、次は僕を捉える。
「ごめんリンデ、やっぱり、私たちは、魔族の秘密を知っておかなければならないと思う」
「……やはり、マーレさんもそう思いましたか」
「ということは、ライさんも……ですね」
リンデさんと出会って、魔物と魔族の差、そして魔人王国を教えてもらってから……真っ先に調べに行かなくてはならないと思っていた。
いずれ行こうと思っていたけど、これだけのメンバーがいるんだ。今しかチャンスはないのかもしれない。
隣でリンデさんが不安そうな顔をしていた。僕はリンデさんの手を握り、「いざとなっても、リンデさんがいれば大丈夫ですよ」と笑った。リンデさんも、少し戸惑いつつも笑ってくれた。
僕はマーレさんの目を見て言った。
「行きましょう、教会へ」