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最初からお互い様だったみたいです

 裁、判……?


 マーレさん……改め、魔王陛下の宣言により、リンデさんと、魔王様とその部下という構図が出来上がる。


「ちょ、ちょっとマーレ、どういうこと?」

「ごめんミア、ここからは魔人王国のことなの、黙ってて」

「そういうなら見守るけど、変なことしたら遠慮なく邪魔するわよ」

「……わかった、それでいいわ」

「そ。じゃあ見ておいてあげる」


 姉貴も疑問に思ったようだけど、マーレさんの有無を言わさない雰囲気に、見守ることにして僕の近くまで来た。

 リリーが寄ってきて「あたし、やっちゃった?」と言ったので、とりあえず僕と姉貴で(はた)いた。原因はわからないけど、間違いなくリリーが着火点だと思うよ。




「リンデ」

「は、はい」

「私は、人間には近づいてはいけないとあれほど言っていたのに、あなたが人間の文化に抑えきれないほどの興味を持ってしまったため、許可を出しました」

「はい」

「その時、出る前にいくつかの約束を必ず守るように言いました。……もちろん、全て覚えていますね?」


 それは、リンデさんと会った初日に聞いたことだった。


「はい。……まず、人間は絶対に襲わないこと……」

「ええ」

「次に……受け入れられなくても、力を利用した説得などは行わないこと……」

「ええ、そうです」

「……そして、殺されそうになっても、最後まで反撃はしないこと。……どんなに強い人間が相手でも、どんなに危険な攻撃をされても、反撃せずに逃げること。そして……逃げられない人間に対して、怪我させるぐらいなら殺される覚悟でいること」

「よろしい」


 ……具体的には、そういうルールだったんだ。リンデさんに課されたルール、非常に重い。でも同時に、それらを守ってでも人間の文化に触れたかったというリンデさんの強い願いがあったんだろう。

 そして、リンデさんは最初に僕と出会った。


 姉貴は、その条件を初めて聞いたのか、驚いた顔でリンデさんを見ていた。僕は小声で「前聞いたから本当のことだよ」と言った。

 そこまでの覚悟を持ってやってきているとは思わなかったんだろう。姉貴もリンデさんのことを真剣に見守っていた。


「リンデ」

「はい」

「まさかそれで終わり、ですか?」

「……いえ、違います……」


 ……? リンデさん、条件はそれだけでは、ない?




「人間と接触できたときの条件、ですね……」

「そうです」


 リンデさんが、目を閉じて……その条件を話し始めた。


「……料理というものがどういうものか、体験してくること。作るのは無理でも、作り方なども多少は見てくること」

「ええ」

「本当に宝飾品を人間が作れるのか、調べてくること」

「ええ、ええ」

「服がどれほどの規模で生産しているものなのか、対価がどれほどのものなのか、調べてくること」

「はい、そうですね」


 ……そうか、接触できた後のことも、任務がいくつかあったって言ってた。それらは人間の王国で行われていることがどれほどのものなのか見るためのものなんだ。


「そして、接触したときに、禁止していた条件がありますね」

「……は、い……」


 リンデさんが、言いにくそうにしている。……じゃあ、ここが問題の条件なんだろう。


「まず、相手に危害を加えないこと」

「ええ」

「次に、相手と議論になったら必ず口答えしないこと」

「そうです。……でも、きっとライさんは、そういうような口論になること自体なかったでしょう」

「……はい、なかったです。……それから……相手に、怒り、失望などの失礼な悪感情で対応しない、こと……」

「守っていますよね?」

「……ライさんは……いい人、ですから……」


 リンデさんは、申し訳なさそうに上目遣いに僕を見た。……いや、確かにリンデさんは初日に質問のやり取りをしたし、不穏な空気になるほどリンデさんは不機嫌になったけど、あれは僕が先に失礼を働いたからだ。

 だから言いませんよ、リンデさん。……そんな意思を乗せて、軽く微笑みながら首を少し横に振った。


 ……少しほっとした様子のリンデさんに、再びマーレさんからの声がかかる。


「まだ、ありましたよね? 私が覚えているかどうか聞きたいのは、それです」

「……はい。人間に、恥を掻かせるような、失礼なことは特に避ける」

「ええ」

「……特に……魔人族の……知識とか、そういうのを利用したそういう言動は……失礼にあたるので、避ける……」

「そうです」


 マーレさんは、まさにそこだというように、リンデさんの近くへ歩いた。


「私、言いましたよね。人間に対して、魔人王国の常識を知らないことを利用するような、失礼なことはしないと」

「はい、そうです……」

「……。はぁ……。リンデちゃん。あなたはお調子者だけど、もう少し配慮が出来る子だと思ったんですけどね……」

「……はい……。あの場では、ああ言うしかなくて…………」

「幸いにも大きな悪事ではないけど、ちょっとイラっときちゃったよ私。……少し、遊びすぎかな?」

「…………はい、申し訳ありません……」


 リンデさんは、小さく項垂れた。


 ……ん?

 つまり、それって……


「あの、いいですか?」

「ライさん。はい、何でしょうか」


 マーレさんに、どうしても気になる疑問を聞いた。


「あの……つかぬ事をお聞きしますが、今の最後の「魔人王国の常識を利用した失礼なこと」が「毎日スープを作って下さい」なんですか?」


 僕が聞きたいのは、そのことだった。

 この流れになるように雰囲気が急激に変貌したのがリリーの発言で、そこに掛かる今の二人の会話を聞いた限りでは、この部分がネックのはずだ。


「はい、そうなのです。ライさんには一体どう言えばいいのか……」

「僕は何と言われても怒りませんから。リンデさんがどんな失礼を働いたとしても、そもそも命を助けてもらったことに引き替えれば何ともないです」

「……あなたは、本当に寛容な方ですね」

「僕からしてみれば、ちょっと魔王様が人間に対して慎重というか、臆病というか、魔人族に対して不寛容に見えます」

「え……」

「僕はね、リンデさんのああいう辛そうな顔って見たくないんですよ。僕から言うのはお門違いとは思うんですけど……何か悪いことをしたというのなら、許してあげてくれませんか?」

「……ライさん……。本当に、あなたがリンデさんと出会ってくれて、よかった。もしかしたらあなたに一番救われたのは、私なのかもしれません」


 マーレさんは目を閉じると、リンデさんの方を向いた。


「リンデ。ってわけだから、あなたはとりあえず無罪ね。だって、あなたを有罪にすると、ライさんに私が嫌われちゃう」

「陛下……」

「だけどね、それはそれ、これはこれです。ちょっと報いは受けてもらいます」

「———え?」


 マーレさん、許したと思ったら態度を変えて、リンデさんがあっけにとられていた。マーレさんは僕の方を向いた。


「ライさんには、リンデちゃんが一体どういうことを言っちゃったか知ってもらおうかなーって思います」

「へ、陛下っ! そ、それは……!」

「観念することね! 元々リンデちゃんが一人でいい思いしてるっぽかったからその場の女子一同でとっちめに来たのが目的なんだから!」

「え、ええ〜っ!?」


 僕は、横並びになっているみんなを見た。クラーラさんと、エファさんが首を縦に振っていた。カールさんとレオンさんは二人とも同じように肩を上げて、ビルギットさんは曖昧に頭を掻いていて、ユーリアさんは首を横に振っていた。

 ……意思、一致してないっぽいですよ魔王様?


「あれ? ……と、とにかく! ライさんには、知っていただきます!」

「陛下ぁっ!」

「いいですか、ライさん! リンデちゃんの発言、スープを毎日作ってもらうというのがどういうことなのか!」




「「スープを毎日作って下さい」って、プロポーズの意味なんですよ!」




 ……。


 ……。


「はい?」

「だから、プロポーズです! ただでさえ不器用で料理下手な魔人族、その中で海水煮込みスープを作れるような人は僅かです。そんな料理を毎日食べさせて欲しいって、それはもう、生涯を共にしたいって意味なんです!

 つまりリンデちゃんはね! 魔人王国の常識を知らないライさんを尻目に一人でホクホク新婚気分に浸っていたんです!

 もうほんとうらやま……じゃなかったこれは大変に失礼なことです! 本当に部下が申し訳ありません!」


 ……。


 ……。


 ええっと、頭が、おいつかな




「あーーーっははははははは!」


————そこで容赦なく大声を上げたのは、姉貴だった。


「へ? み、ミアさん?」

「はーーっ! ヒーーーッ! やっべーちょーおもしれーーー! なにこれやべーわマジ! マーレ、あんた今チョーかっこ悪いわ! マジで道化、マジ滑稽! さっきも笑ったけど今日は今年一番笑ったわハハハハハ!」

「な————なんですってぇ!?」


 姉貴に思いっきり露骨に馬鹿にされ、魔王フルパワーでどつこうとしたマーレさんを、勇者スペックでひょいっと回避した姉貴は、リリーの近くに立った。


「リリー、そのスープを毎日作って下さいっての、ライはそれを聞いてオッケー言っちゃったのよね?」

「そーだよミア。っていうか今の話聞いたけど、えっとマーレさん、魔王様なの? びっくりしましたけど……とりあえずちょっと落ち着いてくださいね?」

「あ、そのえっと、リリーさん?」


 ……。……えーっと……。


「ライーっ!」


 僕の思考が凍ってる途中で、リリーに声をかけられて我に返る。


「な、なに?」

「分かってると思うけど、ライがスープを毎日作ってあげましょうだなんて言っちゃったの、村人全員知ってるからね」

「うっ……!」


 そ、そうか、そうだった!

 姉貴もやってきて、僕に向かって腕を組んで宣告する。


「さあライ! あんた、ここはもう決める場面よ! そこのあたしを笑わせてくれた肌の青い職業道化師のマーレちゃんに教えてあげなさい」


 姉貴、それはいくらなんでもあんまりだよ。

 ……でも、そうか。そうだよな。




 マーレさんを見る。すっかりあっけにとられている様子だ。

 リンデさんを見る。泣きそうな顔をして僕を見ていた。


———え!? こんな顔をしていたなんて、放心していて気付かなかった。


 ……そうか。

 後ろめたいんだ、リンデさんは。

 僕を騙していたんだって。


 でも僕は……。

 こういう顔をさせたくなかったんじゃなかったのか。


 毎日一人きりの家で5年間過ごしてきて。

 料理の練習をして、一人で食べて採点して。

 お菓子を作っては、面倒だし作りすぎたと思って。

 宝飾品を作っても、誰が付けたかも知らなくて。

 そんな毎日が当たり前だと思っていた。


 リンデさんが来てから、家は明るくなった。

 いるだけで家に新しい明かりが灯ったようになって。

 料理は今までとは全然違うぐらい楽しくなって。

 お菓子作りのレシピの少なさを悔やむようになって。

 宝飾品を作るだけでなく、指に嵌めることもやった。

 当たり前の灰色の毎日が、何もかも変わった。


 もう、リンデさんのいない生活に戻ることはできない。




「マーレさん、聞いてください!」

「な、なんですか!?」


 だから僕は、まずはこの空気を解消するために、僕とリンデさんの、始まりの会話のことをちゃんと説明した。




「「毎日スープを作って下さい」というのは、王国の人間にとってもプロポーズの言葉です! それを知っていて僕は作ると応えました!」




「………………へ? ……ええっ!?」

「だから、リンデさんの意思は僕の意思と同じで、全く、まッ———たく、これっぽっちも悪くないんです!」

「はい? え、え? えっと、あれ? あれ? あれ……?」


 マーレさん、完全にパニックになっている。リンデさんは……放心して僕の方を見ていた。そこへ姉貴がゲラゲラ笑いながらマーレさんの所まで行って、その体をばしばし叩いた。


「あーっはっはっは! 滑稽よね!」

「み、ミア、これどういうことなの!?」

「つまりね、マーレが来たことでようやくわかったってわけよ!」

「何が!?」

「だからさ———


——最初から。

 リンデちゃんは、自分はプロポーズしたつもりだけど、ライはそのつもりはないって思ってた。

 ライは、自分はプロポーズ受けたつもりだけど、リンデちゃんはそのつもりはないって思ってた。


 最初っから、こいつら、どっちもプロポーズ自分だけやったつもりだったのよ! いやーバカバカしいわね! だから、それを知らずにシリアスドヤ顔でリンデちゃんに説教かましていた、あんたは今日一番の道化よ!」


 姉貴の解説にマーレさんは、ついに完全に体から力が抜けて、ぺたんと地面に座り込んでしまった。


「え、え? えっ、じゃあ、え? あれ? じゃあライさん、ライさんって、え? リンデちゃんと……え? え?」

「落ち着いて、落ち着いてマーレさん」

「あの、えっと、え? だって、リンデですよ? 思いっきり魔人族ですよ? しかもこの子、とびっきりのぽんこつですよ? プロポーズ、受諾したつもりで言っちゃってたんですか?」

「そうです」

「……本当に、いいんですか?」

「むしろ、もうリンデさんの明るさなしの生活に、僕が戻れないんです。ずっと一緒にいたいんです」

「………………」


 マーレさんが、放心した顔で長い間沈黙する。やがて立ち上がり、リンデさんのところに行って……


「……えいっ!」


 放心しているリンデさんを、僕の方に投げ飛ばしてきた。


「———うわっ!」

「きゃあっ!」


 僕は、飛んできたリンデさんを抱き留めて————








———唇が、触れ合った。




「—————!?」

「〜〜〜〜〜っ!」


————!


 あ、ああ……!

 やった! やってしまった!

 完全に、キス、していた……!


「あ、あの、す、すみませんライさん私、今……!」

「リンデさん!」

「は、はひっ!」

「謝らないでください!」

「……え?」

「僕は、リンデさんとなら、嫌なことはなにもないですし、むしろ、嬉しいです、から……。リンデさんは……どうでしたか……?」

「……は、い……。私も、同じです……ライさんとなら、何もかもが、いいこと、です……。でも、初めてはもうちょっと、その……二人きり、で……ゆっくりやりたかった……です……」


 僕とリンデさんは、そのまま見つめ合うのも恥ずかしくて、目線を外しながらハグし合った。




「…………はぁ〜〜〜〜」


 そして、再びの姉貴の溜息にびくりと飛び跳ねる。


「えっと、今の、なに、初キスなわけ? もう毎日やってたんじゃないの?」

「し、してないよ! リンデさんとは、その……初めて、だよ!」

「それマジなの!? どんだけ奥手なのよ、つーかあの体中匂い嗅いでたのはなんなのよ、あれが二人の日常なの!?」

「日常だよ! 仕方ないだろリンデさんいい匂いなんだから!」

「げっライのやつ開き直りやがった!」


 姉貴はマーレさんのところへ歩いて行った。


「で、部下のファーストキスを無理矢理作っちゃった魔王様的に、どんな感じ?」

「……え、あの、リンデちゃん、私まさかそんなつもりで投げたんじゃ……」

「えっと……陛下……私、その、嫌じゃないというか、よかったので……」


 しどろもどろに応えるリンデさんを、心配そうに見ているマーレさん。その背中を姉貴が叩く。


「マーレも大概よね、いくらなんでも二人の間を取り持つにしても、女の子投げるってないわよ、常識で考えなさいな」

「み、ミアに常識とか言われるのめっちゃ傷つく……」

「あんたもあんたでナチュラルに貶してくるんじゃないわよ!?」


 マーレさんは姉貴とそんな会話をしながら、僕の方へ歩いてきた。




「えっと……ライさん、少しよろしいですか?」

「? はい」


 マーレさんは……僕の首筋に顔を近づけた。


「……う……。これは、なるほど……」


 マーレさん、顔を顰めながら今度はリンデさんの所へ行って、「え?」と戸惑っているリンデさんの首筋に再び顔を埋めて匂いを嗅いだ。


「……う……」

「へ、陛下ぁ……」

「———やっぱり、そうなのね」


 ……? マーレさんは、何がやっぱりと言っているんだろうか。


「二人は、多分運命の夫婦なんだろうね」


 …………。


 …………。


「ええっ!?」

「ふぇっ!?」


 と、突然何を!?


「図書館の文献の中で、見たことがあるのです。体の臭い……体臭というものは、それぞれ人種……人間と魔族の差もなくバラバラだと。

 それは自分で調整出来ない部分であり、同時に自分には確実にある部分です。剣士が努力して弓矢を持てるようになるのとは訳が違う、自分の力でどうにもならない部分です」


 体臭が自分で変更できない。それは当然の話だった。でもマーレさん、どうして急にそんなことを……?


「急にこんなことを言ったのは、どうやらこの体臭というもの、本能的な部分で、相手の相性を判別できる要素が存在する可能性があるということなのです」

「体臭の……相性?」

「はい。あくまで仮説にすぎない話、ということなのですが。……悔しいですが、私はライ様の匂いはあまり良いとは思えませんでした……。そしてリンデとは、もちろん私と婚姻関係など結べないですが、かなり悪い相性だと思います。でもこれは、魔王と部下としての付き合い自体に影響があるわけではないです」


 その話を聞いて、リリーが不安そうな顔をしてやってきた。


「あの……私がライの匂いが苦手なのって……」

「そうなのですか? でしたら本能的な部分で相性が良くなかったんだと思います。……重ね重ね言いますが、もちろん通常の人付き合いには影響ないですよ」

「……! そう、そうなんですね……よかった……」


 マーレさんの説明を聞いて、リリーは安心していた。


 ……。

 あれ? それじゃあまるで……


「……ええ、ライさん。リンデさんとライさん、ちょっと通常ではありえないレベルで相性最高です。正直このお互いの汗の匂いを嗅ぎまくるって、文献に例がなくて具体的に分からないレベルの相性の良さです」

「え……ええ!?」

「実は、そのことを直接確認したい、というのが私がこちらまで出向いた本来の目的なのです。魔人族と人間の、男女の血筋情報の相性とでもいいましょうか。それが一致するほどいいなどありえるのかと。……結論から言うと、ありえた、ということですね」


 マーレさんは、そう言って一歩下がって、にっこりと笑った。


「全く……羨ましいぐらいのお似合いです。私の今までの、人間と少しずつ友好関係を築いていく計画を、あなたたち二人は全部飛ばしてしまいました。全く……長く生きてみるものですね」


 僕は、マーレさんの言った内容を頭の中で反芻して……リンデさんを見た。


「あ……っ!」


 リンデさんは、びくっと身を竦ませたけど、少しずつ近づいて、再び僕の体の匂いを嗅いだ。


「……んんー……やっぱり最高の匂いです……どうしてこれをくさいと思うのか、不思議でなりません……」

「ではリンデ、私の匂いを嗅いでみて?」

「へ、陛下のですか!?」

「そうよ。それで分かると思うの」

「では失礼して……。……ッ! っ……ッ……!」


 リンデさん、少し眉間に皺を寄せたけど、声は上げなかった。


「……ふふ、やっぱり臭くて、でも咽せるのを我慢してくれている顔ですね。私と同様臭く感じるか調べるためだったので気遣わなくていいわよ」

「あ……えっと、わかりました。確かに陛下の匂い、あんまり私、その………………得意、じゃない……です……」

「再三になるけど、私とリンデちゃんの仲が悪くなるとか、そういうことじゃないからそこだけは間違えないでね」

「あっ、はい!」


 リンデさん、そのことを聞いて安心していた。




 再び姉貴が、にやにや笑いながらやってきた。


「……ところで、マーレにはひとつ、保留していた話があったのよ」

「保留? まだ言ってない話?」

「楽しみにしててねって言ったわよね? それじゃ見てね、リンデちゃんの指」


 ……? それは、リンデさんの指輪のこと?

 マーレさんは、リンデさんの指をよく見てから……


「えええええーーーーっ!?」


 大声で叫んだ。


「ど、どうしたんですか陛下!?」

「どうしたもないわよ、リンデ、あんたその指分かってて嵌めてるの!?」

「えっと、あっ、でも、ライさんに嵌めてもらったんです、私から勝手にとかではないです!」

「ライさん!」


 マーレさんは僕の方を向いた。迫力のあるマーレさんの顔に思いっきりびびる。


「は、はい!」

「あなた、これ、右手じゃないですか!」


 ……右手?


「もしかしてライさん、この手の話の知識は詳しくない……?」

「お、恐れながら、指自体は分かるのですが左右のことは……。作るときは村に籠もって作るばかりでそういったものには疎い生活だったので……もっと良いものを作るためには、そういった話ももっと城下町で聞くようにするべきだったんでしょうが……」

「なるほど、そうだったのですか……お互いの知識、あったりなかったり、不思議なものですねえ……」


 ……な、なんだ……?




 マーレさんが、それまですっかり展開について行けていなかったリッターの皆さんの方を見ながら言った。


「……薬指はね、結婚に関する指なの」


 う……改めて言われると恥ずかしいな……。勢いで嵌めてしまって、取るに取れない空気になっちゃったわけだけど……。


「……結婚、指輪……?」

「はあ! マジっすか陛下!?」

「リンデさん、そんな、ずるいですよぉ」

「え、弟さんもう手出してた!?」

「はわわ……はわ………………」

「お兄ぃヤバイこれやばい!」


 狼狽している部下一同に向かって、マーレさんは更なる追撃を加えた。


「しかも———


——左手は婚約指輪、右手は既婚指輪です」


 え!? そうなの!?


 姉貴がマーレさんから解説を引き継いだ。


「ま、ライも勢いで、中指に入らなかったから薬指に入れ直したって感じっぽかったけど、つまり要するに、ライとリンデちゃんは村人にとって客観的に見れば、とっくにどこかで結婚式を終えた夫婦なのよ」


 姉貴の説明が終わると、それはもう後ろの組は色めき立った。


「……既成事実……!」

「うわーっライさんやるっすねー!」

「え、え、しているっていうか、していた、なんですか!?」

「と、とんでもないこと聞いちゃったな……ってユーリア?」

「………………………………」

「お兄ぃゴメン私もう限界グフゥー」


 ユーリアさんが、レオンさんより大きい体でレオンさんに倒れかかった。ユーリアさんは満面の笑顔を湛えながら気絶していた。


「ユーリア!? ちょっとエファ治療をってこっちも気絶してるーっ!」


 エファさんも、さっきの流れを聞いたからか幸せそうな顔をして気絶していた。レオンさんがガクガク揺すって起こしていた……大丈夫かな?

 なんだかてんやわんやの大騒ぎになっている。




 その光景を見ていると、姉貴とリリーがやってきた。


「そんなわけで、余計な言葉とかいらないわ、しっかり隣まで行ってあげなさい、あたしの弟!」

「リンデちゃんの隣には、ライが一番、だからね!」


 二人の声を聞いて、再び僕はリンデさんのところに行った。




「えっと……リンデさん……」

「は、はい……」

「その、このこと、わざとじゃないんです……」

「もちろん、目の前ではめ直すのも見てましたし。……でも、ライさん」

「何です?」

「この指輪、私、ここにつけてていいんですか?」

「……いいと、思います」

「……本当に……?」


「リンデさんが、その指輪をつけた生活がしたいのなら、僕は嬉しい、です」

「……! はい……! 私、この指輪をした生活、したいですっ……!」

「そう、なんですね……はは……本当に、そうなんですね……!」

「はいっ! もちろんですっ!」

「良かった、本当に……嬉しいです! じゃあその指輪の場所にふさわしい生活をしましょう!」

「はい、はいっ……! ……………………えっと、具体的には……?」


 リンデさんにそう聞かれて、とっさに僕は応えられなかった。


 だって、そうじゃないか。

 リンデさんの話によると、魔族は普通の夫婦は同棲をするらしいけど、今思いっきり同棲してるし、一緒に食事を食べてるし。


 指輪。既婚指輪のペアリングにふさわしい生活。

 それってつまり……


「……今まで通り?」

「やっぱり、そう、ですよね?」

「不満ですか?」

「まさか!」


 リンデさん、今度は明るい笑顔になって言った。

 ……うん、そうだ。この笑顔だ。


「じゃあ今まで通り、僕と一緒に、普通に暮らしましょう!」

「はいっ!」


 僕は、やっぱりこの笑顔が隣に欲しいんだ。




「あーっ、あそこでまた熱いことやってるわよ!」

「あ、姉貴!? よしてくれよ」

「おっしゃちょっかいかけるわ! いくわよマーレ!」

「了解ミア! やっぱりリンデちゃんとっちめてやる! リッター集合!」

「ああもう姉貴の馬鹿! いろいろ台無しだよ!」


 なんだかすっかり村の人数は増えてしまって、今後どんなふうになるのか分からないけど。

 それでもきっと、僕とリンデさんは。

 二人の関係は全く変わらないと思う。


 そうして、すっかり賑やかになった広場を見て。

 ……住居どうするんだろうとか、ひょっとしなくても全員分の料理って僕の担当なのかなとか、そんなことを思っていた。


「ちょっと待ってぇ! クラーラちゃん後ろから羽交い締めしないで! ほんっとーに全く動けないよぉ!」

「……エファ……今……!」

「さあリンデさん、もーっと二人の甘い生活エピソードがあるはずです、それをはき出すのです〜、はき出すまでくすぐりです〜」

「う、うらぎりものぉ〜っ!」


 ……でも、きっと。

 これからの生活は、もっと楽しく、鮮やかになる。


「ら、ライさぁ〜ん! たすけてぇ〜っ!」

「あっ、今向かいます! 何かできる気はしないですけど!」

「が、がんばってくださぁ〜いっ!」


 僕は、暗くなった空と、明るくなった村を見てそう確信していた。

予め区切りを考えていたわけではないですが、とりあえず第一章、完! という感じです!

もう片方の作品の息抜きに始めたこの作品が、ある日突然まさか総合1位になるほどの勢いで伸びるとは思わず、本当に驚きと共に感謝感謝の気持ちで一杯です。

みなさんにはいつも見ていただいて、感想も沢山いただけて、もう本当に頭が上がらないですありがとうございます!


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