魔人族みんなで村に来ました
エファさんが治療を終えてから、マーレさんは、マックスさんのそばに寄っていった。
「マックスさん、あなたはお母様のそばにいてあげてください」
「アマーリエ殿」
「あと……お母様の近辺、くれぐれも警戒してくださいね」
「はい、もちろんです」
「……ふふ、あなたは生真面目な方ですね」
「え?」
「私の部下を除いて、私のことを愛称で呼ばないのはもうあなただけですよ。もしもあなたに、私との距離を縮めてもいいと思う心があるのでしたら、是非とも私のこと、マーレと呼んで下さい」
「あっと、そうでしたか。では……マーレ殿」
「はい」
マーレさんは、マックスさんの緊張しながらも愛称で声をかけてくれたことに笑顔で応えていた。……僕も、そのこと、言ってみようか。
「マックスさん、せっかくなのでこの機会に僕のことも愛称で呼んでみませんか?」
「ライムント君か?」
「長い付き合いで顔を合わせる人の中で、僕のことを愛称で呼ばないのはもうマックスさんぐらいなんです、ずっと気になっていたんですが、なかなか言い出せなくて」
「そうか、言われてみると、俺自身どうもこの辺の距離感ってわからなくてな。……じゃあライ君」
「はい」
「改めて宜しくな」
マックスさんは、親しみを込めて手を差し出してくれたので、僕も握手で応えた。……本当に、ここ最近だけで、いろんな停滞していたことが進展していくな。
「それでは、母の様子を見に戻るとしよう。もちろん怪我の心配ではなく、調子に乗って家中歩き回って家の物を壊さないかどうかだな!」
「ははは、あの元気なおばさまならそれは確かに言えてます!」
「ああ! それでは皆様、そして改めてエファ殿、マーレ殿。何度でもあなたたちに御礼を言いたい。何かあったら、このマックス、何よりも優先してあなたたちの元へと駆けつけましょう」
「はわ……言わなくても駆けつけてくれたマックスさんです、きっと次も、私たちの危機にはやってきてくれると信じていますです!」
「そう言ってもらえると、命を張った甲斐があったというものです」
マックスさんは、最後に笑って礼を言うと、家の中へと入っていった。
僕は、マーレさんに、今の流れでふと疑問に思ったことを質問した。
「しかし、本当に良かったのですか?」
「何がですか?」
「あんなに大々的に、足まで治しちゃったことです」
あの治療魔法はあまりにも強力だ。それをああいう形で広めてしまうのは、その……大丈夫なのかな、と思ってしまったのだ。
あまりに頼られすぎるだろうし……。そして、そのことに思い当たらないマーレさんだとは思わない。
「そのことに関しては、別途考えていることがあるのです。最初は、さすがにあそこまでやらせる予定はありませんでした」
「えっ?」
「容態を見て、ある程度現実的な回復を行えば終わりとしようと思ったのです。でも……どうやら、これは表面に見えている一枚の問題ではなさそうだったので」
「表面の一枚……教会だけではない? まさか……」
「ライ様はきっとおわかりになりますよね」
「ちょっとマーレ、あたしわかんないんだけど」
姉貴が横から口を挟んだことで、マーレさんは姉貴に解説し出した。
「やっぱライのが優秀だね?」
「ぐ、根に持ってるわね……ゴメンてば……」
「いいよ。マックスさんもいなくなったので話すけど……おかしいと思わない? マックスさんの給金と、治療費がずっと近い額であったこと」
「……え……」
「私の取り越し苦労ならいいのだけど、どうもそうじゃない。マックスさんほどの立場の人が、どうしてあそこまで困窮するのか。それは、給金が安くなく、治療費も安くなく、どちらも示し合わせたように高かったから……と思ったの」
「あ……」
「ほぼ確信しているのが、エファが能力低下を回復した時。高度な隠蔽までされてあって、弱体化の解除があまりにあっけない。つまり……大したことはしていないはずなの。一体あの簡単な弱体化魔法の貼り直しで、どれだけの対価をもらっているのやら……」
……マーレさんの言っていることはまさに僕も思ったことだった。普通に考えて、マックスさんの給金が少ないということはありえない。
何よりマックスさんの額がそんなに少なかったら、他の兵士がついてこないはずだし、あの兵士達が全員全く事情を知らないなんてこともないと思った。
「最悪の想像は、マックスさんから教会に渡った金貨が、王家に殆ど戻っていること。それはもう、客観的に見たら大金支払って治療費出してくれるいい王様に見えるだろうね。でももしそうだったとすると、マックスさんに実際に王様が支払っていた額は、一番下の兵士より少ないかもしれない」
「……ま……まじかよ……あ、あたし、全然知らなかった……」
「私だって、エファがいないとそんなことわかんなかったよ。まだ疑惑段階だけど……でもね、隠蔽された弱体化魔法は、確実にかかっていた。エファは嘘を言えない子。教会は黒よ」
マーレさんは、そこまで言うと、手を叩いて注目を集めた。
「さ、この話はここでおしまい。私たちは、もっと明るい話題があるじゃない!」
マーレさんはそう言うと、僕とリンデさんを見て、笑顔で言った。
「ライ様。あなたにはリンデに振る舞ってきた分、私たちにもちゃーんと料理を振る舞ってもらいますからね!」
-
そして、僕たち勇者パーティ……改め、ほとんど魔王様とその部下パーティは、勇者の村に戻ってきた。
「あ……ライ! ミア! リンデちゃ……ん……」
リリーが村の近くで出迎えてくれた……んだけど、その顔が、上を見ながら凍り付いていた。
……その場所は、確か————
「——も、申し訳ありませんこのような体で!」
ビルギットさんだった。そりゃ……そうだよなあ。オーガキングサイズだもんなあビルギットさん。
ビルギットさんは申し訳なさそうに、膝を折り曲げてしゃがもうとした。
「あーっ待って! そういうのいいから!」
「……え?」
「だから、そういう小さくなろうとするのいいから! ちょっと驚いちゃっただけだからっていうかこっちこそごめんね!」
「は、はい」
「村の人全員驚いちゃうと思うけど、ぜんっぜん気になくて良いから、堂々としてて! 嫌な目向けたヤツがいたら、あたしがぶん殴っておくから!」
「え、ええっ……? どうか殴るのは遠慮してくださいませ、私は自分でも驚かれてしまうような体をしていることを理解しております。ですから気にしませんので……私のような威圧的な者の為にそこまでしてい」
「気に入ったーっ!」
リリーはビルギットさんの言葉を遮って叫んだ。驚いたビルギットさんを無視して、リリーは僕の方を見て聞いてきた。
「ライ! どうしようこの子めっちゃかわいいんだけど!」
「やっぱリリーもそう思うよな? 僕もビルギットさん……あ、彼女はビルギットっていう名前なんだ。あまりに淑女で驚いたよ。教会の人間の罵詈雑言を浴びても一切反撃しなかった子だ、目の前で見ていた僕が彼女の優しさは保証する」
僕は後ろのビルギットさんを見た。ビルギットさんは僕とリリーの好意的な反応に、恥ずかしそうに照れていた。
「くぅ〜っ、照れ顔もいいわね! ビルギットさん! ビルギットさんを泣かせるようなヤツがいたら、私が蹴るわ!」
「で、ですからぁ〜……」
リリーは、なんというか……リリーって感じだった。
「あっ、と、肝心なことを忘れてたわね」
リリーは、門の前で両手を前に組んで、ちょっと演技っぽく姿勢を正して
「おかえりなさい。そしてようこそ、勇者の村へ。リンデちゃんの友人の皆さんを、村人全員で歓迎します」
そう言って笑顔でお辞儀をした。
-
「わーっ! かえってきましたーっ!」
エファさんと話し込んでいたリンデさんが、僕の家を見た瞬間に走り出した。
「……はっ! 今は家の中に誰もいない! ということは……あれができる!」
……あれ? あれって何だろう。
僕がそう思っているとリンデさんが家の中に入っていった。
「えへへ、これやってみたかったんですっ!」
そう言って、扉の中からすぐに出てきて、
「おかえり、ライさんっ!」
「! はい、ただいまリンデさん!」
出迎える係をやってくれた。家に入るときにお帰りと言ってもらったのはまさに姉貴が出て行って以来の5年振りだった。
「えへへー出迎えしちゃいましたー」
「ふふっ、出迎えられてしまいましたね」
リンデさんはにこにこ笑いながら、ハグをして匂いを嗅いできた。ちょっと恥ずかしかったけど、僕もしっかり抱きしめ返した。
いつもより少し大胆に、腰をぎゅうぎゅうと寄せて押しつけるように、僕を抱き上げるぐらい強く抱きしめて密着してきた。でも悪い気はしなかったし、やっぱりリンデさんは……いいにおいだし、やわらかいし、安心する。
リンデさんが僕の頭を撫でる。僕も負けじと頭と腰に手を当てて強く抱き寄せて、リンデさんの首筋に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
長い一日だった……僕とリンデさんの日常に帰ってきたという実感がする——
「———はぁアァァ〜〜〜〜っ!」
後ろから、溶岩を口から嘔吐したような、とてつもなく濁った溜息が聞こえてきて、僕とリンデさんは揃って跳び上がった。揃って跳び上がった……というより、リンデさんにハグされたまま一緒に飛んだ。
「あ、姉貴……」
「はーいみなさん見ましたー?」
姉貴が腕を組んで、マーレさん達を見た。魔人族のみんなは……ああっ! すっごい目で見られている!
日常帰ってきてなかったーっ!?
「くぅ〜っ! リンデちゃん! ライ様とそんなうらやましい……! ミアの気持ち、私すっごくわかるよ……!」
「……リンデ……やっぱり、処刑……?」
「いやーリンデは明るいヤツだったすけど、ライさんすごいっすね! ここまでになるとはさすがに予想してなかったっすわ!」
「……すごいです……話を聞くのと直接見るのとでは違いすぎますぅ……」
「なるほど、確かに弟様も大概ですね……」
「はわわ……はわわわ……はわわわわわわわわわわわ……」
「お兄ぃこれヤバイまた私気絶するヤバイ……! え、エファ様、私が倒れたら回復してくだエファ様全然正気じゃなさそう!?」
みんなからの詳細な感想をもらって、顔から火が出そうだった。
「……ら……ライさん、すみません……やっちゃいました……」
「いえ……その……リンデさんは、悪くないです……嫌じゃなかったですし……」
「あうう……ありがとうございます……油断していました……」
リンデさんは、恥ずかしそうに離れて、家の中にすごすごと入って行った。
「えっと……その、とりあえず僕と姉貴の家です。……狭い家なので、まずはマーレさんだけ入っていただけますか?」
「あっ待って! マーレとは別に、あたしはレオン君を入れます!」
「えっ!?」
突然の姉貴の指名に、レオンさんが驚いた。
「拒否権ないからね! ユーリアちゃん、お兄ちゃん借りていくわ」
「は、はい! どうぞどうぞ! もうこんなお兄ぃでよろしければ何人でも持って行っちゃって下さいませ!」
「お、おいユーリア!」
姉貴が宣言したと同時に、レオンさんを後ろから羽交い締めにして持ち上げる。レオンさん、ああなるともう抜け出せないのか、恥ずかしそうにしながらも姉貴のなすがままに家の中に連れ込まれた。
「えっと、それではマーレさん」
「は、はい、わかりました! ……というわけで、みんな外で待機!」
マーレさんは、魔人族の人達全員を外に待機させて、家の中に入ってきた。……うん、申し訳ないけど、やっぱりその……ビルギットさんは家の中には入らないよな。
-
「ここがライさんの家の中……」
「木造建築の小さな家です。珍しいですか?」
「我々魔人王国では地下に作られた遺跡のような街を利用しているので、こういった木のみを使った建造物は見られなかったですね。特にまだ木の素材が生きているようで、とても気持ちがいいです。温度や湿度の変化を五感で受けられる、いい住まいだと思います」
「この家をそこまで評価してもらえたことは初めてです、ありがとうございます」
僕は、両親が生きていた頃からずっと一緒に住んでいた家を褒められて、ちょっと素直に飛び上がるのも恥ずかしいぐらい嬉しかった。
部屋に入ると……姉貴がレオンさんを椅子の上で抱きしめていた。その正面にリンデさんが座って、隣にマーレさんがいた。リンデさんはじーっとレオンさんを見ていた。
「あの……リンデさん……そんなに見られると、恥ずかしいんだけど……」
「んー? だって普段は冷静沈着なレオン君がこんなに顔ふやかしているなんて面白くってねー」
「そ、そんな顔してる?」
「うん、すごく気持ちいいって感じの顔してる」
「そう、なんだ……うん、確かに、その、今まで気付かなかったけど……こんなに強引に抱きしめられるのが好きなんて思ってなかったから、なんだか僕自身、ちょっと戸惑ってるよ……ふぁっ、もうっ、ミアさん急に抱きしめないで下さい……」
「でも幸せそう」
「それ、リンデさんにだけは言われたくないなあ」
二人は仲がいいようだった。マーレさんはそんな二人の様子をニコニコ見ている。
僕はそのままキッチンに入っていった。
さて、作るとしたら……まずはやっぱり、リンデさんに最初に食べてもらったものだ。
もう失敗はしないだろう。オーガキングの血抜きはしっかり行って冷ましている。用意したローズマリーと、オレガノ。胡椒は……黒でいこう。今の白は結構スパイシーで辛いタイプだった。同じ見た目だけど、あれはちょっと違うものだ。また今度。
にんにくも、細かくしてしっかり入れていこう。白マッシュ……いや、きのこはナシだ。食べられないと思っているのなら、まずは見た目でキノコとわかるものは避けよう。先入観で味の予想を落としてもらいたくない。
野菜は……前回同様にキャベツと玉葱……色合いから、人参も。
スープは、以前長時間煮込んで冷凍してあるオーガ骨のスープがある。これを使って野菜を煮込んでいく。パセリ……そうだ、パセリは姉貴があのハンバーグのために沢山買ってきた。
……あの母さんのハンバーグ、マーレさんにも振る舞おう。……まさか魔王様に、勇者の母の味を振る舞える日が来るなんてなあ……。
……ん?
「マーレさん? ってリンデさんも、姉貴とレオンさんも」
ふと静かになったので振り返ると、みんな後ろにやってきていた。
「ライ様……その」
「あの、えっと、そろそろ様っての外していただけると……魔王様に様付けして呼ばれるのはさすがに恥ずかしいといいますか」
「あっ……これは気付かず申し訳ない。ではライさん。見させていただいても?」
「えーと……」
僕は姉貴を見た。……そうだ、姉貴は、こういうのは珍しいものだと言っていた。魔人族のように料理をしない人にとっては珍しいだろう。
「わかりました。それでは面白い物ではないかと思いますが、気が済むまで見ていって下さいね」
「は、はい! ありがとうございます!」
「ふふ……御礼を言われるようなものではないですよ」
僕は料理を見ることだけにお礼を言う魔王様がおかしくて、くすりと笑った。
人参……栄養価はあるけど、皮はやはりある程度取り払おう。ざっくりと乱切り。玉葱……この鍋だと間違いなく跡形もなく溶ける。軽く切って、ばらしておこう。キャベツもある。これも、しっかり入れていく。
オーガの肉を切っていく。ある程度の大きさは欲しいし、この鍋なら火が通らないということはないだろう。
まずはミルで塩胡椒をスープの中に入れていく。人参と肉など火を通したい具材を入れながら、スパイスの類も入れていく。具材を入れながら、ミルで塩胡椒を混ぜる。それを繰り返す。特にスパイスは多めでも大丈夫だ。塩はあまり強くない方が好きかな。海水煮込みというのはやっているらしいので、それとは違う味を提供したい。
……鍋はだんだん溢れそうなぐらいの具材になっていった。スープからせり出している玉葱がたくさんあるけど、経験上これは大丈夫だ。すぐに溶けて水分となり、スープと一体化する。
ローレルを載せる。よし、問題ないかな? 問題ないよな。
蓋を閉めて、火をかける。……これで、よしと。
「……っうわあ!?」
「ひゃあっ!?」
僕の真後ろには、マーレさんがいた。
「ああっ! すみません、あまりにも手際がいいもので……!」
「そ、そうですか!?」
「はい……素晴らしいです。真似しようにも、どんなに文献を読んでも私はできなかったので……またじっくり見せて下さい!」
「は、はい!」
魔王様、本当に向上心素晴らしい方だった。なんだか僕が先生みたいに見られるのは、やっぱりどうしても恥ずかしいけど……。
「それじゃ、じっくり待ちますかねー」
姉貴はもう座っていた。……レオンさんは、ずっと姉貴に持ち上げられていた。
「あの、レオンさん、姉貴が邪魔なら邪魔って言ってくださいね」
「いえ……その、そういうことは思っていないので……」
レオンさん、本当に姉貴のことが好きなんだな……ずっとモテない姉貴を見ていたからか、それだけで嬉しくなる。
僕はマーレさんとレオンさんに、家でリンデさんとあったことをいろいろ喋った。途中で姉貴が茶々を入れてきて大変なことになったりもしたけど……。
でも、こうやってゆっくりしていると、終わったんだなって実感する。
-
「出来た頃合いかな?」
僕は、鍋の蓋を開けた。……うん、良い感じ。
「出来ました」
「……なんと……こんなに香りが違う……」
「陛下、これ、全然違いますね……」
マーレさんとレオンさんは、僕の鍋に興味津々だった。そこまで見られると恥ずかしいな……。
「外の方達も待たせていますし、持っていきましょう。姉貴、レオンさんを離して配膳手伝って。
「わかったわ。ちょっと惜しいけど……これからずっと抱けるものね」
「み、ミアさん〜……」
レオンさん、恥ずかしがってるようだけど、満更でも無さそうだ。……ホントに大丈夫だろうな、姉貴……?
とりあえず人数分のお椀とスプーンを出した。鍋の中のたくさんあったスープは、みるみるうちになくなっていった。
外には簡易な食事が出来る場所がある。村にそういう場所を用意してあり、そこにみんなで集まった。
「それでは、今回の皆さんの働きをねぎらって、僕からのささやかなお礼です」
外でみんなにお椀を持たせて、待機した。
ちなみに、ビルギットさんはあまりにも大きさに差がありすぎたので、鍋とおたまにした。
「もう挨拶とかいいですよね、いただきます」
「えっ、ライさん!? ああっ! はい、皆さん私たちも食べましょう!」
僕と、慣れたように食べ始めた姉貴とリンデさんを見て、マーレさん達が慌てる。そういえばリンデさんも最初はこんなだったなあ。
うん、今回のスープはおいしい。
これは満点。……は、きっと僕はつけられないんだろう。
満点というか、百パーセントというか。つまり最大値なんだけど、満点というのが100点だと思っていたら、自分の理想が上がっているんだ。
だから110点をつけても、まだ理想が上にある。満点じゃない。
それをリンデさんに教えてもらった。
僕の中で、母さんのチーズハンバーグは100点だった。
でも、それを超えるオーガキングで作ったチーズハンバーグは、100点を超えた。満点を目指す目的だった姉貴にとっても、超えていた。
だから、きっと、理想の満点は、どんどん上がっていくんだ。
そして……僕の実力の8割が、7割が、100点を超える。
そうやって、生きている限りどんどん上に行くことが出来たら。
きっとそれは幸せな人生なんだろう。
「……これが……これが、スープ、なのですね……」
マーレさんが……なんと、涙を流していた。
「ま、マーレさん!?」
「私は……ずっと再現しようとしてきたんですが、全く分からなくて、失敗して、もう合っているのか間違っているのかも分からなくて……」
マーレさん……よく見ると、そのお椀を持つ手、確かにかなりの切り傷があった。
「調理用具があっても、なんでうまくいかないんだろうか、一生料理を食べることは出来ないんだろうかと思っていました。私は、自分が恵まれた立場にいることが分かっているので、せめて何か提供することをしたかった。でも……料理をはじめとして、どれも不器用で……。……愚痴っぽくて、すみません……」
マーレさんの後ろを見ると……みんな目を閉じて味わっていた。ビルギットさんや、ユーリアさんも、涙を流していた。
「……ありがとうございます。ささやかなんてとんでもない、報酬としては十分すぎるぐらいです。間違いなく、これが生涯で一番の報酬です」
「ど、どういたしまして。そこまで喜んでいただけて恐縮な限りです……リンデさんには毎日作ってますから、もっと気楽に食事を楽しんで下さいね」
「ふふ、羨ましいですねほんとに」
「なんてったって! 毎日作るって約束しちゃったもんねー!」
———そこに、ここにいなかったはずの声が響く。
「リリー?」
「えへへ、来ちゃったぜぃ!」
リリーが、みんなの様子を見にやってきていた。
……ちょっと待って、今なんて言った?
「毎日作る約束したって、その話どうして、まさか……!」
「いやーやっぱ隠し事はダメかなーって思って、来ちゃった。あの時のこと、実は村人結構みんなで聞いちゃったんだよねー!」
「ええっ!?」
「こっそりこっそり!」
リリーが家の横に来て、耳に手を当てるポーズをした。
ぬ、盗み聞きされていたーっ!
「じゃあ……」
「そうだよ、あの時、リンデちゃんが「私に毎日スープを作って下さい!」って宣言するの、聞いちゃった! ライがオッケーだしちゃうのもね!」
「うわーっ! マジで!? あれみんなに聞かれてたのか……!」
どーりでみんな、妙に魔人族に馴染んでたわけだよ! あの明るいリンデさんの会話、既に聞いて一日経過していたんだ。
そうとは知らず、僕はリンデさんのために頑張って走り回って、料理をリンデさんのために用意していて……その頃には僕とリンデさんが仲良く喋っていたことを知っていたわけで……
……あー……。……はっずかしい……。
これ絶対リンデさんも照れてるだろうな……。
……あれ、リンデさん、様子がおかしい……?
マーレさんが、急に静かになり、リリーの方へ歩いて行った。
「リリーさん、ですね」
「あっ、はいそうですお客様!」
「……今の話、リンデさんからスープを、というのは本当ですか?」
「え? ええそうです」
……何だろう、マーレさんの様子がおかしい。リンデさんは……リンデさんが顔を白くしている。
魔人族を見ると、みんな食べ終えて器を置いていた。そして立ち上がり、マーレさんの後ろをぐるりと囲むように横に並び、リンデさんの方を向いた。
「ジークリンデ!」
「……は、はい……」
「これより、あなたの裁判をします」
……え?