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エファさんの実力は凄かったです

 王の広間から出た僕は……内心心臓が爆発しそうなぐらい緊張していた。

 姉貴の弟ではあるけど、さすがにあの状況でマーレさんのすぐ隣にいるというのは本当に怖い。

 僕はそういう剛胆なタイプではないというか……。


 広間を出ると、兵士さんの緊張した顔と、マックスさんが見えた。マックスさんは、さすがに部屋の中に入ってきてはいなかった。

 マーレさんは全員確認すると、階段を降りてそのまま外に出た。


 再び広場まで出て、マーレさんは立ち止まり、僕に向かって頭を下げた。


「なんだかライさんは特に巻き込んでしまったみたいで申し訳ありません……」

「いえ、お気になさらないで下さい。いずれ僕も言いたいと思っていましたが、とても僕の立場からは言えないことだったので……」

「そうですか……私からしてみれば、ライさんの為でしたら魔人族一同、みんな自分から動くと思うんですけどね」


 マーレさんがそう言って周りを見渡すと、みんながうんうん頷いていた。

 ……いや、さすがにそれはその、気持ちとして嬉しいですけど……魔人族がバックについてくれると、本当に何でも押し通せそうでちょっと腰が引けちゃうな……。


「ん……」


 そこで、僕は広場に新しい声を聞く。

 声の方を見ると……残っていたエファさんが、ユーリアさんに膝枕をしていた。そのユーリアさんが、今まさに目を覚まそうとしている声だった。


「……あ、れ……エファ、様……?」

「はーいエファですよー、王子様の膝枕じゃなくてごめんねー」

「あ……いえ、すみません、完全に気を失っておりました」


 ユーリアさんは、眠そうな顔を起こした。座り込んだまままだぼーっとする顔でマーレさんを見て……隣の僕と目が合った。

 ユーリアさん、完全に凍り付いている……。僕から声をかけてみようか。


「あの……」

「は、はい」

「ええと、お話は伺っています、ユーリアさん……ですよね」

「お名前を既に……はい、そうです。……まさか、あなたはライ様……?」

「ええ、ライムントと申します。ライと気軽にお呼び下さい」

「……あなたが……」


 ユーリアさんは、まだ眠そうな目をしながら言った。


「あなたが、ジークリンデ様と、ベッドの中で毎日抱き合って寝ているライ様なのですね……。ミアお姉様よりお話は聞いています……夜通し愛の言葉を囁いて体中触り合うなんて、リンデ様が羨ましい……」


 ………………。


「姉貴ーっ! おいどういうことだーっ!?」

「ま、まま待ってライ! 無罪! 姉ちゃん無罪よ! ほんとマジで今のわけわかんない待ってなんなの!? ゆ、ユーリアちゃーんっ! おきろーっ!」

「え……………………え? え? あれ? え?」


 ユーリアさんが、姉貴に声をかけられて段々と眠気の晴れた雰囲気なっていく。姉貴を見て、再び僕を見た。

 姉貴がそのユーリアさんの肩を持って、勢いよくガックンガックン揺する。……姉貴の力でそれやって大丈夫かな?


「お、おおおああミア様ああ! お、起きました!」

「ほんとね!? ほんとに起きたわね!?」

「はい! え? あの? というかここはどこで……?」


 大丈夫そうだったけど、かなりびっくりした顔だ。

 しっかり目が覚めたようで、状況がわからなさそうなユーリアさんに、姉貴は勢いよく言った。


「今城下町! 早速だけどさっきのこと訂正して!」

「て、訂正ですか? 一体私は何を……」

「ライとリンデちゃんが夜通し愛の言葉を囁き合って寝てるとかよ! あたしそんなこと言ってないわよね!?」

「え、え!? 私そんなことを」

「言ったのよ! どうするのよこの空気!?」


 ユーリアさんは姉貴を見て、僕を見て、なんだか気まずそうにしている魔王様以下の面々と、頭から煙を出していそうな勢いで顔を塞いでしゃがみこんでいるリンデさんを見て……だんだん自分の言ったことが事実だと分かったのか、顔を染めて頭を抱えた。


「も、申し訳ありません……完全に妄想の世界の内容を喋っていました……」

「妄想!? ユーリアちゃんの頭の中どんなピンク世界になってるの!?」

「う、ううう……それ以上は許してくださいぃ……」


 ユーリアさんは、自分の頭の中を垂れ流してしまったことに対して、かなり凹んでいた。さすがにちょっとかわいそうかなと思って、僕は助け船を出すことにした。


「まあまあ姉貴その辺で……。妄想ということが分かったんだ、もう怒ってないし、姉貴のことも疑ってないよ」

「ほんと? だったらいいけど」

「うん。……えーっと、ユーリアさんでいいんだよね」


 僕はその子の近くへ行く。うん、確かにレオンさんに似ているかも。


「改めまして、僕がライムントです。ライとお呼び下さい」

「あうう……すみません、ユーリアと申します。この魔人族のメンバーの中で私だけ役職なしの下の立場のものですが、よろしくお願いします」

「ということは、兄に付いて来た、という感じですか?」

「あ、お兄ぃのことも聞いているのですね。もちろんそれもありますが、私が海を渡る魔法を使えるのでついてきました」

「……海を、渡る?」


 僕が疑問に思っていると、姉貴が横から口を挟んできた。


「ユーリアちゃんはね、海を凍らせるのよ」

「海を……凍らせる?」

「そ。氷の道を作って、魔人王国の島まで橋を作っちゃうの」

「……それ、すごくない?」

「あたしもすごいと思ったわ。これで魔人王国のトップじゃないどころか女王の騎士団でもなんでもないんだから、人材豊富よね」


 海を、渡る……か。どれほどの規模の魔法使いなんだろう。しかもそれでトップではないって、じゃあ魔人王国の魔法のトップって、どんなレベルなんだ……?

 その話を聞いていたマックスさんが横からやってきた。


「話を聞く度に、ビスマルクの騎士団で挑まなくて良かったと思いますね……」

「でしょ。やっぱり勝てない相手には勝てないものよ、さすがに今回ばかりはあたしも痛感したわ、挑んでばかりじゃダメだって」


 姉貴のその言葉は、悔しそうなものではなく、むしろ晴れやかだった。

 空を見上げながら、姉貴がつぶやく。


「やっぱね、勇者だなんだと言っても十代の女だったし、平和なんて言いながらやることは言葉の分かるやつらをバッサバッサ殺すだけだったし。だから心のどこかで、こういう交流しておしまいって着地点、欲しかったのかもね」

「ミア様……」

「お城にも完全に味方って言い切れるの、いなかったもんねー。でもま、自分が世界一不幸だと思った後は、あたしって悲劇のヒロイン演じてる、すごい! って思って自分に酔って楽しむ方向で乗り切ったわ」


 ちょっと正義の味方というにはあまりに自分本位な姉貴だけど、こういう本当に苦しい時の不思議な切り替え方が、姉貴を姉貴たらしめているところなんだろうなと思う。


「姉貴ってそういうところがすごいよな。一体どこからそういう発想になるのかわかんないよ」

「こういうのはノリよノリ! どんな理屈をつけてもいいの!


 いい? ライ。

 あたしにとっては、やったという結果が大事なの! やりたくないこと、やんなくちゃいけないこととかあったとするわね。

 そういう時はやっぱり自分の納得を取るべきね!

 自分が納得するならどんな理屈を付けてもやる気を出せるようにしてやるわ! それでなりきったりノったりしてたらね、まーなんとかなるのよ。

 そんな適当な、正義っぽくもないような考えでもね、あたしが助けたら助かっちゃうわけよ。じゃあ助けるわ、迷いなく。……で、大体迷ってやらなかったら納得いかないって思うことが多いのよ。あたしにとって、「とりあえずやった」は最優先なの。

 だから納得できるように、助けると決めた人は、今まで必ず助けたわ。


 そして要求に対して納得がいかないときは、このミアちゃん様が人類最強だから突っぱねてたわ! あたしが断っても誰も反発できないからね!

 ほんっとどこの国行っても、やれ侯爵が呼んでいただの、やれ伯爵が勲章を渡すだの、あたしはおっさんどものアクセじゃねっつーの! 面白い食い物でも寄越せ! 勲章とか? 素材がいいからでかいやつは全部うっぱらって食い物代にしたわ! 珍味旅行最高!」

「姉貴、前半はすごく勇者っぽくてよかったけど、後半で何もかも台無しだよ」

「もっと褒めて良いわ!」

「じゃとりあえず、それで面白い珍味たくさん寄越してくれてありがとう」

「どういたしまして!」


 分かってはいたけど、やっぱり姉貴はどこまでいっても姉貴だった。

 姉貴は一通り自分のことを喋って満足すると、その後にマーレさん達を見た。


「でもま、今回は本当に、文字通り味方が増えたと思ったわ。マックスは……国から銀貨もらって母親の病気と怪我だっけ? そっちにお金使わないといけない立場上、どうしても国側として動くしかなかったものね」

「本当に母に関しては申し訳ない……。給金は治療魔法と薬で母を現状維持できるギリギリの額のため、ここから離れるわけにはいかなかったのです。私はすぐにでもミア様と行動を共にしたかったのですが……」

「あーもー気にしてないって! でもさ、そんだけ剣が振れるのなら、もうソロになって冒険者やっちゃえばよかったんじゃない? マックスならソロでもそのうちSになるでしょ」

「「そのうち」までの最初が低収入でも、収入が不定期でも、手持ちが心許ないため母の病状が維持できないのです。それに育成する後輩がまだ残っていましたし」

「……はー、ほんとマックス、真面目ねー」

「それだけが取り柄のようなモノですから」


 マックスさんがそう言って笑った。




「あ、あの……」


 二人が会話していると、意外なところから声がかかった。


「マックスさん……」

「エファ殿?」

「は、はいっ!」


 エファさんだった。エファさんはマックスさんに遠慮がちに声をかけていた。


「あの……」

「なんでしょうか」

「ぴっ!」

「おらーっマーックス! あたしのかわいいエファちゃん脅かすんじゃないわよ」

「い、いえミア様、自分はそんなつもりは」

「明らかにびびってるでしょ! 体でかいんだから小さくなるとかしなさい! レオン君ぐらいの美少年に気合で変形しなさい!」

「時々本気で無茶言いますねミア様……」


 姉貴がエファさんを庇っているようだけど、どう見ても姉貴の迫力にエファさんがびびっていると思います、はい。


「はいはい姉貴、今の邪魔なんでちょっと黙ってねー」

「う、ライ、あんたここ最近あたしの扱い雑じゃない?」

「弟として適切な扱い方を覚えただけだよ」


 僕は不満そうな姉貴を尻目に、エファさんに向かって膝を立てて目線を近くした。


「ええと、エファさんですよね」

「はわわ……」

「さっきは話しそびれちゃってごめんなさい、僕はリンデさんの同居人のライです、よろしくお願いします」

「はわ……」

「……エファさん?」

「……はっ!? よ、宜しくお願いします!」


 エファさんが、なんだかリンデさんに確認を取るようにしながら、恐る恐る僕と握手した。……そういえば、二人は仲がいいんだっけ。

 じゃあ、僕と握手してもいいか目線で聞いていたのかな? 


「ところで、先ほどマックスさんに話しかけていましたのは一体何だったんです?」

「あ、そうでした! あ、あの、あのあのマックスさんっ!」

「はい」


 マックスさんも、僕と同じように膝を立てた。こうやって見ると本当に身長差がすごいな……。膝立てて目線同じぐらいだろうか。


「あの、えと、マックスさんのお母様は、どのような感じの病気なのでしょうか」

「そうですね……きつい感じではないのですが、何か病魔にかかっているのか、激しく動くことができません。そして、何より……片足がなくなってしまい、自分で満足に動くことができないのです。

 だから、家政婦を雇わなくてはとても家が回りませんし、治癒魔法を使う人を定期的に呼ばなくては、衰弱してしまうのです。

 ……昔は、背の低い子供の私を肩車するような豪快な母だったのですがね……」


 マックスさんは、寂しそうにつぶやいた。……その苦労は他人では計り知れないだろう。僕も会ったことはあるけど、覇気がなくなったといっても明るい人だった。


「……病魔……ですか。その方、近くに住んでいますか?」

「え、ええ住んでいますが」

「わかりました」


 エファさんは、マーレさん……つまり魔王様のところへ行って、跪いた。


「陛下、突然のことで申し訳な」

「いいよ!」

「ぴっ! え、陛下?」

「マックスさんのお母様、助けたいんでしょ?」

「は、はい。突然のわがままに陛下の行動を振り回」

「いいよ!」

「ぴっ」

「エファの回復魔法を人間に使ってみて、それによる反応を人間に広めてもらう。私たち魔人族の中では一番現実的に仲を取り持てるかもしれない。やってみる価値はあるわ」

「わ、わかりました!」


 エファさんは、マックスさんに振り返って言った。


「陛下の許可もいただけました、それでは案内して下さい!」

「ええと、はい、わかりました」


 マックスさんは、エファさんの勢いに押されて、家へと歩みを進めた。




 城下町の、東回りの一角。そこは住宅街であり、特に元気の良い人達がたくさんいる場所だった。今ではその外回りの町並みも、至る箇所が破損している。

 幸いなのは、よっぽど避難が適切だったのか、石畳の上に人間の死体などがなかったことだろう。かなり早い段階でマックスさんは指示していたようだった。

 そして、東の外周から横道に入り、中心部へと歩く。家の密集地だ。


 家の近くまで来て、マックスさんは口を開いた。


「……なんだか自分が要求をしたようで本当に申し訳ない」

「いいえ! マックスさんには陛下を助けてもらいました! それって、もう、ほんとにすごいことなんですから!」


 エファさんがあわててマックスさんの言葉に返した。

 その会話を聞いていたマーレさんがやってくる。


「何としても御礼をしたいと思っていましたが、我々はただ戦う能力に特化した種族。金銀財宝の所有も少なく、とても御礼などできないと頭を悩ませていました。なのでこれは、魔人族一同からの御礼として受け取っていただければと思います」

「はい……わかりました。皆様が信頼の出来る方でよかった」

「こちらこそ、我々のような見た目のものを信頼していただいたということそのものに感謝の言葉を述べたいほどです」


 マーレさんは、どうやらずっと御礼をすることを考えていたようだった。確かに、御礼をするにも何をして欲しいかということがわからないと悩むよな。

 それこそリンデさんみたいに用心棒みたいなこともできるだろうけど、まだまだいきなりだから、王国内部で魔人族が動くというのは難しいだろう。


「ここです」


 考えているうちに、家に到着した。


「さすがに母に、魔人族一同といきなり会わせるのは刺激が強すぎると思います。……その、できれば人間が多い方が、母のためにも良いと思います。……申し訳ないのですが……」

「い、いえ! もちろん驚くと思います! お気になさらないでください!」


 マックスさんが申し訳なさそうに頭を下げたけど、エファさんの方が慌ててしまった。


「顔見知りのミア様と、ライムント君と、エファ殿、アマーリエ殿で向かおう」

「オッケー。じゃライとあたしでエファちゃん手つないで隠すように行きましょ」

「わかった」


 姉貴がエファさんの手を持ったので、僕も手を取ろうとしたら、首を振っていた。ちらちらとリンデさんの方を見ていたから、きっとリンデさんに遠慮しているんだろう。

 リンデさんは軽く笑っていたから、そこまで気にしなくても良いと思うけど、きっとそれだけエファさんがリンデさんのこと大切に思っているんだろうな。


 -


「母さん、ただいま」

「おや、マックス……と、おやおや! ミアとライじゃない! まあまあ二人揃ってどうしたの、特にライは久々だねえ」

「はい、おばさま、お久しぶりです。もう2年ぶりでしょうか。……その、今日は、人間がまずは多いといいので」

「人間が多いといいってどういうことだい? ……ん? ミア、後ろに誰か、お友達でもいるのかい?」

「そうよ、今あたしは友達と手を繋いでるの。……ちょっと見た目が変わってるけど、すっごく良い子だから、驚かないでね」

「ああ、今更何言ってんだい、ハーフエルフを連れてきてもドワーフを連れてきても、ミアの友達って言うなら驚かないよ」

「ありがとおばさん。それじゃエファちゃん」

「は、はい」

「どれどれ……え—————」


 マックスさんのおばさまは、やはりエファさんを見ると固まっていた。その反応を見て、エファさんは顔を伏せた。


「……やっぱり、その……」

「いやーごめんごめん!」

「……え?」

「驚かないよなんて言っておいて、ほんっとびっくりしたわ! この子、え、魔族なのよね?」

「そうなのよおばさん、この子はエファちゃん、とってもかわいい魔人族のあたしの友達、すっごくいい子よ!」


 姉貴がエファを前に押し出す。


「……よ、よろしくお願い、します……」

「ええ、宜しくね! ……へえ、なるほどかわいいって感じね」


 おばさま、エファさんを受け入れてくれたようだった、よかった。エファさんはかわいいという予想外の評価をもらえたことからか、顔を染めて照れていた。

 そこで、マーレさんが僕と姉貴の間から少し顔を出していた。


「保護者みたいなものです、アマーリエと申します。よろしくお願いします」

「はい、宜しくお願いします。なんだか驚いてしまったよ、いきなり魔族のお客さんが二人もなんて。しかも二人とも丁寧だ」


 おばさまは軽く笑った。本当にからっとした性格だ。


「それでな、母さん」

「どうしたのよ」

「母さんの病気の話が話題に上がった際に、エファ殿が治療を申し出てきてくれたので、そういうことなら是非にと」

「……治療、って、この病気のことかい?」

「ああ、病気のことで間違いないと思う」


 マックスさんはそう言って、その場を横にずれた。


「その、それでは拝見させていただいてよろしいでしょうか」

「ええ、こんな体でよければいくらでも見ていいですよ」


 そう言って、おばさんは掛けていた毛布を取り払った。


 エファさんは、足の怪我している方を凝視して、その次に、おばさん……の、体の中心部分を見た。


「……これ……?」


 エファさんは、驚愕に目を見開いた顔をしていた。

 ……どうかしたんだろうか。


「エファさん、どうしましたか?」

「これ、病気じゃないですね」

「え?」

「弱体化魔法です」


 ……え、え!?


「ど、どういうことですかエファ殿!?」

「ぴぃっ!」

「マックスあんた次それやったらマジ殴るわ」


 マックスさん、勢いよくエファさんの両肩を握って驚かせてしまい、姉貴は握り拳を作っていた。マックスさんもさすがに悪いと思ったのか、エファさんに謝った。


「う、すまない……。……それで、その弱体化魔法というのは」

「えっと、はい……弱体化魔法が掛かっていて、全体的にうっすら、弱くなる程度の魔法なんですけど、長期間維持していて体調を落とすようになっています。その上から隠すように魔法がまたかかってますね」


 エファさん、軽く見ただけでそんなことまで分かるのか……。


「ばかな……教会の人は治療したはず」

「治療はしていると思います、ですが」


 エファさんは、言いづらそうに悩み、そしてその事を言った。


「同時に入れ替えているというか、体調を悪くして元気にさせているような、何かそういう矛盾的なものがあります。直接目で見てないので、その、断定はできないんですけど……」

「そ、そんなはずが……」

「えと、とりあえず治療しますね?」


 一瞬。

 エファさんは、そう軽く言って、ぽんと杖を触れさせた。


「……は?」

「どうした、母さん」

「え、ええっ!?」


 おばさま……急に肩をぐるんぐるん回しだした。……って、おばさま! 体調が見たことないぐらい元気になっている!

 僕も姉貴も、初めて見るおばさまの元気さに顔を見合わせた。


「肩が軽い! っていうかもう体中が軽いよ! どうなってんだいこれは!」

「ええっと、意図的に下げられていた能力を元に戻しただけです」

「意図的に、下げられていた……?」

「あ、そんなことより左足のふとももですね」


 長年の悩みが治った。それを「そんなこと」と軽く流して、エファさんは今度は目を閉じて杖を握って集中した。

 ……待って、左足のふとももって……。


「……。……ふぅ…………『ヒール』!」


 ……。


 …………今、改めて、これがリンデさんの友人だということを実感する。


 おばさまの足は、急に光って伸びた。その光が収まった頃には、生えていた。


「え」

「……ふぅ……。はい、これで完了です」


 エファさんは一仕事終えたという感じで軽く席を立った。交代で、マーレさんが出てきた。マーレさんが声をかける前に……おばさまが叫んだ。


「————はああああ!?」


 さすがにこの展開は予想してなかったのか、慌てて足を動かし出した。


「は、生えてる! 動く! 私の足、元通りになってる!?」

「はい、それが魔人族で一番能力の高いヒーラーの実力です」

「……これが、ヒーラー……す、ご…………」


 おばさま、完全に言葉を失っていたけど、僕もだった。再び姉貴を顔を合わせたけど、同じ顔で絶句していた。

 今の一瞬、しかも普通のヒールとしか言わなかったあの一回で、体の欠損が回復する。話には聞いていたけど……リンデさんの戦闘能力を回復能力にしたような、圧倒的すぎる実力。

 僕は、控えめなエファさんの認識を改めた。


「マックスさん。お母様はすぐに立つのは難しいと思いますので、リハビリテーション……肩を組んで歩かせるなど、徐々に慣らしていくようにして下さい。あとマックスさん、教会の人間はもう入れないように。家政婦にも怪しい動きや持ち物がないか、信頼できる部下を使うなどして注意して下さい」

「そう……ですね。ご忠告ありがとうございます」

「どういたしまして。…………あの……」


 マーレさんが、それまでとは違って、何かを言い出そうとしていた。


「代わりといっては何ですが、私のお願いを聞いていただけませんか?」

「……魔族との取引、当然対価はあるわね。いいわ、言ってちょうだい」

「大変難しく、また私からはとても言いづらいお願いなのですが……」


 マーレさんは、目を閉じて言い言おうか言うまいか迷っているようだった。

 おばさんも、緊張からか生唾を飲み込む。


 やがてマーレさんは、目を開けて宣言した。


「その……魔人族が、優しい、と、言いふらしてください」

「……は?」

「ですから、青い肌の魔人族に、優しくしてもらったと、周りの人に言ってまわって欲しいのです。……無茶なお願いだとは思っていますが……」


「……」

「……」


 マーレさんは、気まずそうに下を向いた。一瞬、沈黙が場を支配する。




「…………っぷ」

「え?」

「あはははははははは!」

「あはははははははは!」


 おばさん、大爆笑していた。あと、おばさんが笑い出したと同時に姉貴が笑ったんで、マーレさんはぎょっとしてすぐ後ろの姉貴を見た。


「ど、どうしたのミア!? わ、私なんかまずいことやっちゃった!?」

「あーっはっはっは! マーレあんた最高よ! 今のチョーおもしろい! あんたって人を笑わせるの得意ね!」

「馬鹿にされてるような気がするんだけど!?」

「合ってるわ!」


 姉貴の容赦ない返事にマーレさんがちょっと怒ってはたき返している。二人が仲のいい軽いやり取りをしてると、おばさんが声を上げた。


「ははは! ほんとにこれが魔族かい!?」

「あっ! えっと、すみません、はい。魔人族、です……。あ、申し遅れましたが、私一応魔人王国の女王をやっている者です。皆さんからだと、魔王、と呼ぶ方が馴染みが深いかもしれません」

「は————」


 おばさんは再び凍り付き、


「あーっはははは!」


 再び笑い出した。


「ど、どうなさったんですか!?」

「いやー魔王様! あなた魔王様なのね! 魔族の取引ってどんなもんかと思ったけど、なんて可愛いお願いなの!」

「え、あの」

「ははっ、もちろん聞いてあげるよ!」

「! いいのですか!?」

「っていうかあなたこそ私たち人間のことなめないでよ」

「え?」


 おばさんは腕を組んで、魔王様に堂々と宣言した。


「あなたにお願いされなくても、こんなことをされたらね。この街の気の良いヤツらはあなたたちが優しい人達であることぐらい、みんな勝手に言いふらすわ! だからそういう心配しなくていいの!」

「ほ、本当ですか……!?」

「この東区の女達は大らかさが売りなの。ちょっと肌が青い程度で拒否するとか、そういう心の狭いヤツはいないよ。

 それにね、私が歩いてるってだけで、昔の馴染みはみんな寄ってくる。私は何が起こったから、当然話す。だからあなたは、私を信じるだけで、そんなお願いわざわざ言わなくてもよかったのよ? かわいい魔王さん」

「ああ……! ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 マーレさん、感激して涙目になりながら、おばさまに頭を下げていた。


 -


「エファ殿!」

「ぴっ!」

「あ、ありがとうございました! これで私の何年にも渡ってきた今までの全ての苦労から解放される……!」

「それはよかったです! 私の力、マックスさんのお役に立てて嬉しいです! 何度も言いますけど、陛下を助けてもらった分ですから、妥当な報酬ですからね!」

「はい、それでもありがとうございます」

「えへへ、どういたしまして!」


 マックスさんとエファさん、すっかり仲良くなったようだ。しかしエファさん……本当にすごいな。あれほどの能力のこと、忘れることはないだろう。


 マックスさんに両膝を付いて感謝されて、恥ずかしそうに頭を掻いているエファさんのところへ、マーレさんが歩み寄った。


「エファ」

「はい陛下!」

「これで懸念事項が一つなくなったわ、ありがとう」

「お役に立てたようで何よりです!」


 エファさん、魔王様からの感謝の言葉をもらえて、満面の笑顔だった。


「というわけで、私の長期目的を一つ達成できたので広場まで戻りますか!」

「はい。……目的?」


 僕は、マーレさんの言ったことを疑問に思いながら、リンデさん達のところへ戻っていった。

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