人間の王と魔族の王が会いました
「そういえばさ」
「はい」
「マックスはどうしてあそこにいたの? 巡回?」
あたしはマックスが一人で魔人のみんなを守っていたことが気になった。マーレはあたしと同じぐらい強いとはいえ、あの場面で最前線で出てくるのはエファちゃんもユーリアちゃんも許さないだろう。
しかしそうなると、本当に魔人3人を助けにあんな遠くまでマックスがいた理由がわからないわ。
「それは……確かにそうですね。途中までリンデ殿とライムント君と一緒に、城下町まで向かっていたのです」
「余計に分からないわ」
「立ち上る煙を見て、リンデ殿が先行して城下町に走ったのです」
「? ライも一緒だったわよね?」
「リンデ殿が……その、ライムント君をお姫様抱っこしましてね」
ブフゥーーーーーー!
「うおっ!?」
「な、なななんでもないわ! ほんとなんでもない!」
「いえ、さすがに弟が女性にお姫様抱っこされたというのは驚きますよね」
「そ、そうよね! あーもーライったらかっこ悪いわねーあははー!」
あたしはマックスの報告を聞きながら内心心臓バックンバックンだった。
隣を見ると、レオン君が顔を濃く染めていた。ううう、そんな表情しないでよお、あたしまで恥ずかしくなっちゃうじゃない……。
レオン君はあたしにとってのお姫様なのは疑いようがないけど、まさかのリンデちゃんにとってのお姫様がライだった。
————あれ、なんかおかしくない?
いや、おかしくないわ。だってビルギットさんにいい人が出来ても絶対ビルギットさんが男をお姫様抱っこするもん。
ビルギットさんのお姫様抱っこされるポーズとか引き出せる男がいたとしたら、そいつは間違いなく王子様だ。
女が男をお姫様抱っこするのは普通よ!
たぶん!
「そ、それよりえーっとライとリンデちゃんの話よね!」
「そうです、あまりに仲が良くて驚きましたね」
「そうなのよ〜マックスちょっと聞いてよ! あたしが村に戻ったらね……」
……そこからあたしは、村に帰った直後の話をした。
「なるほど、リンデ殿がミア様に急に襲いかかってきたのは、ライムント君に感謝の言葉を伝えるように命令するためと」
「そうよ。もうね、あの頃は魔族の事なんて何も知らなかったし、デーモン同様に人間を襲う奴ってぐらいの認識しかなかったから、驚いたっていうか、こう……ちょっとどう対応していいか困惑したわね」
「それは確かに……今でこそ自分も魔人族に対してこうやって馴染んではいますが、とても会話出来るなんて思ってなかったですから」
「そゆこと。いやー打ちのめされたわね、まさかいまひとつ素直になりきれないライとの仲を取り持ってくれるとは」
「一瞬で考え方も変わるわけです」
「そゆこと」
あの時の視野の狭いあたしとリンデちゃんを思い出す。
「本当に、打ちのめされたわ。あたしが憎んで剣向けた相手が、あたしがやってほしかったこと全部やってくれたんだもの。結局村を守ってくれたのもリンデちゃんだったし、彼氏候補紹介してくれたのもリンデちゃんだったし。なんか、さ……あたしが、すっごい小さい人間に思えちゃってね」
「ミア様……」
「や、そんなに気分後ろ向きじゃないのよ。きっとこれは、リンデちゃんが説教臭くなくて、明るく前向きなおかげね」
「わかります、あの明るさの前には自分の持っていた固定概念なんてあってないようなものですね」
「ほんと、知るのと実際に見るのは全然違ったわねー……」
あたしはそして……大きく溜息をついた。
「……っはぁ〜〜〜……」
「……どうなさったんですか?」
「最初は仲悪かったから、喧嘩するみたいに部屋を追い出して、ライのベッドで一緒に寝るように命令したのよね。朝起きて心配だから見に行ってみたら、お互いに見つめ合いながら抱き合ってて、しかもそこから匂いを嗅いだり髪を撫でたり、なんつーか……なんつーかもどかしいのよ! それ以上行かないのよ! むしろ情熱に猛ってた方が普通よ! なんなのあの手慣れた新婚夫婦みたいな空気は!」
あたしの大声に、横から「はわわ」という声が聞こえてくる。出たわねはわわ語ちゃん。あとユーリアちゃん、なんだかぶつぶつ言っててちょっと怖いわ。
「でも、もっとやばいこともあるの」
「え?」
「楽しみにしておいて!」
あたしはそれだけ言って、歩みを前に進めた。
-
「……そっちに……行ってたんだよね……」
帰ってきたら、門のところでクラーラちゃんに当たった。クラーラちゃん、すっっっごく不満そうな顔をしていた。
「……私が……仕留めたかった……」
「ごめんけどクラーラちゃんでも、さすがにライのこと、マーレよりもしっかり殺す計画があったと聞いた時は譲る気全くなくなったわ」
「……そう……ならいい……」
クラーラちゃんはあたしの反応を聞いて、それ以上追求しないようだった。
「でも、遅かったわね。どこまで行ってたの?」
「……もうひとつの、まち……」
「え?」
「……遠くの……山の向こう……うっすら小さな塔が沢山あった……」
「……」
クラーラちゃん、それ完全にレノヴァ公国のことよ。
そっかー、あっちまで行ったかー。
うん、公国視認できるまでを往復ってどんな速度なのよそれ。前公国行ったとき馬車1日2日ぐらい揺られていたはずよ。
ま、クラーラちゃんが怪物ハイスペックなのは今更だったわね……。
「とりあえずこっちは終わって、マーレもみんなも無事よ」
「……うん、ミアのこと信じてた……ありがとう……」
「こっちこそありがと! 友達を助けるのは当然のことよ!」
あたしの返答を聞いて、マーレが前に出てきた。
「クラーラ、なんだか遠くに行かせちゃったみたいでお疲れ様」
「……陛下……! ご無事で……!」
「なかなかいい機会だったわ、人間の騎士さんもエファの棒術並に剣を振るって守ってくれてね」
「いやはやアマーリエ殿……ヒーラーの小さき女子並というのは正直剣しか持てない身としてはお恥ずかしい限りで……」
「でもあなたの働き、エファはきっと頼もしく思ったはずです。防御魔法を張りながら杖を振るうのは難しいですし、まして回復魔法を使う余裕など相手が強いほどありませんから。それに、デーモンが相手を人間だからと油断したのも大きいですね」
「自分でも役に立てたということなら光栄な限りです」
「ここにいる全員が、あなたが一番の功労者だと思っていますよ」
マックスが後ろを向く。腕を組んだあたしが、笑顔で頷く。後ろのみんなもきっとうんうん頷いているでしょうね。
マックスは照れたように頭を掻いて「いやー……」と言っていた。そうね、なかなかあなたって褒められることなかったものね。あたしも全然褒めてやったりしなかったし、まっすぐ褒めるってなかなかできないし。
マーレも、あたしにできないことやってくれてありがとね。
ライの時といい、やっぱあたし、勢いよく喋るようでこういう場面の切っ掛け作るの下手ねー……魔人族に助けられまくりだわ。
そんなわけで、あたしたちは合流したクラーラちゃんと一緒に城下町に入っていった。
「ミア様、その……改めて思いますが」
「ん?」
「魔族パーティですね……」
あたしは、城下町の真ん中を歩いて突っ切っていきながら、横のマーレと、後ろのみんなを見て、なるほどなと思った。
「勇者のパーティ、四分の三が魔王関連とか面白すぎるわね」
「しかし、頼りになります」
「ほんとね。あたしとマックスだけでデーモンに襲撃されてる未来もあった、というかそっちの可能性の方が高かったでしょうね」
「一度戦ったから思いますが、二度と戦いたいとは思いませんね……」
あたしだって、レオン君ナシであのデー幹に挑む気にはなれない。やっぱ戦って思ったけど、強かった。強かったけど……あたしが勝てたのはレオン君の強化魔法が、圧倒的に上を行っていたからにすぎない。
レオン君の強化魔法がなかったら。ブレイブストレングスがなかったら。……いや、その前に、鋼のゴーレムを超えられていない。
そもそもデーモンの幹部なんてどこにいるかわからないまま、そんなものがいるかどうかわからないまま、いつの間にか村が滅んでライがいなかったかもしれないのだ。
引き運による僅差の連続。
でもあたしたち。
どんな人生も、それを引いた今にいるのよね。
……本当に、今のあたし、最高に恵まれてるわ。
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姉貴がゆっくり歩いてきている姿が見えた。
「ら、ライさん! あれ!」
「ええ、たくさん来ています。あの桃色の髪の子が……」
「エファちゃん! 無事だったんだ! よかったぁ〜……!」
僕は、さっきまで緊張してうろうろしながら「やっぱり行きます!」と言っていたリンデさんを、「僕が魔物に襲われるかもしれません」というちょっとずるい方法で引き留めていた。
リンデさんは涙目になりながらも出て行かずにいてくれた。
……自分でやっておいてなんだけど、それだけ僕のことを大切に思ってくれているということで、さすがに照れてしまう。
リンデさんがエファさんの姿を見てへたり込み、そして僕にそれぞれの説明をした。
姉貴が抱いていたレオンという子の妹なのが、あの金髪のユーリアさん。体は少し兄より大きいけど、妹らしい。
ビルギットさんが背負っている。ユーリアさんは気絶しているようだけど、大丈夫かな……と思ったけどみんな明るい顔をしているから、きっと大丈夫なんだろう。
そして……。
「……あなたが、ライムント様、ですか?」
「はい。……あなたが魔王様、ですよね?」
「ええ、そうです! ……ああ! お会いしたかったです!」
「僕も、ずっとお会いしたいと思っていました……!」
僕と魔王様は、近づくと……二人同時に膝立ちになって手を差し出した。
なんだかその行動が申し合わせたようで面白くて、初対面だというのに変なツボに入ってお互い笑ってしまった。
周りのみんなも笑っていた。
「あはは……! 改めまして、魔人王国の女王アマーリエと申します。あなたもミアと同様マーレと呼んで下さい」
「よろしいのですか?」
「はい、その代わり……私もあなたのこと、ライと呼んでも?」
「もちろんです、マーレさん。光栄な限りです」
「……うふふ……」
「ど、どうしたんですか?」
「本当に、ミアに全く似てなくて優秀そうな方ですね!」
「一言余計なのよっ!」
姉貴がマーレさん言葉に反応して頭をすぱーんと叩いた。
……いやいや! 姉貴! 魔王様だから!
思いっきりフランクにどついてるけどそれ魔王様だから!
「いったー! ちょっとミアのツッコミ本気で痛いんだからやめてよ!」
「自業自得よ! こんどはお尻を剣で叩いてあげようかしら!」
「割れちゃうからやめて!」
「元々割れてるから問題なくね?」
勇者と魔王様、なんだか本当にただの友達って感じだった。
最初はあっけにとられていたリンデさんも、みんなが二人を微笑ましく見ているのを見て、やがて一緒に笑った。
「リンデさ〜ん!」
「エファちゃん! エファちゃんだぁっ!」
桃色の髪の可愛らしい魔人が、リンデさんのところに走っていった。
「会いたかったですよぉ〜っ! も、もう、ずっと連絡ないから心配で……!」
「ごめんね、ごめんね! すぐに帰るつもりだったんだけど、帰れない事情ができちゃって……!」
「うん、ミアさんから聞きました、デーモンが出たって」
「そうなの! よりによって私の目の前で料理の鍋を倒して……! 地面に落ちたシチューを見て、デーモン全部滅ぼすまで帰らないぞって」
「そんなことがあったんですね……それは絶対滅ぼすまで帰れませんね!」
「うん!」
リンデさんの頭の中の詳細までは知らなかったけど、リンデさん、シチューを守れなかったことが決定打だった。
ありがとうオーガシチュー、まさかのシチューが城下町の救世主だよ。君の犠牲は無駄じゃなかった。
「ジークリンデ」
「へ、陛下っ!」
「詳しいことは道中に聞きましたよ、ご苦労様。人間の村を守ってくれたと」
「は、はい……!」
「大変いい仕事です。……あなたを最初に送り出したとき、本当に不安で不安でね。やっぱりリンデちゃんは魔人族上部の中でも明るくて、あなたがいなくなってからみんな口数ちょっと減っちゃってね。私も減りました」
「陛下……」
「でも、今は送り出してよかったと思っています」
「はい! 何もかもライさんのおかげです!」
「ええ……私も、そう思います」
マーレさんは、再び僕を見て……頭を下げた。本当に腰の低い王だなと思う。
「あなたが魔人族に対してここまで受け入れてくれて、私はどれだけ感謝をすればいいのかわかりません」
「あ、あの、そういうのとは違って、僕自身もリンデさんに助けられまくったというか、リンデさんがいないとダメだったことばかりで……!」
「そうですか? ご迷惑をおかけしているのでは」
「迷惑だったことは、どんな些細なことでも、今まで一度もありません!」
「……本当、ですか?」
「本当です! ……あ、土下座の勢いが良すぎて床に穴空けたのはさすがに困りましたかね……」
「なんですかそれは……ふふ……」
マーレさん、恐縮そうに頭を下げていたけど、僕の言ったことがおかしかったのか笑い出してくれた。リンデさんは顔を染めて頭を掻いていた。
「……さて」
急にマーレさんが真剣な顔になる。
「私達は一度、この国に入った以上、国の代表である私が、この国の代表に会いに行こうと思います」
「……はい?」
「王城へ入ります。一刻は前へ。二刻と三刻は横へ。四刻は後ろへ」
「……ん……」
「お隣久々ですっ!」
「了解ですぜ陛下」
「はい、お任せ下さいませ」
「……え、ええっ!?」
マーレさんは、そのまま王城へ入って行った。
「……あたし達も行くわ」
「あ、姉貴、いいのか?」
「行かないわけにはいかないでしょ。あれ完全に王に喧嘩売りに行く顔よ……魔人王国の上位そろい踏みだから全く心配はしてないけど、見届けないわけにはいかないわ。それに、怒ってるならあたしにも責任あるかもだし」
「ミア様、自分も隣に」
「わかったわ」
姉貴とマックスさんが真剣な顔をして走って、クラーラさんの隣前に出て行ったので、僕も姉貴の後ろについて行った。
僕は……必然的に、マーレさんの隣になっていた。
「あらミア、来てくれるの?」
「もっちろん! なんだか面白そうなことが起こりそうだから、城の中の兵士は全部かわいいミアちゃんスマイルで人払いしてあげる!」
「ふふ、頼もしい!」
姉貴は、さっき僕の隣にいたときとは違う顔でマーレさんのそばに行って喋った。
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城の中は警戒態勢だったけど、城の兵士達は姉貴とマックスさんを見ると武器の槍を立てて待機の姿になった。なんだか文官とか貴族とかは驚いたり声を上げたりしていたけど、兵士は全員首を横に振った。
そうか、話はマックスさんから行ってるんだった。
マーレさんは、城の様子を見たり、自分のいない間に何があったか周りのメンバーに軽く話をしながら歩いていた。
歩いていると、マックスさんの元へ、部隊をまとめているであろうリーダーがやってきて声をかけた。
「マックスさん、ご無事で!」
「兵士諸君ご苦労。こちら客人だ、陛下に会わせる」
「了解しました。街の人の避難は無事です。我々の退却が早くテントは多く燃やされてしまい、財産たる城下町は守れませんでした……」
「人間が守りきれたのなら構わない。建造物はいくらでも直せるが、人間はいくらでも治せるわけではない。そして……君たち兵士も、この街の財産の一部であることを忘れてはいけない」
「はっ、ありがとうございます!」
こうやって見ると、マックスさんってやっぱり騎士団長だなあって思う。すっかり姉貴にしごかれてる人って印象が強かったけど。
……城の螺旋階段を歩き、王座の間を目指す。その大扉の前に立ち、マックスさんが扉の前の兵士に話しかけようとした時、
「オッラオラァ!」
姉貴が両扉を思いっきり蹴り飛ばした。
扉は、二つとも見事に王座の広間の中に吹っ飛んだ。
「あ、姉貴ィー!?」
「ハッ、これぐらいが丁度いいわ! 下手に出ちゃダメよ! マーレも覚えておいて、あたしがマナーの頂点! このミアちゃんがルールだって!」
「あはは……」
マーレさん、完全に苦笑いだった。
……マーレさん、分かっていると思いますけど姉貴の言うことは大体その場のノリなので流して下さいね……。
「な、何事じゃ!」
ざわざわと、王座の広間に籠もっていた貴族達が騒ぎ出す。その部屋の中に、メンバー全員で入っていく。
久々に見た王は、前より太っていた。よくあれで歩くの嫌になって痩せる気にならないなって思うぐらい、太っていた。
「お初にお目に掛かる、私の名前はアマーリエ、魔人王国の女王」
「ま、魔王……!?」
「そうだ」
マーレさんが、さっきまでの話しやすい雰囲気を消して威圧的に言った。
———魔王。
その単語に部屋の中のざわめきが再び大きくなる。
「ビスマルク王国の国王とお見受けする」
「い、いかにも儂が偉大なるビスマ」
「偉大なものか!」
マーレさんが一喝し、腕を振るう。魔法を撃ちながら振るったであろうその一瞬で、柱に掛けてあった旗が焼き切れた。
急激な魔王の変貌に、そこら中で悲鳴が上がった。
「ヒィィ!」
「偉大なのはビスマルク一世です。私の部下がビスマルク一世と直接面識があるので、そのことは知っています。
話の腰を折って申し訳ない……で、あなたはビスマルクの何でしたか?」
「………………び、ビスマルク、十二世……」
「よろしい」
王は、完全に魔王様に呑まれていた。
……こう見ると、本当に威厳も何もあったもんじゃないな……。
と、そこで王は、ようやく姉貴を視界に捉えた。
「……お、おお誰かと思えば勇者ミアか! 何をやっておる、魔王だぞ! そなたの討伐対象ではなかったのか!」
「魔王は討伐対象じゃないわ」
「……な、に……?」
「第一、あんた」
「あんただと、王たる儂に向かって何だその物言いは!」
「勇者もそれなりの立場だと思うんだけど、あんたから敬意をもらった経験なんて一度もなかったわね」
「ぐ、ぬ……」
「第一あんたこの魔王に襲われてないじゃん、そんな状態であたしが不意打ちで斬ったら人類全体の恥もいいところだわ。ちゃんと帝国の皇帝が来たときとか、北の国王が来たときとか、南の王子様が来たときみたいに王同士の対等な会話をしろっつーの。あんたが国の代表ってだけであたしが恥ずかしいのよ」
「言わせておけば野蛮な村民の分際で!」
「そのとおり。腐敗貴族みたいなカビくさくて汚い血で汚れてない、新鮮で健康的な村民のあんたのよく知るミアちゃんよ」
姉貴は、煽られようともう怒りを出すという様子もなく、とにかくめんどくさそうな感じで王に対応していた。
王がそんな姉貴の態度に何か言い返そうとしたところで、マーレさんが声を遮った。
「折角魔王自ら出向いたというのに、客人に対して礼のなってない王ですね」
「……ぬ……」
「そなたみたいな王のことは分かる」
「恐らく今回のデーモン襲撃も、誰かが何とかしてくれるだろう、という感覚でいたんだろう。
誰か兵士が何とかしてくれる。
悩む必要もなく何とかなる。
自分が何もしなくても何とかなる。
そうやってずっとやってきていた。実際にまだ国に余裕があるから、今も何とかなっている。
今日の食料を自分で調達しなくても、
生産者の山や畑が被害に遭っても、
生産者自身が不幸な目に遭っても、
変わらずいつまでも自分の手元には食料が毎日届くことに疑問を思っていない」
マーレさんは、一呼吸置き、王に向かって宣告した。
「だから、私は、私の手段を取る」
「手段、だと……」
「そう。あなたには、私の平和的な侵略を受けてもらう」
「……平和的な、侵略……?」
「だからここからはお互いの口約束を決めに来た」
マーレさんはそう言うと、クラーラさんに合図をした。
クラーラさんは……浮き上がって、大弓を取り出した。
「ヒッ……!」
「私アマーリエは、あなたの国民に一切の武力を働かない。だからあなたたちも、私の国民に一切の武力を働かないこと」
「……そ、そんな条件が、守られるわけが……」
「私たちは守る、今も守っているから、あなたを殺していない。……ただし、私たち魔人王国の民に手を出すというのなら」
クラーラさんが、その弓を横に向け、鋼の柱みたいな弦に槍を掛けたと思ったら、少し引いて放った。
轟音と。悲鳴。僕はそれらを聞きながら、「本当にあれが弓矢だったんだな……」と、そんなことを思っていた。
王の椅子の無駄に長い豪華な背もたれに、槍が突き刺さっていた。
「武力で衝突したくはないのです。既に勇者とは友好関係。この国の騎士団、そして街の人たちは教会の人間を除いて大多数が味方です」
「な……!?」
「だから、武力で衝突した場合は」
マーレさんが、王の前に一瞬で跳ぶ。
その顔を近づけて、一言。
「あなたが私に挑みなさい」
王は再び小さい悲鳴を上げて、ずるずると椅子から滑り落ちるように腰を抜かした。
マーレさんは、そのまま王に背中を向けて、堂々とこちらに帰ってきた。
クラーラさんが矢を引き抜くと、再び王は悲鳴を上げた。
……本当に、これが自分の国の国王かと思うと、情けない。
「帰りましょう」
マーレさんは、そう言って先頭に立って、王座の広間を出た。
帰りは、広間の中の誰も声を上げなかった。




