僕達は、その島に辿り着きました
ハイエルフの女性の発言を聞いて、真っ先に僕が気になったことがある。
——人間の身で、魔矢を。
それは間違いなく、ハイエルフが魔矢を自然に使う種族であるということに他ならない。
これはレオンの言ったとおりだな。やはり僕の魔矢は、ハイエルフの使うものをコピーしたものだったのだ。
だけど、今はとりあえずその話は置いておくとして。
「一つ、いいですか?」
「うう、なんですかぁ……?」
「まず、ビルギットさんに謝ってください」
僕が言ったのは、そのこと。
ビルギットさんの手を怪我させた、あの矢を撃ったことだ。
すぐに目の前のハイエルフもそのことに気付いたようで、はっとしてビルギットさんに謝る。
「ご、ごめんね、めちゃ痛かったよね! だってなんといっても私の魔矢だもん! いやあ私って強いからなあいたっ待ってクラリスそれマジで痛い!」
「そこは得意気になっちゃ駄目な場所でしょーが! あんたを見てるとあたしの評判が落ちンのよ! やる気がないなら今すぐこのあたしの奴隷にでもなれっ! 魔法で強制して働かせてやるわ!」
「あっ本当にそれはまずいです待って目がマジなのほんと止めて」
おずおずと後ずさりながら、ビルギットさんの方へ頭を下げた。
「まさか魔族が普通の人間と仲良く一緒に来てるとは思わなくて、これ絶対ヤバいブレーンみたいなヤツが人間のフリしてるなとか思って襲っちゃいましたごめんなさい!」
「……謝ってるんだよなクソ出不精、喧嘩売ってるの間違いじゃねーよな?」
「うっうっ、クラリスがすっかり私を適当に扱うようになっちゃって……。こんなふうに育てたんじゃなかったのに……」
「おめーが真面目なら、あたしももっと普通に慕ってるっつーの! はぁ〜……こんなのがハイエルフやってるんだから嫌になっちゃうわよね」
会話が一旦途切れたところで、ビルギットさんが膝を突く。
「いえ、ライムント様はともかく、私達魔人族のことを一目見て危険視するのは……無論我々としては悲嘆するものではありますが……正常な判断、普遍的な考え方です。寧ろ大陸のこちら側は、受け入れて下さるまでが早く、恐悦至極な限りで。貴方もどうか頭を上げてくださいませ、マナエデンのハイエルフ様」
ハイエルフの人、顔を上げてビルギットさんを見て……再び頭を下げた。
「うっうっ……めっちゃ真面目ちゃんじゃん……私より淑女じゃん、これ完全に私が嫌な女じゃん……見た目で暴力ゴリラと思ってたら痛ッ!」
「一言多い!」
「クラリスひどい、病む……」
「年中病人みたいな寝坊っぷりをしておいてよく言うわよ、全く……」
はぁ、と溜息を吐いた直後、クラリスさんはこちらを見る。
「あ、すみませんマナエデンの女王がクズで。こいつは踏んでも蹴っても大丈夫なんで、足蹴にしながら聞いて下さって結構です」
「はあ……」
なんとか、そう返すのがやっとだ。
クラリスさんって綺麗なエルフなのに、暴走始めると姉貴みたいだな。
……駄目だ、そもそもクラリスさんが姉貴に影響を受けているという事実を思い出してしまった。
姉貴、なんて影響を与えてしまったんだよ……。
「とりあえず、島に行きましょ。はるばる海の向こうから来たんだから、歓迎しなくちゃ」
「クラリス、この島の向こうは全部海の向こうだよぉ〜」
「それがねー、この人ら、なんと東から来たのよ」
「東から? あそこはドラゴンがいるでしょ」
「そっちのビルギットさんが絞めて一発だったらしいわよ。他にも黒いドラゴンとかも倒してる」
ハイエルフの女性が、ぴたっと止まってこちらを見る。
そして先程までとは大幅に違う様子で、綺麗な礼をした。
「いらっしゃいませお客様方!」
さっきまでの眠そうな顔は何だったのかというほど、ハイエルフの女性は元気よく挨拶をする。
その姿に僕達が目を白黒させていると、ゆっくりと顔が上がってきた。
「ところでぇ〜」
その顔は、抑えきれないほどの満面の笑みが張り付いており、しかも手は高速で揉み手をしている。
摩擦熱で煙でも出そうなぐらい。
それから飛び出してきた次の言葉で、ある意味ではこの人のことをとても信用できそうだなと僕は思えたのだ。
ハイエルフの人はずいっと近づき、その美しい顔と緑の髪を揺らしてこう言ってきた。
「ドラゴンの肉、もしよろしければ買い取りさせていただきますよぉ〜。部位が新鮮であればあるほど、そして個体が強ければ強いほど! いい値段、出しちゃいます。どうです、どうです?」
この人、本当に『食』が何よりも最優先だ。
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喋りながらも船は動いており、あれだけ遠くにあった島がもう目の前だ。
停留所があるな。そういえば、ここから食材をカヴァナー連合国に発送しているのだった。
ならば、交易のためにクラリスさんが船を出す場所があるのは当然か。
「クラリス以外を入れるの、久しぶりだねぇ〜」
「そうね、それこそミア様以来かもしれない」
「それがまさか、弟さんで、しかも他に魔族しかいない! おまけに完全にハレムの王だね! 人間の子とかに興味は持たなかったのかな?」
「あんまり失礼言ってるとまた殴るわよ、エドナだって世話になったんだから」
「まーまーエドナちゃんが。それはお礼をしないとね〜」
船が着き、島に降りる。
視界に広がる、緑の風景。
それが、区画ごとにハッキリと作物が分かれていると、ぱっと見て分かる風景。
間違いない。
ここが……僕がずっと夢見てきた場所。
「あ、そういえばまだ言ってなかったね」
くるっと緑の髪を揺らして振り返り、ハイエルフの女性が島をバックに両腕を広げた。
「食材の島『マナエデン』へようこそ! 私はマナエデンの女王であり、全ての施設を管理しているユーニスだよ!」
『黒鳶の聖者』が受賞できたこともあって余裕が出来たので、こちらを更新再開して完結まで持っていこうと思います!




