事件の隠された事情を聞きました
エドナさんとハーヴィーが部屋に入ってきた。
話し合いがどういうことになったのかは全く分からないが、ハーヴィーが憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔になっている反面、エドナさんの顔には大きな疲れが見られた。
……多分、エドナさんは背負ったのだろう。
ハーヴィーの心情と、ウィリアム様の死を、両方自分で。
正直なところ、そこまでする必要があるのか、そこまでの価値がこの男にあるのかと思っている部分もある。
でも、僕の知らない部分もある。それはハーヴィーとエドナさんが、具体的にどういった会話をしてきたのかということ。
恐らくラムツァイトの洞観士としての能力が、ハーヴィーの内面を赤裸々に僕に映し出したのだと思う。自分の頭が考察した内容もあるとは思うけれど、少なくとも両方の能力を使ったという予想は大きく外れていないはずだ。
しかし、それでも何を喋ったかということまで文章化できるほどではない。
エドナさんは、クレイグの方を見た。
「クレイグ殿。確かご子息がいらっしゃったわよね」
「……ええ」
「今回の件、子供達は」
「一切関わっていません」
クレイグはエドナさんの問いを否定するように即答した。
エドナさんがハーヴィーに「本当なの?」と確認を取ると、ハーヴィーは頷いた。それで信用したのか、エドナさんは頷いた。
「それなら、領地のことは今後ご子息にお任せしましょう。さすがに教育していますよね?」
「もちろんです」
「分かりました。サイラス殿は、副ギルド長にその座を渡すこと」
「……はい」
「あなたたちが行ったことは、全て公表させていただきます。その上で二人の身柄は……シンクレア領にて監禁。いいですね」
二人は黙って頷いた。
そこへ、後ろから声をかける人が一人。
「エドナ、俺もだ」
「ハーヴィー君……うん、うん、分かってる」
「今更俺に甘い対応は、しない方がいいぞ……。エドナは昔っから、なあなあだからな……どうせ領内の犯罪者も、あんまり厳しくできないんだろう……?」
「……そう、だね。うん」
エドナさんは、少し悩むように目を閉じて、再びその目を開いたときには、決然とした目をしてクラリスさんを見つめた。
「クラリス様、悪いのですが、発表の際は協力いただけないでしょうか。領内外への告知で、三人の身柄を含めて先ほどのように取り計らっていただけますか?」
「私とエドナの仲じゃない、いいわよ」
「ありがとうございます」
クラリスさんは外にいるビルギットさんに「ついてきてもらっていい?」と一言お願いした。ビルギットさんが僕を見たので目を合わせて頷き、アイコンタクトで許可を出した。
そしてクラリスさんは犯人の三人に目配せして扉の方を親指で指すと、三人はそれに従って大人しく外に出た。そのまま牢まで連行されるのだろう。
……これにて、全てが終わった。
「ライさん」
部屋に残った僕に、エドナさんから声がかかる。
僕の正面で両手を重ねると、綺麗なお婆様の領主は、こちらへと腰を深く曲げて礼をするる。
「何から何まで、ありがとうございました」
「乗りかかった船ですし、姉貴のやり残しですよ。僕が対応できてよかったです」
「ミア様ではその時その時の対処療法はできても、最後の解決までいかなかったかもしれません。ライさん……いえ、勇者ライ様。あなたが来てくれて良かった。姉弟揃っての救世主ですね」
その言葉は、あまりに予想外で自分の中にあったものが反応した。
勇者ライ。姉貴と揃っての救世主。
確かにゼルマさんからは、僕も勇者であるということを教えてもらっていた。
しかし、今言われたことは、全く事情が違ってくる。
エドナさんの評価は、そういったラムツァイトゼルマの勇者の紋章とは全く関係なく、僕の働きで……僕の行動と結果だけを見て、姉貴と同じだと言ってくれたのだ。
ああ……僕は、本当に、名実ともに姉貴と同じ立場になれたんだな……。
「ありがとうございます、こちらこそ救われた気分になれました」
「ふふっ、お礼を言うのはこちらなのに」
エドナさんは楽しそうに笑うと、窓の方へと歩いていった。
先ほどビルギットさんが開けた窓の外には、朝のシンクレア領が広がっている。
「……私は、軽薄で、軽率で……そんな浮薄な言い回しばかりしてきたから、相手の深いところを読めなかったのかもしれません」
窓に背を向け、その枠にもたれかかるようにしてこちらを見つめながら、どこか寂しそうに笑う。
「多数の人々と接すると、どうしても一人一人との対応が雑になる。だからハーヴィーの本気に気づけませんでした。十人に言い寄られても、それは私が十回の愛の言葉を受けたという一方的な部分でしか認識できなかった。二十回、三十回……回数を重ねる毎に、相手の言葉のパターンも聞き慣れて……そうですね、聞き流すようになってしまったのです」
昔を思い出すように、手元にあるペンを指で触りながら呟く。
「私にとって三十回目でも、引っ込み思案で大人しいハーヴィー君にとっては、決死の一回でした。彼が四十年以上前のことを覚えているのに、私はそれを『そんなこともあったかもしれない』程度にしか、覚えていないのです」
それは……それは仕方のないことだろう。
どうしても、人間一人一人に向き合うというのは大変だ。相手だって、ダメ元でぶつかってきている人も多いかもしれない。
でも、それがもし自分の幼なじみなら。
ずっと慕ってた相手なら、ハーヴィーのようになるのだろうか。
そこまで嫉妬と憎悪を燃え上がらせたことがないからわからない。
「はい、それだけでここまで恨むのでしたら、私もハーヴィーを許しはしません。ですがこの話は、ウィリアムにまで遡るのです」
「……ウィリアム様は、先代の領主様で、旦那様ですよね?」
「はい」
エドナさんは、ペンを触る手を止め、こちらを見た。
「ウィリアムは、二股していました」
「は————!?」
「ええ。ハーヴィーが相手の女の名前を出して、確信しました。今はもうどちらにいらっしゃるか分からないですが、確かに当時ウィリアムと一緒にいると、眉間に皺を寄せた顔を見ることが多かったのです」
それまでの話からは、想定していなかった話題が出てきた。
「ハーヴィーのやったことは、確かに悪いことです。許されることではありません。ですが……彼は、ずっと私のことを気にかけていた。自分に振り向かせようとしていた」
「……」
「でも、私は……私はウィリアムを選んだ。二股、いえもっと遊び歩いていたらしい男を選んでしまったのです。まったく、こんなのが人を見る目がどうとか、領民を信じる、だなんて言ってるんですから滑稽もいいところですね。ハーヴィーだって失望もします」
「その話、当時ハーヴィーからは」
「ウィリアムに直接止められて、『お前は負けたんだよ』と言われたらしくて、それでこちらの領地を去ったのだそうです。確かに彼が、突然いなくなったタイミングでした。……そこまで聞いて、ああ、それは殺したくなるぐらい憎い彼の気持ちも、分かるかなって」
真剣な顔をして語っていたエドナさんが、ふと緩む。
「でも、ハーヴィーったら……ウィリアムは恨んでいたし、私も恨んでいたけど……禁呪に冒されて尚、結局彼は私のこと、殺すほどは恨めなかったんですって」
「エドナさん……」
「……本当に……そんなに心配されていたなんて、こんなに、愛されていたなんて。……軽々しく『受け流し』なんてするものじゃありませんでした」
エドナさんが、こちらに来て、その皺の増えた両手で僕の手を包む。
「ライさん。あなたなら心配はないと思いますが……どうか、あなたを慕っている人たちのことを、軽く受け流さないであげて。選ばなかった人たちを、蔑ろにしないであげてください」
「エドナさん……はい、分かりました。その忠告、しかと心に刻みます」
僕の手を離すと、ふふ、と小さく笑って部屋を出て行く。
「さあて! 後ろを向いていないで、私も頑張らないといけませんね。こんなに可愛らしい若い子たちが頑張ってくれたんですもの。せっかく切り開けたシンクレア領の未来、残り全部を領民達のために使わなくちゃ」
エドナさんは元気を出すように明るい声を発したのに、その背中は、どこか泣いているようで……僕達は、廊下に出たエドナさんが部屋の扉を閉めるまで、声をかけることができなかった。




