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僕の話をクラリスさんにします

 ハーヴィーが、弱々しくも顔を上げる。


「こんなことを頼める義理ではないと言うことは分かっているが……エドナと、二人きりにしてくれないか……」


 今更、そんなことを言うのか。

 僕はもう一度口を開こうとしたところで、横から割って入る声があった。


「私からも、お願い出来ませんか? ハーヴィーの……彼の気持ちを聞いておきたいの」

「エドナさん、いいんですか? 相当危険だと思います」

「いいのよ。もしもここでだめなら……私自身が、きっと元々だめだったということ。だから……」

「そこまで言うのなら……」


 僕はクラリスさんに目配せする。クラリスさんは少しの間、目を閉じて考えると……エドナさんの方を見た。

 エドナさんは、クラリスさんの視線を正面から受ける。それから十秒ほどで、クラリスさんが呆れたように溜息をついた。


「わかったって、もう。ほらクレイグもそこのおっさんも、出るわよ」

「俺はサイラス……」

「なんでもいいわよもう」


 ちょっとやけになってるような雰囲気を醸し出しながらも、クラリスさんは二人を連れて部屋から出て行った。

 ……後のことは、エドナさんに任せよう。僕はもう一度エドナさんを振り返ると、不安そうな目をしたアンの手を引いて、リンデさんとユーリアと一緒に部屋を出た。


 -


 といっても、クレイグとサイラスを自由にするわけにはいかない。

 別の客間の方へとクラリスさんが慣れた様子で入っていき、僕達も座る。


「さーてと。せっかくだからちょっとお喋りいいかな、ライ君」

「ん? いいですよ」


 唐突にクラリスさんからの質問が始まったけど、まあすることも現状ないし、会話に付き合おう。


「……ライ君は、自分のことを、姉貴についていけなかったと言っていたけど……本当なの? ありえなくない?」

「ああ、それは……そう、強くなったのは最近の話なんです」


 僕は、クラリスさんが誤解しないよう、リンデさんが来る前の僕のことを話した。

 両親が死んだこと。姉貴がその二年後に勇者になったこと。

 近接戦闘しかできなかった姉貴の勇者魔法が、僕の弓矢よりも、攻撃魔法よりも強かったこと。

 死んだ母の料理を再現しようとして、五年間ずっと再現出来ずに距離が離れていたこと。

 それまでは魔法も殆ど使えず、無力感に苛まれていた、本当にただの村人だったことなど。


「リンデさんが……魔人王国の剣士、ジークリンデさんが来て、僕の全てが変わりました」


 日常生活の全てが瑞々しくなったこと。

 料理を作ることそのものの楽しさを認識できたこと、喜んでもらえることの嬉しさを知ったこと。

 再現出来なかった母の味を再現し、村の食堂で振る舞ってもらえることになったこと。


「全てが変わりました。そして、魔人王国の人たちとの付き合いも始まりました。その中でも今の自分を形作る上で影響が大きかったのが、やはりレーナさんですね」

「レーナ?」

「はい。魔人王国最強の魔法使い、マグダレーナさん。魔法の師匠であり、ユーリアの師匠でもあります」

「……ユーリアも……」


 クラリスさんは僕が人間にしては規格外の魔法を使うことはもちろん、ユーリアの最後の魔法も見ている。ブラックドラゴン相手だろうと容赦なく一撃で地面に落としてしまう、あまりにも強い魔法使い。


「強いの?」

「一つの国を十秒程度で消す、と言ったら……ユーリアは大袈裟だと思う?」

「むしろ一秒もかからないというか、国一つで済むんですかね? あの人本気出すと、群島や半島ぐらい平気で消しかねないと思いますけど」


 クラリスさんが、眉間に皺を寄せて口元に手を当てる。クレイグとサイラスもお互いの顔を見合わせている。


「……レーナさんは、その……どういう性格の人なの? 大丈夫なのよね?」

「指導中はもう悪魔ってぐらい怖い人ですけど、そうでなければ気の良いお姉さんって感じですよ。僕よりひとまわり背が高いんですけど、威圧感とかはないです。女王の弟と結婚しているので、基本的に優しい人ですよ」


 それだけ聞くと、クラリスさんは安心したように息をついた。

 いや、そんな危険な人が危険な性格していたら、僕だってそりゃ心を許したりしませんって。


「……私も師事したら強くなれるかしら」

「間違いなく強くなれますよ。ただし本当に、その、指導中は容赦がないので、よっぽど信念がないとおすすめしません」

「じゃーやめるわ……正直今のままでも十分だし、またドラゴンが出るというのなら別だけど……そうそうあんなの出てこないでしょ」


 リンデさんが、クラリスさんの辞める発言にぶんぶん頷いている。……まあ、その、あの人の指導を受けると、リンデさんの気持ちは十分にわかりました。

 息を吐ききって酸欠状態になった体から、更に二回、体の中の空気を無理矢理引っ張り出すような訓練を、延々やらされましたからね……。

 一回目で意識が飛びかけて、二回目で完全に飛んで、ふらついた瞬間に魔法で起こされる。その直後に『もう一回』って……そして渋ると足下に攻撃魔法が……。


「……そっか、やっぱライ君はミア様のために、苦労したんだね」

「それぐらい、変わりたかったですから。レーナさんには感謝しています」

「うんうん、やっぱすげーわミア様の弟。気軽に超えるつもりで師事するのは、君に対して失礼だしやめておくよ」


 優しい顔で笑うクラリスさん。その言葉は、何よりも僕の努力を認めてくれるものだった。

 なかなか第三者からこう言ってもらえることは少ないので、素直に嬉しいと思う。

 クラリスさんに話してみて……改めて、僕は本当にリンデさんと出会う前から、全く違う存在になることができたんだなと思う。


「……レオンもユーリアも、あの人のもとでずっと練習してたんだよなあ……」

「はい。恐怖も強かったですけど、それ以上にやっぱり昔から尊敬も憧れもありましたから。せめて、あの人の背中どころか足指にさえ届かなくても、背中がギリギリ見えるぐらいには頑張りたいなって」

「そういう気持ちだったんだな。実際、今の自分はどう思う?」

「ようやく遠くに、あーギリギリ見えるかなー人違いかなー、ぐらいの背中は見えたんじゃないかと思います」


 ユーリアの発言に対して、クラリスさんが鼻で笑い返す。


「ユーリアって自己評価めちゃくちゃ低いっしょ。さすがにそんな実力差あるとは思えないわよ、ユーリアだって強いって」


 しかしそれに対して、ユーリアは僕の方を黙って見た。

 あー、そうだなー、客観的には第三者の説明の方がいいよなー。


「確かにユーリアは自己評価が低い控えめな子ですが、実力差はそれぐらいありますよ」

「……マジで?」

「そもそもユーリアは無属性魔法も、強化とかあと回復とか……そんなに何でも出来る魔法使いじゃないので」

「じゃあレーナは?」

「以前シレア帝国で見た限り、全種類が最高性能ですね。しかも連発して息切れすらしない上に、召喚魔法の奇跡も操れます。ちなみに剣を持っても人間より遥かに強いです」

「……盛ってない?」

「盛ってないどころか、あの人より強い魔人族が三人いるので……」


 クラリスさんは、ソファーに沈み込むと、少しぼーっとしていた。……はっきりと事実を伝えただけではあるんだけど、さすがに一度に言い過ぎただろうか。


 ……ふと、クラリスさんは呟いた。


「魔人族いたら、人間もエルフもいらねえなあ……」


 静かな部屋に、その呟きは思いの外大きく響いた。

 その声を聞いて……僕が何か反応するべきなのか困る暇もなく、横で飛び上がる人がいた。


「そんなことありません!」

「うえっ!? え、リンデちょっとなんなのびっくりしたぁー……」


 リンデさんは両拳を握りしめて、力一杯叫んだ。


「人間さんがいないと、ライさんがいないと、おいしい料理が食べられませんっ!」

「……は? 料理?」

「はい! ぶっちゃけ平和な日常さえ送れたらそれでいい魔人族にとって、ちょいとつよいとか、そんなことはどーでもいいんです! いや食材手に入れるためにはよくないですけど! でもでも、人生で一番大切なのは、おいしい料理ですっ!」


 リンデさんの熱弁は、なんというか、僕達人間にとってはとても眩しい発言であり、そしてどこまでいってもリンデさんって感じで、それまでの緊張が一気に緩んだ。

 ああ、やっぱリンデさんが喋ってくれると、いつも気が楽になっていいなあ。


「なるほど、確かにどの種も魔物に勝てるぐらい平和になったら、食べることが人生の娯楽の中心になるものね。納得納得。っていうか魔人族は料理しないの?」

「もう料理とかめっちゃへったくそなんで! ていうかライさんがぶっちぎりのちょーすごいりょうりにんなのでっ! 私が魔物を倒して、ライさんがおうちで料理してくれて、もうそれだけで世界一幸せなんですっ!」


 そのまま止めなかったからリンデさんが叫んで叫んで、いよいよ僕もうれしはずかしというか、もう恥ずかしさの方がちょっと勝ってるな、っていうタイミングで……窓が開いた。


「……あの……リンデさん、外に聞こえています……」


 そこには、頬を濃く染めて恥ずかしそうに照れているビルギットさんの姿があった。

 リンデさん、いよいよ自分がやってしまったと気付いて、周りを見渡して……座っている僕を持ち上げて、僕を体の上に乗せる要領で全身を後ろに隠した!

 いや、これ僕が恥ずかしいんだって前言いましたよね!?


 そんなこんなでてんやわんやしている中、エドナさんの会話が終わったようだ。だからリンデさん、そろそろ離して下さいね……!


 ……ふと、僕はクラリスさんの会話を思い出して、何かひっかかるものを感じていたけど、それが何かはこの時は分からなかった。

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