僕はこいつに、思いの丈をぶつける
今の発言は、僕の全く予想しないことだった。
気にもとめていなかった、普通なら考慮すらしないような部分に、明確な関係図が出てきた。
何故なら、クラリスさんだけでなく、クレイグとサイラスも驚いているのだ。つまり、今回の事件の発端は、僕達が考えるよりも遥かに過去に遡らなければならないのだろう。
あまりの展開に皆がすっかり声を発することが出来なくなった部屋の中で、ハーヴィーは首を振る。
「ち……違う……俺は」
「いやお前ハーヴィーだろ」
「確かにハーヴィーね」
ここに来て往生際の悪いハーヴィーに対し、僕もクラリスさんも思わずツッコミを入れる。心底嫌そうな顔をしたハーヴィーを、さすがにクラリスさんも足で蹴った。
つんのめったハーヴィーが、そのタイミングで少し前のめりになり、座ったエドナさんと目を合わせる。
「……ハーヴィー……なのよね、二人も言っていたし……」
「……」
「でも……あなたは、そんな……」
エドナさんが困惑を大きくしていくのに反して、少しずつハーヴィーは落ち着きを取り戻してきた。
「……エドナは……今何歳になった? 六十一……いや、先月で六十二になったので合っているか?」
「え、ええ……確かに、六十二になりました……」
随分な記憶力だ。それに、思っていたより遥かに高齢だった。エドナさんは僕が思っていたよりもかなり年齢の割に綺麗な方だった。
……僕はなんとなく、予想がついてきた。
予想がついただけに、どうしてこうなっているのかが分からない。
「……相も変わらず、年齢の割に綺麗な顔だ……」
「ハーヴィー……あなたは……いえ、確かに年齢に対して多少は見た目というものは左右されるでしょう。ですが、あなたは……いえ、違うわ。あの昔一緒に私達と仕事をしてくれていたハーヴィー君は、私よりも年下の筈よ! 多少の誤差とは思えない、一体どうしたっていうの!?」
エドナさんの発言に、僕達は全員顔を見合わせる。クレイグやサイラスでさえ、こちらを驚いた顔で見ている。
だって、エドナさんは確かに六十二にしては若々しい、まだまだ美人で通りそうなおばあちゃんだ。皺もあるけど姿勢もいいし、むしろ五十代でないことに驚いたぐらいだった。
反面ハーヴィーは、本当に老木とクラリスさんが呼んだだけあって、皺だらけの老人だ。こちらは七十どころか八十だと言われても驚かないだろう。
……僕はふと、ひとつの単語に思い当たった。
「禁呪……」
その単語に、真っ先にハーヴィーは反応した。
「……小僧、どこでその言葉を……」
「ちょっと古い国の図書館でね。そしてその反応から察するに、当たりというわけだ」
「……」
そこで黙るのも、肯定の証だ。
今度はエドナさんが、僕に対してその単語の説明を要求してきた。
「どうしてハーヴィーがこうなってしまったのか、ライ……あなたは知っているのですか」
「憶測ですけど、ほぼ確信を持って言えます」
「おい、言うんじゃ————」
「教えて下さい! ハーヴィー君は黙っていて!」
それまでの落ち着いた雰囲気とはまるで違うエドナさんのあまりの気迫に、ハーヴィーも押し黙った。
僕は禁呪の話を……恐らく『時空塔螺旋書庫』に収まっていたであろう、禁断の書物の話を始めた。
魔法の歴史。どこからやってきたのか、どうやって新しい魔法が生まれたのか。
そういった話のあたりは省いて……魔法、気功、奇跡、呪術と、様々なものが世界には溢れている。
その中でも魔法が一般的になり、残りの気功は魔力を持たない人が得意とする竜帝国へ、奇跡と呪術は神と悪魔のものとされた。……最近呪術を女神が使いまくっていた、という話はもちろん伏せる。
禁呪は、呪術と魔法や奇跡を組み合わせたものだ。
奇跡と呪術の二つは大きく離れているが、別に相反するものではない。その中でも召喚に関する能力は魔法の一種である奇跡の類であり、実はデーモンが使っていたのもこれに近い。名前がお綺麗なだけで別に神聖な魔法ってわけでもなんでもないので、その辺りの議論は置いておく。
この召喚の奇跡と、呪術の『生命力消費』を使って行ったのが、恐らくハーヴィーの行った禁呪の全貌だろう。
もしかすると、魔物を操作する奇跡も、禁呪で使えるようにしたのかもしれない。
生命力を消費して強力な魔物を召喚できるようになった反面、ハーヴィーの生命力はどんどんと自分の召喚魔法に吸われていった。
そう、生命力だ。
だから寿命や肉体年齢などを消費して、エドナさんより年下なのに、十以上は年上のような姿になってしまった。
「……どうして、そこまでしてまで……」
「恨んでいたんでしょう、エドナさん……ではなく、旦那の方か?」
「……!」
ハーヴィーがこちらを睨んでくるが、ちょっと僕は今冷静になりきれない。思いっきりにらみ返した。
「エドナさん。旦那様と結婚したのはいつですか?」
「え? あの……ウィリアムとは、もう何年……確か、二十一のときに結婚しましたから、四十年以上になるのね」
「ところでエドナさんは、ここまで話を振っておいて分かりませんか? それとも、『受け流しのエドナ』は、あまりにも話を横へと流してしまって、何も覚えていませんか?」
「え? ライさん、何を……」
この人も少し天然というか、ただ生まれの容姿は選べないのでこの人に責任はないけど……少し呆れつつ、僕はエドナさんに言った。
「エドナさんは沢山の男性に言い寄られたと聞きましたが、ハーヴィーに言い寄られた記憶は?」
「実際に声をかけてもらったことはあります。でも一度二度で、それ以降は私の後ろをついてくることが多かったはず」
「え、ストーカーじゃん」
クラリスさんのツッコミに、びくっとなったハーヴィーが視界に入り、確信した僕はますますもって苛立つ。
「ですね。……ところでエドナさん、ハーヴィーはどんな性格でしたか? 大人しくて言うことをよく聞く年下でしたか?」
「そう……ですけど……どうして、そのことを……」
「ハーヴィー、どうせお前は自分のことを『最後には一番誠実な自分の方に振り向いてくれる』とでも思ったんじゃないのか?」
「だ、黙れ……!」
「……それはお前、言い当てられたヤツの反応だ。もう少しは腹芸を覚えろ、見ていて恥ずかしいし、何より……」
僕はハーヴィーの体を、足の裏で押し出すように蹴り出した。
ハーヴィーが大きく尻餅をついて、呆然とした顔で僕を見上げる。
周りの人間が驚いているけど、もうここまで来たら黙っていられない。
僕はこいつに、今感じている怒りを全てぶつける!
「ダサすぎる! 何だお前、なんなんだよお前は! フラれたぐらいで領主を殺すまで三十年以上も禁呪を溜めておくとか、愚かすぎるにもほどがあるだろッ!」
「ひっ……!」
「そんな意地汚い性格で、よくもまあ自分のことを真面目だとでも評価できたな! 随分な自己評価の高さじゃないか!?」
僕は、最初一瞬はこの男にどこか自分自身を見ていた部分がある。
リリーを助けるために旅をしているけど、村一番の明るく美人な年上の女の子は、ザックスと結婚したのだ。リリーが僕に対してどう思っていたかはわからないけれど、それでも姉の友人というのは近しい存在で、支えてもらって、少し勘違いする程度には距離が近かった。
それでも、結婚したからといってザックスを恨んだりしないし、ましてやリリーが自分を選ばなかったことに負の感情を抱くなんておこがましいにも程がある。
お世話になったリリーは、仲の良かったザックスと幸せになった。僕は、そんなリリーを助けたい。ただそれだけだ。
もう一つ、思い出すのがリヒャルトだ。
あいつは姉貴に嫉妬して暴走したけど、その全ては姉貴のためでもあった。姉貴自身にも悪い部分はあったし、それでもリヒャルト自身が姉貴に意趣返しをするようなこともなかった。宝石商令嬢のシモンヌ・パラディールの独断行動に目を瞑れば、リヒャルトが姉貴自身を危険にさらすようなことはしなかったはずだ。
リヒャルトは今、村ではハンナの教育係をしている。優男で頭のいい彼と、内面が幼いため素直にハンサム好きな美人のハンナは相性が良く、リヒャルトはいつも自分の時間を惜しんでまで要望があらば付き添って教えている。
別に僕はリヒャルトのことを好きではないし、どっちかというとまだ許しきれない部分はある。だけど、自分の望むモノが手に入らなかったからと言って、彼そのものが腐ることはなかったのだ。
姉貴に置いていかれた僕は、彼の行動に共感出来る部分は多い。
だというのに、目の前のこいつはなんだ。
いつまで経っても恨みを晴らすだけ。
しかも何か転落に追い込まれるようなことをされたでもない。
そして……そして何より!
「それだけの魔力を持つ才能があって、どうして結婚出来なくても、側で支える人間になれなかったというんだ! それが気に入らない! 姉貴の……五年間、勇者ミアの何の支えにもなれなかった、あまりにも弱くて、ずっと離れた場所で見送るしかできなかった僕から見て、お前の今の姿、立場、考え方全てがあまりにもみっともない! 見ていて腹が立つんだよ!」
僕が叫びきったところで、ハーヴィーはようやく後悔したのか、頭を抱えてうずくまった。




