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教会と魔族が出会いました

 僕はリンデさんと一緒に、城下町西側を回っていた。この辺の魔物はまだ少し残っていたようで、リンデさんはすぐに討伐していた。

 僕も支援に加わろうかと思ったけれど、結局どんなにダメージを蓄積させてもリンデさんにとっては一撃なので、流れ矢が当たりそうでかえって迷惑になりそうだった。

 ……やっぱり、一撃二撃で倒す以外じゃ、足手まとい、だよな……。


 僕とリンデさんは、順調に西側を進んで行った。城下町はぐるりと外側を回るような道と、その横側に円周の道に切れ目が入るような形で横道があった。

 この横道には入っていない……と思いたい。


 しかし、その願いは外れた。

 ある程度進むと、明らかに潰れた魔物が出てきた。ヘルハウンドは、上半身が完全に潰れていたり、体がぺしゃんこになっていたり、体をねじ切られたりした死体で出てきた。

 圧倒的な、力のみによる掃討戦。


「リンデさん、これって」

「はい、ビルギットさんです!」


 僕は、西側をもうビルギットさんが回っていて、その横道に入ってしまったことに気付いた。……この死体が見つかる前と、リンデさんが倒した最後の魔物、その間には横道がある。右にも、左にもだ。


「……別行動ででも探しに行きたいところですが」

「それは絶対にダメです。さすがにこれは守って下さい、ビルギットさんはどんな目に遭っても死ぬようなことはありませんけど、ライさんが死んでしまったらもう全員の負けなんです」

「わかっています、ありがとうございます。……少し、調べますね」


 僕はリンデさんの確認を取って、横道を見ていた。


「そうか、この辺だったか……。リンデさん」

「はい」

「時空塔強化って、さっき見た限りでは探索とかにも影響があるんですよね」

「そうです、場所の探索は私はあまり真面目に習わなかったのですけど、索敵能力が上がったりしますね」

「それでなんとかわかりませんか?」

「わかりました。……『時空塔強化』!」


 リンデさんは、再び強化魔法を使う。……しかし、その後横に首を振った。


「あれ……おかしいです、見つからないですね。人間さんは建物の中にたくさん、その他魔物は内側も外側もまだいるようです」

「ありがとうございます。では中心部分ですね」

「え?」


 リンデさんは、僕の判断が分からなかったようだった。でも、リンデさんの答えで僕はほぼ確信していた。何故なら……


「この外側って、道が単純なんですよ。だから、リンデさんが外側に魔物を検知したなら、恐らくビルギットさんの能力を予想するに外側の魔物は残っていない上にすぐに戻ってきているはずです。だからビルギットさんは中心部方面にいますね」

「な、なるほど……! では……」

「いると分かった以上は手短に外側の魔物を倒してから内側に向かいましょう、それでいいですか?」

「はい!」


 僕とリンデさんは、外側に向かった。確かにまだ魔物はいたけど、本当に少なくて、物陰に隠れているだけのようだった。

 ……何か、嫌な予感がする。


「すみません、リンデさん」

「はい、なんでしょうか」

「誘導されている気がします」

「……え?」

「恥を忍んで言いますが、もう一度、僕を抱いて中心部に走ってくれませんか」

「え!? い、いいんですか!?」

「はい、そちらの方が速いですから!」

「っ! わかりました!」


 リンデさんは、町中で僕をお姫様抱っこすると、ちょっと緊張しながらも走り出した。……やはり、速い。


 そのまま街の中心部へ一瞬で走り抜けると、リンデさんが反応した。


「い、いました! ビルギットさんです!」

「わかりました、すぐ近くへ!」

「はい!」


 リンデさんは、そのまま街の中心と西側の間の道を走っていった。




「ビルギットさん……!」


 リンデさんは、ビルギットさんを見つけると僕を降ろして走っていった。巨体のビルギットさんは……人間に囲まれていた。

 ……ここは……そうか……教会! 西側にあるのは、教会だ!


「リンデさん、僕が行きます!」

「えっ?」

「あれは魔族を敵対視しているタイプの人間です、僕が……交渉します」

「だ、大丈夫なんですか!?」

「ハッキリ言います。全く大丈夫じゃないと思います。もしも僕が危害を加えられそうになったら、守って下さい」

「はい!」


 僕は、その教会の人間、神官戦士の集まるところまで歩いて行った。




「この緊急時に、教会は何をしているのですか」

「な、なんだ、おお人間の方! あなたも言ってやってください、この城下町の人間は魔族には屈しないと!」

「デーモンには屈しないと言っていいですね」

「そうでしょう!」

「でも彼女はデーモンではないです」

「……なんですって?」


 僕は、教会の人とビルギットさんの間に入った。後ろ……というより頭の上から「あっ」と、想定より遥かに高い声が出てきた。


「そもそもあなたたち、魔物がこの町を襲っているのを見たでしょう」

「ええ、それも魔族が!」

「街を破壊するために魔物を放っているのは灰色のデーモンです。こっちの青い肌の人は魔人。魔物を倒している側です」

「……は?」

「ま、いきなりは信じられないでしょうが、外周西通りにまだ沢山残ってますよ、ヘルハウンドの明らかに人間では不可能なほどに潰れた死体」


 僕はビルギットさんの顔を見た。体は大きいけど……よく見ると、目は大きいし、思った以上に綺麗な顔をしていた。


「あなたがやったんですよね?」

「あっ、えっと、はい。私がヘルハウンドを全て倒しました。魔物を倒して欲しいとお願いされたので、私とカールさんが魔物を倒しに街を走っています」

「だ、そうですよ」


 僕は再び教会の人間を見た。


「う、嘘に決まっている! 魔族が人間に荷担するわけがない!」

「魔族は人間を殺すと?」

「当然だろう!」

「じゃあ聞きますけど、なんであなたたちはまだ殺されてないんですか?」

「え?」


 僕の、当然の疑問に、教会の人達は誰も答えられなかった。


「魔族は人間を殺すというのなら、どうしてこの魔族は、あなたたちの罵詈雑言を耐えてじっとしているんですか?」

「……それ、は……」

「あなたたちは……多分、この魔族……魔人族の子が、優しいから……反撃しないと分かっているから八つ当たりしてるんです」

「違う! 私たちは街のために」

「街のためだっていうのなら! こんなところで油売ってないで、その高そうなメイスで彼女の代わりに今もテントを燃やして回っているヘルハウンドを討伐してきたらどうですか!? 街のために仕事したいんでしょう!?」

「な……」


 僕は段々腹が立ってきたので、こいつらの言ってることを途中で遮って叫んだ。……本当に、冒険者に分けてやりたいような高い鈍器武器だ。

 僕でも見てわかる。これは、一度も使ったことがない。


「行きましょう」

「え? あの」


 僕は、後ろの顔を見上げると、そのまま西通りに向かって歩いて行った。後ろにいたリンデさんと顔を合わせる。


「あっ、リンデさん!?」

「ビルギットさん……」


 リンデさんは、どこか寂しそうな目でビルギットさんを見ていた。……やっぱりそういう顔をしてほしくなかったけど、まだ難しいよな。


「リンデさん」

「あっ、はい」

「僕も、あの子も、おっちゃんも。村のみんなも、味方です。もうリンデさんには、たくさん味方がいますから」

「……はい」


 リンデさんは、柔らかく微笑んで、再び僕の手を繋いだ。


「あ、あやつ他にも魔族を!」

「女神の神罰が下るぞ!」


 後ろから声が聞こえてきた。


「女神の神罰っていつ下るんでしょうね!」

「な……!」

「女神を信仰していたら恩恵でもあるんですか? 教会の人間は、信心深い人を救ったりするんですか?」

「なんという不信心者……!」


 僕は振り返って、もう一度その神官戦士達を見た。


「僕の姉は、勇者やってて、名前はミアっていう姉なんですけど」

「——な!? 勇者の弟が、魔族と通じているだと!」

「僕の両親、勇者の父親と母親、ちゃんと女神を信仰していたんですけどね。あっけなく殺されました。勇者の親、あっけないですね。両親が自分を犠牲にしなかったら代わりに勇者が死んでましたね」

「……」

「僕も最近、魔物に襲われました——


——でも、僕を助けたのは人間に何の恩義もない魔族でした。……神官戦士は、いつになったら人間を助けるんでしょうね」




「ふふ、言われてしまいましたねえ」


 ……教会の中から、中性的な雰囲気の人が現れた。服装が豪華な人だ。……誰だ? 教会の幹部か……?


「彼の言ったとおりです。あなたたち、ヘルハウンドまだ残ってるようだし、行ってくればどうです?」

「……え……?」

「何を呆けているんですか、行ってくればいいじゃないですか。冒険者よりいい装備、その服の下に着込んでいる鎧は、ヘルハウンドの牙も通らないでしょう」

「し、しかし……」

「話を聞くに、あの魔族と、あっちの剣持ちの魔族、既に町中で魔物を討伐して支持を得ているようですし」

「そ、そんなことは……!」

「……あなたたちねえ……。本当に、気がついてないんですか? はぁ……立場が恵まれていると危険察知能力が落ちるんでしょうか」

「……なにが、ですか……?」

「上」


 その一言で神官戦士が上を見る。木の扉がパタンパタンと閉まった音が何度か聞こえてきた。……僕は気がついていたけど、そりゃこんな通りで押し問答やってたら、街の人は気になるよな……。


「……!」

「今の会話、客観的に見て、君たちを支持する人間、どれぐらいいるでしょうか」

「……しかし……神を信仰……」

「はぁ……」

「な、何なのですか!」

「違うよ違うよ……。彼も言ってたじゃないですか。女神じゃなくて、女神を信仰することで君たちが信者に何をするかですよ。……まさか、神罰が彼に下ってないのに、信者も不信心者も()()()()()()()つもりですか?」

「な……」

「あなたたちの選択肢は二つ。『ここまで言われてようやく魔族に出遅れて、魔族未満の討伐結果を出すために、ヘルハウンドに挑む』」

「……それ、は……」

「もう一つは、『ここまで言われても結局助けなかったということを街の住人に知られる』。……本当は、騎士団長が部下に指示を出した時点で、『教会側も察知して討伐に出撃する』が三択の一番上の正解だったんです。あなたたちには最初から選択肢が見えてなかったようですけど」

「……」

「女神は人の上に人を作らず、ですよね。女神は偉いですが、女神の信徒のあなたたちは教会所属なだけで、教会以外の信徒と同じです。……お前たちが女神と同じ位偉いわけじゃない」




 ……ものすごい説得力と存在感だ。突然現れたその人は、完全に放心している神官戦士たちを尻目に、こちらに歩いてきた。

 この人は一体……?


「そこの体の大きい方」

「は、はい!」

「あなたが優しい人でよかったです。あの馬鹿たち、あなたが怒ると自分たちがミンチになることもわからないような馬鹿なんでちょっと見ていてひやひやしましたよ」

「そ、そんなことはいたしません」

「ええ、分かります。でも神官戦士がそこの男を不信心者だと殺したら?」

「——!? ……え、っと……」

「あなたは暴れたでしょうね。私は急ぎますのでここで失礼します、本当に申し訳なかったですね。……あと、そこの人間の方」

「あ、はい」


 突然僕に声がかかって緊張する。……間違いなく目上の人だろう。

 本当に身なりがいいし、きらきらしている。背は少し低かった。男性か女性かと思ったけど、多分男性だろう。


「勇者の弟、なるほど進歩的で素晴らしいです。最適解を選んで、魔物の討伐をしてくれていたんですね」

「えっと、まあ、そんなところです」

「もっと功績を聞いてもいいですか?」

「功績ですか? 城下町のゲイザー、オーガロード、ヘルハウンドは討伐していて、ここ1ヶ月近くはこの魔人族のジークリンデさんが近くの森にあるオーガキングと、オーガロードは50体ぐらいでしょうか。僕が報酬つきでお願いして、ですかね。ずっと討伐してくれていました」

「……はは、ははは! だそうですよ住人の皆さん! 彼が魔族を繋ぎ止めてくれていました! この魔族の方がいないと、とっくにここの城下町は滅んでいましたねえ!」


 正面の彼は、よく通る声で街に向かって叫んだ。向こうでぎょっとした神官戦士達が見えて、僕は内心スカッとしていた。

 リンデさんと目が合った。リンデさんは「言い過ぎじゃないかなー」と照れたように笑って頭を掻いていた。




 いえ、誇って良いですよ、リンデさん。

 間違いなく、王国の救世主はあなたです。




「私はこれで失礼します。ありがとうございました、紳士淑女の皆様」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 僕は去っていったその人を見ながら、「名前聞き忘れたな……」と思い出して少し後悔していた。

 ま、縁があったらまた会えるだろう。


 -


 「あの……」とビルギットさんは後ろから遠慮がちに声をかけてきた。僕が振り返ると、ビルギットさんは少し離れて片膝を立て、背中を曲げて目線を近づけ、大きな胸の前に大きな手を斜めに乗せながら、見た目の印象より高い声で言った。


「お話を聞く限り、ライ様、でいらっしゃいますよね。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。先ほどはあのような、あなたにも危ない場面だったのに助けていただき、感謝の念も絶えません。本当にありがとうございました。

 リンデがご厄介になっていると聞き、僭越(せんえつ)ながら私も是非ご挨拶をと、ライ様の元へ拝趨(はいすう)いたした次第です。

 私の名はビルギット、魔人王国の女王アマーリエに仕えている時空塔騎士団第四刻の戦士です。……このような威圧感のある大きな体で、上からのご挨拶となること、非常に心苦しく思います……」


 最後に、長い睫を切なげに伏せた。


 ……。

 す、すごい。

 驚いた。


 この子、超お淑やか。


 破天荒な姉貴と、それに似たリリー。豪快なエルマの姉御に、冒険者同然の村人女子達。バイタリティの塊みたいな城下街の人々。魔族は明るいリンデさんと、ちょっと口下手で眠そうなクラーラさん。


 今まで出会ってきた人間と魔族の中で、ぶっちぎりで丁寧。すっごくお淑やか。感動してしまった。同時に、見た目の先入観があったため驚いた自分を恥じた。

 ……なるほど、リンデさんの『優しい』ってこういう意味か。この人、見た目は一番迫力あるけど、中身は一番の淑女だ。

 これは……罵詈雑言を浴びると傷つくって心配してしまうのもわかるな……。


「…………あ、の…………」


 ……し、しまった! 僕が返事をしなかったことで、ものすごく不安そうな顔をしている!


「すみません少し放心しておりました!」

「あっ! え、ほ、放心ですか?」

「ええ、あなたがとても嫋やかな女性でかなり驚いていました」

「た、たおやか……!? 私が、ですか!?」

「はい! 失礼ですけど、もっと元気な感じかと思ったら、とても言葉遣いが美しくて感動してしまって」

「えっ、そ、それは、言い過ぎでは……」


 顔を染めて照れる巨体に向かって、僕はなんといっても「それ」を言った。


「言い過ぎではないです! 姉貴にもあなたのようなお淑やかさがあれば、もうちょっと男の縁があっただろうなって思います!」


 ビルギットさんは、姉貴に思い当たったんだろう。

 目を見開くと、すぐ目を細めてくすくすと笑い出した。


「ふふふ……ミア様、そうですね。ミア様は凄いですよね、私初めてお会いしてからもうびっくりしてしまいまして」

「そういえば、姉貴と一緒にここに来ていたんでしたね」

「はい。あそこまで行動力と勢いのある方、憧れてしまいます。実は会いに行きたいって言い出したの、私なんですよ」

「えっ?」

「だから、ライ様にお会いしたいと陛下に言い出したのが私なのです。ミア様の元気の良さに感化されてしまいました」

「姉貴ほんとに何やったんだ……しかし……僕、ですか?」

「はい、料理をする男性、会いに行きたいと私が我が侭を言いまして」

「そうですか、騒動が終わったら村でお作りします」

「本当に……! ありがとうございます! ああ、お優しい方で驚きです……!」

「姉貴の弟なのに、ですよね」

「あっえっと、そういうわけでは」

「そこで「その通りです!」って言い切らないあたりが淑女ですね」

「……ふふ、ありがとうございます……」

「では、宜しくお願いしますね」

「え」


 僕がビルギットさんに右手を出した。ビルギットさんは少し迷っていたようだけど、僕に恐る恐る手を差し出して……


 ……お、大きい。ビルギットさんの手、僕の3倍ぐらいある。


「申し訳ありません、このような体で……」

「いえ、肉体なんてその人自身が選べるわけではないんですから、あなたが申し訳ないと思うことは全くないですよ」

「……ふふふ、あははは……!」


 突然ビルギットさんがそれまでより明るく笑い出したので、驚いた。


「あの、どうしたんですか?」

「も、申し訳ないです、ふふ、だってライ様、ミア様と同じことを仰って、やっぱり姉弟なんだなあって思って面白くて……!」

「ありゃ、そうだったんですか。姉貴もあれで悪い奴じゃないですからね」

「ふふっ、もちろん存じております!」


 ビルギットさんは手を差し出して、そのまま止まった。


「私から握ると、壊してしまいそうで怖いので、申し訳ないのですが」

「わかりました、僕から握りますね」


 僕はビルギットさんの手を握った。……握ったけど、手の平と手の甲を両手で挟んでいるだけになってしまっていた……。


「あはは……握手を申し出てすみません」

「いえ、恐れずに触れていただけるだけで嬉しいです」

「そうですか? ビルギットさんなら誰でも恐れないと思いますよ」

「世辞ではなく本気で言ってくださってると分かります、ありがとうございます」


 ビルギットさんと握手をしながら笑い合っていたら……リンデさんに、左からガシッと抱きつかれた。

 ……え、え?


「び、ビルギットさんが相手でも、ライさんは渡さないんだからぁ〜っ!」

「えっ!? あの、私はライ様に手を出すような畏れ多いことはいたしません! 横に並ぶのは不自然なことぐらい私が分かってますから!」

「がるるるるーーーっ!」

「もうっ、リンデさん、そんなつもりはないんですよぉ……」

「ぐぬぬ……クラーラちゃんには倍ぐらい勝ってる私でも、ビルギットさんには倍の差をつけられて負けてるから油断できない……!」

「何の話なんですか!? その不等号、逆じゃないんですか!?」


 ビルギットさんは分かってないようだったけど……まあ、その。間違いなく、その正面に二つ付いているそれだよなあ……。

 ……って、リンデさん! その、それに! それに今挟んでいます! 僕の左二の腕が埋まっています!


「リンデさん、ち、近いです……!」

「え? あっ……!」


 リンデさんは、名残惜しそうに離れていって……でも、結局僕の後ろに来て、腰を抱いて髪の毛の匂いをかぎ出した。


「やっぱりライさん分……ライさん魔力をいただきます……」

「リンデさーん!?」

「……すんすん……はぁ……すんすん……」


 リンデさん、僕の頭皮の体臭にそういうものはないと思います……! ていうか、初対面のクラーラさんに次いで初対面のビルギットさんに、その、押しつけているのを見られるのは、恥ずかしいです……!

 ビルギットさんは、ぺたんと座って、両手で口を押さえるような格好でそわそわしながら「すごい……これが……」って言っていた。


 これが、これがって何ですか……!


「リンデさん! そんなことより!」

「すんすん……なんですか? すんすん」


 嗅ぎながらしか会話できない! ああもう、仕方ない!


「姉貴がカールさんと接触してるかもしれません、戻りましょう!」

「……っ! そ、そうでした! 戻りましょう!」

「ライ様はもうミア様と接触なさったのですね」

「はい、ビルギットさん! 広場まで案内します!」

「わかりました、お任せします!」


 僕はビルギットさんと、広場まで戻った。


 =================


 カールさんを探しに来たんだけど。

 何かしらこの目の前の状況。


「……ありがとうございます……」

「おう、どういたしまして」


 今起こったことを話すわね。


 カールさんが、なんか窓からおっこってきた女の子を、スーパーお姫様抱っこスライディングでキャッチして。

 そのままジャンプして窓の中に入れた。

 その二階の窓の女の子とカールさんが目を合わせて喋っていた。そして他の窓からも女の子が「あの、あたしも!」とか言ってる。

 その女の子が飛び降りると、びゅんっと飛んでいって、再び二階に戻す。カールさんはなんとも居心地が悪そうに頭を掻いていた。


 はーっ! モテモテじゃないカールさん!

 ってゆーか! さすが城下町の東の女ども! カールさんがイケメンとあらば、ちょっと見た目魔族なぐらいどうってことないわね!


「お、ミアさん! すんません遅れてしまって」

「いや、いいわよ……」

「どったんすか、疲れた顔して」

「ううん、やっぱ三角関係モノの少女小説って、おっとり系優男くんがヒロインと結ばれるパターンって、読者の趣味じゃないのかなって」

「?」


 あたしは理解できない、という感じのカールさんを見て、まあこんだけ人気なら問題ないでしょと思って、広場まで戻った。




 ……広場まで戻ったはいいけど。

 遅いわねー。


「そういえばカールさん」

「ん?」

「カールさんって第三刻ってことは、リンデちゃんには負けたのよね」

「……あー、まあ、そうだな」

「で、ビルギットさんには勝ったと」

「いや、第四刻以下は自己申告だよ」

「え?」

「大体このへんって自分で言い合って決めた。だからビルギットの方が強いかもしれないし、ビルギットはリンデよりも強いかもしれない。クラーラは……まあ、ないだろうな」

「そうなんだ」


 あたしがそう言うと、横からレオン君も話しかけてきた。


「さすがに僕やエファも、戦う前からカールやリンデさんに勝てないことぐらいは分かりますよ。でもそれもちょっと違って」

「ん?」

「実際は、ビルギットが同じ魔人族を殴りたくないって懇願したことが理由なんです。だから、ビルギットより弱そうな人は下、強そうな人は上、という形になったんですね」

「なんだか、本当に優しい子ね、ビルギットさん」

「はい、リンデさんも言ってましたけど、性格がかなりかわいい方ですからね」


 ……なにかしら。

 今ちくりと。

 ビルギットさんの話をあたしから聞いているというのに、あたしはレオン君が、ビルギットさんにかわいいという単語を使ったことにもやっとしていた。

 あ、これあたし嫉妬してるわ。


「レオン君」

「はい、なんでしょうか」

「あたしのことかわいいって言って」

「え?」

「言って」

「えっと、はい。その……ミアさんは、かわいい、です……」


 お  ……ッシャァァオラァァァ!


「あ、あの、ミアさん?」

「なにかしら」

「なんで、両手を握り拳に?」

「自己強化魔法を使っていたのよ」

「無詠唱でですか? 凄いですね」


 凄いでしょ、レオン君がいてくれたら消費魔力ゼロで無詠唱で連発可能よ。

 効果は絶大。

 さすがエンハンサーのレオン君ね!


「ミアさん、すっかりレオンと仲良くなったっすね」

「え、あっはい!」

「レオンは良いヤツだから、便利に振り回してやってください。大好きなでかい妹を支援するためにエンハンサーになったような男なんで、ミアさんみたいな強くてでかい人がぐいぐい振り回すときっと喜ぶと思います」

「お、おいカール、何言ってるんだよ!」

「お姫様抱っこされた直後から完全に恋するお姫様みたいな顔になってたろ」

「ちょっ!」

「いいじゃねーか、羨ましいぜ。オレもあんなに誰かと密着したりしたいけど、オレからやると完全にダメだからなー」


 カールさんは笑って言った。……そうか、抱っこした直後からそんな顔だったのか。いいことを聞いたわ!


「いい情報ありがとうカールさん!」

「おう!」


 あたしはレオン君を引っ張って、腕の中にすっぽり収めて座った。レオン君の髪の毛が目の前にある。多分あたしの、レオン君の背中に当たってる。

 レオン君が「あ、あの」って言ってるけど、腕を体に回して遠慮なしの密着だ。本当は股も使って抱き枕状態にしたい。

 ……あ、やべ。これ完全に変態モードの時のリンデちゃんだ。


「レオン君、本当に嫌だったら言ってね」

「ミアさん……だから僕は、嫌なことなんて、何もないですから」

「ありがと」


 あたしは、レオン君の頭の上に顎を乗せて、「ライおそい〜〜〜」とぼやいた。レオン君はくすぐったいのか、ちょっと笑っていた。

 カールさんも笑っていた。




「姉貴、待ったか?」

「待った! 遅い! 処刑するわ」

「え、ええ!?」

「ところでリンデちゃんにもソーセージ食べさせた?」

「え? 何突然、もちろん食べてもらったけど」

「処刑」

「ええええ!?」

「みんなソーセージ食ったけど絵面がヤバかったのよ! あんたあれはダメよ!」

「ソーセージでそんなこと思うの姉貴ぐらいだよ! 料理! 料理なの! あーもー僕が食べられなくなったら作らないからね!」

「ごめんなさい」


 あたしは即答した。ライは驚いていた。

 だって、仕方ないじゃない。

 ライのソーセージって、今、魔人族にとっての人間の味第一号になったソーセージよ。あたしのせいで食べられなくなったら、最悪勇者ミア対クラーラちゃんとかになりかねない。

 ごめん無理。普通に死ぬ。


「……そうだ、姉貴」

「ん?」

「すっかり姉貴の来るタイミングで忘れていたけどさ、魔人女王が来てるんだって?」

「聞いたの? そうよ、マーレが来てる」

「……マーレ?」

「魔人女王ってアマーリエって名前なのよ。だから略してマーレ」

「そんな友達みたいに……」

「友達よ」

「え?」

「マーレの方からあたしと友達になりたいって言ってね。マーレもあたしのことミアって呼び捨ててタメで話すわ。途中まで一緒に来たわよ」


 ライとリンデちゃんが揃ってすっごい間抜けな驚き顔をしていてうける。

 ま、そりゃびっくりするわよね。魔王と勇者がただの女友達なんだもの。


 ……と思ったら。急にライが、深刻な顔をし出した。


「どうしたのよ」

「クラーラさん、どっち行ったと思う?」

「デーモンの本拠地に帰ったと判断したなら、東よ」

「すみません、皆さん!」


 ライが急に大声を上げた。あたしたちはびっくりした。


「な、なによ」

「今すぐ魔人女王を迎えに行ってください!」

「え、どうしたのよ」

「クラーラさんがいない今が、一番戦力が落ちている! デーモンの幹部ガルグルドルフがそれを知ったのなら西に向かうはずだ!」

「な————!」


 ライの分析は尤もだ。

 王城は荒らされてない。じゃあ、ここでライが狙われて襲われたこと自体が本命に見せかけた陽動だとするのなら……!


「ライとリンデちゃんは、念のため城下町に残って!」

「わかった!」


 あたしは無言で、レオン君をお姫様抱っこした。


「『時空塔強化』『フィジカルプラス・ゼクス』」


 レオン君は、即強化魔法を使ってくれた。体に力が漲りまくる。

 さすが以心伝心! 愛してるわ!

 ……ああもうその一言が! 口から出ない!

 でも、その気持ちで漲ってる!


「カールさん! ビルギットさん!」

「おう!」

「はい!」


 あたしは力一杯、それを宣言した。


「マーレを助けに行く! レオン君、探索魔法は!?」

「問題ありません、『エネミーサーチ』……張り直しました! これで広範囲が分かります!」

「最高!」

「あっ、リンデさん、西側は全て終わったけど東周りの更に外側にまだ残っている、弟様と向かって!」

「ほんと? わかった!」


 レオン君はリンデちゃんに伝えることを伝えたようで、それを確認するとあたしは足に力を入れて駆け出した。




———待ってて、マーレ!

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