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カヴァナー連合国での決着をつけます

 目の前でリンデさんが、ローブ姿の男の杖を弾き飛ばしたと同時に、そのローブをばっさり斬る。

 肌と布の境目を一瞬で切り捨てる圧倒的な剣術のセンス。やはり不器用という言葉とは程遠い、恐ろしいテクニックの持ち主だ。

 改めて、リンデさんは呪いを受けているのだと実感する。多分呪いがなければ、僕なんて太刀打ちできないぐらいキッチンナイフの使い方も上手いはずだろう。


 さて、肝心の男を見てみよう。

 ローブが切れた中から出てきた姿は……薄汚れた服を着た、随分と年老いた細い男だった。

 ……少し拍子抜けした。

 正直、ここでも悪鬼王が何か邪魔をしてきているのかと思っていた。

 しかしどうやら、そうではなかったらしい。まあ確かに、そこらじゅうで悪鬼王みたいな恐ろしく強いヤツがぽんぽん暗躍しているというのも変だよな。

 それに、海を越えて活動しているとは思わないし。もしも自由に泳いだり、海を飛び越えたりすることができるのなら、魔人王国をもっと早い段階で発見していると思う。


「お、お前、お前は……!」


 っと、考え事をしていないでまずは目の前の問題だ。

 目の前にいるのは、クレイグの驚愕した姿。


 そりゃあ驚くだろうな。

 なんといっても、僕がいなければ、そもそもこんな計画やってないだろうし。


「ライムント! お、お、お前は、マナエデンに行っているはずでは……」

「チェックメイトです。クラリスさん、一連の流れを見ましたね」

「クラリス様……!」


 三人が驚愕を隠せずにクラリスさんの顔を見る。

 やはり予想通り、マナエデンのエルフであるクラリスさんは、誰にとっても相当な立場のようだ。

 そのクラリスさんに、思いっきり攻撃魔法をぶっぱなした行為。目の前で起こったこと、三人がこうやって組んでいること、全部をクラリスさんに見られた。


「……随分といい威力のダークマジックアローだったわね、そこの老木!」

「ヒィッ!」

「ライ君の魔法防御がなければ、結構ヤバイ怪我になってたんじゃないの、私。……無事だったからといって、なかったことにできるとは思わないことね!」


 怒りも露わに、クラリスさんが部屋の中に踏み込む。

 老人はすっかりへたり込み、クレイグとサイラスもすっかり意気消沈した様子となる。


「まず確認。あのブラックドラゴンを召喚したのは、あんたで間違いないわね」

「……やはり、討伐されて」

「返事ィ!」

「そ、そうだっ……!」


 老人が発言した瞬間クレイグとサイラスが勢い良く老人の方を向いたけど、今更隠したところで意味はないだろう。そして今、はっきり確定した。この男が、ブラックドラゴンを召喚したと。

 クラリスさんは、手元から綺麗なレイピアを出して、老人に突きつける。


「そしてあんたに、更に質問を重ねるわ。黙秘したら、体に穴が開くから」

「……」


 老人がクレイグに顔を向けるが、クレイグも迂闊に首を横には振れない。今の怒りを隠そうとしていないクラリスさんに、刺されかねないからな。

 どうやらその老人は、観念したようで黙って頷いた。


「グリフォン、あれもあんたね」

「……そうだ」

「三年半前のドラゴンも」

「……! もう、そこまで」

「返事ィ!」


 クラリスさんが怒鳴り声とともに、老人の腕を浅く突き刺す。

 老人は顔をしかめて、必死に何度も頷いた。


「……なるほど……ライ君の言った通りか。とりあえず三人とも、シンクレア領まで連行するわ。断れると思わないことね」


 クレイグは、これで全てが終わりだからか難色を示すような表情をしたが、結局どうすることもできないと悟り、ぐったりその場に座り込んだ。

 そして僕の方を見て、搾り出すように声を上げた。


「抵抗はしない。連行される前に……ライムント、お前にどうしても聞いておきたい」

「……いいだろう」

「いつから、気付いていた?」


 いつから、というのはこの一連の事件に関することだろう。


「こちらでドラゴンを討伐した直後に、シンクレア領に敵対する者、もしくは人間に敵対する魔族によってドラゴンが召喚された可能性を考えていた」

「……そんな、早い段階で……」

「ほぼ確定したのは……そうだな」


 僕は机の上に置いてあった、駒の数々を取った。

 あの日使った時と同じ色の、白いポーンを床に置く。


「お前がエドナさんに、話を持ちかけた時。違和感があった」

「……私の話に、おかしなところなど……」

「ああ、何もおかしくなかったから、おかしいんだよ」


 僕は、ナイトの黒い駒を持ってくる。

 そして、自分のポーンをその黒い駒で取らせるように、弾く。


「エドナさんの旦那様、シンクレアの元領主の討伐隊は、誰一人帰ってきていない」

「それはもちろん知っているが……」

「討伐隊が戻ってこなかった理由は簡単だ。ドラゴンが強すぎたから、全員殺された」

「そんなことは分かっている」

「分かっているからおかしいんだよ。そうだ、ドラゴンが山にいるなんて、誰も分かっていなかった」


 クレイグが息を呑む音が聞こえた。

 そちらに目を向けずに、床に置かれた黒いナイトを、今度は白のポーンが取る。


「少なくとも山の魔物に対して相当な恨みを持っているであろうエドナさんとクラリスさんでさえ、ドラゴンであると確定して話をしていなかった。恐らく周囲の足跡や木々の状況から予測をつけただけで、直接見ていないんだよ」

「ま、まさかそんなはずは……」

「ドラゴンのことをお前らは甘く見すぎだ。討伐した話をさらっと流した時に、相当な違和感があったぞ。そっちはいざやってみると召喚できたから、大した魔物じゃないと思ってるのかもしれないが……本来あんな生き物、十年単位でも出現報告が簡単に出てくるものじゃない。リンデさんが、どうしてドラゴンがここにいるのかと喋って、シンクレア領に都合が悪すぎると思って可能性の予測を立てた」


 白のポーンを二つ立てる。

 今度は黒のビショップを持ち、一つのポーンを倒す。


「そして、予想を確定させるために、泳がせた」


 クイーンを手に取り、真ん中に置く。

 黒のビショップは、クイーンに目もくれずに暢気にポーンを倒す。


「実はここでブラックドラゴンが召喚される瞬間も見ていたが、既にグリフォンも召喚した瞬間を見ていたし、グリフォンが山で待機する瞬間もクラリスさんと見に行った」

「な……ばかな……それでは……」

「ああそうだよ、クレイグ。クラリスさんは、討伐できるグリフォンを見逃した上で、お前との会話に臨んだ。ネタばらしすると、サイラスと一緒にエドナさんのところに来た時も、クラリスさんがいたときにお前が来た時も、僕は隣の部屋で聞いていた」

「そんな、では、まさか……!」

「エドナさんもクラリスさんも、話す内容は全部僕が仕込んだ。お前達の動き、会話パターンと行動パターンをいくつか予想し、実際にお前達はその通りに動いた。魔人族が出て行った話も、狙って流した。……まあ早い話が」


 白いクイーンを、クレイグのすぐ近くに置く。


「最初から最後まで、全てこちらの掌の上だった、ということだ」


 クレイグはついに、何も言葉を発せずにうなだれた。

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