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ブラックドラゴンの相手をします

「よしッ!」


 大きな声を上げて、僕は立ち上がってテントから出る。


「へっ? えっ、ライさん?」


 リンデさんが僕の急激な動きに困惑しているけど、まずは今回の動きにおいて一番重要な人物への確認だ。


「クラリスさん、見ましたね!」

「ええ……!」

「一番ギャレット領にとって都合の良いタイミングで、クラリスさんにとって都合の悪い魔物が出てくる。しかも、ギャレット領の一番大きな屋敷の上に!」


 今回の……いや、三年半前から続く事件、その全貌をクラリスさんが把握し、実際に魔物が現れて留まる様を観測した上での、相手の最後の一手。

 完全にクレイグは、焦った一手を出した。

 もう言い逃れが出来ないレベルで、完全に計画的にシンクレア領を陥れたことが確定した。


 これを領主より上の立場であるクラリスさんが見た意味は大きい。


「まさか、ここまで大胆に魔物を出していたなんて……どういう魔法なの? っていうか、この領地の人は、こんなものが出現していて気付かないの?」

「夜更かししてたら、気付きそうな気はしますけどね……」


 僕もそこが気になった。

 あまりにも大胆すぎる魔物の出現。それに伴う、街の異様な静けさの違和感。


 しかし……この魔物は恐らく、放っておいたらシンクレア領まで行く。

 今度も山まで行く……とは限らない。あのプライドの高いクレイグのことだ、街にちょっかいをかける気さえする。

 なんといっても、以前のポイズンイビルバットは完全に街の人を狙ったのだ。当然町中まで全滅させるつもりでけしかけているわけではないとは思いつつも、犠牲者が出てもおかしくない魔物だった。

 それを仕留められたのだから……相手が次に、もっと反撃出来ないぐらい強い魔物をけしかけようとしてくるとしたら?

 その想像はあまりに恐ろしいものだ。


 僕はまず、今のうちにこの状況を利用する。


「ユーリア、こちらへ」

「ハッ!」

「『マジカルプラス・ゼクス』……」

「……は……え?」


 僕は強化魔法を使ってふらついたところを、リンデさんに抱き留められる。


「だ、だいじょーぶですかっ!?」

「大丈夫じゃなかったですね……いえ、今はそれどころではありませんでした。ユーリア、強化魔法の感触はどうだ?」

「一言で言えば、物凄く良いです。第六段階ゼクスまで使っていただけるなんて……」

「今回は特に、ユーリア頼りだからね」


 ギャレット領の上空でまだじっとしているブラックドラゴンを、ユーリアが見上げる。


「今から私の魔法で、あのブラックドラゴンを落とすのですね」

「いや落とさない」

「おと……え? 違うんですか?」


 何か予感がして、別の提案をする。


「ブラックドラゴン以外の場所に、雷をガンガン落としまくってくれ。出来る限りギャレット領の外壁近くだ」

「……なるほど! わかりました。相手からの攻撃はどうしましょうか」

「僕が防御魔法を展開する。けど、もしも逃げ切れなかったら……。うん、リンデさんとビルギットさんは、攻撃を避けるように抱えて回避していただけませんか?」

「おっけーですっ!」

「ええ、了解いたしました」


 よし、全員の方針が決まった。

 

「クラリスさん、あと皆さんも耳を塞いで、ギャレット領の様子を見ておいてください」

「……ドラゴンじゃなくて、街を? まあ、君がそう言うならわかったわ」


 ユーリアが杖を持ち上げ、目を閉じる。

 瞬間、地面が揺れたかのような莫大な魔力を肌で感じた。

 第六段階強化魔法付きの、ユーリアの……目覚まし魔法が炸裂する!


「これが私の、新しい挑戦……! 『サンダーボルト・セプト』!」


 明らかに今まで使っていた魔法よりも大幅に上の魔法を使い、ユーリアの魔法が炸裂する!

 外壁の周りにぽつぽつと立っている木がそのまま消滅するような、巨大な光の柱が天から落ち、あまりにも激しい轟音が鼓膜を潰す勢いで揺らしていく!


 視線の先には、はっきりと輪郭を露わにしたブラックドラゴン。そして大きな穴が開いたり地面そのものが焦げきったような状態になったり、完全に炎上している巨木、少し削れてそうな外壁。


 そして……予感が確信へと変わる。


「……街の人間、誰一人起きてこないわね……!」

「やっぱりそういうことだ。あれほどの魔物、当然のことながら」

「ええ、そういうことね。領主の館にいるヤツが、街の人間を無理矢理眠らせているわ。少なくともこの雷で起きないなんて有り得ない」


 まさしく持って、その通り。

 ユーリアの落雷魔法は、とにかく超威力、高輝度、そして大爆音だ。

 この魔法がそこらじゅうに落ちまくって、誰一人目覚めないなんてまさに有り得ない。


「……これを予測した上で確定させるためにライ様は落雷魔法を使わせた、ということでよろしいでしょうか」

「そういうこと。そしてもう一つ」


 僕は、中空でこちらを向いて警戒を高めているブラックドラゴンの、その足下を見た。


「あの屋敷の連中に、もう逃げる必要はなくなったと宣戦布告することです」


 ……なんだかんだと、随分といいようにやられてきた。

 僕自身も腹立つことがあったし、エドナさんは身内の犠牲が出ている。

 ユーリアを女神のように歓迎してくれた心温かいシンクレア領の人々も、生活が豊かではない部分がどうしてもにじみ出ていた。

 それら全てが、このギャレット領にあるのだ。


 さあ、今から思う存分、僕達がやってくることを恐れてくれ。

 今までのツケを払う時が来たのだということを、じわじわと真綿で絞め殺されるように、しっかり意識して畏れてくれ。

 勇者の弟と魔王の部下が、今からお前達を断罪する。


「ブラックドラゴンはユーリアに任せたい。やってくれるか?」

「ハッ! お任せください!」


 ドラゴン相手にも恐れることなく、自信満々に頷いたユーリアを見て僕も頷き帰す。僕の姉弟子、ユーリアが言い切るんだ、間違いなく大丈夫だろう。

 ブラックドラゴンがこちらを警戒しているのを見つつ、僕達はギャレット領の中へ入るべく移動を開始していく。


『……グ……ググゥ……』


 低く、くぐもった声が空気を緩やかに、しかし大きく揺らす。やはりあのブラックドラゴンという種類、かなりの巨体だ。

 全員で近づくにつれて、だんだんとその姿が大きくなってくる。


 ブラックドラゴンに、紫色の光が見える。あれは口元……あそこから遠距離攻撃してくるか!


「『エリアシールド・トリプル』!」


 全面に展開した大きな魔法の壁に、ブラックドラゴンの口から放たれた魔力の弾は消滅する。しかしこちらの盾もどうやら無事ではないらしい。さすがに強いな。

 しかし何度も先制を取らせない。今度は、ユーリアが仕掛ける!


「よくもライ様にやってくれたね! 今度はこっちの攻撃を受けてみなさい! 『フレア・メテオライト・クアッド』!」


 ユーリアが叫んだ魔法は、僕が習いはしたけど、ほとんど威力が出ないような高度な魔法だった。

 それを走りながら、余裕で第四段階まで上げて撃つとは……!


 夜の中に太陽が現れたかのような、白い光が頭上に現れたかと思うと、一直線にブラックドラゴンの方へと飛んでいく。

 ブラックドラゴンは受けずに避けようとしたようだけど、高速で飛んでくる炎の星が、ドラゴンの羽をいとも容易く引き千切る。


『ググゥゥゥ……ッ!』


 低い鳴き声とともに、地面に緩やかに落下していくブラックドラゴンに、視界からリンデさんが一瞬で消えた。

 そして次の瞬間には、ブラックドラゴンの巨体はなくなっていた。


「地面に落ちたら、もう私の攻撃範囲だからね!」


 とてつもない速度の移動、攻撃、そして収納。

 今の一瞬で、リンデさんによってブラックドラゴンは、そのアイテムボックスの中へと入っていった。

 まずは一安心……さあ、中へ潜入だ。

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