シンクレア領で起こったことを整理します
クレイグが出て行ってから、僕はクラリスさん達のいる部屋に入る。
今回は幾分余裕そうなエドナさんと、その隣で足を組み替えているクラリスさんが目に入った。
「ライ君、聞いてたわよね?」
「はい、それはもう全て」
クレイグの発言は、詳細に覚えている。
最期にクラリスさんに対して当てつけのように言い放った言葉も。
「クラリスさんも恐らく、はっきりと分かったのではないでしょうか」
「そりゃもーね。……くっそ、あの肥満領主め、マジであんな露骨にけしかけてるって分かるようなやり取りをするなんて思わなかったわ……」
テーブルに置いてある冷めた紅茶を一気に呷って、クラリスさんは頭を片手でもみほぐす。
「……エドナに話すとね、今日のあれは、昨日ライ君が言ってくれたとおりにやったのよ」
「討伐の下り、ですか?」
「ええ。それもあるけど一番は……そうね、やっぱり魔物の指定よ。ハッキリ言って私、魔物ってそんなに頻繁に倒しているわけじゃないのよね。それなりに訓練してるけれど、オーガロードとキマイラとワイバーンは出会ったことないわ」
エドナさんがクラリスさんの挙げた魔物の名前を聞いて、違和感に気付く。
「……グリフォンは?」
「お察しの通りよ。昨日会ってきた、しかも例の山の、全く同じ場所ね。だから今シンクレア領の周りには、先週以前と同じような状況にまで陥っている」
エドナさんがその内容にまず驚き、そして自分の中で咀嚼していく。
少し時間を置くと……ついに事件の全貌が見えてきたのか、焦燥に駆られたように立ち上がる。
しかし、その直後すぐに座り込んでしまった。
……今、エドナさんの心の中ではいろんな想いがあるだろう。
自分の過去、失ったもの、そして全てを最初から仕組んでいた相手。
「……私は……なんて間抜け、なのでしょうね……まさかあの人の最期も含めて……最初から、クレイグが仕組んでいたなんて……」
そう、この一連の事件は何もかもが、あまりにも酷いものだった。
エドナさんが倒れ込んでしまうのもわかる。
「すみません、弱っているところ申し訳ないのですが……もしよろしければ、一連の話、僕が整理してもよろしいでしょうか」
「……ええ……そうね、お願いできるかしら」
「わかりました」
話をまとめると、こうだ。
まず姉貴がシンクレア領に来る前には、山賊が蔓延っている人間同士の争いがあった。
それに対してギャレット領は護衛などで協力していたのだろう。そして姉貴が山賊達を全てまとめて捕まえて、このシンクレア領に平和が戻った。
ギャレット領の冒険者達は、自分の領地に帰った。
しかし、再びこの街に危機が訪れた。
クレイグとその協力者がどういう能力かは分からないけど、強力な魔物を自由に操る能力を使い、シンクレア領の北にある山へと魔物を送り込んでいた。
それに対して、シンクレア領の領主が討伐隊を組んで出向いた。エドナさんの旦那様なのだろう。
そして……ドラゴンに敗れ去った。
一人になってしまったエドナさんは、それでも気丈に領地の管理を頑張ったのだ。だけどどうしても、年配となった女性一人。街には討伐に出向けるような人は少なくなっており、結果的にギャレット領の冒険者ギルドに頼ることとなる。
ここまで、クレイグの計画通りだ。
冒険者達に払う税は領地経営と平行するには厳しく、しかし協力してもらわないことには街が危険に晒されてしまう。
エドナさんは税金を上げながらも、旦那様の家を守りつつ自分の身を削りながら、領地を存続させようとしていた。恐らく最初の頃はなんとかなっていたのだろう。
それでも徐々に財政を圧迫し、支払額と回収額に無理が出るようになり、結果的にジャスパーが街の人たちを集めて海賊団を作って、海に出ていってしまう。
食糧難になるところを助けてくれていた貿易相手国、マナエデンのクラリスさんがジャスパー海賊団に拉致され、身代金を要求される。
まさに絶体絶命。それがエドナさんの状況だった。
ここでカヴァナー連合国に全く違った流れが来る。
そう、それが僕達だ。
僕と、魔王に匹敵どころか凌駕する魔族四人から構成された、自分で言うのもなんだけどあまりにも特殊すぎるパーティー。
まずユーリアが海賊団の攻撃を魔法で完封し、海賊の全てをリンデさんが瞬殺し、クラリスさんに使われていた奴隷の拘束具をあっさり壊した。
長い間暗躍していたジャスパー海賊団は、一日で壊滅した。
更にそれだけではなく、山にいたドラゴンを僕達が仕留めてしまい、ユーリアが周囲の魔物ごと全て倒してしまった。
このシンクレア領に平和が戻ったのだ。
……しかしそうなると、当然ギャレット領の方に問題が出てくる。
さんざん大金を集めておいて、いざなくなると以前の生活には戻れなくなってしまったのだろう。
再び魔物を操りポイズンイビルバットに襲わせて、もう一度冒険者達を配備させようとしたというわけだ。
もちろんそれを、討伐できそうな僕達がいないところを見計らって。
今まで通りなら、きっと慌てふためいたシンクレア領の人たちが見られて、それを理由にエドナさんへと脅迫まがいの協力を取り付けることができると思っていたのだろう。実際に僕が手を出さなければ、そうなっていた可能性は高い。
しかし、そうはならなかった。もちろん僕が、皆を手引きしたからね。
矢を全身に受けたポイズンイビルバットの死骸の報告を聞いて、クレイグは焦ったことだろう。
あれは、ポーンだ。
相手の動きを誘い出すための、わざと動かざるを得なくさせるような一手。
もし相手が罠だと分かっていても、取らなければならないような駒だ。だからわざと、討伐出来たと言い張らずに、魔物の死骸を放置した。
恐らく『ギャレット領の人間が魔物を討伐したことに気付いた』ことをこちらが認識していないと思ったはず。それぐらいこちらを『下』に見ている。
……そう、絶対に焦った上で侮ってくるだろうと思って、わざと魔物の死骸を残した。
だからきっと、確認後すぐにこちらへの更なる追撃に動くのではないかと思い、昨日の夜のうちに、ギャレット領に向かった。
結果、ユーリアに完全な形で魔物を出現させている瞬間を観測されてしまった、というわけだ。
しかも昨日都合が良かったのが、クラリスさんが出てきたことだ。
あれでこちらのカヴァナー連合国で発言力のあると思われるエルフのクラリスさんが、明確にグリフォンがギャレット領の人間によって操られていると理解したため、信じさせるための手間が省けた形だ。
そして先ほどの、クラリスさんにいくつかの魔物の名前を出してもらったこと。
あれで二つのことをクレイグは勘違いしたはずだ。
一つは、複数の魔物の名前を出すことで『クラリスさんが、グリフォンを当然のように討伐したことがある』ということ。
そしてもう一つが、複数の魔物の名前を出すことで『クラリスさんが、山のグリフォンを見ているわけではない=企みがバレてはいない』ということ。
「これで条件が出揃いました」
「……改めて聞くと、本当に前半はクレイグの計画通りで、後半はライ君の計画通りね……。それで、この条件が出そろうと、何が起こるの? 君は次に、何をするつもりなの」
僕はクラリスさんに向き直って、はっきり告げた。
「クレイグが、魔物を呼び寄せる現場を押さえに行きましょう」




