三年半前と、同じでした
明日以降にするつもりだったけど、かなり素早く帰ってきたのでもしかしたら今なら間に合うかもしれない。
「クラリスさん、今からちょっと外出に付き合ってもらってもいいですか? リンデさんも」
「いいわよ、何かあるのね?」
「おでかけですね、了解ですです!」
同意を得られたので、皆で夜中に外へと出る。
シンクレア領は誰一人起きていないようで、完全に寝静まっている。誰もいない広い道を悠々と走り抜けて、まずは門の外へ。
「リンデさん、先日のあの山まで走ります」
「あそこですね、わかりましたっ!」
僕は自分に強化魔法を使い、先導して門を出て右手に見える北の森へ走り出す。リンデさんがその後ろから着いてくるのを確認して……。
「……っはぁ、はぁ……! き、君たち速いわね……!」
クラリスさんが少し遅れていたのに気付けなかった。
「す、すみません。えっと、強化魔法を使っているのですが……どうしましょうか、僕の強化魔法を使うか、それかリンデさんに運んでもらうという手もありますけど」
「さすがにこの年で背負ってもらうのは恥ずかしいわ、君のその強化魔法を使ってくれない?」
「わかりました。それでは……『フィジカルプラス・クイント』」
クラリスさんに魔法を使うと、自分の手や足を見た後に軽くその場で跳びはねる。リンデさんが楽しげな顔をしてぴょんぴょん真似出したけどそういう流れじゃないと思います。かわいいけど。
「これは……すごいわね! 人間の足に追いつかないなんてって思ったけど、こんな強化魔法使ってるんじゃとても追いつ……って、ちょっと君大丈夫?」
「……っふぅ……はい、上位の強化魔法はどうしても魔力を使うので、かなり疲労がきます。先導するつもりがこれでは困りましたね」
もう少し加減をしたらよかっただろうか、ちょっとさっきまでのスピードを出すのは大変そうだ。
そう思っていると……ふわりと急に、僕の身体が不安定に浮き上がった!
「そういうことなら、私が連れていきますっ!」
「えっ、ええっあの、えっと!?」
そうでした、自分でさっき振りましたね、リンデさんに運んでもらうって! 気がついたら見事に楽々お姫様抱っこされてました!
もちろん何度もやったことあるし、リンデさんの能力だったら余裕だけど……だけど!
「……ちょっと男の子としてそれはどうなの?」
クラリスさんが、僕をやや見下ろす形で苦笑いをしている。は、恥ずかしい……!
「えへへ、久々ですね! こうやってライさんを持つの、実はとっても好きなんです!」
「そ、それはどういたしまして?」
「はいっ!」
会話になってるのかなってないのかわからない会話をしながら、リンデさんは森を駆け抜けていく。同じ身の丈の僕をお姫様抱っこという冗談みたいな抱え方なのに、僕が自分に強化魔法を付けて全力で走るより断然速いのだから、本当にリンデさんの身体能力はどれほど高いのか想像つかない。
ちなみにクラリスさん、僕が強化魔法を使った上でさすがエルフ、森の中を走りながら、時に木の枝に乗りながら、リンデさんの後ろを余裕でついてきていた。やっぱりクラリスさんの基本能力、かなり高いよなあ。瞬発力が格段に上がる強化魔法への、動体視力や反射神経なども対応が早い、最初はこけまくった僕とは大違いだ。
もしかすると、これもうまく使えるかもしれない。
-
ドラゴンがいた場所の近くまでやってきた。さすがに到着直前にリンデさんに降ろしてもらった。……そんな残念そうな顔しないでください、実際とても楽だし心地良いし柔らかいし良い匂いがするし惜しい気がして戻れなくなりそうです。
道中、復活した魔物は全て倒さないように二人に言っておいたので、魔物はそのままにしてある。
「……何か考えがあってのことなのでしょうけど、当然大丈夫なのよね? 魔物は後でなんとかしてくれると信じているけど……」
「もちろん、そちらに関しても抜かりなく。ですが、今は……」
僕は西の空へと目を向ける。
リンデさんに運んでもらったから、大分体調も戻ってきた。今なら多少無理しても大丈夫なはず。
「『マジカルプラス・クイント』……っ……ふぅー……よし。『エネミーサーチ』」
魔力強化してからの、索敵魔法。ギャレット領だから西から……かと思いきや、なるほど……ぐるっと大回りでやってきたのか。やってきているのはなんと北西の方角だ。
「そろそろですよ、あちらを見てください」
「あれ、は……! うそ、なんであんなのが……!」
そこには、強力な魔物が一匹だけ、月灯りをバックに悠々と空を飛ぶ異様な光景が見える。
慎重にやってきたのか、ゆっくりと移動している形だ。
そして当然……魔物が北から南に流れていく様子をぼんやりと観測できる。ユーリアはこの世界を遥かに高精度にした状態で、情報共有してくれるわけだ。
よし、今回は僕の番だな。
「ユーリアほどではないけど、分かりますよ。間違いなくグリフォンを恐れて、山の魔物が次々とシンクレア領まで走って行っているのがね」
「そんな! じゃあ、またシンクレアは魔物に怯える日々が……!」
「ええ、そうでしょうね」
僕が淡々と答えるのに苛立ちを隠せないまま、クラリスさんが睨んでくるけどここは僕も引けない場面だ。
「あと一手だ。クラリスさん……しっかり今の事態を俯瞰して観測してくださいね。それではグリフォンを攻撃せずに、もう少し離れます」
僕の指示に、グリフォンを睨みつつも黙って指示に従ってくれるクラリスさんに心の中で感謝しつつ、南に二百メートルほど下がる。
空の魔物にとって、二百メートルはかなり近い。グリフォンは、恐らく僕達を認識しているはずだ。しかし……こちらをちらりと見ただけで、グリフォンは山の地表に降り立った。
「まさか……!?」
「ま、当然そういう動きをするであろうことは分かっていましたけどね」
「これじゃあ、魔物はずっと、南にやってきてしまう!」
「そのとおり。というわけでクラリスさん——」
僕はクラリスさんの目の前まで顔を寄せる。生唾を呑み込むクラリスさんに、真実を伝える。
「——あのグリフォンをドラゴンにしたのが、三年半前に起こったことだと分かりましたよね?」
「あ……あああッ!?」
そう。今回の魔物の流れ、あまりにもシンクレアに都合が悪い。
そして、ギャレット領に対してあまりにも都合が良すぎる。
「あのグリフォンがギャレット領の一番大きい屋敷から出て来た瞬間を、ユーリアが観測したという話を聞きました。そして、グリフォンが夜にシンクレア方面へ飛び立ったのも」
「……そう……最初から……!」
「はい」
全て出揃った。ここからが、最後の詰めだ。
「さすがにここまで馬鹿にされると僕も頭に来ますね。ですが……これで全てが揃った。もう後は、相手がこちらの罠に嵌るのを待つのみ」
「罠に……?」
「そうです。クラリスさんには明日、エドナさんの屋敷で少しやってもらいたいことがあります」
「詳細は分からないけど……きっと、これで全てが終わるのね。ここまで来たら、徹底的に協力するわ」
クラリスさんが真剣な顔をして差し出した手を、僕もしっかり握り替えした。
かっこよく決意を胸に……としたかったけど、リンデさんが上から「むっ!」とちょっぴり仲間はずれにされたからか、がしっと握手しているところを両手で掴んできて、僕もクラリスさんも笑ってしまった。なんだかちょっと力が抜けた感じだ。
そうだ、変に緊張しても仕方ない。
大丈夫、気負いなく完璧に決めていこう。




