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ギャレット領の動向を探ります

 今、僕達は夜中のうちに街の外に出ている。アンは、エドナさんの屋敷に入れてもらうことにした。アンには引き続き、クラリスさんとエドナさんの護衛をやってもらっている。アンなら能力的にも大丈夫だし、エドナさんもアンの幼さは孫世代の子だから一緒にいて楽しいと言ってくださった。

 不測の事態に陥っても、アンならどんな相手にも負けないだろう。


 さて、僕はエドナさんと話をつけ、ちょうど外を走っている。

 リンデさんのアイテムボックスの魔法さえあれば、どこにでもテントを出すことができるので、道の近くや森の中で身を隠すにはもってこいだ。

 そしてユーリアの索敵魔法は、全ての生物を高精度かつ広範囲に洗い出すことができる。

 ある程度走って近くの小高い山に狙いをつけると、ビルギットさんが思いっきり木を引っこ抜いて場所を作り、そこにテントを張った。

 これなら遠くから偵察者が拡大鏡でこちらを見つけても、この暗がりではテントの中の者が魔人族だと分かることはないだろう。

 魔人族三人の組み合わせにより、この日は……暗い夜道を利用して人間の目をかいくぐり、うまくギャレット領の近くまでやってきてテントを張った。


 そう、僕達は今、ギャレット領の近くにいる。

 大きさそのものはシンクレア領よりも少し大きい程度で、後は壁が少々高く、見張り台がいくつかあるぐらい。レノヴァ公国ほどではないものの、シンクレア領よりも圧倒的に軍事力が高そうな国だ。

 この国に冒険者が多いのも分かる、明らかに人々が戦うことに慣れている歴史があるんだろうな。


 ギャレット領の城壁を見ながら、魔物の前に襲ってきた眠気と少し戦う。


「ライさんライさん、ギャレット領に用事ってわけではないんです??

「いえ、用事であってますよ。でも……入るのはまだです」

「えっと……じゃあ、何をしてるんです?」

「そうですね……」


 ここで事態が動くかどうかはまだ未知数だけど、僕は恐らくすぐに動きがあると思っている。

 特に昨日のユーリアの報告から、ほぼ確実だと思う……のだけど、実際に起こっていない疑惑は、あくまで可能性だ。

 だから相手の動きを見る。


「リンデさんに敢えて言うなら——」

「敢えて言うなら?」


 そう、今回の動きをリンデさんに分かりやすく言うのなら、これだろう。


「——チェスで勝つ流れを作っているところです」


 -


 徐々に家の灯りも消えてきたギャレット領。流石に夜中ともなると、領主の館であろう大きな建物を含め、完全に街そのものが寝静まったといった様子だ。

 すっかり辺りは音も光もない宵闇。リンデさんは目を擦りながら、僕の膝にごろんと横になったのが大分前。もうさすがに寝ているようで、ちょっとヨダレが垂れている……のも、またどこか色っぽく感じてしまう。

 途中まで起きていたビルギットさんも「申し訳ありません、お先に就寝させていただきます」と断ってから、静かに横になった。さすが淑女というか、この身体でありながらいびきひとつ鳴らないのだから、彼女らしい寝姿だ。


 ……言うまでもなく、ユーリアはずっと起きている。

 未確定情報でも相手に先手を取られないよう、僕の我が侭に付き合わせている形となる。


「一応確認するけど、昼は寝ているよな?」

「はい。三時間ほどですが、本日は休ませていただきました。かなりはっきり覚醒しております」

「助かる」


 ユーリアの忍耐力と魔法精度に今度も頼りっきりとなる心苦しさもありつつ、同時にユーリアへの尊敬の念も忘れずにこの仕事を任せた。

 僕の要求通り、完璧にギャレット領の近くまで観測し、魔物の進行方向を僕に教えてくれていたユーリア。しかしどうしても、ギャレット領の中そのものにまで索敵魔法が届くことはなかった。

 僕が今日ここに来たのは、ユーリアが確実に、相手の尻尾を掴むため。


「恐らく今日、決定打が見つかる」

「決定打、ですか」

「ああ。ちなみにユーリア、索敵魔法はここからだとどれぐらいだ?」

「街の外壁の、向こう側の北西門に門番がいるところまで確認できます」


 ……分かっているのだけど、このギャレット領のどこにどれぐらいの種族がいるか全部把握しているんだもんな。半端ない能力だ。


「さすがユーリアだ、僕にはとても真似できないよ。頼りにしている」

「光栄です、やっぱり褒められるのはいつでも嬉しいですね」


 笑顔をこちらに向けるユーリアに僕も返すと、再びギャレット領の方を向く。


「ライ様、少しお話をよいでしょうか」

「ああ、いいよ、どうしたんだ?」


 珍しいな。普段あまり積極的に関係ない話を持ちかけてくれない子が、自分から話を振ってくれるとどこか嬉しい。

 少し街の方から目線を逸らせて、ユーリアを見る。


「ライ様は、チェスをあの時初めて遊んだと言いましたね」

「そうだね」

「ルールはどこで覚えたのですか? それに……チェスは、ビスマルク王国にはなかったはずです。あそこにあった盤は、少し違いました」


 ……さすが、よく見ているしよく覚えている。


「恐らく、寝ているうちに時空塔螺旋書庫で学んだんだと思う」

「……こちらの大陸の情報をですか?」

「そういうことなんだろうな」


 僕は、自分自身あの時どうしてあそこまでルールが分かっていたのか、自分でもいまひとつ分かっていなかった。

 だけど……夢で見た内容を、起きてからしばらく経つと忘れてしまうように。

 夢の中で学習した記憶そのものが、夢のように忘れてしまっても……学習した内容は覚えているのだろう。


「ライ様は、初めてチェスを遊んだにもかかわらず、勝てると自信を持っていましたよね」

「……言われてみると、確かにそうだなあ」

「夢の中では、誰かと対戦したのでしょうか。それとも何か別の方法で強くなったのでしょうか。ルールを覚えた程度で、あそこまではっきりとリンデ様のために戦えるものかなと。負けたら余計に、リンデ様が恥を掻いてしまったはずですが、ライ様は絶対負けないと確信を持って戦いました」


 ……そういえば……そうだ。

 あの時どうしてそこまでできたのか。


 僕が、誰かと夢の中で戦った?

 いや……今の時空塔螺旋書庫にはゼルマさん含めて誰もいない。

 それに、そもそも時空塔螺旋書庫に入れる人が僕しかいない。


 ……じゃあ、夢の中で誰かとチェスをしたのは……。


「————ッ!? ライ様!」


 急にユーリアの声が大きくなり、僕はびくりと震える。同時にリンデさんが「んゅ……?」と寝ぼけ眼に起き上がる。

 後ろから布が擦れた音が聞こえてきたと思ったら、目を閉じたビルギットさんが足を組んで座っていた。少しずつ目を開けて、僕に小さく礼をした後にユーリアを見る。


「ライ様の予想通り、何か、起こりましたか?」

「は、はい! ライ様、ビルギット様、今あの屋敷から——」


 僕はユーリアの言葉を最後まで聞かずに、テントを勢いよく開く。

 そして遠くに現れたものが、僕の肉眼でも見えた。


「……まさか、そんな!?」

「ユーリア、報告を」

「! ハッ! あれは————」


 ユーリアは、空を見つめながら呟いた。


「————あれは、屋敷から現れたグリフォンです」

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