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リンデさんと城下町に来ました

 マックスさんからの報告を受けて、僕とリンデさんは急いで出る準備をした。


「あのさ、ライ」

「何?」

「どうしてライも行くの?」


 ……そういえば、まだリリーには話してなかった。


「リンデさんが王都に助けを求められた時は、僕も行くと決めてたんだよ」

「なんで、行く必要ないじゃん」

「でも、リンデさんだよ? すっかり村では馴染んじゃったけど、この見た目思いっきり魔族ですって女の子だよ?」

「……あ、そういえばそうだったわね」


 リリーもすっかり見慣れてしまったからか、そのことを忘れていた。

 そう、リンデさんは魔族なんだ。殆どの人間は魔族自体見たことがないから、この見た目のまま城下町に入っても大丈夫なわけがない。

 それどころか、魔物と魔族の差もわからないのだ。


 同時にこのことは、それだけ長い間魔族との接触がなかった証明でもあった。


「だから、僕はリンデさんとずっと一緒に行動するつもり」

「それって、あの灰色マッチョをライも相手にするというか、相手にしなくても近くに行くってことだよね」

「そうなるね」

「……ね、本当に大丈夫なの?」


 リリーが珍しく気弱そうな声を出した。……そうか、そうだよな。デーモンの乱暴さと言った内容、何よりその姿を村のみんなは既に知っている。普通心配になるよな……。


「それでも、僕はリンデさんと一緒に行動したいんだ」

「本気、なんだね」

「考え直す気はないよ」


 リリーは、腕を組んで考えこんで……口を開いた。


「ライ、あなたはね、今からミアより強い女の子を守るために、ミアでないと勝てない相手に会いに行くのよ」

「……」

「私だって、この村でそのうち勇者の紋章が出るかもなんて言われた、戦う訓練を多少はした村人の一人。ライがデーモンと戦ったら死ぬことぐらい分かる。でも、きっと止めてもライは行くのよね」

「……うん、もう決めたから」

「それね、並大抵の覚悟じゃないわよ。だから、もう止めないけど、私もミアもライが死んだら後を追いかねないぐらい悲しむことぐらいは分かって。特に、ミアは、ライがいなくなったら本当におばさんの味をなくしてしまう。そうなったらきっと、もう、剣は取れない。ミアが剣を取らなくなるのは、人類全ての危機よ」

「……そう、そうだな、うん。確かにその通りだ。ありがとうな、リリー。どんなに情けなくても危険になったら逃げることを最優先に考えるよ」

「よろしい」


 リリーはそう言うと、リンデさんの方を見た。真剣な顔をしている。


「リンデちゃん」

「は、はい」

「ライが死んだら、もうこの村にあなたの居場所はなくなるかもしれない。そのことちゃんと覚悟して」

「はい!」

「……自分が命を助けてもらっておいて、きついこと言っちゃったけど……私はリンデちゃんが負けるなんて微塵も思ってないから! ライのこと、守って!」

「もちろんです! 私だって……ライさんが死んであの料理の数々が食べられなくなるぐらいなら私も死にます! だから絶対守ります!」

「よし、いい返事ね!」


 リリーがリンデさんに確認を取ると、言うことを終えたという感じで、「吉報を待ってるわ!」と言って、自分の店まで戻っていった。


 -


「……それじゃあ、リンデ殿、ライ君、行こうか」

「お待たせして申し訳ないです、じゃ、リンデさん、僕とマックスさんの間に」

「はい、わかりました!」


 リンデさんが、村を出て僕の前に来て、黒い剣を抜く。


「……それが、ミア様を倒したという剣なんだな」

「倒したというか、そういうんじゃなくて大剣をはじき飛ばしたぐらいのことしかやらなかったですけどね。……ヒビ入ってないといいな」

「……さりげなく言っているが、人類誰も為し得なかった事だからな。あの剣も、相当のものだったはずだ」


 マックスさんは、姉貴に近い大きさの大剣を抜いた。そして、リンデさんの方を見た。


「失礼かもしれないが、私自身も信じられない部分があるのだ。申し訳ないのだが……リンデ殿、一度私の剣を受け止めてもらえないだろうか」

「えっと、わかりました!」


 リンデさんはそう言って、片手で無造作に剣を持ち上げて、水平に向けた。


「『時空塔強化』。……はい、じゃあどうぞ!」

「……う、うむ。……。……では、ゆくぞ!」


 軽い誘いに少し戸惑っていたマックスさんだったが、リンデさんの黒い剣から出てきた黒い魔力を視認し、やがて目に力が宿り、力を溜め出した。……マックスさん、かなり、本気だ。


 マックスさんは、姉貴との衝撃的な初対面があった。それ以来、姉貴に振り回され、鍛えられ、それでもずっとついていった。

 その姉貴のこと、苦手だともガサツだとも思っているだろうけど、何よりも真っ先に「強さだけは絶対」だと思っている。

 それは、惚れているとか、信頼しているとか、そんな簡単なものじゃない。もはや信仰している、に近い。

 だから、信じられないんだろう、姉貴が負けたということが。


 マックスさんが、足に力を入れて飛び上がる!


「——ッヤァーーーーーッ!」

「……。……!」


 マックスさんは、気合いを入れて全力で。

 リンデさんは、無言で。

 二人の剣がぶつかりあった。


 ……。


 ……分かってはいた。分かってはいたけど、改めてすごい。

 リンデさんは、手首が手前側に向いた、という程度にしか動いていなかった。あの不安定なポーズで、姉貴の頭2つ3つは大きいマックスさんの全体重を乗せた全力を、軽々と受け止めた。……Sランク冒険者に並ぶマックスさんが、この程度……。


「……。……ま、参りました……」

「えっと、これでよかったです?」

「はい。……あなたが勇者様より強いということ、身を持って体感しました。……全力、だったんですがね。両手に全体重も乗せて、あなたの片手にまるで歯が立たない……」

「い、いえいえ! 私もびっくりしました。マックスさん強いですね、強化魔法があればデーモンとも打ち合えるぐらいの強さがあると思います」

「ということは、リンデ殿はデーモンには絶対負けなさそうですね」

「当然です! あんなむかつく連中、みんなぶっとばしてあげますよ!」

「それは頼もしい、改めて宜しく頼む」


 マックスさんは左手を差し出した。リンデさんも笑顔でその握手に応えていた。


「……よし、それでは改めて、城下町に向かう。ライムント君、くれぐれもリンデ殿のことをよろしく頼む」

「わかりました」


 そして僕たちは、森を抜けながら城下町へと向かった。

 途中、オーガキングが出てきてリンデさんが片付けながら向かったけど、やはりマックスさんは、その討伐スピードに驚いていた。


「あれが、魔人族……か」

「マックスさんも驚きますよね」

「当然だ。……確かにミア様がデーモンのやってきた村を留守にするのも、リンデ殿がいればいいという判断なのもわかる」

「そういうことです。姉貴自身、リンデさんが自分のやることをやってくれていた。もう村の守りは任せていいと言ってましたから」

「なるほど……納得せざるを得ないな」


 マックスさんは、ふわっと降り立って、怪我も返り血もなく戻ってきたリンデさんを見て、そう言った。

 リンデさんの、オーガキングという魔物に対しての「食料追加でありがたいです、エルマさんにまたお願いしないといけませんね」という余裕綽々な感想を聞いて、また驚いていた。


 ……そうだよな、感覚麻痺してたけど、オーガキングがありがたいって相当な感覚だよな……。

 でも、僕自身ももう完全におかしくなっていて、「またおいしい肉で母さんのハンバーグが作れるな」なんてことを思っていた。


 父さん、母さん。

 あなたたちの死を乗り越えられるか不安な日もあったけど。

 リンデさんのおかげで、必要以上にたくましくなれたと思います。

 天国で苦笑いでもしていてくださいね。


 -


「……ライムント君」

「マックスさん、あれって……!」

「ああ……すまない、完全に出遅れてしまったようだ!」


 僕は、遠くに、筋のようなものが立ち上っているのが見えた。

 変わった形の雲かと思ったそれは、間違いなく地上から出ていた煙だった。


「あれは、間違いない。街が燃えている! すまないリンデ君、急ぐぞ!」

「はい!」


 急いで出ていこうとするリンデさんを静止させる。


「リンデさん! 僕の手を掴んで下さい!」

「え、え!?」

「リンデさんはまだ単身で街に入ってはいけません、僕たちの村が特別……特殊すぎるんです! 僕はそのために来ました!」

「あっ……はい! わかりました!」


 リンデさんは、僕の言ったことを理解して。

 僕を、両腕で抱きしめた。


「へ、あの!?」

「走ります!」

「リンデさん!?」


 リンデさんは、僕と一緒に街に入るかと思ったら、それだと遅いと判断したようだった。……情けないけど、その通りだと思う。僕が全力で走ったところで、リンデさんには暢気に歩いていくようなものだっただろう。

 でも、こんな時でも、やっぱりその……恥ずかしい! 女の子に、こんな軽々持たれて……って、ええ!?


「あの、ライさん、失礼します!」


 リンデさんは。

 僕をお姫様抱っこした。


「ごめんなさい! 直前で降ろしますから! あとその、首に手を掛けて下さい落としちゃいそう!」

「えっと、はい!」

「マックスさん、先行します!」

「あ、ああ……!」

「ライさん、ゆっくり行きますから!」


 僕はリンデさんに返事をして首に抱きついた。マックスさんの前で恥ずかしかったけど、リンデさんの首元に頬と口をつけて密着して、今日一番の距離を更新したな、と思った瞬間、僕の体に衝撃が走った。


 リンデさんが、走った。

 内臓が、正面に引っ張られる。

 背中に当たる風がすごい。


 これがリンデさんの、僕を持って減速した程度のスピードなのか……!


 体に走る小気味よいリンデさんの走行の振動、視界に入るもぶれてまるではっきり見えない木々、何もかもがあまりにも未体験の世界だった。馬車に乗って外を見た時の比ではない。それに、こんな狭い森を馬車で抜けることもなかった。迫力がすごい。少し、ぶつかりそうで怖いぐらいだ。

 僕は、リンデさんに捕まる力を強くした。


「あの、ライさん! 本当に突然すみませんでした!」

「え!」

「私、こんな女の子みたいな持ち上げ方して、その、正面から物みたいに抱いちゃって、これ、かなり男の人にはダメな持ち方だって知ってるんです! ごめんなさい!」

「リンデさん!」

「はい!」

「僕は、リンデさんにされて、嫌なことは何一つないですから!」

「え?」

「リンデさんにされて嫌だったことって、今も! 今までも! 本当に! 何一つないですからね! だから、申し訳なくとか思う必要は何もないです!」

「は、はい……!」


 僕は、リンデさんに、再び抱きついた。ああは言ったけど、体が正面同士だと、これ、かなりやばい。確かに嫌じゃないけど、むしろ僕が申し訳ないぐらい。

 リンデさんの顔を、ちらりと見る。真剣な顔……だけど、普段より顔の色がかなり濃いし、目は見開いて口を引き結んでいる。

 ……リンデさんも、恥ずかしいんだ。それを我慢してくれている。

 僕は、不埒な考えをやめるように、しっかり捕まって目を閉じて動かないようにした。リンデさんは、ずっと無言で走っていた。




 やがて減速して、僕の体が足から優しく降ろされた。

 何か言うかな、と思っていたけど、リンデさんは正面の上の方を見ていた。僕もその方を見て、驚いた。


 完全に、火の手が上がっている。


「……ライさん」

「はい」

「お願いします」

「わかりました」


 僕はリンデさんの左手を掴み、城の門へと歩いていった。

 城の門番さんは、外と交互に町の方を見ていた。助けに入ろうかここを守っていようか判断に困っているんだろう。

 その途中で、僕と目が合って、リンデさんと目が合った。


「ま、魔族……!」

「あーあー! 門番さん! 僕は勇者ミアの弟ライムントです!」

「勇者様の!? ……て、手を繋いで……ああ、もしかしてその青い肌、話に聞いていましたが、マックスさんの言っていた何だったかですか!」

「マックスさんから話が行っているんですか、助かります! はい、魔人族です。青い肌の、僕たち人間の味方の強い人です!」

「わかりました、街をよろしくお願いします!」

「はい! 行きましょう、リンデさん!」

「……は、はい……!」


 リンデさんは、初めての城下町に緊張している様子だった。

 でも、その表情も街に足を踏み入れて、その惨状を見て考えを改め出したようだ。


 街は至る所が破損しており、張られたテントからは火が上がっていた。煉瓦造りの家は、まだ無事なようだったけど……。


「……ひどい。私、もっと綺麗なうちに来たかったです」

「すみません、僕も慎重すぎたかもしれません」

「ライさんは謝らないで下さい。悪いのは……」


 リンデさんは、その視界にゲイザーを捉えた。

 ゲイザーの目がこちらを向く。


「……お前がやったんだな!?」


 リンデさんは叫ぶと、僕の右手の感触が離れたと思ったと同時に、ゲイザーを真っ二つにしていた。ゲイザーは水分を飛ばしながら、べしゃりと石の道に落ちた。

 倒し終えたリンデさんは、素早く僕の元へ戻ってきていた。再び右手にリンデさんの左手の感触が繋がる。

 ……よかった、勝手に先行したら追いつけないからどうしようかと思っていたけど、そういうことはなさそうだった。


「行きましょう、まだまだ放たれているはずです」

「はい、お願いします」


 僕とリンデさんは、そうして街を進んでいった。途中で出会うのは、ゲイザー、オーガロード、そしてヘルハウンドだった。

 ヘルハウンドが火を吹いていると分かると、リンデさんは素早くその個体に狙いを定めて斬っていった。


 ある程度街を進んで、中心部付近に来た。


「あ、魔族だ」

「しっ! なにを喋っているの隠れて!」


 その近くで、子供の声と、母親の声らしきものが聞こえてきた。窓ガラスが割れている。だから声が、聞こえたんだろう。


 ……でも、やっぱり……こういうのってないよな。だって、手を繋いだリンデさんが、とても寂しそうな顔をしている。

 こんなに、頑張っているのに。ずっと人間のために、頑張っているのに。

 やったことの内容ではなく、見た目が青い、角がある、目が黒いという程度の差で、こんな反応をされてしまっている。


 ……頑張っても、報われない。

 それは、いつかの姉貴を見ているようで。

 だから、黙っているなんて、できなかった。


———僕は、こういう時のために来たんじゃないか!


「この人は、魔人族です! 魔物とは全然違う、ほぼ人間と言っていい人です! とても強いので、今、魔物の討伐を手伝ってもらっています!」

「……」

「そして、この魔人族は、勇者ミアの友人でもあります!」

「……」

「それは、勇者ミアの弟の自分が保証します!」

「……」

「とても! いい人! です!」

「……」


 リンデさんが、僕の方を見ているようだった。表情は見えない。僕は、ずっとその窓の方を見ていた。

 割れた窓から、子供の顔と、母親の顔が見えた。次に父親の顔が見えた。僕は、その人達に向かって大きく手を振った。

 中から、子供の大きな声が聞こえてきた。


「魔族のお姉ちゃん、いい人なの!?」

「そうだよ! 今わるい灰色の魔族をやっつけにいくんだ!」

「ほんと!?」

「もうこの辺の魔物は、この青い肌の魔族が倒したよ!」


 子供が引っ込んで、今度は父親が出てきた。


「勇者の弟、もしかしてマックスさんの知り合いか!」

「マックスさんを知っているんですか!?」

「ああ、この辺だと皆世話になっている!」

「僕はマックスさんと青い肌の魔族と一緒に3人で来たんです!」

「本当に、仲間として見ていいんだな!?」

「この青い肌の魔族……ジークリンデさんがさっきから城下町の魔物を倒していて……リンデさん後ろ!」


 僕は叫んで、ちょうど後ろにいたゲイザーを見つけた。リンデさんは、再び僕から離れると、ゲイザーを斬った。空を飛んでいるゲイザーでも、リンデさんの跳躍による剣の一撃を避けることはできない。

 リンデさんは、ゲイザーを倒すと再び僕の元へ戻ってきた。そして、割れた窓に向かって……剣を地面に突き立ててぺこぺこおじぎをした。


 リンデさんのそんな様子を見て、家の中の人たちから反応がなくなった。大丈夫かな……と思っていると、家の中から子供の大きな声が聞こえてきた。


「おねーちゃんすごい! がんばれー!」


 リンデさんは、その声に驚いて、目を見開いて固まっていた。そして僕の方を見て、再び窓を見た。


「魔物、ぜんぶやっつけて!」


 リンデさんは……手を挙げて、笑顔で応えた。


「任せて! 私、勇者のミアさんより強いから! わるいやつ全部、キミの代わりにやっつけてあげる!」


 リンデさんがそう答えた。すると……他の家の窓も開いた。

 僕はその様子を見て、まずリンデさんの手を再び繋いでから、大きな声で確認をした。


「みなさん無事でしたか!」

「ああ、大丈夫だ! 市場の方はやられちまったが、出現を予想していたのか残った兵士が追い払うまでやってくれていた!」

「兵士達は大丈夫ですか!」

「わかんねえ! とにかく逃げてくるのに必死でな!」

「お答えいただきありがとうございます!」


 僕がその人に応えると、別の方向から声が来た。

 この方向は……そうか、宝石とアクセサリーの!

 僕はその、一際大きい店から来た声に返事をした。


「ライムント君じゃないか!」

「おっちゃん! お世話になってます! 宝飾品は無事ですか!」

「ああ! あいつら店のものには興味ないみたいでな、無事だ!」

「それはよかったです!」

「前回の波彫りリング、すげー好評だったぞ! また追加頼むな!」

「こういう時に頼み事しちゃうの、おっちゃんぐらいだよ!」

「ははは! 転んでも負けねえさ!」


 僕は商魂たくましい店のおっちゃんに返事をした。そうか、あの指輪、好評だったか。ちょっとデザイン冒険してみたけど、よかった。

 そう返事していると、横から声がかかった。リンデさんが、手を目の高さまで挙げていた。


「ら、ライさん、波彫りリングって、もしかしてこれですか!」

「はい、リンデさん。ここは宝飾品の店です」

「ほ、ほうしょくひんの、みせ……!」

「金銀銅、魔石、鉱石、ダイヤにルビーにエメラルド、ミスリルに……いろんな宝飾品があります。窓から見れますよ」

「え、え!?」


 リンデさんは、窓から中をちらりと見て、そして両手を窓ガラスに当てて、目をきらきらさせながら貼り付いた。


「すごい……きれい……! すごいですライさん! 綺麗! すっごく綺麗! し、信じられない! こんなに、こんなにきらきらがたくさん! 陛下の持っているものの、百倍なんてもんじゃないぐらいあります!」

「はい、僕はそこに指輪を作って届ける人の一人なんです」

「ライさんと、ライさん以外の人の、みんなのが集まって……! 感動がすごすぎて、もう、なんといったらいいのか……! もう! もう! 見てるだけで幸せになっちゃいます〜っ!」

「ふふっ、本当に好きなんですね」

「宝飾品が好きじゃない女の子なんていませんっ! 私もエファちゃんも他の子も、女の子はみんなみーんな宝飾品に憧れてるに決まってます!」

「じゃ、騒動が終わったら、一緒にお店に入りますか」

「え! ほ、ほんとですか! もう言わなかったことにできないですよ! や、や、やったー! やったー! わーーーい!」


 リンデさんが両手を上にして、ぴょんぴょん飛び跳ねて、その……街の真ん中ですっごい揺らして、満面の笑顔で女の子っぽい反応をした。

 僕が頭をぽりぽり掻いていると、上から声が来た。


「……なあ。その子が、えーっと、魔族なんだよな」

「あっ、そうだよおっちゃん! 魔人族のジークリンデさん!」

「……宝飾品が好きじゃない女の子はいない……そうか、青い肌の魔族って、こんな感じか……。おい、あんた! ちょっと待ってな!」


 おっちゃんは、引っ込んだと思ったら、すぐに窓から出てきた。


「受け取れ!」


 二階からおっちゃんが、落としてきたもの。

 それは、赤い石を金属で覆った腕輪だった。

 リンデさんは、それを受け止めて固まった。


「あ、え。え?」

「力を上げる純度最高の魔石を、ドワーフの加工技師のミスリルで覆った腕輪だ、この店の二階に飾っている超高級非売品でな! でもどっちみち灰色の魔族ってのに負けたら壊されるか盗まれるかしちまう!」

「え、あの!?」

「それは、貸しておく! だから、必ず勝って、そして返しに来い!」

「……あ、ああっ! はい! わかりました! 絶対返しに来ます!」


 リンデさんは、その腕輪に手を通した。瞬間、目を見開いた。


「……え、え、すっご、なにこれ……。……これが、現代の宝飾品の、超高級品の性能……!?」


 リンデさんは、地面に刺していた剣を引き抜いた。腕輪をつけたことによる、その重さの差を確認しているようだった。


「……。……いける。……ライさん」

「はい」

「行きましょう!」

「はい、お願いします! ……おっちゃん! ありがとうございます!」


 僕は、リンデさんと、街の中央部へ向かっていった。


 -


 腕輪を嵌めたリンデさん。明らかに上がった討伐スピードで一緒に町中を回った。

 火を吹いていたヘルハウンドは素早く倒しにくいはずだけど、リンデさんの今のスピードには足下にも及ばなかった。

 町中で風に飛ばされてきた焼け焦げた布を見て悲しそうな顔をすると、やがて目に気合いを入れて、再びリンデさんは走り出した。


 城下町の一つ一つを丁寧に歩いて、全ての魔物を倒していく。

 力の付いたリンデさんには、上位種だらけの城下町の掃討戦も、まるでAランク冒険者がゴブリン討伐をする程度のものだった。




 魔物を斬りながらしばらく歩いていると、真っ直ぐの道の周りが、芝生でできた城下町の中でも特徴的な催し物用の広場に出た。


 リンデさんは何か違和感を覚えたのか、僕の手を少し強く握ると、目を閉じて、剣を上に向けた。


「……『時空塔強化』……!」


 収まっていた魔力が、再び剣に宿った。リンデさんの体全体も、すこし青色に光っている気がする。


「……!?」


 リンデさんが、驚いた顔で固まった。


「……ライさん。この腕輪、身体能力だけでなく、多分魔法能力も上げてくれるんでしょうね……」

「ミスリルによる金属フレームの力でしょうか。そうかもしれません」

「……」

「……リンデさん?」


 リンデさんは、まっすぐ前を向いて、でも緊張している様子だった。


「……どうしたんですか?」

「……」

「リンデさん?」

「……時空塔強化って、これ、総合強化魔法なんです。全ての能力を上げる総合強化魔法、時空塔騎士団みんなでお互いに習い合って共有していて、それらを同時に引き出すようにしてるんです。そして、時間と共に性能が減衰する」

「……?」


 リンデさん、どうして今、そんな話を……?


「……。……こんな、こんなことなら、マグダレーナさんの、魔力上昇、魔力維持、探知、分析系の魔法、もっと真面目に習っておくんだった———


————ライさん、ごめんなさい」


 ……どうしたんだ、リンデさん。まるで……泣きそうな顔をしている。


 リンデさんが、剣を構えて……前を見た。そこには……デーモンがいた。灰色の、筋肉質な、忘れもしない村に現れた奴。

 そいつがゆっくり、僕を……何故か僕だけを見ながら歩いてくる。リンデさんは……なぜか動かなかった。

 リンデさんなら、あんな奴一瞬で倒してしまえる。村で見た時はそうだったはずだ。もしかして、相手が強い個体なんだろうか……。


 リンデさんが、もう一度、呟いた。




「ごめんなさい……リリーさん……ミアさん、ごめんなさい……」




 ……なんで、リリーと……姉貴……?


 …………まさか……もしかして……。




 僕は、後ろを見た。

 そこには、僕に狙いを定めているであろう二体目のデーモンがいた。

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