他の領主との話のようです
強めに門を叩いたことで、門に設置されてある鈴が大きな音を朝の街に響かせる。その音に反応して、シンクレアの屋敷の扉が開いた。
中から出て来たクラリスさんは少し疲れた顔をしていたけど、僕の顔を見つけるとすぐに顔を輝かせて……屋敷の中に戻っていった。
何事かと思っていると、その後エドナさんが扉を開けて僕達と顔を合わせる。
エドナさんの後ろには、見知らぬ人達。
背が高く、幾分か太っている。服装は良い感じになっていて……そう、エドナさんより良い服を着ていると分かるものだった。
男は僕……というより、僕のすぐ後ろにいるビルギットさんの方に視線を向けて、驚愕の表情を向けた。そして同時に、嫌悪を露わにした顔でこちらを見た。
……初対面の相手に向かってそれはいくらなんでもないだろう。声を上げなかった分はまだ頭は回るだろうけど。
ビルギットさんが優しい方だからいいものの、もしも粗暴でキレやすい人だったらどうするつもりなんだってよく思う。
僕は視線を向けずに、ビルギットさんの手を少し撫でた。後ろから「あ……」という声が聞こえてきた。……大丈夫、だろう。
まずは僕が話を聞いてみよう。
「エドナさん、クラリスさん、おはようございます。何やらお声が聞こえてきたようなので少し気になったのですが……大丈夫ですか?」
「ライさん! 来ていただきありがとうございます。ちょうどあなたのことを話題にしようと思っていたのですが……」
エドナさんが視線をちらりと向けると、男性がこちらを見ながら片眉を上げる。左右の二人は……帯剣しているあたり護衛か。
武器を持った状態で家に上げているということは、間違いなく同じ立場の顔見知りなのだろう。
友好的、ではないな。男は明確に威圧をかけていると分かる雰囲気で、こちらを標的にした。
「ふん、お前が山のドラゴンを討伐した者なのか?」
「……そうですが」
「とてもそうは見えんな、お前は弱いだろう? おおかた後ろに引き連れている、見慣れん種族が解決したんだろう?」
「ええ、まあ————」
「いいえライさんが討伐しましたっ!」
「———そうです……って、え?」
急に横から出て来た大声に驚くと、リンデさんが眉をつり上げて腰に手を当てていた。……り、リンデさん?
「ライさんは、強いです! ライさんのお陰で討伐できたってぐらい、とってもとっても強いんです! 訂正してくださいっ!」
「なんだ、随分と威勢の良い……」
「訂正! してください!」
あまり見ないリンデさんの怒り方に、クラリスさんやエドナさんはもちろん、僕も咄嗟に反応できなかった。
そしてリンデさんはそんな周りを余所に、一歩踏み出す。
その一歩————地面を踏みしめた瞬間、地面が揺れた。……いや、マジで? 確かに玄関に置いてある壺が、ガタリと音を立てたけど。地面って一歩で揺れるかなあ……。
さすがに目の前のリンデさんの迫力に分が悪いと思ったのか、男はすっかり気勢を削がれて、護衛も足が竦んでしまっている。
「訂ッ! 正ッ!」
「……あ、ああすまなかったな君、見た目で判断してはいけないようだ……」
「い、いえ! 僕一人でやったわけではないですから、お気になさらず」
なんと謝罪された。明らかに目上の立場の人だったけれど、やはりリンデさんの持つ力の片鱗を今ので感じ取ったのだろう。
こういう相手は交渉に強いタイプではあるが、今はすっかりリンデさんのペースだ。よし、これでこのまま主導権を握れば……!
僕は相手の次の言葉がまとまらないうちに、畳みかけるように質問する。
「初めまして、僕はライムントといいます。僕はこの国の者ではないので詳しくないのですが、先日友人となったエドナさんの屋敷を訪問した次第です。あなたはどちらかの領主様かとお見受けしますが、失礼ですがお名前をお聞きしても?」
「う、ああ……私はクレイグ・ギャレットというものだ。カヴァナー連合国の西側の領を受け持っている」
「ご紹介いただきありがとうございますところで! 何やら揉め事があったと外から分かるぐらい大声が聞こえてきまして、話から察するにドラゴンの討伐者を探していたようなのですがいつご存じに?」
相手が体感する許容範囲の内側に踏み込むように、相手の目を正面から見つつ一歩前に踏み出す。
「……それは、だな……昨日の、そう昨日の夜にシンクレア領から早馬が来たのだ。あれで知ったので確認を取るために今日の朝一番でこちらへ来たのだ」
「なるほど」
僕はじっと、目の前のクレイグ・ギャレットという男を見る。
護衛の二人は、僕に対してはさすがにびびるわけもなく、少し離れるように目で威圧しながら取り囲むように近づく。
まあ、僕自身にはそんなに交渉の迫力がないってのは今に始まったことじゃないしなあ。多少相手も勢いがない時でも萎縮してくれるといいんだけれど。
「あ、ちなみにそいつ、勇者ミア様の弟よ」
クラリスさんの一言で一転、護衛二人が顔を青くして一歩後ずさる。クレイグも「あの……?」と顔を青くして一歩引く。
……姉貴、ほんと思うんだけど、姉貴は恋愛戦争に負けるべくして負けた女だと思うよ。『あの』って何だよ、『あの』って。新大陸でこれなら、腕折り事件が知られているかどうかとか関係ない。
三人の様子になんともいえない苦笑いをしながら、僕は自分も一歩引く。あからさまに護衛二人はほっとしていた。
「姉貴が何をやったかも気になりますが。とりあえず、朝一番に来るということは何か理由があるということ。関係者でもありますし……エドナさん、少しお話をご一緒に聞いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ……! そうね! 是非、席をご一緒していただければ嬉しいわ。同席をお願いするわね」
「ありがとうございます」
ここはエドナさんの屋敷。エドナさんに先に許可を取れば、クレイグは僕の参加に難色を示すことはできない。会話のテーブルに参加することができそうだ。
それにしても、リンデさん、やっぱり僕が『弱い』と言われたから、あれだけ怒ってくれたんだよな。
……我ながら単純というかちょろいなって思うけど、こんな状況じゃなかったら抱きしめそうなぐらい嬉しいです。
同時に今の状況、リンデさんが最初に流れを引っ張ってくれたから、この状況になったのだと思う。
本当に頼りになる。
「こちらは、リンデさんと……あとユーリアも来てくれるか?」
「はいっ!」
「ハッ、了解しました」
ユーリアは、平原の魔物の討伐に関して魔法の当事者だから。リンデさんは、いざという時に流れを持ってこられそうだから。
「ビルギットさんはアンと外で待機で。多分大丈夫だと思うけど、何かあったらアンが知らせてね」
「わかりました」
「おっけーだよ!」
そして僕は二人に外の警護を任せて、屋敷の中に入った。




