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人形さんはおいしかったです

 クラリスさんからもらったチョコレートケーキが、丁寧に切り取られていく。

 断面もしっとりしている、綺麗だ。


 僕は恐る恐る、ケーキにかかってある粉を少し行儀が悪いと思いつつも指ですくい舐め取った。

 ……間違いなく、砂糖だ。

 僕の知らない材料だ。


 こうなってくると、このチョコレートケーキを構成しているものも大幅に違うんじゃないかと思えてくる。

 恐る恐る未知のケーキを、口の中に入れる。


「……こ、これは!」

「ん〜〜〜っ! おいしいっ! あまいっ! そして……濃厚〜〜〜っ!」


 僕の代わりに、リンデさんがチョコレートケーキの感想を叫んだ。

 まさにそのとおり、このケーキは半端なくおいしい。それでいて……やはり、綺麗だ。

 粉砂糖の雪化粧はもちろん、上に乗っている色とりどりの人形が素晴らしい。

 こういう、本当に美術品と見紛う見た目のものを、作ってみたい。


 リンデさんが、カラフルなプレートを指で摘む。


「これはなんですか? 文字ですよね? どうして甘いものの上に?」

「多分それもお菓子ですよ」

「……え? いやいやライさん、さすがにそれは……え? 本当に?」


 信じられない顔で僕からクラリスさんに視線を移すと、クラリスさんはさも何でもないかのように言った。


「まあ器用だとは思うけど、量産品だしそこそこでしょう? もっと細かいのを作る人もいるわよ」

「……もっと、細かいものですか?」

「そうよ。それこそ絵とか、あと人形も単色じゃない。色分けしたりするわよ。人形の実物と見分けつかないようなものもあったりするんだから。あんまりリアルなやつは、そんなに食べることに特化したお菓子じゃないんだけどね」


 ……どうやら、僕の住んでいた地域は、本当に小さな世界だったらしい。

 この人形は確かに単色だけど、それでもまず甘いものを美術品みたい、ではなく美術品そのものにするという考え方自体がとんでもない。

 以前林檎パイを作った時にそういう工夫もしたけど、なんというかもうレベルが違うというか、いやほんと食べるの勿体なくない?


 というか、僕のあの簡素な林檎パイの薔薇模様で悲鳴を上げたリンデさんが、チョコレートだけで構成されたカラフルなプレートを食べるなんてこと、できるはずがないわけで……。


「……」「……」「……」

「ひょいぱく」

「あっ」「あっ」「あーっ!?」


 と思っていたら、人形を摘んでアンが食べてしまった。

 そういえばこの子、こういうところ遠慮がない子だった。あまりにも自然に馴染んでいる者だから魔人族じゃないってこと、時々忘れかけちゃうよな……。


「あまいっ! あまぁ〜いっ!」


 ニコニコしながらぴょんぴょん飛び跳ねる

 そうか、あの白い人形は甘いのか。


 僕も思いきって食べ……た、食べ……。


「…………」


 ……リンデさん達三人が、穴が空くほど僕を凝視している。

 食べづらい。僕の人生史上、間違いなく今が最も食べづらい瞬間……!

 しかし、僕は……料理人として、食べなくてはならないっ!


「……!」


 リンデさんが口を開けて、目を見開き凍り付く。

 そして僕は、その人形を口の中で溶かして頷く。

 ……なるほど。


 食べづらそうにしている三人に向かって、笑顔で返す。


「この白いチョコレート人形、黒い部分とはまた違ったタイプのチョコレートで、驚くほどとても甘いですよ!」


 僕の発言を受けて、生唾呑み込み人形へと同時に向く三人。

 やがて最初に、ユーリアが手を出した。そして口の中に入れて……。


「……!」


 目を見開き、僕の方を向く。僕が一度頷くと、黙ったままこくこくと首を縦に振る。

 そんなユーリアの様子に、さすがにリンデさんも我慢できなくなったらしい。

 リンデさんはチョコレート人形を手に取ると、


「あうあう人形さんいただきますごめんなさいっ!」


 リンデさん、人形さんに謝罪しながら食べた。クラリスさん、リンデさんの後頭部を長めながらその反応にニヤニヤしてる。

 気持ちは分かる、やっぱりリンデさんってほんと最高にかわいいと思う。……のろけている自覚はあります。


「人形さんおいしいよぉ……」


 なんとも喜べばいいのか悲しめばいいのか、微妙なラインでリンデさんは頭を悩ませていた。

 最後はビルギットさん……なんだけど、そうだった。


「クラリスさん……いえ、リンデさんの方が早そうだ。家の中のスパチュラだけ、取り出せますか?」

「えっ、あっ……あっはいっ! スパチュラってあのステーキとかのときに使うやつですよね」

「そうです」


 僕の要求に対して、リンデさんは器用にスパチュラだけを取り出した。……棚の下にあったはずなんだけど、リンデさんの魔法ってやっぱこういう時は器用だよなほんと。

 どうして武器も持てて、アイテムボックスの魔法がここまで高精度で、自分でキッチンナイフを持つ時だけああなのか。やはりアルマの呪いは異常だ……僕が言っても解けないんだから、この呪いの強固さを余計に感じる。


 しかし、今はそれを考えている時ではない。

 僕は手元のスパチュラを、ビルギットさんに渡した。


「……え?」

「ビルギットさん、全く食べてないですよね?」

「あ、えっと、はい」

「気が利かず済みません。ビルギットさんはこれを使ってください、恐らくフォーク程度には扱えるはずです」

「あ……ありがとうございます……!」


 ようやく僕がキッチン道具を取り出した意図をくみ取って、最後に残った、まだ切り分けられていないチョコレートケーキを口に運ぶ。

 ほんと、遠慮してくれるのは美徳だけど、この感想をビルギットさんと共有できないのは損失だよ。


「……! こんなに、滑らかなのですね……! 何でしょうか、この細かさと甘さ……材料だけじゃなく、道具から違う可能性もありますね。専用の器具があるのかもしれません」


 ビルギットさんに言われて、その可能性に気付く。

 そうだ、姉貴だってあの無水鍋を買ってきたんだ。こっちにしかない道具が沢山ある可能性は十二分にある。


「クラリスさん、ありがとうございます。これは本当に素晴らしい……感動しました」

「なんだかそんなに喜んでくれると、ギブアンドテイクというにはあまりにも安くて申し訳ないのに、見てるだけでこっちも嬉しくなってくるわ」


 マナエデンへ行く前だけど、これは本当に期待できる。

 僕はクラリスさんにお礼を言うと、マナエデン行きの約束を取り付けた。

 クラリスさんは「いいわよ」と二つ返事で了承してくれて、明日またこの付近で会うことを約束した。


 僕達は……もちろんビルギットさんがいる以上街中の宿屋は無理なので、リンデさんからテントを出してもらって、街の外で寝泊まりすることにした。

 もう魔物はいないからね。

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