海賊から聞いた、この世界の話
「はいどうぞ、リンデさん。アクアドラゴンステーキを使ったサンドイッチです、クラリスさん推薦のとてもおいしい肉ですよ。さっき少し食べましたが、本当にいい食材です」
「わあわあ! やったー!」
海賊頭の姿を見ながら、僕はリンデさんに出来たてアクアドラゴンサンドイッチを渡す。
ユーリアにも、クラリスさんにも。ビルギットさんには、特製サイズを。
海賊頭は……まあ、視線は当然そっちに行くよな。
「えーっと、あんたは名前なんていうんだ?」
「……ジャスパーだ」
「それじゃあジャスパー。まず君達をカヴァナー連合国に突き出す。そして君達に脱出手段はない。これはもう認めてもらっていいな?」
僕の発言に、少しためらいつつもジャスパーは頷く。
話しながらサンドイッチを食べ始める。……僕の姿を見て、リンデさんもサンドイッチを口に含んだ。
「……! こ、これおいしい! おいしいですライさん!」
「ええ、本当に。物凄い希少な食材とは聞いていましたが、こんなにおいしい肉があるなんて驚きですね。ビルギットさん、ありがとうございました」
「いえ、たまたまですよ。それでもお役に立てたようで良かったです。アクアドラゴン、洗練されていて非常に良い味ですね。一体だけでしたが、回収できてよかったです。貝の魔物といい、海の旅もいいですね」
僕はビルギットさんのコメントに笑顔で頷きつつ、サンドイッチを再び食べ始める。クラリスさんも「これこれ、この味よ……!」なんて笑顔で言っていた。
そして当然……こんな状況に追い込まれて、ジャスパーが声を漏らす。
「なんなんだ、この状況は……おい、あんたは俺に、食べている姿を見せびらかすためだけに呼んだのか?」
「そうだけど?」
「ッ! いい性格してやがるぜ……」
嫌そうに眉間に皺を寄せて、目を閉じるジャスパー。
もちろん、そのためだけに呼んだわけではない。しかしある意味、今の流れも重要な予定の一つだ。
「ま、もちろん本命の話もある。カヴァナー連合国に到着するまで、結構時間がかかるわけだけど……海賊船の中身は、リンデさんが収容した。今あの船はもぬけの空だ」
「えへん!」
胸を張ったリンデさんに笑いかける。その魔族の堂々とした姿に、ハッタリで言っているわけでなく、本当に船の中をすっからかんにさせられたということに気付いて、憎々しげにリンデさんを睨みつけ、次に僕を睨みつけてくる。
リンデさんは平然としていたけど、さすがに凶悪な男の顔は迫力あるな……。しかし、このやりとりを横から見て、ミシリ……という音を出した人がいる。
ビルギットさんが、拳を握りしめていた。握りしめただけで、恐ろしいほどの筋力を感じさせる音が出ていた。それこそ、人間の胴体ごと豆粒ぐらいに潰せそうなほどの。
「……自分達が盗んだ、自分の所有物ですらないものに対して、ライ様にそのような顔を向けるなど……立場が分かっていないのではないですか?」
ビルギットさん、表情には出ていなかったけど……珍しく『怒っている』と明確に分かる声を発していた。
……ああ、そうか。ビルギットさんは、ジャスパーが僕を睨んだことに対して怒っているのか。……やっぱりそういうのは、嬉しいな。
当然のことながら、ジャスパーは正論を圧倒的な筋肉の威圧で包んだ状態で叩きつけられ、顔面蒼白になりながら座り込んだ。
「まあまあ、ビルギットさん。海賊の持ち物を返すつもりは全くありませんが、僕が彼に聞きたいのは『到着まで飲まず食わずか』って話ですよ」
「……ライ様は、海賊に食事を与えると?」
「話によってはね。ジャスパー、お前の回答に、船員全員の命がかかっているぞ。船が嵐に見舞われて難航するかどうかはわからないから、遅れた場合は……どうなるかな」
ジャスパーには、僕の言いたいことが伝わったらしい。背筋をただすと、真剣な顔になった。
「……船の兄妹達のためなら、何だってしてやる。お前の要求は一体何だ」
「いい心がけだ」
相手の反応を見たところで、質問開始だ。
ジャスパーに聞きたいことはいくつかあるが、そんなに難しい質問をすることはない。
ただ彼らが海賊という特性上、ずっと海にいるであろうことを仮定して話を進めさせてもらう。
「カヴァナー連合国の海賊ってことだけど、お前達はマナエデンを知っているのか?」
「この辺じゃ知らないやつはいないぞ。貿易商がマナエデンからカヴァナーに再々品物届けてるしな。……ほら、そこのエルフだ。島出身のそいつが、交渉の顔ってわけだな」
僕はクラリスさんを見る。クラリスさんは海賊をちらりと見た後頷いた。なるほど、マナエデンは海賊でも知っているぐらいには有名か。それに話を聞いた限り、マナエデン自体が交易のために船を出しているのは普通のことらしい。
「じゃあ次の質問。ビスマルク王国、レノヴァ公国、シレア帝国、エルダクガ王国、魔人王国、悪鬼王国。この中で聞いたことある名前は?」
「その中だと、全く知っている名前はないな」
かなり驚きの答えが返ってきた。
なんと、僕の出身場所すら知らなかった。
やはりあの東側にあった海の境界線、世界を区切るようなものだったんだな。
「それじゃ、もう一つ質問。お前達は何故海賊になった?」
「……金回りがいいからだ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
そうか……まああまり高尚でも困るよな、今から突き出すわけだし。
「最後に。海賊なら東の海を渡ったことがあるか?」
「ひ、東の海!? 冗談じゃねえ、アクアドラゴンはもちろんマーマンの群れでさえ無理なのに、クラーケン群生地帯なんてものがあるってのに、とてもではないが挑む気にはなれねーよ。ここら一帯で東の海を渡ったなんてやつはいねえ」
「なるほど」
東の海……つまり僕達が住んでいた国から西。こんなにはっきりと、世界の境界線というものがあるとは。
「質問は以上だ」
「……なあ、あんた、結局食い物は」
「簡単な物を用意しておくよ。とりあえず餓死だけはないと思ってくれていいんじゃないか?」
「ほ、本当か! すまねえ、恩に着る……!」
「ここまでしてやる義理ないんだから、真面目に裁かれろよ」
僕は頭を下げる海賊頭ジャスパーの後頭部を見ながら、何か頭の中でひっかかるなと考えていた。
今の情報は非常に重大な気がする。少し皆とも相談してみよう。




