思わぬところで、知り合っていました
クラリスさんの発言に、一瞬頭が真っ白になった。
……マナエデン? マナエデンの住人? エルフが?
いや、そうじゃない。今はクラリスさんがマナエデンの住人であるかどうかより、重要なことがあるじゃないか。
「じゃあ、マナエデンの場所も分かるのですね」
「もちろんよ」
あっさりと、クラリスさんは肯定した。
あまりにもすんなりと言ったため、一瞬その衝撃度に反応できなかった。
しかし、その事実を実感し、じわじわと喜びが身体から溢れ出てきた。
姉貴が言っていたマナエデンが、ついに見つかったのだ……!
「……なんだか、妙に嬉しそうね」
「あっ、顔に出ていましたか? 恥ずかしいですね……でも、本当に嬉しいですよ。マナエデンはいろんな食材があると、その、聞きましたから」
知っていた、とは言わないでおこう。
「確かに料理系のもので交易している島よ。っていうか、私はそこでの交易担当なの」
「交易……ってことは」
「マナエデンの西側の、カヴァナー連合国相手に商品売ってるのよ」
そうなんだ、カヴァナー連合国羨ましいな。こちらにも交易してくれないだろうか……と思ったけど、自分たちが魔物の海を抜けてきたことをすっかり失念していた。
もしかして……。
「クラリスさんに質問したいんですが、いいですか?」
「ええ、どうぞ?」
「東側と交易したことはありますか?」
「東側なんて行くわけないでしょ、ミア様じゃあるまいし」
……。………………。
僕は、思わずリンデさんと、そしてビルギットさんとも無言で顔を見合わせた。
そんな僕達の雰囲気に、不審そうにクラリスさんが聞いてくる。
「……どうしたのよ?」
「いえ、まさかここで姉貴の名前が出てくるとは思わなかったので————」
僕がそう言った瞬間、クラリスさんの目が大きく見開かれた。
「姉貴……姉貴!? あっ、そういえばミア様って弟の為に鍋を……! あ、ああっ見れば見るほど、同じ色! も、もしかして……」
「はい。僕は勇者ミアの弟です」
その名前を出した瞬間、クラリスさんはとんでもない反応をした。
なんと僕の目の前で、土下座に近い格好で甲板に座ったのだ。
「そ、そそその、そうとは知らず失礼をしました……!」
「待って、待って下さい。まず僕は怒ってもいないですし、そんな改まった態度を取られるような者ではありませんから! 僕自身は勇者……ああ、今はもう一応勇者だっけ……でも、ええっと……そんなに強くはないといいますか……」
僕も慌てて相手の目線の高さまで膝を床に付けて話しかける。
魔王様とも気さくに話す仲となった今でも自分が偉くなったような自覚なんてないし、ましてエルフの美女にこんな跪かれるようなことは心臓に悪い。
「姉貴と僕は、その……姉貴が結構すごい人だとは分かっているんですが、あまりにも世界が違いすぎるので、僕自身は本当に普通の村人なんです。どうか先ほどのように接していただけると……」
「……。……そう、なのね。ええ、なるほど……確かにあなたは、ミア様の言っていたとおりの人なのね」
「言っていたとおり……? 何か、僕に対して言ってましたか?」
あまり他の人に、姉貴が僕をどう言っていたかを聞く機会はないので、評価がとても気になる。
「ミア様は『見た目は多少似てるけど、中身は徹底的にあたしを逆にしたようなのが弟』って言ってましたね」
……。
そうか、姉貴はそう言ってたんだな。
姉貴がクラリスさんと出会ったのは、相当前だ。それこそ間違いなく、三年以上は前だと思う。
何故なら、今使っている無水鍋を持ってきたのが大体三年前だからだ。村を出る直前に、無水鍋をマナエデンで買ったと言っていた。つまりその頃に、姉貴とクラリスさんはその会話をしていることになる。
そして姉貴が自分というものに関して、自由奔放で暴れるのが好きな性格で、細かい作業が苦手な人間だと誤魔化さずに認識している。昔から、そういうところは姉貴の美徳だ。
つまり、姉貴は。
まだオーガ肉のチーズハンバーグが完成していない頃。
まだ僕が、姉貴の役に立てずに悩んでいた頃から、僕の内面をそれだけ認識して、尊重していてくれたのだ。
そうでなければ、徹底的に、なんてことは言わないだろう。
……やっぱり姉貴、いいやつだよ。
それを見抜いた、レオンの見る目は確かだ。
「ところで今、ミア様はどちらに?」
「出産直後だし、村で安静にしているよ」
「え」
え?
……あっ、今僕ぽろっととんでもないこと言っちゃったかも。
「い、今、出産って」
「えっと……はい。魔人族の美少年にほぼ一目惚れしてしまったみたいで、それが両思いで晴れて結ばれて子供を妊娠して、先月ぐらいですかね、出産しました」
「ええ〜〜〜〜〜〜っ!?」
クラリスさん、あまりに驚きすぎて飛び跳ねてしまった。
まあ、そりゃあそうだよなあ。姉貴が結婚なんて、知っている人が聞いたら特に驚く話だ。
「……ああでも、魔人族かあ……話を聞いた時のミア様なら、人間相手ではとても見合った結婚はできなさそうというか、そいのうち無理矢理組み敷いて襲ったりしないかなと思ってたけど」
「さすがにパートナーになる可能性のある人に対して、そんな無謀なことはしませんよ。多分。……多分」
しないよな? でも、無理矢理でもレオンはよろこびそうな感じだよなあ。だってあの姉貴の素の状態で好きなんだもん。
「なんというか、驚きっぱなしだわ……」
クラリスさんが話を一区切りしたところで、上から声が聞こえてくる。
「ライ様、今からどう行動しましょうか。暇なのか向こうでアンちゃんとユーリアの二人が遊び始めましたよ」
「はい?」
見てみると、確かにアンは向こうの甲板の上でユーリアに海賊の一部が被っている帽子を器用に頭の上に乗せだしていた。
……本当に、完全に遊んでるなあれ……。ちなみにユーリアはそんなつもりがないのか、困惑していた。あ、目があった。すごく申し訳なさそうに腰と頭を下げて謝ってる……。アンはこっちに向かって手を振っている。
あっ!? 向こう側で海賊が動いた!
油断している二人に後ろから襲いかか————
————らなかった。なんとリンデさんが僕と一緒に向こう側を見ていて、後ろから襲いかかろうとした海賊に足払いをかけていた。
二回転しながら甲板に頭から沈む海賊。それを無表情で見下ろすリンデさん。
……本当に、余計なことは言えないな。
「そうですね、まず海賊船はとりあえずこちらの船と連結させて、そのままカヴァナー連合国の人達に裁いてもらおうと思います。船内のものは全て渡す方向で」
「分かりました」
よし、当面の目的ができた。
海賊の処理を終えると、次はようやくマナエデンだ。
「ちなみにカヴァナー連合国はもちろん、マナエデンへの行き方は分かりますか?」
「もちろんですよ。あっ、ひょっとして魔道具で一瞬で、みたいなの思っていますか? ちゃんと船を操作して到着しています。ある程度の距離なら勘で方角がわかりますから
そういうことなら安心だ、船のまま移動したかったからなあ。
なにはともあれ、方針は決まった。最終目的地に着くことを期待しながら、僕は船長室に入っていった。




