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出会い

 その日は霧の深い日だった。いつものように薬草を裏庭に取りに行くという冒険者ランクならE間違いなしという簡単なお仕事で、それ自体は別に何でもなかったのだ。

 山には特に強力な個体のモンスターはおらず、自分はいつも通りに薬草を採って、んでまあ山菜とかあるかなとか、兎の肉とかあるかなとか、そんなことを考えながら山に入って行った。


 その日は珍しく、ゴブリンが遠くに見えた。背の低い、やや知能があるのかないのかわからない魔物。


「よっと」


 この村に住んで長いので、さすがにこの手のモンスターに後れを取るほどなまっていない。自慢のショートボウを構えると、魔力を乗せて矢を飛ばしゴブリンを楽々と仕留めていく。

 あちらは警戒するのが一瞬遅れて、こちらに反応する前に絶命した。単体だったのだろうか、珍しく他の個体が見つからない。


「まあ考えてもしょうがないか、薬草もうちょっと採っとかないと、ギルドの姉御に怒鳴られちまうからね」


 ギルドの受付をやっている姉御は腕っ節が強く、荒くれ者も多い冒険者をまとめるのにちょうどいい人だった。本人自体も冒険者だったということもあるが、「アタシじゃなきゃこのギルドのでっかいガキどもまとめらんねーだろ?」という頼もしい理由で引退し、村のみんなから信頼されていた。



 再び向こうからゴブリンが現れた。今度はこちらを見ている。


「避けるかな?」


 僕はつぶやくと、弓を引いて……矢を前に押し出す。

 押し出すだけだ。ゴブリンがその動きに対してサイドステップをする。ところが僕は、ゴブリンが踏み込んだ瞬間にもう弓を引き絞っていた。


「予想通り!」


 跳んでいる間は方向転換できない。着地地点に魔力の矢を放てば、一撃でその頭部を貫通させる。


 自慢じゃないけど……いやこういう言い出し方をするのは自慢かな、この武器の腕は、もともと冒険者稼業で大きな街に行こうと思っていた姉貴のために鍛え上げたものだ。

 近距離万能型の姉貴は強かった。

『じゃあ僕が遠距離万能型になって姉ちゃんを守ってやる!』

 だからそう言って必死についていった。実際についていけてたし、姉貴も僕も最終的に相当な腕前でいいコンビだったはずだ。

 少し、トラブルもあったけど。それでもコンビを組んでいた。


 ただ、姉貴は勇者になった。なんだかよくわかんないうちに、背中に勇者の紋章が出た。


 出るなら隣の家のいい感じの背の高い男前の優男がなるのかと思ってた。姉貴もあの優男が、見た目よりも剣が強いということから姉貴の「イイ男」リストに入れていたのを知っている。

 ところが姉貴が勇者になった途端、その優男は姉貴を避けるようになった。どうも男のプライドとして、両手持ちの大剣でも、女の細い片腕で受け止められるのは我慢ならなかったようだ。


『あーあ、強さがいい意味で見た目と違うイイ男かと思ったのに、中身のほうは悪い意味で見た目と違う男だったわねー』


 いや、僕には優男君の気持ちが分かるよ、姉貴。なんてーか、女に力で圧倒されるのって、それが怖いとか恥ずかしいとかそういうんじゃなくて、どう対応していいかわかんないもんなんだよ。うまくこの感情を言葉にできないけどさ。


 おっと話が逸れた。つまり勇者の紋章の出た姉貴はとても強い。それはどういう意味かというと、「もう僕では姉貴にとっては足手まとい」ということだ。

 最初の頃は、それでも一緒に行こうと思ったのだ。だけど、姉貴は普通に、片手で魔法の矢を撃てるようになっていた。僕の魔矢は、矢を消費する、弓のメンテナンスがかかる、そして引き絞るタイムラグがある。極めつけに、そこまでの条件の差があって、近接系の姉貴の矢に及ばないダメージだった。

 今ひとつ自分が役に立つ未来が見えなかった。


『あたし村出ちゃって大丈夫? ここ出なくちゃいけないわけだけどさあ』

『それじゃ、姉貴のいないうちは自分が村を守るよ』

『へえ、ライが守ってくれるんだ?』

『他のヤツに頼むよりは、まあ信頼できるでしょ?』

『ま、そうねー』


 そんな軽い感じの会話で、軽く決めて、姉貴は軽く世界を救ってくると言って出て行った。それが、5年前。




 昔のことを思い出していると、再びゴブリンがやってきた。


「またか……? なんだか多いな」


 こいつは……逃げてきてる。向こうから。こういう時、予感がある。あまりここにいちゃいけないな、という予感。

 ゴブリンも、弓を下げると、こっちと交戦したくないように横に走って逃げた。


「決まりだ、逃げる!」


 そう決めた瞬間—————




 —————さっきのゴブリンの頭が吹き飛んでいた。




「は……?」


 今何が起こったのかわからない。

 恐る恐る、向こう側を見てみると、今の現象を引き起こしたやつがいた。


「……オーガ……だよな?」


 そこにいたのは、オーガ……ではなかった。

 なぜなら、でかいからだ。


 いや、オーガ自体がでかい。でかいのだけど、目の前のそいつは、自分の身の丈の2倍ぐらいあった。普通大きい人間サイズでも倒せるか怪しい筋肉隆々の魔物だ。よく体を支えられてるなと思って足下を見た。山奥の木の幹みたいな足が、ボコボコと盛り上がった恐ろしいほどの筋肉をしていた。

 まさかオーガ……キングか……?


「……なんだよこれ、ありえないだろ……」


 そのオーガは、どうやら足下の石を投げてゴブリンを倒したらしかった。何故そんなことが分かるのか。


 こちらを見て、

 石を拾ったからだ。


「まずい!『シールド』!」


 盾を少し傾けて上側に展開する。と同時に石が真上に跳ね上がった。衝撃が伝わるが、うまく逃がしたためダメージはない。しかし腕がまるで腕で枕をした寝起きのように完全に麻痺している。衝撃を流して防いだはずなのに……!


 オーガキングが防御されたことにぴくりと反応する。すると、こちらにその巨木の足を使って大股で歩いてきた。


「……ダメだこれはまずいんじゃないか!?」


 腕は動かずともなんとか走る。いつでもシールドを出せるように準備しながら。しかしその歩幅の差はどうしようもなく、少し走ったオーガキングに一瞬で差を縮められてしまった。

 腕が振り上げられ、そして振り下ろされる瞬間に横飛びで躱す。


「———うわっ!」


 衝撃だけで跳んだと思ったら、そのまま木の枝を折りながら落ち葉だらけの中をごろごろと転がっていく。怪我はないが……足の方もしびれてしまったようだ。動かないのでは、逃げられない。

 ヤツがこちらを見た。


 これは、もうおしまいかもな……姉貴、ごめん……村守るって言ったのに、こいつが村に入ったら——






———それは、突然に重なる突然だった。


 目の前に。青い肌の魔族の女がいた。その女は片手に黒い剣を持っていた。そして……オーガキングの首がなかった。

 一瞬で斬った? しかもこいつ……一体どこから? 派手なテレポートをしてきた魔法陣の様子がないなら……視界の外から、脚だけで一瞬で?


 なにも、なにもわからない。


 魔族の顔を見る。目が黒い。黒い中に金の光。両目とも金の光が見える。……ところで、何故自分がわざわざ両目なんて解説をしているか。

 それは、今、魔族と()()()()()()()からだ。

 背中に緊張の汗がつたう。


————ドサッ。


 後ろから、音がした。振り向いた。オーガキングの生首だった。再び正面を見る。目が合う。逃げようにも緊張と痺れで身動きが取れない。


 どうすれば————————












「あの……」


 予想外なことに、その魔族は声をかけてきた。


「す、すみません驚かせてしまいまして! そんなつもりではないんです!」


 急に慌てたと思ったら、剣を腰に差し、手をぱたぱたと振った。

 ……んんん?


 というか、今のオーガキングを倒して、そして剣をこちらに向けず仕舞ったこの行為。どこからどう見ても……


「もしかして、僕を助けてくださったのですか?」

「そ、そうですっ! わかっていただけて嬉しいです!」


 魔族の女は、そう言ってぱあっと明るい顔になってぺこぺこした。なんだろうこの魔族、思っていた反応と違いすぎて調子が狂う。


「えーっと……その、食べ物を探していて……ゴブリンは好みではないので、オーガを焼いて適当に食べてしまおうかなと思ったところ、あなたが襲われていたので、助けなきゃーって思って助けました」

「……助けなきゃって思ったんですか?」

「えっとえっと……困っている人がいたら、助けられる能力のある人が助けるのは当然ですよね?」


 さも当然のように、首をかしげながら聞いてくる。


「一つ聞いていいですか?」

「はいどうぞ!」

「魔族ですよね?」

「私ですか? はい、魔族です!」


 ニコッと笑ってあっけらかんと答える。……なんだこれ、もしかして僕がおかしいのか? それとも、何か騙しているとか、油断を誘うとか……ではなさそう。油断させてっていうのなら、そもそもこの魔族がわざわざそんなものを待つほど弱くない。こっちが警戒していようがいなかろうが、あの黒い剣で一刀両断だ。


 そう考えていると、目の前の魔族が深刻な顔をして鋭い目をした。

 一気に緊張感が走る。


「ところで人間さん」

「……なんでしょうか」

「この辺で、ちょっと寝泊まりとか、出来る場所ってないですか? 一人で野宿だとちょっと不安だし、心細くて……」


 困り顔でそんな普通の女の子みたいな素朴な悩みを打ち明ける。




 ……何か一気に疲れた。もう知らないって言って去ってしまおうか。


 そう考えていたら、姉貴の顔が頭の中に出てきた。

『恩を売られたらね、絶対返しなさい! 奢りってね、奢られても忘れちゃうけど奢ったヤツはずーーーーっと覚えてるからね! つーか酒一杯程度であのエロジジイめ! まさに驕りだっつーの!』

 姉貴、今は多分それ関係ない。頭の中でちょっと休んでてくれ。


 ……少し迷ったけど、少なくとも命の恩人だし、恐らくオーガキングが村に来た時点で村も全滅だった。

 つまり、まあ……村の恩人だ。


「助けてもらってお礼もしないのは姉貴の弟として估券に関わります、帰るアテがないのなら、今晩ぐらい食事に来て身体を休めてください」

「よ……よろしいのですか!?」

「まあ、多分大丈夫でしょう。村のみんなにはとりあえず僕から説明します」

「あ……ありがとうございますっ! 私、嬉しいです……!」


 こうして、村にこの変わり種の魔族を連れて行くことにした。

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