海の幸と、新たな遭遇
ユーリアに再び船を止める魔法を使ってもらう。
消耗は大丈夫なのかと聞いてみたけど、どうやら昨日の食事の分元気が出たようで、かなり余裕そうな表情を見せていた。
無理している様子は……ないな。
しかしそれはそれとして、早めに終わらせるに越したことはない。しっかり解体していこう。
今回はマグロ、前回の貝ほどの恐怖はない。というかあの巨大シャコガイが単純に怖すぎた。
リンデさんから再び剣を借りて……今度は防御魔法ではなく、強化魔法を使う。
この巨大な魚を、長い剣で体力の限り切り分けていく。エルマのやっていたような仕事だ。
まずは側面を切り分けていく形で、エラの後ろから切れ込みを入れてばっさり頭を胴体を分け、尻尾も切り離したところで、内臓を出す。
ここが乱暴だと後が悲惨なので、慎重に、慎重に……よし。
胴体だけになったマグロ。背びれを外したところで、背骨に沿ってばっさり片面を切る。
巨大な背の肉が剥がれていき、まずは左側面の上側だけを解体し、マグロの本体から外す。
持ち上げて、甲板へ裏返しに置く形で切り分けられた断面は、赤くしっかりと身が入っている。
……このサイズのパーツを軽々持ち上げ慣れてるんだから、強化魔法が入っているとはいえ、だんだん僕も人間離れしてきたな……!
そりゃこんな力が十五歳で突然備わったら、姉貴だって持て余して失敗もするわけだ。
「わあーっ! 綺麗!」
「この赤い部分に火を入れると、またステーキみたいに色が変わって食べやすくなるはずです。次々解体していきますから、リンデさんは解体したものを回収していってください」
「やったー! はーい!」
お腹部分の身はおいしいと聞いた。しっかり骨に気をつけて、慎重に切り分けていく。本当にどこまでいっても赤い身が綺麗だ。
丁寧に切って、そしてその赤い身をブロック状にしていく。
後は反対側も同じ手順……ではなく、もうこのまま背骨を外していく形になる。
素手でびりびりと背骨を剥がしていき、そこにはもう残りの可食部だけがある。
結構すんなり終わってよかった。もう少し小さくブロック状に切り分けよう。
「できました。残りをお願いします」
「はーい!」
リンデさんがマグロの置いていた身を全て回収し終えると、僕の手元にだけマグロが残った。
フライパンにオリーブオイルを引き、マグロを焼いていく。もうおいしそうだ。
味付けも、定番の塩胡椒、更には……バジルかな? そのあたりで調えていこう。
「簡単なものだけど、できあがりました」
「やったー!」
焼き上がったものをみんなで食べていく。
パンなどはもう手元にないけど、魚の身だけでじゅうぶんにおいしかった。なんだかいつもよりおいしい気がするのは、みんなで釣った魚だからかもしれない。魚がこんなにおいしいとはなあ。
「ん〜っ! おさかなさん、やわらかい! これおいしいです!」
「本当においしいですね、しかもいい魚です。量も多いし、カルパッチョも、鍋にもいいかもしれない」
とにかく可食部の大きさが半端ではない。巨大シャコガイは迫力満点だったけど、貝を除くと思ったよりも小さい。
しかしマグロは、なんというか、もうパンパンだった。見た目以上に身が多くて、本当に一人で釣ったのがコレなら食べきるのが難しいぐらいだ。
本当にこれが狙って釣れるなんて天才的じゃないか。不器用という呪いがなければ、やっぱりユーリアは相当凄いんだろうと思って間違いないだろう。
「本当に、ユーリアにはいくら感謝してもし足りないですよ!」
「えっ、えっ!? そそそんな、ありがとうございます……。……!?」
みんなで笑って食べている最中に、ついさっきまで照れていたユーリアは、急に顔を上げた。
この反応……まさか。
「ライ様、何か未知の反応があります」
やはり、ユーリアのエネミーサーチに何かがかかった反応だったらしい。
それにしても、こんな日常会話をして照れながらでも、ちゃんと索敵魔法を欠かさず使っているんだからユーリアは本当にすごいな……。
しかし今は悠長に感心している場合ではない。
「相手はどんな魔物だ?」
「はい、これは…………これは?」
何故か歯切れの悪い答えをしながら、ユーリアは首を傾げる。
そして恐らく魔物がいる方向へと向き、船の端まで寄って肉眼で確認しようとする。
なるほど、敵影はあっちだな。
僕はリンデさん達と、顔を見合わせて頷き合い、ユーリアの見ている方角を向いた。
「……あれ、は……?」
「もしかして、こんなところで……!?」
なんとそこには、大きな船。
こちらのような雰囲気ではないけど、間違いなく一目で船と分かるように帆を張っていた。
「こんなところで他の人に出会うなんて、珍しいなあ! 挨拶していこうか」
相手側の船を待っていても仕方ないし。
僕がそんなことを考えながら見ていると、急にユーリアは空に向かって、魔法を撃った!
「『アイスショット・ダブル』!」
ユーリアが放った魔法は相手の船に向かって飛んでいく! かと思いきや、途中で思いっきり粉々に砕け散った。
……いや、このユーリアの魔法が空中で簡単に砕け散るなど有り得るのか!?
「ユーリア、まさか」
「はい、ライ様」
そしてユーリアは、正面を見ながら苦しそうに呟く。
「正面の船、真っ当な人間がいるのかどうかわかりませんが、索敵魔法の反応では全て敵対的だという表示があります。今、攻撃が来ました」
それは、この海の上で出会いがあるかと思っていた僕達にとって、全く予想していない遭遇だった。




