僕が挟まれちゃった話、そして曖昧な夢の中
毛布の中に入りながら、空を見上げる。
先ほどまであんなに暑い環境にいたのに、今では夜の寒さを感じるほどだ。
でも、今日は昨日よりも暖かい。
「んふー」
リンデさんが、満ち足りた笑顔で毛布の中に入ってきて、僕に抱きついてきている。……いや、こんなに堂々と抱きついて来るの、以前もあったっけ……!?
特に今回は、周りにみんながいる。特に間違いなく初めてなのはアンで……あれ、アン?
「……えへ」
背中に感触があると思ったら、アンが後ろから僕にしがみついていた。
「えっ、ああっ! アンちゃんも入って来ちゃってる!?」
「はいってきちゃった! いいよね、ライさん」
「え!? え、あの」
こ、ここで僕に振らないで! ああっリンデさんの視線が痛い! かなり真剣に無表情で見られていてちょっと怖い!
どどどうしよう、なんて答えようか……!
「……もしかして、だめなの……? リンデさん、わたしのこと、嫌い……?」
「え」
僕に降らないでと思っていたら、アンは唐突に、今度はリンデさんの方に話を振った。
咄嗟のことで反応できなかったリンデさん。
それは今のアンにとって『だめ』という返答であるということに他ならない。
「……え……? ……じわっ……」
「ああっ! べ、べつにだめじゃないよ!」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと、ライさんは、その、みんなのライさんだし……! で、でも……」
アンに対して、どうしても強く出られずに折れたリンデさん。
以前はすぐ涙目になるのがリンデさんの方だったんだけど、やっぱりアンの一回り幼い感じには弱いらしい。
が、そんなことを気にしている場合ではない。リンデさんは返答しながらも僕を両腕で抱え込むように抱きしめる……!
「い、一番は私だから!」
「それでいいよ!」
僕の意見を聞かずに、二人に挟まれてしまった……。
ああ、本当に今日は暖かいっていうか、ちょっと暑いぐらいになってきたな……。
「ちょっと意見交換したかったところですが、これでは無理そうですね……」
「すみません……」
ビルギットさんが照れながらも、僕の方を困った顔で見ていた。今日の挟まれっぷりは本当に恥ずかしい……。
……嫌な予感がする。
僕は恐る恐る、首を動かして最後の一人の方を見た。
ユーリアは、満面の笑顔をしていた。
「ライ様も、ミアお姉様に対抗意識を燃やしてらっしゃる……過激なライ様も、素敵……」
「僕からは何もやってないからね?」
リンデさんとアンの両方から抱きしめられている以上、ユーリアの誤解を解く手段がない。
明日ユーリアの頭の中で、僕がどういう状況になっているか不安になりながらも、一日の疲れには逆らえずに目を閉じた。
-
目の前には、本棚。
ぼんやりとした意識と、読書。
周りには、人、人、人。
人がたくさんいる。
僕が本を読む。
隣に母さんがいる。
その隣にはリリーもいる。
しかし僕は、そちらを一瞬向くと、再び本の方に意識を向ける。
次の本、次の本、そのまた次の本。
……時間か? 読書を終える時間?
そんなもの、止めるか戻すか、してしまえばいい。
そんなことより、次の本…………。
次、次、次……。
…………。
反対側から、手を引かれる。
そんなことより、本……。
————こっちも、もっと見て。
声の方を向くと、そこには魔人族。
そうだ、魔人族だ。
魔人族の方を、もっと見る。
いつの間にか、本への興味が薄れている。
時計塔の音が鳴る。
二回の、鐘の音色を聞き————
-
……ん……朝、かあ。
「……また、見てたよな……」
覚醒と同時に、夢の内容は泡のように消えていく。
まさに泡沫の思い出とでもいおうか、この夢の感触。
思い出そうとすればするほど、自分の手の中からすり抜けていく感覚。
でも、起きた直後なら分かる。
時空塔螺旋書庫に、また行っていたらしい。
「……いや、いつもの夢だったか……?」
何か、いつもと違った気がする。
それが夢の中の出来事なので、うまく文脈化できないんだけど……。
そう、どこか人がいて。
夢の中、夢の中。人、動物……動物? 森? 森の中を歩いて……ああ、だめだ、本当に思い出そうとすればするほど、全く違うものが連想されて、さっきまで何を考えていたかさえ忘れてしまう。
最初からやり直そう。最初はどこからだった?
時空塔螺旋書庫の夢だった。他に何があったか……本……。
……。……だめだ、諦めよう。完全にもう細かい部分は消えてしまっている。
「すぅ……すぅ……」
そして、正面のリンデさんの寝息が、僕の顔にかかっている。
今日は寝る前から起きた後も、しっかり抱きしめられていて、密着しっぱなしだ。
……健全な男子には、非常に刺激が強い……これに慣れる日は絶対に来ないだろうなって思う。
更に今日は、それだけではないのだ。
「……、……」
後ろから、僕のお腹に手を回して背中に顔を向けるアンがいる。
すっかり前後をふさがれて、僕は全く身動きが取れなくなっていた。
「……どうしよう」
そりゃまあ悪い気はしないけど、さすがにそろそろ起きなくては。
「起こす……といってもなあ……」
「あ、起こしたほうがよろしいでしょうか?」
「できれば………………え?」
やってきた声に、恐る恐る首を向けると……昨日と同じ位置に、ユーリアの顔があった。思いっきり目が合った。
「ユーリア……いつから……」
「いつからというか、ずっと起きてますけど」
「今日もなのか……!?」
あまりにも衝撃的な発言に僕はもう一度たしなめようかと思ったけど、ユーリアは首を振った。
「いえ、昨日の晩前に寝たこともあり、今日はそこまで無理をして起きていたわけではありません。一応索敵魔法は使っていましたが、むしろ皆が元気な場合は昼間に休もうかなと」
「ああ、そうか。確かに昨日は、ユーリアの索敵が無くても甲板は大丈夫だったもんな」
「そういうことです」
確かにそういうことなら、ユーリアは日中に休ませた方がお互いにとって良いのかもしれない。
「僕の分までしっかり考えてくれて、頼りになるよ」
「いえいえ、本当にお役に立てて光栄です……………………それに、ライ様がおいしく食べられているサンドイッチ、見ていてとても飽きなくて寝付けない」
「今、何か言ったか?」
「……え? 言ってないですよ?」
……妄想中のユーリアって意識あるんだろうか。なかったら、今何か不穏なことを言ったのも自覚ないんじゃ……?
「あ、ところでさすがにそろそろ起こしますね。『ウェイク』」
ユーリアは杖を使わず、毛布の中で指を少し出してこちらに向けながら魔法を使った。
今の、起床の魔法だったな。
「ライ様も覚えてらっしゃるとは思いましたが、恐らく自分から相手に使ったりはしないかなと思いまして」
「助かるよ」
本当に僕のことをよく理解してくれている。
ユーリアに感心している途中で、リンデさんがうっすらと目を開ける。
「……あっ、おはよ〜ございます〜ライさん」
「はい、おはようございますリンデさん」
リンデさんは、そのまま離れるかと思ったら僕を更に抱きしめてきた。
「ライさんを呼ぶ夢を見ました〜」
「僕を、ですか?」
「そですよー、なかなか呼んでも来てくれないので、ずーっと夢の中で呼んでました」
……夢の中……もしかしたら、リンデさんに呼ばれていたのかもしれない。そんな夢だった気がする。
「でも、起きたら近くにいて安心しました」
「それはよかった、僕も多分リンデさんがいたんじゃないかと思い出していたところです」
「ほんとですか……? え、えへへ〜またライさんと夢の中でお会いしちゃいました〜……」
ニコニコ笑ったリンデさんが、次には起き上がって自分の頬を叩く。
「よーし、今ので元気いっぱい! 今日もがんばるぞー!」
リンデさんの元気な声に、アンとビルギットさんもゆっくりと起き上がった。
さあ、海の上での二日目だ。




