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月が綺麗なだけですよ?

 船の上でゆったりしながら、魔物の出ない海を眺めていた。

 夕日はやがて海面に沈み、甲板を闇が覆う。


 船の中には魔石の照明をふんだんに使った大きな部屋がいくつもあり、実際に部屋の様子も調べてみた。

 さすがに王族が所有していただけ会って、貴族の屋敷の応接間と遜色ないレベルの、住みよい部屋といったところだ。


 しかし、僕はこの部屋を積極的に使おうとは思わなかった。

 そして普段なら元気よくはしゃぐ皆も、部屋の立派さに感心しつつも決して黄色い歓声を上げることはなかった。


 その理由は、一つ。


「……あ、戻ってきたのですか?」


 夜の甲板に出た直後、そこにはずっと海を眺めていたであろうビルギットさんの背中と、こちらへ振り返った顔が見えた。


 ……そう、今はビルギットさんも一緒に旅をしている。

 その関係上、どうしても僕は、彼女を抜きにして行動するという気が起きなかった。


「もしかして、私のことを気にかけて下さっているのですか? ほとんど押しかけで旅に同行させてもらっている以上、気にしていただく必要は……」

「そういうのはやめてください」


 思わず少し強い口調になって、びくっとビルギットさんが震えてこちらに向き直る。

 ……こんな巨体でありながら、本当に繊細な人だ。


「元々呼んだのは僕ですし、それに僕はビルギットさんが別行動というより、会話に参加していない時間を惜しく思うのです」

「ら、ライ様……」

「何度も話した限り、ビルギットさんとユーリアは、かなり勘が良い方だと感じました。ですからもしも会話していない時間で、ビルギットさんにだけ気づけることがあった場合の損失は測り知れませんし、もう一度話すにしても手間です」


 僕はビルギットさんの座り込んだ姿に近づき、正面から顔を見て話す。

 ……正座だと、まだビルギットさんの方が大分高い。


「なので、僕のためだと思って、会話に参加してくださいませんか? もしも一人の方がいい場合は、言ってください。ですが、僕はなるべく全員が揃った状態だった方がいいと考えています」


 ビルギットさんは……正座をした状態で一歩引き、腰を深く折り曲げて頭を下げた。


「そこまで私のことを買っていただき、恐悦至極に存じます。……ここまで私自身の内面を尊重されたことは、私の人生においてなかったでしょう」


 そして再び頭を上げたビルギットさんは、真剣な顔をしていた。


「ライ様が私の内面をよく理解くださっているように、私もライ様のことをずっと……ええ、ずっと見てきました。きっと過度な謙遜もあなたは嫌うでしょう。ですので一言」


 胸に大きな手を当て、少しこちらに身を乗り出すようにして僕を見る。


「私の『頭脳』が必要な場合、是非とも私を積極的に頼っていただければ、それが私にとって何よりもの喜びです」

「ありがとうございます、頼りにしていますよ」


 笑顔で頷き合って、リンデさんの方を向いた。


「ってわけでリンデさん、波も穏やかですし、この甲板に毛布だけ出すことはできますか?」

「もちろんです! 今日はおそと宿泊ですね!」

「はい。しばらく続くかもしれませんが、構いませんか?」

「だいじょーぶですっ、それに船内にいたら、どうしても魔物の迎撃ができませんから。アンちゃんとかユーリアちゃんともできれば外の近くがいいかなーって話してたので、こちらとしても希望通りですよっ」

「そうだったんですね……」


 そうか、寝ている間の襲撃のことも考えて外を考えていたのか。かなりみんな、しっかり考えてくれていたんだな。

 自分だけがしっかりしている、なんて驕った考えも、ビルギットさんとユーリアだけ頭が回る、という穿った見方もやめよう。

 みんなちゃんと、自分のできることを最大限やってくれている。

 このパーティは、そういうことができる、とてもいいメンバーだ。


 -


 リンデさんが毛布を出して、ちょっとした野外キャンプみたいになった。

 海の上で、空高くに満月を見上げる、そんな夜。


 月は周りの雲を不思議な色に変えるぐらいの眩しさを出していて、それでいて今日の月はどこか紅く……水平線の夕日を見たばかりだからか、とても幻想的に感じる。

 水面をきらきらと輝かせる夕日とはまた違った、どこか非現実めいた美しさを醸し出していた。

 ビルギットさんが、真っ先にその月を見て、感嘆の溜息をついている。

 僕はビルギットさんの近くに行き、見上げながら簡単な感想を言った。


「月が綺麗ですね」

「えっ!?」

「……ふえぇっライさんっ!?」

「————」

「……え?」


 え?

 なんだか僕の一言に、二人が大げさな反応をする。

 最後のアンは、むしろその二人に驚いていたようだけど、僕も一緒だ。


「ど、どうしたんですか?」

「えっ……え、あ。あ……そっか……」

「リンデさん?」


 リンデさんは目線を、ビルギットさんのほうに向ける。

 ビルギットさんもさっき驚いた一人である。


「ビルギットさんも、もちろん読んでますよね?」

「は、はいリンデさん……ああ、そうですね、ライ様が読んでいるわけないですもんね……」


 僕が二人の反応に質問する前に、リンデさんから質問がきた。


「ライさんって、夢の中であの螺旋書庫の本を読んでいるって言ってましたよね?」

「は、はい……ちょっと自覚はないんですが……」

「螺旋書庫以外の本って、読んでます?」


 ら、螺旋書庫以外の本……!?


「それは……読んでないはずです。実際に魔人王国に行ったときも、あの書庫以外の場所は記憶にありませんでしたから」

「そっかー……そりゃそーですよねー……あ、いや、なんでもないんです。そうですねー月めっちゃ綺麗ですねー」

「えっと、はあ……?」


 僕が首を傾げると、正面でアンが同じように首を傾げた。

 珍しく、この集まりで僕とアンだけが同じ気持ちのようだ。

 なんだか今日は、アンと気持ちが一緒になることが多いなあ……。


 ……あれ、そういえばユーリアは……?

 ユーリア? ユーリアも月を見上げて……。


「……お兄ぃ、私、ライ様が側室を迎え入れる瞬間を見ちゃった……」


 どうしてそんなことになってるの!?

 ユーリアの妄想が、一体どういう理由でそんな方向にぶっとんでいるか全く分からないよ!?

 本当に迂闊なことを言ったら、妄想世界でいつの間にか子供が百人ぐらいにされかねない!


 とりあえずユーリアの妄想がひどくならないうちに、揺すって起こした。

 特に他意はないけど、月が綺麗だっただけだよと伝えた。

 ユーリアは……なんか、いい笑顔で気絶した。


 ……なんとも不思議な感覚を覚えながらも、解決しそうにない疑問を抱えつつ毛布の中に入った。

本日はストロベリームーンだそうで思いつきました。

ちょっと雲がかかってたけど、自分の部屋からも見られました。

時々めっちゃ高精度で撮影してる個人の方とかいらっしゃってちょうすごい

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