みんなとの旅なんだって、改めて思いました
た、食べた……ここ最近では全くしていなかったというほど、腹八分目を遥かに凌駕するほど、お腹いっぱい食べた。
おいしいのはいいんだけど、多かったなあ。
貝殻はリンデさんが欲しがったので、洗って回収してもらった。ちょっとした家具にでもなりそうなサイズだったからなあ。裏面も綺麗だったし。
「んふー」
リンデさんも沢山食べて、いろいろな綺麗なものも手に入ってご満悦といった顔で、座り込んだ僕に身体を預ける形で、ゆったりもたれかかる。
さっき寝て起きたばっかりだというのに、また眠ってしまいそうだ。
「……すぅ、すぅ……」
ちなみにアンは、既に太股を膝枕にして寝ていた。
ユーリアが物欲しそうな顔をしていたけど、さすがにアン相手には強く出られないようで、我慢してもらっている。
……ビルギットさんもユーリアと同じ表情をしていたような気がしたけど、無理ですからね?
「ところでライ様、気になることがあるのですが」
「うん、何かな?」
「マナエデン、という島に行くのですよね。どういう島なのでしょうか」
そういえば、その話を詳しくしたのはリンデさんだけだった気がする。
「姉貴が直前にマナエデンと言ってくれたから分かったけど、それまで『食材の丸い島』と呼んでいたのが、そのマナエデンのことだよ」
「食材の丸い島さんって、ライさんが以前言っていた、なんかすごいものがたくさんあるかも! みたいなやつのことですよね?」
「そうです。様々な食材から調味料の数々まで取り揃えた、不思議な島だと。もうほとんどおとぎ話みたいなものだったんですけどね、まさかあるとは思いませんでした」
そう、マナエデンは本当に憧れの島だった。まさか姉貴が既に行っているとは思わなかったので、本当に驚いた。
更にその島の人が、リリーの居場所の手がかりになるというのだから、不思議な縁だと思う。
食材の丸い島……食材の丸い島か。
……。
…………?
待てよ。
そういえば僕はなんで、そんな曖昧な伝説みたいな島のことを知っているんだろう。
まだ見たこともない調味料。おとぎ話のような、と自分で表現したけれど。
そもそもそんなおとぎ話はない。
だっておとぎ話は、おとぎ話のような、なんて表現をするはずがないから。
「……ライ様?」
「ああ、いや……自分で、どうしてマナエデンのことを知っていたのか考え直していてね」
「マナエデン、ですか。ライ様は元々その島を知っていらっしゃったのですよね?」
ユーリアの声を聞いて、上から「あっ」という高い声が降ってきた。
「もしかして、ライ様はマナエデンのことを、どこで知ったかについて考えてらっしゃったのですか?」
「ビルギットさん、さすがですね。はい、僕はそもそも『食材の丸い島』なんてものを、どこで知ったのかと思って……いや、そうか、そもそもそういうことなのか」
「……ライ様?」
知らない知識がいつの間にか備わっている、ということは、ここ最近ようやくその理由を知ることができたことだ。
夢の中で『時空塔螺旋書庫』に入った時である。
僕は夢の中で読んだ書物から、それらの情報を知っているのだ。
……ということは、あの螺旋書庫に『食材の丸い島』という項目があったということで間違いない。
砂漠の国の宗教に関することと同じぐらいの重要度の情報レベルで、マナエデンのことが載っていた、ということになる。
いくら世界的に珍しい食材が揃っているとはいえ、食材があるだけの島に、あの書庫内の書物に掲載されるほどの重要な価値があるのだろうか……。それは、少し考えにくいと思う。
もしかしたらマナエデンは、もっと大きな秘密のある島なのかもしれない。姉貴が既に行って、その上で買い物をしている以上、変に襲われることはないと思いたいけど。
……だけど、今の僕達は魔族パーティだ。
そのことを決して忘れてはいけない。
「リンデさん」
「なんです?」
「マナエデンに着いたら、ずっと僕の近くにいてくれませんか?」
「へ? えっと、近くにいればいいんですね? わかりましたーっ。島に面白いものがあっても、ライさんの近くにいますね」
「ありがとうございます、心強いです。ビルギットさんもすぐ後ろに構えていてくれると助かります」
「……わかりました、必ずお護りいたしますね」
ビルギットさんは、真剣な表情で返事をした。……なんとなく、僕が感じていることをくみ取ってくれている反応だな。ユーリアも、緊張した面持ちで自分の杖を触っている。強敵に出会う可能性を、既に感じ取っているのだろう。
……と、そこでもぞもぞと僕の太股で寝返りをうつ子が。
「ん〜〜……なんかわかんないけどぉ、私もライさんのこと、すっごくまもっちゃうよ〜……」
「ははっ、ありがとう、アン。実際アンは、いざという時に本当に役に立ってくれているよ。砂漠の展開が早かったのは、アンのお陰だ」
「えへ〜……もっとほめて〜」
ちょっと寝ぼけている感じのアンの頭を撫でて、満足そうに眠り直すアンの様子に魔人族の皆と笑い合った。
……そうだ、今から緊張する必要もない。なんといっても姉貴より強いメンバーが揃っているし、みんなの連携もいいんだ。
必要以上に警戒しなくても、その時までは精神的な余裕を持っていこう。
-
大海原の夕日は、村での夕日とはまた全然違った顔を見せていた。
空の表情に海が呼応して、この世の全てをまるで炎で包むように彩っている。
アンは再び起き上がると、夕焼けの海をずっと眺めていた。
夕日の茜色が気に入ったのだろうかと近づくと、ふいにアンは、ぽつりと呟く。
「赤は、嫌い」
……嫌い、なのか?
「悪鬼王国、思い出すから。みんな赤が好きだったけど、わたしは好きじゃなかった。ずっとひとりで……だれもわたしのことなんて、分からないってかんじなの。だから、ずっとひとり」
……そうか、アンはずっと、赤だけは見続けて生きてきたのか。
あの悪鬼王国の赤は、陰鬱で、目にきつい色だった。
ずっと檻にいた境遇のこともあって、余計に赤が苦手になったのだろう。
「でも、ね」
ふと、アンの声が少し震えているのに気がついた。
……泣いているのか?
「この夕日は、信じられないぐらい、きれいなの。おひさまが、おひると違って、目に入れても痛くないぐらい優しくなって、それでもまぶしくて、海はずっときらきらしていて……」
溢れ出る感情を抑えきれないように、その夕日の見えたままを伝えようとしていた。
アンの言ったとおり、夕日を映した海は、波の模様が動く度に違う場所をきらきらと明滅させている。
その光が、水平線からこちらまで、減光しながらもまっすぐ伸びている。
……本当に幻想的な光景だ。
思えば、箱庭の子供だったのは、アンだけの話ではない。
人間と交流できなかった魔人族はもちろん、何よりも僕自身がこの世界を見ようとしていなかった。
果たして、村に籠もっていたのは姉貴のためなのか。
それとも、姉貴のためと言い訳して、外に踏み出すのを恐れていた僕自身が理由なのか。
その答えに、意味があるかどうかはわからないけど……それでも————
「僕も、初めてだよ。こんなに綺麗な光景を見るのは……知らなかった、こんなに綺麗な光景を、この海は毎日……僕が生まれてからずっと、映し続けていたんだなって」
「ライさんも、そう思うの?」
「うん。だから」
————これだけははっきりと言える。
「こうやってみんなで旅ができて、よかったなって」
僕の答えを聞いて、アンは一瞬呆けた顔をしたけど、すぐにぐしぐしと袖で顔を拭いて、次にはもういっぱいの笑顔をして応えてくれた。
「わたしも! みんなとの旅、楽しい!」
それは、晴れた空にも匹敵するほどの、曇り無き笑顔。
その顔を見ながら、この旅が僕だけのものではないのだと改めて意識をする。
僕は、そのことを気付かせてくれたアンの頭を優しく撫でた。
くすぐったそうにしつつも、笑顔を見せてくれる、ずっと檻の中にいた子供。
アンの顔を照らす夕日を眺めながら、その光景を心に焼き付ける。
この光景を見た今日という日が風化することはないだろう。




